昨今、若い世代の多くが2万2000元という安い初任給に苦しんでいるが、一部の若者はユーモラスなイラストで自ら新しいマーケットを切り開いている。
かつてはイラストだけでは食べていけないと言われたが、いま彼らは企業から引く手あまたである。新鋭イラストレーターの温蒂妮やDuncan、掰掰啾啾らは、イラストを通して新世代の創意と活力を見せつける。
ネットの時代、コミュニケーションの手段が変わってきた。イラストひとつで相手にさまざまな気持ちを伝える人が増えているのである。
ポップアートのアンディ・ウォーホルは「将来は、誰でも15分は有名人になれるだろう」と語った。昔の画家は、一生の間にその才能を認めてくれる人に出会えるとは限らなかったが、今は能力と独自のスタイルを持つイラストレーターが、フェイスブックのファンページなどを通して自分たちの舞台を持てるようになった。
スイカ頭のDuncanや自信満々で豊満な美美、白眼を剥いた温蒂妮(Miss Undine)といったイラストのキャラクターは、性格が鮮明で、はばからずにものを言い、暮らしの中の些細な出来事や時事などを題材に普通の市民の声を表現する。その人気が高まるにつれて、企業からのオファーが入るようになり、彼らのイラストはフェイスブックを抜け出し、地下鉄や大通りで人々の目に触れるようになった。

Duncanは出身地・花蓮の訛を使ってキャラクターを生き生きと表現する。
頬紅と3本の下まつ毛、白い肌着に白眼がトレードマークの温蒂妮小姐(Miss Undine)は常に赤を背景に登場する。
誰もが思わず吹き出してしまうこの有名キャラクターの生みの親は自称「老温」という神秘の人物である。老温に取材を申し込んでも、決して姿を見せず、電話取材にも応じず、電子メールでのみインタビューを受ける。「私は少女の心を持つオヤジかもしれないし、オヤジの心を持つ少女かもしれない」と言うのである。
台南出身の老温は明るく情熱的な性格で、両親もイラストレーターになるという決意を支持している。幼いころから絵を描いていて、学校の授業中も、おかしいことを絵に描いて皆に回し、その頃から「漫画家」と呼ばれていた。
フルタイムのイラストレーターになる前は、サービス業に従事したこともあれば、公務員だったこともある。だが変化のない日々は嫌いだった。「飽きっぽい人間なんです。いろいろな仕事を経験していくうちに、白眼を剥いたイラストが次々と浮かんできました」と言う。
老温によると、最初の温蒂妮小姐のイラストは、むしゃくしゃする気持ちを発散させるために描いたものだという。いろいろなことが思い通りに行かない時期で、不満がたまっていた。その時、周囲の友人たちも同じようにうまくいかないことがあって白眼を剥きたいと思っているのではないかと思い、それをイラストで表現することにした。誰かの共鳴を得られれば、自分の気持ちも晴れると思ったのである。
そこで自分の気持ちを温蒂妮小姐を通して表現することにした。「誰もが辛い中で慰めを見出して生きているもので、白眼を剥くのは私の発散方法です。嫌いな人の背中に向かって白眼を剥けば、それだけで一日中すっきりした気分でいられます」という。こうして2013年に「白眼を剥け!温蒂妮小姐」というファンページが誕生した。ファンの数は現在では84万人を超える。
温蒂妮の他に、温蒂妮の彼氏である武蔵や仲間で双子の球球と糖弟なども登場する。老温はシニカルなスタイルで人々の不満や鬱憤を吹き飛ばす。おなかを出したり、トイレにしゃがんだり、鼻血を流したりといった、みっともない姿も描く。こうした飾らないスタイルが支持されているのである。「私の作品を見た人が『あ~、私の気持ちにぴったり!』と感じてくれればうれしいです」と言う。「白眼で地球を支配する」と笑う老温は、ありのままの姿を表現することで、人々の憂さを晴らしているのである。
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老温が描く温蒂妮小姐(Miss Undine)は白眼を剥き、シニカルかつ直接的なセリフでファンたちの心の声を代弁する。
もう一人の人気キャラクター当肯(Duncan)は、スイカ頭に黒縁メガネをかけ、鼻の横には深い法令線が刻まれ、常に黒白赤の三色を身につけている。これは作者の特徴を表現したキャラクターだ。この30代のイラストレーターが、ネットの人気投票でトップに選ばれたDuncanである。彼は美術学科の出身ではない。小学生の時に叔母がやっていた絵画教室で2年間スケッチを学んだことがあるだけだ。
幼いころから絵を描くのが好きだったDuncanは、画家や、ピクサー・アニメーション・スタジオにあこがれていた。だが父親は、画家では食べていけないと心配し、美術で有名な復興美工へは進学させなかった。大学に進学する時はデザイン学科に入ろうと思ったが、作品がなかったので受けられず、外国語学部に入ることになった。
兵役を終えるとDuncanはペンションの受付や屋台をやったりしたが、興味のない仕事をしているうちに、イラストで生計を立てていきたいという思いが高まっていった。「人生はとにかくやってみないと。やらなければ後悔します」と言う。そこで彼は実家のある花蓮を後にし、作品をもって台北へ出た。「給料は1万50000元でも2万元でも構いません。とにかく絵を学ぶ機会さえあればいいと思いました」と言うが、なかなかデザイン会社の仕事は見つからなかった。
十年ぶりにペンを執るついにチャンスがやってきた。コンピュータプログラミングの会社をやっている叔父が、デザインを担当しないかと声をかけてくれたのである。コンピュータグラフィックのことは全く分からないため少し迷ったが、叔父は学びながらやればいいと言ってくれた。そこで彼はCGの本を2冊買い、3ヶ月かけて学んでいった。
フェイスブックページのDuncanのファンの数は今では200万人を超える。だが、実はこのページを立ち上げるまで、彼はフェイスブックのこともよく知らず、ネットを使うことも少なかったという。ある日、フェイスブックで「白眼を剥け!温蒂妮小姐」を見て、「フェイスブックでこんなに面白いことをやっている人がいるのか!」と驚いた。これが刺激になり、彼は退社後にイラストを描くようになり、2013年6月にDuncan Designというファンページを開いたのである。
学校で美術を学べなかった空白を埋めるかのように、彼は毎日イラストを描いてアップしていった。最初は200~300人が「いいね!」を押すだけだったが、シェアの輪が広がっていくにつれてDuncanの人気は爆発的に高まり、ファンの数は今では240万人に達する。
こうして知名度が高まると、仕事が入るようになったが、彼は自分の創作エネルギーを蓄積して本来の仕事に専念するために、すぐには他の仕事は受けなかった。そして昨年2月、彼は職を辞して初めてイラストの仕事を受けた。テレビ局TVBSの母の日のイメージ広告である。
これに続いてDuncanはアディダスやケンタッキーフライドチキン、フォードなどの企業からも依頼を受けた。2014年7月からはASUSと共同でLINEのスタンプを作成したところ、月にのべ400万人がダウンロードするようになった。ここからもDuncanのイラストの魅力がうかがえる。
些細なところから得るインスピレーションDuncanは日常の些細なことを面白くしたり、よく使う言葉の語尾を変化させるなどしてシリーズのイラストと組み合わせている。例えば、有名なジョニー・ウォーカー(中国語では約翰走路)シリーズを、約翰走秀(ジョニーがショーの舞台を歩く)、約翰走音(ジョニーの音痴)、約翰跑路(ジョニーの夜逃げ)などに変化させてイラストをつける。外国語学科出身の力を発揮して、中国語と英語の対照訳をつけるなど、他のイラストレーターにはない魅力を発揮している。
Duncanのイラストには必ず文字がついており、思わず声に出して読んでみたくなる。例えば、自分の出身地である花蓮の訛を使ったシリーズもある。普段は見過ごしてしまうような些細な物事を通してDuncanは創意を発揮し、多くの人の共感を得ているのである。
創作の道は決して平坦ではないが、楽観的なDuncanは、自分は多くの人に助けられてきて幸運だと感じている。ネット上で作品を批判されることもあるが、それも成長のエネルギーになる。現在の最大の課題は「いかに創作と商業性を融合させ、企業との共同作品をおもしろくするか」だと言う。Duncanにとっては、創作そのものの物語は商品より重要であり、広告のためではなく、自分が面白いと思う作品を作りたいと考えている。そのため、企業と話し合う時は、自分の方法で商品を見せることを主張する。「そのために報酬の高い仕事を断ったこともあります」と言う。
人々が寝静まった夜中に作業をするのが好きだと言うDuncanはマスコミに顔をさらすことはなく、取材を受ける時も、テレビに出演する時も仮面をつけている。昼間に散歩をしながら人々を観察する余地がほしいからだ。
着実なDuncanは遠大な夢を持つことはなく、2カ月単位の段階的な目標を定め、それを一つ一つクリアしている。将来は、今とは違う作品を試みて、Duncanを知らない人にも作品を見てほしいと考えている。「絵を描いている時が楽しければ、完成した時に充実感が得られます」と、イラストがもたらす喜びを語る。
人々と分かち合うのが好きで、日常の些細なことの観察に長けているというのが若いイラストレーターの特長のようだ。彼らは独自のスタイルと創意を生かし、現代人の平凡で息苦しい暮らしに笑いをもたらしてくれる。
イラストレーターでは食べていけないという時代は終わり、絵を描くのが好きな人にも新たな前途が開けた。新時代の若者たちは創意をもってエネルギーを爆発させている。