本の道
中国の研究によると、10世紀前半の東アジアには経典や詩集、娯楽本などが交易される「本の道」があったという。中国から日本へと続くその道を書物が頻繁に行き来し、「異なる言語地域に同一の漢文書籍」という文化体系を作り上げていた。ところがその後、西洋文化の圧倒的な流入と、相次ぐ戦争のなかで、本の道は閉ざされ、共通の書籍文化も忘れ去られてしまった。
近年は国際的な版権取引によって交流も頻繁になり、「互いの不信感や軽視は克服できないことはない」という認識が芽生えてきた。そんな時ふとした縁で、日本の「季刊、本とコンピューター」の総合編集長である津野海太郎氏と、台湾の「網路與書(インターネットと本)」の発行者である郝明義氏が出会い、「本の道を再び」という話になった。そこで韓国と大陸からも協力者を探し、雑誌編集のコンセプトで、東アジア初の出版メディア交流プラットフォームを立ち上げたのである。
津野氏も認めるように、本書はマスメディアという方向を選んだため問題の掘り下げや視野の広さという点では今後に課題を残した。だが孤独に机に向かうことに慣れている出版関係者にとって、本書は視界がぱっと開けるような経験となるだろう。こんなにも互いを知らなかったのかという驚きだけでなく、それぞれ環境の異なる出版界に同様の問題が存在することに気づく。
日本の崩壊に台湾も続く?
本書は、四地域の出版事情と他地域の出版専門家による評論の、五つのパートに分かれている。日本事情は三つ目だが、まず初めに読むことをお勧めする。
バブル崩壊後も成長し続けた日本の出版業は、1996年にピークに達した後あっという間に衰退し、いわゆる「出版大崩壊」が叫ばれるようになった。大衆の読書習慣の変化、書籍の種類の増加、売り上げの低迷、大型チェーン書店の増加と、それぞれが互いにドミノ効果を生み、崩壊へと進んだ。
なぜ人は本を読まなくなったのだろう。「本とコンピューター」のホームページで意見を募ると、次のような考えが寄せられた。「本を読まないのは、消費社会特有の現象ではないか」「いや、全世界に普遍的な現象だ」「出版システムだけで変えられる問題ではないのでは」「我々の文化は根本的な大転換期にあるのではないか」と。
日本の現状に恐れをなす台湾を、郝明義氏は次のように形容する。日本は長い成長期を経て今や中年期の下り坂を歩み始めた。それに対し、たった10年ほどの成長で「大崩壊」と慌てる台湾は、まるで暴飲暴食の後の胃炎に苦しむ若者だと。
台湾では1987年に戒厳令が解かれると、出版界も読者もむさぼるように、統制時代の欠落部分を補おうとした。短期間に次々と海外の名作が翻訳され、装いを新たにした書籍が出版され続けた。まさに百花斉放であったが、消化不良も起こした。そしてこのような状況を前に出版界は立て直しを行えなかったばかりか、反対に新興の中国大陸市場へと目を向けてしまったのである。
もろい大陸、豪気な韓国
経済成長と同様、大陸の出版界は10年をひとっ飛びに成長し、なおも無限のエネルギーを秘める。急激な成長は従来の出版スタイルも超えてしまった。例えばデジタル出版ではVCDを経ずにいきなりDVDを売ってしまう。このような市場に他国の出版スタイルを当てはめるのは無理な話である。
出版は盛んだが、計画経済のなごりで流通体制が整っておらず、書籍が読者の手に十分にわたらないという体質のもろさが中国にはある。台湾、日本、韓国に共通する出版流通の危機は、大陸ではさらに深刻で、アジア出版界の新たなエネルギーの中心にあって、巨大なブラックホールを形成してしまっている。
そんな他国を尻目に、韓国の語るところはいいことづくめだ。同国出版界が民主化推進に果たした役割、インターネット文学と青少年書籍の成功、大型複合書店の勃興などが紹介され、時代の変化に伴う苦しみなどは感じられない。
韓国の出版人には広がる未来が見えるのかもしれない。本書で紹介される「出版都市」からも彼らの豪気が感じられる。それは、ソウル近郊の坡州(パジェ)に2003年にオープンした敷地面積48万坪に及ぶ「出版団地」だ。デザイン、印刷、出版、著作権仲介など数百に上る企業を集めたその「団地」は、まさに韓国出版界の夢の実現と言えよう。今後の実績はともかく、この壮挙を読んで心を動かされない出版人はいない。
社会を編集
だが本を閉じた時、脳裏に浮かんでくる自分たちの問題を思索しないわけにはいかない。
2004年8月の中国時報文芸欄に、台湾の編集者168名に対するアンケート調査の結果が掲載された。それによると、編集という仕事に明るい未来を感じる人はわずか26%に過ぎなかった。「やっても成果がない」という現状が、台湾の編集者にとって大きな壁になっているようだ。
遠流出版公司の王栄文社長も次のように嘆く。出版事業を興すには大型船を建造するような力量が必要だが、台湾には編集者(エディター)はいても、国際的視野を持ち、企画や統率能力のあるプロデューサーがいない。もっと出版人が自分の使命を自覚する必要があると。
編集とは何か
韓国坡州出版都市事業協同組合のイ・ギウン理事長は本書で「偉大な編集者は、一冊の本から社会にいたるまで、あらゆるものを編集できるものです」と語る。編集を学び、更に能力あるプロデューサーになるには、大きな視野で出版産業を見ることから始めなくてはいけないのかもしれない。