2012年は復興航空(トランスアジア航空)の実りの年だった。
年初から、同業他社がうらやむ売上と利益増を記録し、経済誌IBタイムズの2011年世界の成長企業ランキング1000社の707位にランクインし、アジア太平洋地域では唯一ランクインした会社となった。7月には世界的に著名な航空専門誌アビエーションウィークの、2012年の世界の優秀航空会社ランキングで世界6位、アジア太平洋地域では第3位にランクし、一般評価の高いシンガポール航空や全日空を上回った。無論、台湾からは唯一ランクインした航空会社である。
実際には、復興航空は10年前に経営難で所有機を売却して巨額の欠損を穴埋めしていたのである。それが、どのようにしてわずか数年でまったく様変わりしたのであろうか。ドル箱路線はすでに大手二社に占有されていたのに、どうやって自社の道を探り当てたのだろう。
2012年11月28日に、台北の松山空港のエプロンに、新しいA330-300が入ってきた。
A330-300は、世界二大航空機メーカーの一つ、エアバス社の新型機種である。最大航続距離は5000マイルで、積載乗客数は300人余り、しかも機体が広いためにキャビンの応用が利き、快適でもある。燃費も同レベルのボーイング777-200ER より15%良く、航空会社から人気である。現在、世界の航空会社93社が採用し、計850機余りのA330が世界40数カ国の空を飛んでいる。台湾の中華航空とエバー航空も、それぞれ20機と14機を運用する。

東南アジア最大のハブ空港であるバンコクにも、復興航空は今年就航する見込みだ。
しかし意外なことに、一機2億米ドル(約60億台湾ドル)もするこの飛行機を、売上が中華航空やエバー航空の10分の1にも及ばない復興航空が所有したのである。社歴61年の復興航空にとって、初めて所有した大型旅客機だった。資本金の2倍を投じて高額のA330-300を2機(復興航空の資本金は58億台湾ドル)購入しただけでなく、さらにA321-200、A321neo、ATR72-600など航空市場で人気の主力機種を購入し、2022年までに就航する予定である。
他の航空会社が厳冬の景気に対応して保守的な経営を続ける中で、復興航空は大胆な拡張を続けているが、そこにも緻密な市場戦略がある。
開南大学空運管理学科の盧衍良順教授の分析によると、復興航空の機体調達計画は攻めにも守りにもよいという。A330の乗客数はこれまでのA321-320の2倍で、機体の機能は大幅に向上する。
一方で、A330の特性は台北-香港などの近距離でも、台北-バンコク(4時間の中距離)でも、台北-シドニーの9時間の長距離でも対応できる。運用開始時には、現在の台北-北海道、台北-シンガポールなどの人気路線に就航させ、将来的には中長距離路線を開拓するためのカードとなる。
機体購入計画を主導する復興航空の林明昇董事長も、A330は復興航空が新しい路線を拡大するための武器となると話す。「これまで政府の民間航空局は、復興航空には大型機がないから、路線を配分できないとして我が社はいつも劣勢に立たされていましたが、現在はそのハードルも越えたので、将来的により平等に扱われると考えています」と、最近一年の間、路線配分問題でしばしば紙面をにぎわしてきた林董事長は直言する。

2011年11月、復興航空は中国大陸の徐州に就航した。
1973年生れ、今年40歳になる林董事長は、復興航空を金の卵に生れ変らせた人物である。
カリフォルニア大学法学博士の学位を有する林明昇は、典型的な法律家である。毎分150文字を話せるという彼のロジックは整然と秩序立ち、その雄弁は多くの企業の広報担当を遥かに上回る。
対外的に会社の権益を守る段になると、その法律家としての性格がさらに際立つ。去年3月に復興航空が松山-ソウル金浦路線を獲得できなかった時、大手二社に手厚いのは不公平だとして、政府交通部及び民間航空局を相手に総統と行政院長に直訴し、さらに監察院にも告発状を提出した。その後、監察院の調査報告が公表され、韓国との航空路線配分について、交通部は公正公開の制度を確立しておらず、見直しが必要と判断を下したのであった。
さらに、長年未決の空軍事故事件がある。事件は2003年3月21日に遡る。当時、復興航空のGE543便は台南空港から着陸許可を受けて、滑走路に着陸したのだが、そこで工事用車両が工事をしていた。この双方の衝突で機体は大きく破損し、機体修復は不可能だっため、復興航空は国家賠償を請求した。ところが空軍が賠償金額に同意せず、裁判になって10年近くになる。復興航空は一審、二審、一審再審共に勝訴しているが、最終判決はまだ出ていない。
この裁判の賠償金額は5億台湾ドルに上り、利子だけでも累計9000万元と、復興航空の資本金の1割近くを占める。数年前に賠償を受けられたら、帳簿上の金額以上に経営に大きく貢献したのだが、空軍は引き伸ばしを続け、資源を無駄にしている。

復興航空はここ数年、積極的に新たな航路を開いている。写真は2011年7月、シンガポールへの就航の祝賀式。
林明昇の作戦は積極的である。2010年に37歳で現職に就任し、台湾の航空史上で最も若い董事長となった。それからは巨額の機体調達計画のみならず、株式上場に成功し、私募増資で8.98億元の資金を調達し、旅行会社を設立し、中国大陸の二級都市や東南アジア、北東アジアの新路線を拡張した。
復興航空は現在、国際線16路線、中国大陸線23路線、国内線7路線を運行し、売上比率はそれぞれ約30%に加えて、10%はチャーターなどの業務である。国際線の比重が高まるにつれ、北海道の釧路や旭川など、他社にはない路線を開発している。さらには機敏な価格設定と異業種横断の提携で、シーズンオフでも全路線の搭乗率は7割を超えている。
こういった緻密なプラニングと積極経営で、ここ数年の業績は安定してきた。2009年の売上は56.94億元だったが、2012年1-11月は86.8億に達し、通年で百億に達すると期待される。
拡張を続けるが、復興航空の負債比率は増加しておらず、2012年の第1~第3四半期は42%に過ぎず、他の航空会社が7割を超えるのに比べても、高成長、低負債は目立つ。こういった財務指標を見せても、普段は明快な口調の林明昇は遠慮気味に「好成績は社員の努力のおかげで、私一人の手柄ではありません」と語る。

復興航空は安全検査とメンテナンスに力を注ぎ、空の安全を追求している。
家業を継承した林明昇は、着実ながら積極的な指導スタイルで、復興航空の企業イメージと市場での地位を転換した。
1951年設立の復興航空は、1983年に林明昇の祖父・林燈が創業し国産実業グループが経営権を取得した。宜蘭県員山郷出身の林家は、かつては新光グループの呉火獅、台湾セメントの辜振甫と肩を並べる台湾出身の財閥だった。それが林燈が金融業に手を出して失敗し、その後の経営も順調には進まず、他の企業グループのように業種を越えて大きく繁栄することはなかった。
1992年に林燈が逝去し、国産グループと復興航空の経営も下り坂に向かい、赤字が膨らんだ。
2000年になって、国産グループを指揮していた林燈の長男・林嘉政が辞任し、グループから独立して中興保全を創設していた弟の林孝信(林明昇の父)がこれを引き継いだ。当時、復興航空は赤字続きで、負債比率は9割近く、繰越欠損は70億元と、ほとんど破産状態だったのである。
復興航空の財務状態を立て直すために、林孝信は台湾先物取引所の現任董事長范志強を董事長として招いた。林孝信に十分な権限を与えられ、復興航空は抜本策として機体売却の改革計画を実施した。当時は路線が少なく、運営が思わしくなかったのに、23機も保有していたため、減価償却費だけで数億元に達していた。売却で現金を蓄積し、古くなった機体を淘汰することもできたのである。
それと同時に林孝信の計画で、他社が一顧だにしなかったマカオ路線に力を入れた。まだ中国大陸との直行便がなく、乗換え時間が長いのがビジネス客の悩みだった当時、復興航空は上海航空と深圳航空と提携し、復興の旅客機がマカオに着陸すると、隣のゲートで上海か深圳の飛行機が待っている。これで乗換え時間を1時間以上短縮でき、航空料金も香港乗換えより1割ほど安かったため、ビジネス客の人気となり、復興航空の再生に役立った。

A330に乗る復興航空の林明昇董事長(右)とエアバス社アジア太平洋地域担当のジャン・フランソワ・ラヴァル副社長。
2009年末に中国大陸との直行便がスタートし、長年欠損が続いた復興航空にも春が来た。2010年に林孝信は、経営権をグループ内で研鑽を積んでいた長男の林明昇に任せた。林明昇は父の勤勉さと能力を受け継ぎ、毎朝8時半には事務所に入り、毎週朝食会で父に報告し、指標をモニタリングしている。その指導の下、復興航空の経営は軌道に乗り、2011年の利益は6億元、2012年は燃料価格の高騰と世界的な不況の影響があるが、第1~第3四半期の税引後利益は1.53億元、一株当り利益は0.28元と、国内航空3社のトップである。
アジアではここ数年、格安航空会社(LCC)が低価格で市場を奪っているが、林明昇は最初にLCCとの競争に対抗に乗り出し、「政府は政策により環境を整え、国内3社により、台湾ブランドのLCCを設立させるべき」と呼びかけた。
先見性ある提案だったが、大手他社からの同意を得られず、林明昇が矢面に立たされた。「国内の航空各社が協力するべきだと考えたのです。格安市場への参入が遅れると、それだけ台湾の傷が深まります」と最近ではLCCについて、なかなか意見を表明しなくなった林明昇は無念そうである。

台北-シンガポール、台北-北海道を結ぶ新型のA330-300型旅客機は、復興航空(トランスアジア航空)が新しい路線を勝ち取るための切り札である。
白熱化する市場競争において、未だにLCC計画を進められない復興航空だが、機敏な経営手腕と高いサービスの質で差別化している。
LCCの販売経験を参考に、2013年3月から10月の国際線にアーリーバード・プランを打ち出した。中でも台北-シンガポールのエコノミーは往復3700元(税別)と、65%オフであった。しかも格安航空会社では提供しない機内食付とあって、旅行を計画していなかった個人客までひきつけた。
サービスの質を見ると、復興航空のサービス担当の王鍾銘は、他の航空会社に比べて、復興航空では地上勤務と乗員のチームワークがよく、搭乗客のために工夫を凝らしているという。そのために、遠見雑誌の傑出サービス賞を2回受賞している。
ある時、閉所恐怖症のビジネス客が搭乗前に薬の服用を忘れ、乗り込むことができなくなった。大汗をかき、呼吸が荒れ、ブリッジで足がふらつく乗客がいれば、他の航空会社なら無線で放送して預けた荷物を下ろし、医者を手配する。しかし、復興航空では電話での連絡を用い、空港全体に知れ渡ることなく、乗客の面子を保った。この乗客はプライバシーに配慮した復興航空に感謝し、その後は復興航空の忠実な顧客となったと言う。
各界からの評価が高く、最近では優秀な経営者としてアイゼンハワー・フェローシップ奨学金を受けた林明昇は、それでも「小さくとも優秀というのが復興航空の経営の特色で、また理念でもあります。将来、会社が拡張を続けようとも、この理念を変えるつもりはありません」と断言する。
低迷期を潜り抜け、ようやく羽を広げて飛ぼうという復興航空は、三代目の林明昇の機敏な経営の下、これまでは二大航空会社が寡占していた台湾の航空市場に三者鼎立を実現した。将来的にはその事業の拡大を計画し、ホテル業界にも乗り出し、アジア太平洋からオーストラリア、ニュージーランド、さらには中東や東欧の新路線への就航を目指しているのである。
長い歴史を有しつつ、新しい活力に富むこの航空会社は、これからも優雅な姿で大空を飛翔していくことであろう。

高級感ある機内食や行き届いたサービスで、復興航空は数々の賞に輝いている。