しっかりと牛肉の香りがする台湾の代替肉で作った牛肉麺。
映画『ライオン‧キング』では、故郷を追われたシンバがティモンとプンバァに出会い、「ハクナ‧マタタ(くよくよするな)」の旅に出るが、途中でお腹がすき、虫を食べることになる。最初は難色を示したシンバも、食べてみると「べとべとしてるけど、悪くないね」と感想をもらす。
確かに、生物の生存に必要な蛋白質は動物だけに含まれているというわけではない。蛋白質はほかのさまざまな食物からも摂取が可能だ。そして、蛋白質を多く含む植物性食材から作られる代替肉が、今や新たな栄養源として注目されている。それはまた、地球温暖化の危機を解決する道にもつながるのだ。
2019年、アメリカのビヨンド‧ミート社が株式上場すると、植物由来の代替肉のブームが世界で起こった。それは台湾をも席巻し、食品工場やコンビニ、モスバーガー、マクドナルド、ルイーザコーヒーなどにも広がっている。だが実は台湾では四半世紀も前から植物肉産業は、新たなおいしさを世界に届けようと努力を続けてきた。

財団法人食品工業発展研究所の黄三龍(左)と張有勝(右)は、台湾の植物肉技術に自信を持っており、市場は無限に広がると見ている。
発展を遂げた代替肉
新竹にある財団法人食品工業発展研究所(以下「食品所」)を訪れた。台湾の植物肉発展に関わる重要な技術がここにはあるからだ。
張有勝‧所長補佐は世界の環境問題から語り始めた。国際連合食糧農業機関(FAO)の計算によれば、温室効果ガス排出量のうち畜産によるものは14.5%を占めており、しかも畜産や飼料栽培に必要な土地のために広大な熱帯雨林が犠牲になるなど、環境へのダメージが大きい。国連の推計では2050年には世界人口が100億を超えるとされるが、倍増する人口を限られた土地で養うにはどうすればいいのだろうか。
肉の代替品探しが急務となる中、張有勝によれば、キノコ類、昆虫、海藻、菌類、培養肉など、代替肉には多くの選択肢があり、いずれも食品科学の研究が進められている。難題は生産コストの克服で、多くがまだ商品化に至っていないが、そのなかで、植物由来の肉は工業生産が最も容易で、目下、最も競争力のある選択肢だと言う。
台湾のベジタリアンは人口の約13%、インドに次いで世界2位だ。そんなベジタリアンの需要に応えようと、台湾の代替肉産業はすでに30年以上発展を続けてきた。張有勝は、昔は菜食といえば豆腐に青菜の料理ぐらいしかなく、植物肉の原料は日本から輸入しなくてはならないうえに高額だった。食品所では実験や機械の開発にも取り組み、ついに原料となるテクスチャード大豆蛋白質(TVP)の開発に成功、業界に技術移転した結果、今や台湾製TVPは植物肉国際市場における主要商品となった。
また、長年にわたって植物蛋白質の研究に取り組んできたベテラン研究員の黄三龍によって植物肉の改良が進められ、すでに第三世代の植物肉が生まれている。黄三龍によれば、第一世代は大豆蛋白を原料に圧縮加工で製造した乾燥TVPで、食品にするには更に加工が必要だった。二世代目の肉はウェットタイプのもので、エンドウ、リョクトウ、ソラマメなどの蛋白質を原料に、異なる配合で異なる肉質を出した。三代目はさらに優れもので、まだ市販されていないがと彼は言いながら、卓上いっぱいになるほどの大きさの肉の塊を見せてくれた。「現在は挽き肉状の植物肉を加工して食品にするのが普通で、丸ごとの肉(ホールカット)を作るのは難しいです。が、食品所は経済部(経済省)技術処の支援を得てそれを克服、世界に先駆け、見た目も歯ごたえも本物の肉に近いホールカットの植物肉が作れました」
アメリカのビヨンド‧ミートが市場で先頭を切ったとはいえ、「整った産業チェーンのある台湾は植物肉開発のブルーオーシャンと言えます。それに第三世代植物肉の技術でも優位に立っています」と黄三龍は言う。

代替肉は焼くことも煮ることもでき、さまざまな料理に使える。
食の新たな選択肢に
「世界の人口の5%がベジタリアンですから、もし残りの95%が植物肉を食べるようになれば、環境に大きく貢献します」と、大成グループ「新食成」社の詹金和‧総経理はまず二つのキーワードにふれた。つまり、サステナビリティと市場規模だ。
台湾で一二を争う食品大手の大成は、早くから積極的に植物肉市場に進出していた。2021年にはNeo Foodsを設立、「大成は将来のニーズを早くから見越していました」という。近年、植物肉が国際的に注目を浴びると、マクドナルド、ケンタッキー、モスバーガー、フライデーズ、バーガーキング、スターバックスなどの名だたる飲食店が次々と植物肉を扱い始めた。「技術の大きな進歩で、ぐっと肉の味に近づいたからです。菜食を敬遠していた人も受け入れやすく、食べる人がじわじわ増えています」と詹金和は言う。
確かに台湾では宗教的理由で菜食の人が多く、彼らは豆の風味の強い第一世代の肉でも気にしていなかった。だが、ターゲットをベジタリアン以外に据えるとなると企業戦略も大きく異なる。「我々Neoでは、一般消費者の新たな選択肢としての植物肉であることを強調しています」と詹金和は言う。そのためマーケティングも工夫する。例えば大葉高島屋にあるGino Greenはベジタリアン料理を出す店だが、見かけもメニューも普通のレストランのようにしてあり、常に菜食というわけではない客をターゲットにしている。
Neoは技術面の向上に力を入れ、第二世代の技術をもとに、多種の代替肉を開発してきた。詹金和は「第二世代が大切にしたのは本物の肉そっくりにすることでした。肉の風味や繊維をよく理解した人にしか作れません」これは難しい技術だった。思い通りの繊維や口あたりにするために、温度や圧力、機器の回転速度、水分などの条件を少しずつ変えて実験を繰り返し、繊維の強度も計測してグラフ化し、牛や豚、鶏肉と同様の曲線を描くようにした。大成グループ企画広報マネージャの趙敏夙が詹金和の後を続けて言う。「だから我々がやるのが一番いいのです。一番肉のことをわかっているのですから。大成は台湾の鶏肉の重要なサプライヤーです。肉のおいしさの秘密を最もよく知っています」しかも大成は「美味研究室」を設立、おいしさを科学で追究する。
取材中、Neoのスタッフが牛肉麺や鶏細切り入りライス、ツナのきゅうり巻きを出してくれた。牛肉から良い香りがし、鶏肉はベテラン主婦でも騙せそうな歯ごたえ、ツナの味も本物そっくりだ。味は美味実験室の担当で、加工の最後に酵母エキスで植物肉に風味を加えるという。
「最も難しいのはエビです。味だけでなくプリッとした歯ごたえや、身に赤い筋もつけなくてはいけませんから」「でも間もなく完成です」と詹金和は嬉しそうに語った。

Neo Foodsブランドは肉を食べたい人にもう一つの選択肢をもたらすと語る詹金和。
油脂がおいしさの決め手
コーネル大学博士課程で学んだ黄仁佑と李博婷は、同郷で近所同士、食事もいつも一緒の仲だ。博士課程修了間際、ふとした会話が植物肉市場のことに及び、互いの専門が生かせることに気づいて起業を決めた。それがLypid(活優科技)だ。黄仁佑が学んだのは化学工学で、生体工学に関する博士論文を書いた。李博婷は食品科学で博士号を取得、油脂について研究し、食品加工のマイクロカプセル化技術を把握していた。「本物の肉と植物肉の主な違いは油脂にあります。そして世界を見渡しても油脂を作り出した人はいない。なら我々はそれから始めよう、と考えました」と黄仁佑は言う。
脂肪は肉汁たっぷりの肉の風味の源だ。だが植物油脂は液状、動物油脂は固体で、調理すると動物の油脂は食物内に留まるが、植物油脂は流れ出てしまう。「そこで、カプセルのようなものに液体の植物油脂を包み込み、特定の温度に達して初めて溶け出すようにして、肉汁たっぷりの食べごたえを出したのです」と李博婷は言う。
「ただ、そのカプセルはナノやマイクロメートルレベルの非常に小さなものなので、見た目は普通の油脂にしか見えません。顕微鏡でやっと小さなカプセルの一つ一つが見えます」また、市場に出回る植物肉の油脂は飽和脂肪酸が多く使われ、健康によくない、と李博婷は付け加える。彼らがルイーザコーヒーとの提携で出した「未来肉」シリーズには、低コレステロール、低トランス脂肪酸、飽和脂肪酸も一般の豚肉の半分しかないことを表示した。
Lypidは開発した純植物油製油脂PhytoFat™で2021年夏、世界的に有名なベンチャーキャピタルのSOS Venture(SOSV)傘下にあるアクセラレーターIndieBioに加わった。また今年(2022年)はGreen Generation Fundから400万米ドルのシードラウンド(スタートアップ最初の資金調達)を受け取った。
当初は台湾に帰国する考えはなかったと二人は言う。投資家も顧客もアメリカにいたからだ。ところが、アメリカでおいしいと感じた植物肉のパッケージには多くが台湾製と書いてあった。「すぐ帰国を決め、台湾を量産模索の拠点とすべく研究開発センターを設立しました。予測通り、台湾はかなり進んでいました」と黄仁佑は言う。

Neoの鶏肉は食感も見た目も味も本物の鶏肉と見分けがつかない。
環境保護もおいしさも
欧米では菜食が提唱されて30年以上になる。「植物肉はアメリカではもはや短期マーケティング戦略の呼び物ではなく、人々のライフスタイルです」と黄仁佑は言う。だが現実として「やはり価格と味が普及を左右します」と張有勝は言う。
植物肉と環境問題とは切り離せないものの、おいしいものを欲するのは人間の本能だ。「環境のために味覚を犠牲にしたくはありません」それが研究開発の主旨だと黄仁佑は言う。
大成も「おいしさ」を求め続ける。詹金和はこう言う。肉類は検疫が厳しく輸出が難しいが、植物肉なら問題ない。「大成の強みは調理品です。肉類の調理製造で多くの経験を積みましたから」牛肉麺、三杯鶏(鶏肉のバジル炒め)、宮保鶏丁(鶏肉の四川風炒め)といった台湾の名物料理を調理品にし、国際市場へと進出したい。彼はホーム‧ミール‧リプレイスメント(家庭用の調理済み食品)にねらいを定める。「ハンバーガーでも負けるとは限りませんが、オリエンタルフードでは我々の方がはるかに有利です」と言う。
張有勝は植物肉はますます発展すると見る。「植物肉市場はスタートしたばかりですから有利です」「人口増加に伴い、2050年には食物への需要も伸びますが、環境の現実を見ると、今より多く動物を飼育するわけにはいきません」食品科学は近年発展めざましく、食品産業をいかにして環境にやさしくサステナブルなものにするか、さまざまな分野の専門家が研究に加わっている。
おいしいものを楽しみ、同時に地球も守るのは無理だろうか。いや、そうではない。植物肉のポテンシャルは大きく、将来がさらに期待される。食べることで世界を変える。それは未来の夢などではなく、すでに始まっているのだ。

調理済み食品は大成の得意分野だ。水餃子からツナのキュウリ巻き、お焼きまでさまざまな料理が用意されている。

本物の肉の食感を生むために、計器を使って繊維の強さを比較する。

Lypidを創設した黄仁佑(左)と李博婷(右)は、植物油から着手し、カプセルの概念で液体状の植物油脂を包み、それを特定の温度で溶けるようにした。

肉のジューシーさと風味を生み出す脂肪分は、植物肉技術にとってひとつのハードルでもある。(Lypid提供)

世界的なベジタリアンの普及に対応し、台湾でもノーミートマーケットが盛んになっている。

代替肉は、おいしいものを食べつつ地球を守るソリューションとなる。