台湾流ヨーロッピアン・ブレッド
消費者は必ずしもヨーロッパのパンが好きというわけではないかもしれないが、ヨーロッパのパンが台湾パン業界の風景を変えたのは確かだ。
例えば武子靖さんが指摘するのはこんなことだ。昔ながらの台湾のパン屋は発酵を短時間で済ませるため、生地作りからパンが焼き上がるまで半日もかからない。だが今では台湾式パン屋でも低温で発酵に時間をかける店が少なくない。武さんがスイーツ店「蜷尾家」創業者の李豫さんと共同で開いた「蜷尾家パン」もそうだ。パン職人は午後から生地作りを始め、ひと晩発酵させて翌日に焼く。こうすると「より軟らかく、より良い風味のパンができます」と武さんは言う。
作家の曹銘宗さんは、台湾の食文化には「創造の伝統がある」と語ったことがある。まったく異なる論理で作られるヨーロッパのパンを、西洋文化に縛られない台湾人は自分の好きなように変え、多くの人気商品を生み出してきた。
例えば野上智寛さんがバゲットとチーズやベーコンを組合わせて作る「ザルツブルク」は、彼の店のロングセラーだ。台北の「法蘭司」ベーカリーは、バゲットに甘いバタークリームを挟んだ「ウィーン風ソフトフランスパン」を売り出し、一時は共同購入の人気商品となった。
また、当時大きな話題となった「パン達人手感」ベーカリー・チェーンの目玉商品は、ヨーロッパ風のパンの中に大量の砂糖や油脂、具材を加えた「台式軟欧(台湾式ソフトヨーロピアン)」で、これも大ヒットした。
ほかにも、莎士比亜ベーカリーのセントラル工場に足を運んでみると、台湾のドライフルーツ入りのヨーロッピアン・ブレッドのほかに、分厚くミートソースが塗ってあってピザのように楽しめるパンや、マルゲリータの3要素であるトマト、チーズ、バジルを加えたチャバッタ、それにバゲットとクロワッサンの生地を組合わせ、パリッとした皮に、クロワッサンのバターの風味と柔らかさを持つパンまである。
こうしたミックスに、外国から来たパン職人やミシュラン・シェフも「こんなことを思いつくとは」「どうしてこんなにおいしいのか」と驚きの声を上げるほどだ。
台湾のパンのこうした奇想天外さは、スイーツ専門家の陳穎さんが著書『法式甜点裡的台湾(フランス式スイーツの中の台湾)』で指摘していることと重なる。彼女によれば、台湾のスイーツには職人の枠にとらわれない柔軟性と熱意が感じられ、ここはまるで「あちこちに珍しい花が美しく咲き乱れているのに、世界にはほとんど知られていない、活気に満ちた新天地」だと言う。パンもまさに同じではないだろうか。
聞くところでは、すでにパリには台湾人の経営するパン屋があり、売られているのは自家培養酵母を使って手作りにこだわったヨーロッパ風のパンで、しかもそれに台湾人の食習慣を組合わせ、具材を加えて焼き上げたものだという。消費者は買って帰った後、自分で具材を挟んだりしなくてもそのまま食べられるため、その手軽さがヨーロッパ人にも好評らしい。
台湾のパンは、ヨーロッパのパンの真髄を残しながらも台湾式にアレンジされている。少し手が込んでいて、少し反逆的で、型破りで「何でもあり」の創意がある。いわゆる「正統」からは離れているかもしれないが、台湾人なら「これでいいじゃないか」と言わんばかりに自然なものだ。そしてこの気負いのなさによってこそ、自らの出自や底力を表すことができるのだろう。それが台湾のパンを世界の舞台で輝かせるのだ。

3店舗を経営する王鵬傑さん(左)は、店にセントラル工場も備えている。世界大会出場選手のコーチをたびたび務め、業界への使命感が強い。自らの店から、さらなる実力派の台湾人パン職人が生まれることを願っている。

2008年にフランスでの世界大会「クープ・デュ・モンド・ド・ラ・ブーランジュリー」で準優勝した台湾チーム。左から曹志雄さん、呉宝春さん、文世成さん、施坤河さん。(施坤河提供)

「莎士比亜」ベーカリーのパンは、ヨーロッパのやり方にならって自家培養酵母による手作りにこだわりながら台湾の食材も用いる。その味は台湾人に人気があるばかりか多くの外国人パン職人や一流シェフからも認められている。

武子靖さんと李豫さんが共同で開いた「蜷尾家パン」は、ヨーロッパのパンの作り方を取り入れた台湾風パンを作り、パン業界に飛躍をもたらした。