クラウド技術が情報伝達を変え、年月かけて人を育てる教育に新たな顔が生れた。「教育クラウド」ができつつある。教科書や宿題など指導情報をクラウドに置き、教師と生徒がパソコンや電子黒板、電子教科書等のデバイスで授業をし、リソースを共有する。授業に時空の制限はない。eラーニング、フューチャークラスルームは手の届かない空の雲ではない。教育の静かな革命が始まっている。
卒業以来学校に足を踏み入れていなければ、台湾の小中学校でeラーニング実験が始まり、授業風景が昔と違うことは知らないかもしれない。雨続きの12月初め、台北市大湖小を訪れ、先生が電子黒板を操作して児童が電子教科書を使う様子を近距離で観察した。霧は晴れ、次世代の教育が希望に満ちたものとなった。
起立、礼。挨拶は変わらないが、着席して教科書を開くのではなく、机の上のタブレット端末でログインの操作をする。
今日の言語の授業は、月と中国文化の関係について話し合う。正面の電子黒板と児童のタブレット端末に李白の「月下独酌」が同時に現れた。子供たちが一斉に朗読した後、先生の指示で本棚の中のファイルを開き、読み始める。
教員・陳宥安は「古代中国と月娘」という文章を、4段落に分けてインターネットで各班のメンバーに1段落ずつ送る。子供たちはそれぞれ割り当てられた段落を読んだら話し合い、文章を因果関係や辻褄を考えて順に並べ、ひとつの物語にする。大湖小高学年の「読解戦略」の「連結」に関する教案である。印刷物での指導だったら、切り貼りしながら苦労して作業することだろう。

紙のカードやチョークの時代は終わった。大湖小学校の陳宥安先生は電子黒板を用い、書いたり消したり拡大したり移動したり、指一本で操作する。
大湖小は2009年に教育部の「電子カバン(電子教科書)実験計画」に参加し、実験学級が3組あるほか、2013年からは英語の授業にも取り入れる。
「教室で口数が少なく身が入らない『お客さん』も、学習に興味をそそらられています」教務主任・李華隆はいう。
なぜeラーニングは学習意欲を高めるのか。
まず、教室内の設備を見回してみる。パソコンとインタラクティブな「電子黒板」、プロジェクター、デスクトップパソコン、ミニノート端末と機能が同等の「電子教科書」、電子教科書の充電カート……。目新しいデジタルデバイスが揃う。
ITデバイスが教育現場の授業スタイルを覆した。「一方通行から対話へ、受身から能動へ、これがeラーニングと従来教育の最大の違いです」大湖小校長・陳素蘭が要点を説明する。

学習への興味を取り戻す。スマート図書館には音声や画像も出る電子ブックがあり(上)、授業ではタブレット端末を使って話しあい(中)、クラスでは皆が手をあげて発言する(下)。eラーニングは生徒たちに勉強への興味を持たせる。
高雄左営小校長・田福連もIT教育におけるコンピュータ演算とシミュレーション学習は、従来の教育では不可能だという。また「レスポンスシステム」で意思表示することで、どれだけの児童が応答したかリアルタイムで分り、集約分析もできる。このようなインタラクティブ性の高い授業も従来教育では為しえない。田校長は、教育電子化は印刷物をコンピュータに入れたり2Dを3Dにするだけではないと語気を強める。PBL(課題解決型学習)の例では、教師がテーマを指定し、生徒が自分で答えを見つけて課題を完成させる。DST(デジタルストーリーテリング)は、映像・音声等デジタル方式で物語を語る。どちらもeラーニングの中で重要な学習スタイルである。
台北市民生中校長・孫明峰によると、eラーニングは生徒と教師の縦のインタラクションとともに、生徒同士の横のインタラクションや協力学習も増進するという。民生中は2011年3月に英語科で電子教科書を取り入れ、6週間経過で単語と文法の試験成績に顕著な伸びが見られ、平均点が以前の1.2~1.3倍になった。成績で中レベル後半の生徒の進歩が目立った。
クラウド教室を利用した補習授業は、eラーニングの将来の方向としてより重要である。
「近い将来夢を次々と実現させたいのです」台北市幸安小校長・呉宗哲が描くスマートスクールの青写真は順に、デジタル環境、イノベーション教育、クラウドインタラクション、多角的考査、診断分析、補習の拡大である。「子供たち一人ひとりが自主学習能力を持ち、先生が医者のように専門家になり、スマートシステムで補習教育を可能にしたいと願っています」
「テクノロジーは膨大なデータを提供します」インテル・プリンシパルアーキテクト兼ストラテジストのT.K.ティエンは、クラウド未来教室では生徒の学習内容と速度を追跡し、学習スタイルと間違いを理解できるから、データに基づく教材の調整や生徒の補習が可能だという。

学習への興味を取り戻す。スマート図書館には音声や画像も出る電子ブックがあり(上)、授業ではタブレット端末を使って話しあい(中)、クラスでは皆が手をあげて発言する(下)。eラーニングは生徒たちに勉強への興味を持たせる。
デジタル化は止まらないが、教育クラウド構築と同時に不安の声も上がる。近視の子供が増えないか、インターネットにのめりこまないか、デジタルギャップで親子関係が遠のかないか。多くの教師が「教育革命」に誤解と迷いを抱く。
誤解1:eラーニングは教師と保護者の地位を下げる?
モバイルデバイスで情報収集が便利かつスピーディになったことは、壇上の講師にとって脅威である。家庭におけるeラーニングに関心を寄せる新匯流基金会執行長・李学文は、いまや壇上で講演すれば下では聴衆が手に手にiPhoneやiPadを持って、言い間違えようものならすぐに訂正されるという。
学園のeラーニングは教師の地位を危うくするわけではないが、デジタル能力が自分に勝る生徒を相手に、危機感を感じる教師がいるのも無理はない。ことに流行のコミュニティサイトは年齢の距離がなく、生徒・教師・保護者が皆「友達」だったりする。米国の専門家は、教師が生徒と保護者と距離を保つよう勧める。インターネットは予期しない面を暴露する可能性がある。私生活や振る舞いなど、保護者が期待する教師とのイメージ差で、教師への信頼が損なわれるかもしれないからだ。
「師弟関係のフェイスブック化」はさておき、モバイルラーニング推進で教師は教材の主導権を失い、指導形態も生徒中心に変らざるを得ない。教師にとって変化は大きい。
「この世代の子供はデジタル『先住民』で、教師は『新住民』に過ぎません」大湖小教務主任・李華隆は、師弟間のデジタルジェネレーションギャップは確かに存在するという。
「学ばなければ子供に馬鹿にされます」左営小の張玉芬は、電子教科書の機能は児童が教師に使い方を教えることがあっても、教師の役割と機能が損なわれはしないという。「教師は子供より経験豊富ですから」
「教師には学ばない権利はありません」左営小校長・田福連は、教師のほとんどが同じように思っており、学習・練習し続ける意欲をもってeラーニングツールを活用しているという。
「以前は子供に背を向けて板書していましたが、電子黒板と電子教科書に変ってから向かい合って授業ができるようになりました。先生は楽だし、子供もあくびをしなくなりました」と左営小の林育萱がいう。
「置き換えるよりは融合・併用を考えるべき」大湖小校長・陳素蘭は指摘する。インタラクティブな電子教科書は使いやすく操作も簡単だが、完全に黒板の代りをするのではなく、現段階では共存している。
誤解2:eラーニングは技術のための技術?
電子教科書の提唱当初から、教育界には児童のカバン軽量化の期待があった。だが印刷物の教科書をなくした訳ではなく、教科書とノート端末で児童の負担は増大した。軽くて薄いタブレット端末が登場し、コンテンツが豊富になってやっと電子教科書が再び注目されている。
実際には電子教科書の機能はデジタル化・ペーパーレスに止まらず、指導と学習方法が変ることが鍵である。「ずっとハードウエア的思考でした」新匯流基金会執行長・李学文は、誰でもデバイスを持っているのがeラーニングではなくて、何をどう教えるかこそがeラーニングの成否を左右するという。
誤解3:eラーニングは近視やネット中毒を招く?
保護者が心配する近視だが、実験によると子供の視力は悪化していない。眼科医も児童の近視の原因はただ一つ、距離が近いことだという。電子ブックも印刷物も違いはない。
一方、インターネット中毒はより興味深い問題だろう。インテルのT.K.ティエンは、1990年代生れの子供は校外でパソコンを覚え、家のパソコンは学校のより進んでいたりするという。つまり、のめり込むのはeラーニングのせいではない。
マカオ培正高校が幼稚園・小中高の児童生徒に行ったアンケートでは、子供の8~9割がデジタル製品を知っている・使ったことがある・持っているが、多くはゲームに使っていた。「デバイスを応用した学習を知らないのは非常に残念なことです。これも学校がeラーニングを進めなければならない主因です」と培正高の黄智中は台北世界華人ICT教育イノベーションカンファレンスで語った。

紙のカードやチョークの時代は終わった。大湖小学校の陳宥安先生は電子黒板を用い、書いたり消したり拡大したり移動したり、指一本で操作する。
eラーニングを徹底し、拡大すべきなのか。
2009年から教育部は台北市忠義小と大湖小、新北市建安小、花蓮県長橋小、高雄左営小の5校を電子教科書試行校に選び、2010年には10校に増やし、2012年8月から32校を追加した。現在16県・市42校がeラーニング実験に参加する。2015年には100校を目指す。
他国の計画を見よう。韓国は21億米ドルで2015年までに小~高のペーパーレス教育システムを完全実施すると発表した。日本は10億円を投じ、2015年に全国1000万人の小中学生に電子教科書を普及させる。米国は2017年までに全面的に電子教科書に置き換える。中国大陸は2010年から上海で試行し、5年以内に全国小中学校で実施する。タイは更に大規模で、2012年から小1生徒に1台ずつタブレット端末を支給する。

教科書を入れたカバンの重さに子供たちは耐えられない。すべての教材をフューチャークラスルームのクラウドに置いておけば子供たちの負担もなくなり、楽しく学校に通える。
他国の大盤振る舞いに比べ、台湾のeラーニングへの取り組みは遅れて見える。
「デジタルメディア活用能力は21世紀の学生にとって鍵の一つ」台北教育大学コミュニケーションとテクノロジー研究所教授・劉遠楨によると、国内の実験結果から、eラーニングが生徒・学生の批判的思考や問題解決能力に役立つことが示された。だが現行の筆記試験には表れにくく、20年経たなければ効果が見えないという。
教育部電算センター主任・何栄桂によると、行政のリソースは限られ、年間約十億の電算センター予算に配分を行う。またeラーニングは現段階において完全に従来の学習方法を代替することはできない。
「ハードウエアは資金で整備できますが、成否を握るのは対応措置です」台北市幸安小校長・呉宗哲はいう。iPadを1人1台支給して、それで?何を?どうするのか?
実験段階にある台湾eラーニングは全体的な計画に欠け、システムやインタフェイスやスペック不統一の問題も出てきた。台北市の電子教科書で8ブランド18機種あり、インタフェイスは統一されていない。将来ソフト更新が膨大な作業になると予見する向きもある。

学習への興味を取り戻す。スマート図書館には音声や画像も出る電子ブックがあり(上)、授業ではタブレット端末を使って話しあい(中)、クラスでは皆が手をあげて発言する(下)。eラーニングは生徒たちに勉強への興味を持たせる。
台湾のeラーニングのスタートは実は決して遅れてはいない。2001年に台北市が「デジタル都市、モバイル台北」と銘打って、世界初の一大WiFi都市を構築している。情報教育分野ではワイヤレス学園、モバイルラーニング(電子教科書)、e化教室(電子黒板)、スマート図書館等先進的な概念を推進してきた。
台北教育大学教育コミュニケーションとテクノロジー研究所教授・劉遠楨が説明する。当初台北市の電子教科書はミニノートで高価で重いこと、ソフトウエア教材やネットワーク設備の未成熟などで効果が今一歩だったことなどが挙げられる。タブレット端末が普及し価格も下って、eラーニングに新たな機会が巡ってきた。
道具は揃っても、わが国はソフト・ハードの最後の詰めに欠ける。「優れた演算環境なしには膨大なアクセスを支援できません」元台北市情報局長・現悠遊カード公司董事長・張家生は、無線も有線も整備しないとeラーニングは進まないという。張は市にWi-Fiスポット増設を提言する。コストは低いが、半径100m範囲しかアクセスできないからである。
また、知的財産権の問題も解決が急がれる。幸安小校長・呉宗哲は教育利用は免責としなければ権利侵害問題が山ほど発生するという。ある小学教師は自作教材に引用した童謡に許諾を受けておらず権利侵害で訴えられ、結局学校と教師が共同で作者に1万元を賠償した。
次世代のデジタルキッズを前に、保護者も教師もデジタル能力を向上し続けねばならない。デジタルの波は誰にも止められない。無駄な抵抗をやめ、前向きに進んでいくべきだろう。