映画会社の競争が激化する夏休み、例年ならハリウッドのアニメがかかるのが普通だ。だが今年は台湾製のアニメ映画「ファイヤーボール」が登場、多くの台風が来たにも関わらず、1000万元もの輝かしい興行成績を上げた。
だが、この作品が世界的に有名な「ムーラン」や「ライオンキング」などと同じく台湾人の手で作られたことは知られていない。
すでに27年の歴史を持つ宏広は、世界最大のアニメ制作会社の一つだ。長年懸命に経営を続け、ハリウッドの世界的な分業体制の中で頭角を現してきた。そして下請けだけの状況に不満だった彼らが、今年ついにオリジナル・アニメを制作、独自の道を歩み出したのだ。
四半世紀も前から宏広はアメリカからアニメ制作の注文を受けており、世界でも有数の規模を誇る。だが今年初めて多額の資金を投じ、自作のアニメ「ファイヤーボール(紅孩兒:決戰火燄山)」を作った。今後はじっくり路線を調整し、海外からの注文による制作とデザイン制作受注の形式から、オリジナル制作へと転換しようとしている。
宏広はアニメの受注制作では大手だが、創設以来そればかりで、会社の知名度は低かった。さらにここ数年は、3Dアニメソフトの発達で東南アジアや中国に競合相手が増え、収益も減少しがちだ。また、オリジナルでなければ興行収益、版権取引、関連グッズの売り上げなど思うようにならない。このためオリジナル作品の制作が、企業のレベルアップに欠かせない方向性となった。
王中元社長は、現在宏広は大切な転換期に来ていると言う。「今までは私たちは受注制作してきましたが、いい職人がそろっているのだから、自分たちでやってみたいのです」と王さんは言う。宏広にはずっと自社の代表作がなかった。受注制作は安定しているが、興行の収益は海外の映画会社のものだ。「実際、悔しいですよ」という思いがばねとなり、ついに70歳を目前にした台湾アニメの父が立ち上がった。

「ファイヤーボール」は2Dと3Dを組み合わせた映像で、伝統と現代、東洋と西洋の融合を試みている。
今年のアニメ映画「ファイヤーボール」は『西遊記』が元になっている。これは孫悟空と紅孩児の友情と冒険の物語であり、宏広初のオリジナル作品だ。
制作期間3年、費用は新聞局からの助成金1500万元、経済部工業局から借り入れた5000万元など計1億5000万元が費やされた。8月からの興行成績は1000万元を突破、台湾映画では蔡明亮の「浮気雲(天辺一朵雲)」、陳正道の「宅変」に続いた。
監督の王童は、宏広の王中元社長の弟で「無言の丘(無言的山丘)」「村と爆弾(稲草人)」などで高い評価を得てきた。2002年には中央電影を退職、映画低迷でやはり転換期を迎えていた王童は宏広に入社、演出、監督などを担当し、宏広のオリジナル制作の舵取りを任されたのだ。
受注制作の場合は、脚本とキャラクターがすでにあり、1本6ヶ月で作業が終わるが、利潤は大きくない。だがオリジナル作品は、企画から販売まで最低3年はかかり資金も億単位が必要で、リスクも高い。だが成功すれば、利益や名声も知名度も得られ、その効果は受注の場合とは比べ物にならない。
宏広はオリジナル作品を手がけるにあたって、物語とビジュアルスタイルを特に慎重に選んだ。西遊記を題材にしたのは、カンフーのアクションもあり、エスニックな雰囲気もある神話だからだ。王童は「だから心理面を詳細に描く必要がなく、アニメに適しているのです。文化的な違いも小さく、説明の必要が少ないので、海外にも売りやすいのです」と言う。ここ数年の世界的な中国ブームも、ファイヤーボールが世界に躍り出る後押しになるだろう。
しかし、王童の以前の作品の真骨頂は、重厚で綿密な描写だった。このためアニメ制作は、彼のそれまでの作品とは全く違う。「テンポのいい展開、オーバーな動き、若者言葉などで、現代的で国際的なイメージを持たせるのが今までと違う点です」
若者の心をつかむため、主人公紅孩児と孫悟空の掛け合いでは英語や流行語が頻出し、牛魔王は求愛の場面でフラメンコを踊り、三蔵法師一行の旅のBGMは人気バンド五月天(メイデイ)だ。こうしたコラージュ的な手法について王童は「西遊記のイメージを一新し、全く新しい現代的なイメージを持たせたいのです」と意欲的だ。宏広のベテラン技術ディレクターの呉為章さんは、技術面から見れば、「ファイヤーボール」も以前の受注作品とはそれほど違わないと言う。だがそれが華人の物語であり、宏広の作品なので「絵に心がこもり、自分の子供のような気持ちです」と言う。

「ファイヤーボール」の原画。アニメーターはこれを基に、キャラクターが動いて見えるように間のコマを描いていく。
初のアニメ制作にあたり、王童は宏広のレベルが高く、スタッフも実力があることを知った。「でも、オリジナリティとドラマ性に欠け、ストーリーテリング面が弱いのです」このため打ち合わせの時には、紅孩児と孫悟空の動きを自ら演じてみせ、すぐれた原画スタッフに自分が望む動きを厭くことなく説明した。
「原画」はアニメ産業の中核となる部分で、ビジュアルの中心となり、キャラクターの特性を如実に表す何枚かの絵だが、描くのが難しい。紅孩児の得意のポーズや表情、手足の動きの起承転結などを生き生きと描くには、高い技術が要求されるのだ。
このためアニメの作画スタッフは「動画担当」と「原画担当」に分かれる。原画担当はアニメに魂を吹き込む役目で、その数が会社のレベルを象徴する。宏広は経験10年以上のベテラン原画スタッフを100名以上抱えており、これは宏広の大切な財産だ。
宏広の従来の方式は、海外の映画会社がまずオリジナルのキャラクターとストーリーを設定し、宏広の原画担当者がポイントとなるコマを担当し、残りの部分を動画スタッフが埋めていく形だ。現在は台北と中国の蘇州、タイのバンコクの3ヶ所に支社を持ち600人余りのスタッフを抱えて分業ネットワークを有する。台湾で主なコマを完成させた後、簡単な色付け、動きのつなぎなどの仕事は蘇州とバンコクに送られる。
王中元社長は、3Dアニメ制作会社は増えたが、宏広は長年の経験を積んでおり、優秀な原画スタッフと専門スタッフ、整った分業体制があり、オリジナルを作る力は十分にあると言う。

宏広の王中元社長は台湾アニメの父と言える存在だ。78年の創業以来、多くの人材を育て、台湾を世界的なアニメ制作の基地へと押し上げてきた。だが本当の夢は宏広を世界的ブランドに育てることである。
アニメ映画は、寿命が長く販売ルートも収益の形も多様だ。若者向けの営業もかねて、宏広はさまざまな方法を試みている。ノートやぬいぐるみなどの関連グッズのほか、阿雅、五月天、楊貴媚、澎恰恰など芸能人を声優に起用した。また「ファイヤーボール日帰り旅行」など学校向けのイベントを企画、子供たちを宏広のアニメ制作の現場に招いた。
こうした攻勢で「ファイヤーボール」は今年の夏休み順調に業績を伸ばした。台湾の劇場公開のほか、アジアの版権も大いに売れ、スターTVは5年間の放映権を購入した。全体ですでに投資額の60%を回収している。欧米の版権交渉も順調で、例えばドイツの制作会社はセリフとBGMに少し修正を求めただけで、内容には満足している。今後、宏広はさらにテレビアニメの作成など波及効果を広げていくつもりだ。
王中元社長は「宏広はこれまで世界市場のために奉仕してきました。これからは自分のためにがんばるのです。目標は全世界です」と力をこめる。王童は「この映画は5年以内には全体収益が1億元を超えます」と自信満々だ。ファイヤーボールが世界を征服するのも遠くなさそうだ。

ベテラン映画監督・王童が初のアニメに挑戦し、「ファイヤーボール」で再び監督として最高峰を目指している。
だが「ファイヤーボール」への評価は両極端で、アメリカのアニメに似過ぎてオリジナリティがなく、キャラクターの描写も深みがないという声もあった。王中元さんもその点は認めており「3年の制作期間は短すぎます。資金も足りないし、今の成果はまずまずとしか言えません」と言う。
呉為章さんも、初めてのオリジナルだから、見る人がなじみやすいハリウッド風のスタイルで、対象を低年齢に設定したと言う。「まずは安定、オリジナリティはその後です」
1980年代に一世を風靡した台湾の「ニューシネマ」も、独自の語り口やビジュアル効果を築くのに時間が必要だったと王童は指摘する。「宏広のオリジナルへの挑戦は始まったばかり、スタイルの確立には時間が必要です」
宏広の次のアニメは、象の「林旺」をテーマとし、太平洋戦争時の南洋のジャングルからの物語となる。台湾の歴史を扱うことで、より広い年齢層にアピールし、東南アジア市場を開拓する考えだ。絵には平面、立体、中国伝統の水墨画を織り交ぜる。目標は宏広のスタイルを打ち出し、ハリウッドの物まねにならないことだ。
2年後に完成予定のこのアニメは、すでに6度脚本が修正された。日本の脚本家にも協力を仰ぎ、アジアらしい作品で世界の人々を感動させたいという。アメリカの専門家にも5000ドルも払っていくつかジョークを書いてもらった。「私たちの味が出るかどうかは『林旺』にかかっています」と呉為章さんは言う。

「ファイヤーボール」は2Dと3Dを組み合わせた映像で、伝統と現代、東洋と西洋の融合を試みている。
受注制作からオリジナル制作へ転換したことで、宏広のここ数年の財政状況は、以前より悪化している。このため、王中元さんは社長として資金繰りに追われる毎日だ。
顔には多少疲れが見えるが、アニメ界のベテランは今も現役だ。なぜなら「転換は絶対に必要で、もう遅いくらい」からだ。華人にはオリジナリティとすばらしい物語がある。ただそれを発表する場がない。宏広はこれまで「ムーラン」の美術設計の張振益、「ザ・シンプソンズ」の監督黨宜心などを輩出し、今も親しくしている。だが、もし彼らがずっと宏広に残っていたら、原画を描くに留まっていただろう。「だから私たちは自分たちで台湾の才能ある人々が活躍できる場を作らなければならないのです。疲れてもがんばっていかなければ!」と言う。
宏広の将来の夢は「マルコポーロ」という大巨編を制作することだ。欧米のすぐれたスタッフと協力し、宏広のアニメの技術を向上させ「昔マルコポーロが東方を旅した時のように、現代の西洋人に私たちアジア人の雄大な志を見せたい」のだと言う。
弟の王童は、宏広の舵取りの他、毎年恒例の映画界最大のイベント金馬賞審査委員長なども務めており「中央電影退職後の方がきつい」生活だ。だがその疲れは、まだ若かった1960年代の「貧しいが輝いていた」時代を思い起こさせる。情報もなく、必死だった時代、人々はただがむしゃらで、すべてが可能性に満ちていた。
「口より手を動かすこと、実際にやることが大切です」王童はこう兄弟の奮闘を語る。その瞬間、これらの決して若くない宏広の人々がまるでスクリーンで活躍するニューヒーロー、最後の瞬間まで戦おうとする無敵の紅孩児のように見えた。「1960年代の意気込みを取り戻すことこそ、台湾の将来に希望をもたらすのです」と王童は力強く言うのだった。

宏広のロゴには旧社名「Cuckoos Nest」の文字が入っている。辛苦を厭わない彼らの創業精神の象徴だ。(宏広提供)

宏広の王中元社長は台湾アニメの父と言える存在だ。78年の創業以来、多くの人材を育て、台湾を世界的なアニメ制作の基地へと押し上げてきた。だが本当の夢は宏広を世界的ブランドに育てることである。


映画宣伝のために、宏広は「ファイヤーボール」のキャラクター・グッズもたくさん開発した。

「ファイヤーボール」は2Dと3Dを組み合わせた映像で、伝統と現代、東洋と西洋の融合を試みている。

「ファイヤーボール」の原画。アニメーターはこれを基に、キャラクターが動いて見えるように間のコマを描いていく。

「ファイヤーボール」は2Dと3Dを組み合わせた映像で、伝統と現代、東洋と西洋の融合を試みている。


宏広は10年ほど前にコンピュータ・グラフィックを取り入れた。ディレクターの呉為章さんは、昔は指にマメができたが、今はマウスの使いすぎで腱鞘炎だと言う。後ろに見えるのは現在製作中の象の林旺を描いたアニメのキャラクターだ。