台湾産コーヒーの品質は、世界的な大産地と比べても遜色はない。
「家にいなければカフェだ、カフェにいなければカフェに行く途中だ」。これはフランスの文豪バルザックの名言だ。香り高いコーヒーは私たちを想像の世界に誘う。
今、台湾コーヒーが熱い。コーヒー農家はスマート農業で世界クラスのスペシャルティコーヒーを作る。農園で極上シングルオリジンと込められた工夫をお試しあれ。
阿里山といえば、日の出、夕日、雲海は定番の美景で、高山茶は昔から名を馳せていたが、今ではコーヒーの木も加わり、台湾のスペシャルティコーヒー農園が集まる「コーヒー村」にもなっている。今年(2023年)、台湾とACE (Alliance for Coffee Excellence) が初の「カップ・オブ・エクセレンス (COE) 」コンペティションを開催、上位20のコーヒーのうち13が阿里山産だった。

農業試験所嘉義分所は、日本統治時代からコーヒーの実験や栽培などの研究に力を入れてきた。(撮影:林旻萱)
台湾のコーヒー栽培史
台湾はコーヒー栽培に適しているのだろうか。農業試験所嘉義分所所長の方怡丹さんによると、北緯23.5度から南緯23.5度の間は「コーヒーベルト」と呼ばれる。コーヒーは茶と生育条件が似ており、1884年にイギリス商人がアラビカコーヒーの木を台湾に持ち込んだ記録があるそうだ。
嘉義分所の副研究員でコーヒー研究を専門とする張淑芬さん曰く、日本政府が1902年に現在の恒春熱帯植物園でコーヒーを栽培し、アラビカ種が台湾に最適であるとわかったとのこと。雲林県古坑郷にある標高約300メートルの荷苞山で苗木が栽培され、華山などにも広く植えられたが、第二次大戦後は、台湾にコーヒー市場がなくなり、大部分の生産地は荒れ果ててしまったという。
コーヒーの国際価格が高騰していた1950年代、台湾にもコーヒーブームが再来、さび病に強いハワイの品種や栽培技術が台湾に導入され、斗六にコーヒー加工場が設立されたが、その後、政府による台湾でのコーヒー普及の働きかけがなくなり、台湾コーヒー産業は冷え込んでしまう。
1999年の921大地震は台湾に深刻な打撃を与えたが、コーヒーにとっては飛躍のチャンスだった。方さんによると、政府は被災地復興のため「一郷一特色」政策を推進し、古坑郷はかつてのコーヒー産業を発展の主軸に据えた。2003年、雲林県が開催した第1回「台湾コーヒーフェスティバル」が評判を呼び、古坑郷は「台湾コーヒーの故郷」となった。
農業部の統計によると、台湾の現在のコーヒー栽培面積は約1,178ヘクタールで、コーヒー豆の生産量は1,000トンを超え、主に屏東、南投、台東、嘉義で生産されているという。
2021年、台湾はACEと共に初のプライベート・コレクション・オークション「典蔵台湾精品咖啡国際競標 (Taiwan PCA)」を開催し、コーヒー界のアップルと称される米国のブルーボトルコーヒーをはじめ、米、仏、日本などから14ヵ国のバイヤーが入札に参加した。2023年には、「コーヒー業界のアカデミー賞(オスカー)」と呼ばれるCOEコンペティションへとレベルアップしたことで、台湾のコーヒーの品質が国際的なバイヤーに認められたことがわかる。
「台湾がわずか20年で高品質のコーヒーを生産できるようになったのは、主に農家の頑張りのおかげ」と方さんは語る。農家自身の研鑽と、中央・地方政府によるコーヒー豆評価制度やコンテスト開催で、品質が向上し続けたという。
例えば阿里山では、コーヒー農家が「嘉義コーヒー産業発展協会」を結成し、相互交流を図っている。同協会の監事であり、「卓武コーヒー (Zhuo-Wu CAF'E)」の主人である許定燁さんは、「皆で共通価値を探し求め、分かち合う」という精神が産地の品質を向上させるのに役立っていると語る。また「鄒築園 (zouzhouyuan)」農園の主人・方政倫さんは、同協会の理事長だった頃、コーヒーのマッチング会を開催し、最終選考まで残ったものの受賞できなかったコーヒーも「努力すればチャンスがある」と入札に参加できるよう働きかけた。

コーヒーの実は、ウォッシュド(水洗式)、ナチュラル(乾燥式)、ハニー製法などの処理方法によって風味が異なる。
コーヒーの消費現象
台湾は高品質のコーヒーを生産しており、コーヒー消費文化もその原動力となっている。国際コーヒー機関 (ICO) によると、2021年の台湾人のコーヒー消費量は年間約28.5億杯、1人当たり平均で年間122杯になるという。
台湾人のコーヒー好きは、コーヒー産業に興味深い現象をもたらした。台湾コーヒー産業戦略連盟の招集者である林哲豪さんが、世界的にも珍しいと注目しているのは、台湾にはすでに671人のコーヒー鑑定士であるCQI認定Qアラビカグレーダーがおり、自家焙煎のコーヒー店を含めたカフェ、焙煎士や焙煎業者が総人口に占める割合が高いこと、1週間以内に焙煎した新鮮な豆をコンビニエンスストアが提供しているといった現象だ。
近年、台湾は世界で最も有名なコーヒーの品評会であるベストオブパナマ (BOP) において、最大のコーヒーバイヤーとなっている。コンビニエンスストアもスペシャルティグレードのコーヒーを発売しており、消費者に高品質・高価格のコーヒーを求めるだけの能力や嗜好があることがわかる。台湾のコーヒーはスペシャルティ志向となり、台湾ならではの特徴が出てきているのだ。
COEコンペティションに勝てるということは、台湾に技術と品質がある証だと方さんは言う。便利な公共インフラやアクセス性の高い農園があり、そこを訪れれば、価値ある一杯が楽しめる。

阿里山のコーヒー農家が団結してコーヒーの栽培と精製技術の向上に取り組んだ結果、阿里山は台湾のスペシャルティコーヒーが集まる場所となった。
「鄒築園」100年続く農園目指して
コーヒー農園巡りをする私たちは、まず阿里山楽野集落にある「鄒築園」を訪れた。店の外にはツォウ族(鄒族)の勇士のブロンズ像がある。長い槍を持ち狩猟刀を背負った姿は、主人の方さんによると「戦う農民」が表現されているそうだ。
2007年、方さんは全国台湾スペシャルティコーヒー豆品評会のチャンピオンを獲得した。方さんの「ゲイシャ・ナチュラル」は、2022年阿里山農園コーヒーエリート交流会マッチングコンテストで大賞を受賞し、5キロ52万元で落札され、入札額の世界記録となった。
ここは「ハイテクアイランド」台湾、方さんはスマート農業で高品質なコーヒーを栽培する。農園には土壌の温度、湿度、肥沃度の測定器が設置され、データがアプリに表示される。ビッグデータを活用して畑の管理戦略を練る方さんは、農園での観察に時間をかけ、「台湾のコーヒー産業を変え得る特別なことが多くわかった」という。
「So'ngna(索恩娜)」(ソォウンナ:ツォウ族の言葉で「最高の、最良の」を意味)は、葉と果実の性質や形状が通常と異なることを見つけ、DNA鑑定によってアフリカ原生種であることが確認されたが、名前がなかったため、方さんが名付けたものだ。今後も観察を続け、晴れて新種発見となれば、台湾生まれの品種となる可能性もある。
方さんのコーヒー農園は、畑の管理からコーヒー豆の精製までにこだわった完全な「ワンストップ」だ。「鄒築園」に来れば、最高品質のコーヒーがどのように生産されているのかわかるだろう。

客のためにオリジナルコーヒーを淹れる「鄒築園」の方政倫さん(右)。
卓武山コーヒー農場 新豆誕生に毎年期待
阿里山郷の最南端、茶山村にある卓武山コーヒー農場の「ゲイシャ・ナチュラル」は2021年のTaiwan PCAで、1ポンド500.5米ドル(1キロ30,820元相当)の高値を叩き出し、PCA最高単価記録を更新した。
農園の主人・許峻栄さん(70歳)は37年間お茶栽培をしてきたが、害虫被害のため2001年に息子の許定燁さんの勧めでコーヒーに転向した。
峻栄さんは畑の管理に長け、接ぎ木や肥料の自作も学んだ。高値で落札された「ゲイシャ・ナチュラル」は、ティピカの木にゲイシャの品種を接ぎ木したユニークかつ見事な作品だ。
息子の定燁さんは、バイオテクノロジー企業と協力してスマート農業を導入し、さまざまな時間における土壌、コーヒーの実、葉、枝をサンプリングして化学分析を行い、精密農業を進め、コーヒー豆の品質と収穫量を大幅に向上させた。「我々はどのタイミングで何をすべきかわかっています。科学的に取り組むのです」と定燁さんは語る。
卓武山コーヒー農場産のコーヒーは、嘉義市の「卓武コーヒー (Zhuo-Wu CAF’E)」でも味わえる。ここでの楽しみ方は儀式的だ。中国茶のように品茗杯や聞香杯を使って、五感を研ぎ澄ましてコーヒーの香りを楽しむのが先なのだ。「ゲイシャ・ウォッシュド」はレモンや柑橘系の甘酸っぱい香りで、口に含むとベリーのような風味が広がる、滑らかな口当たりと豊かな味わいがある。泉の水で精製された「SL34ウォッシュド」は花やお茶、プラム、柑橘類、メロン等の香りで、素晴らしい甘みと均質な風味を持つ。
「実験、実験、また実験の繰り返しで、データを蓄積します」と定燁さんは語る。毎年、収穫期には新しい豆の誕生が楽しみで、「宝くじに当たったような気分」だそう。将来は、台湾で独特の風味を持つ品種のコーヒーを見つけたいと期待する。

「卓武コーヒー」の主人・許定燁さんは、中国茶のように茶海、茶杯、聞香杯を使って、独創的にコーヒーを味わう。(撮影:林旻萱)
「飛鼠コーヒー」ツォウ族文化香る一杯
「アヴェオヴェオユ!」とツォウ語で温かく迎えてくれたのは、「飛鼠コーヒー (Peisu coffee)」(「飛鼠」はムササビの意)の店主・陳瑜安さんの父親である陳吉華さんだ。
阿里山郷達邦村の特富野集落で、「飛鼠コーヒー」は民家の裏にひっそりと建つ。秋が深まると裏山のコーヒーの木に実がなり、コーヒーを味わいながら景色を楽しめる。
陳吉華さんの娘・陳瑜安さんはかつて北部で暮らしていた。ある時、帰省した際に父親の頭が既に真っ白になっていることに愕然とする。それなのに離れている自分。家に戻ろうと思った。
瑜安さんは昨年、夫と故郷に戻って店を開いた。姉妹も戻ってきて一緒に経営を始め、両親と弟は畑の管理を担当、家族はコーヒーで繋がった。
瑜安さんは「飛鼠コーヒー」をツォウ族の文化を取り入れたカフェにした。
伝説によると、ツォウ族の天神ハモ(哈莫)が山林に足跡を残し、その後ツォウ族が定住したという。特富野集落は足跡が最初につけられた場所だ。瑜安さんは、客がコーヒーを飲みながらツォウ族の文化について知ることができるように、ツォウ族の集落を巡るツアーを企画した。故郷に戻っての起業という瑜安さんの意気込みが国家発展委員会に注目され、「飛鼠コーヒー」は若者育成ステーションとして選ばれた。瑜安さんはUターンする若者の故郷での地方創生を見守っている。

古坑にある「嵩岳コーヒー」の郭章盛さん(右)は、環境変化の時代に台湾におけるコーヒーの持続可能な道を模索するべく、台湾の在来種であるシロミミズの木にコーヒーを接ぎ木し、台湾農業大賞である神農賞を受賞した。 (撮影:林旻萱)
古坑の「嵩岳」 優れた品種を求めて
曲がりくねった草嶺公路を上り、「台湾コーヒーの故郷」である古坑にやって来た。訪ねたのは標高1,200メートルにある「嵩岳コーヒー」だ。
郭家は古めかしいコの字型の三合院だ。「うちは何も加えないオリジナル味を作る農家」と農園の主人・郭章盛さんが笑顔で紹介してくれた。庭からは郭さんのコーヒー実験農園を見渡せ、嘉南雲峰と阿里山山脈を眺めながら、石畳の上で台湾のコーヒーが味わえるという、格別な体験ができる。
御年60歳の郭さんは、子供の頃から植物研究が好きで、小学生で接ぎ木ができた。お年寄りが荷苞山のコーヒーの木について話すのを聞きつけ、わざわざ山に登って見つけ出し、家に持ち帰り植えてみたこともあるという。
921大地震の後、古坑ではコーヒーが特産品となり、郭さんはコーヒー栽培を専門とするようになった。2010年、SCAA(米国スペシャルティコーヒー協会)のコンテストに参加、台湾からの参加者の中で最優秀の成績を収め、それが自信となり、以来毎年応募して受賞している。
豆の品質を向上させるため、郭さんの3人の息子は全員Qグレーダー・ライセンスを取得した。収穫期には家族全員がカッピング(テイスティング)に集まり、一番のコーヒーを選んでいる。
「嘉南雲峰は阿里山に最も近い山で、コーヒーはこの山の特産品であるウーロン茶のような味がします」。今年、農業部による第1回台湾コーヒー分類格付け (TCAGs) 評価実演競技会に参加し、特選を獲得したゲイシャ・ウォッシュドは、フローラルな香りと甘酸っぱい口当たりを持つ。「フルーツジュースのような突き抜けるすっきり感があり、想像の余地が大きい。シンガポールの審査員も買いたがっていました」と郭さんは語る。
台湾のコーヒー農園で味わうコーヒーは、主人たちが人生の情熱を傾け完成させた格別な一杯だ。はるばる足を運んでみる甲斐は、きっとある。


台湾の人たちはコーヒーが大好きだ。台湾コーヒー産業戦略連盟の招集者・林哲豪さんによると、台湾のQアラビカグレーダーや焙煎士が台湾の人口に占める割合の高さは、世界的に珍しいという。

「飛鼠コーヒー」の陳吉華さん(右)と陳瑜安さんの父娘は、店をツォウ族の文化を取り入れた特色溢れるカフェにした。

「飛鼠コーヒー」の店の前に広がる雄大な山の景観は客に好評だ。

コーヒー実験農園で接ぎ木をする郭章盛さん。さまざまな種類のコーヒーの木で試す。(撮影:林旻萱)

「嵩岳コーヒー」の農場は標高1,200メートルの古坑郷の山間部に位置する。坂を登って辿り着く、古めかしい三合院式の建物で飲むコーヒーは格別だ。(撮影:林旻萱)

「嵩岳コーヒー」は「何も加えないオリジナル味」を作る。庭にテーブルを出すとオープンカフェへと早変わりする。(撮影:林旻萱)