学生組織からプロの企業へ
ここ数年、フレディがよく知られているのはボーカルとしてよりも音楽企画集団TRAの責任者としての顔だ。TRA主催の例年のイベント「野台開唱」は今年11回目を迎える。台湾のほかに香港や日本など参加バンド申込数は200以上、3日間行われる。6つのステージの入場者数は延べ5万人にものぼる。
インディーズのためのこの祭典は、11年前は学生のロック連盟主催のイベントに過ぎず、学生バンドの発表と切磋琢磨の機会だった。
中興大学法商学部出身のフレディは1997年、連盟存続の危機の中、連盟を引き継いで野台開唱を続行させた。だが経営学専攻の彼はサークル的な経営では長期継続は無理だと感じていた。
2000年、閃霊は日本の「富士ロックフェスティバル」に参加、フレディはプロの主催者のあり方を知った。その後、企業を設立したのだ。
TRAという名称は、以前の「北部大学ロック連盟」のイニシャルの他に、別の意味合い「The Running Ants(走るアリ)」もある。音楽ビジネスの維持には、情熱、力、団結が必要だからだ。
TRAによって野台開唱の規模は次第に大きくなり、バンドの参加数も増加、学生サークルのイベントから、アジア規模のロックの祭典となったのだ。だが彼はこのイベントの独立性を守り続けている。
「以前、企業からスポンサーの申し出があったのですが、断りました」野台開唱の目的は、台湾インディーズの成長を見せることで、参加者はオリジナルバンド、それぞれ独立した個性を持っており、参加バンドがレコード会社や企業の言い分を受け入れるはずがない。「私たちには独立性を維持するために、決して譲れないものがあるのです」
このイベントは11年間、台北円山にある児童楽園で行われ、聴衆は立ったり座ったり好き勝手に音楽を聴く。すぐ横では参加バンドがアルバムを販売、近くでは実験映画やプロレスもやっているし、軽食も楽しめる。「好きなように音楽を聴いてほしいのです。イベントそのものが私たちの作品です」
同じ夏休みのイベントでありながら、貢寮の「海洋音楽祭」のお祭りムードや、墾丁の「春天吶喊」のバカンスムードとは違い、「野台開唱」はスポンサーをつけずチケット制を採っている。ロック好きが集まってほしいからだ。彼らは台湾のマイナー音楽の発展を大切にし、野台開唱の継続でインディーズのロックを聴く文化を形成したいと考えている。
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閃霊のメンバーの「死化粧」のようなメイクは、他のアーティストのモチーフにもなっている。上の絵はイラストレーターの毅峰が閃霊のために描いたものだ。(TRA提供)