歴史と美醜
公共工事請負の苦労はこれに止まらない。当初、内政部は台湾鉄道の古い倉庫を宜蘭県政府に依頼してすべて取り壊し、30メートル幅の道路にするはずだった。この計画を見た黄声遠は不安になった。台湾鉄道の倉庫は今ではほとんど残っておらず歴史的意義があり、取り壊したら取り返しがつかないからである。そこで倉庫をアーケードに改築する計画を大急ぎで提出した。
倉庫の歴史的外観を残すため、風化から守る透明の化学物質を吹きつけたのだが、これが県会議員から醜いと批判された。完成後のアーケードは工商旅遊局と台湾鉄道がテナントを募集し、イベント広場は県政府文化局が管理使用することになっていた。そこで黄声遠が丟丟銅広場として当初構想した文化的な姿を実現できるか、未知数だったのである。しかし挫折を繰り返しながら、黄声遠は楽観的な期待を失わなかった。彼はここにいて、最後の成果を待つ余裕があったからである。
丟丟銅広場は、黄声遠が手がけた最大の公共工事ではない。駅から宜蘭河畔の間は宜蘭で最初に発展した旧城で、県政府、県議会、県知事公邸や刑務所など、重要な建物がここに集まっていた。それが時の流れと共に旧城の面影は失われていった。数年前、県政府が都市再開発を考えた時も、重要な建物を移転しようとしただけで、新しい構想があったわけではない。ここに住んで10年余りになる黄声遠は、地元住民として議論に参加し、北宜高速道路が完成した暁には宜蘭に自動車が流れ込み、駅がその機能を失うのではないかと考えた。その時、この古い町はどんな姿で発展していけばいいのだろうか、と。
他のスタッフと構想を練り、旧城の再開発として「宜蘭河畔の旧城ライフベルト」を提案した。碧霞宮の保存、楊士芳記念林園の建設、地域の劇場などすでに実現したものの他に、中山公園、南門林園から宜蘭河畔公園、さらに孔子廟から宜蘭駅までを結ぶ緑化工事と露天のカフェ、建物を貫く歩道などの設備により、没落しつつある宜蘭の旧城は、歴史と文化を持つ豊かな生活空間に蘇り、地元の人も外来の客も、ここで懐かしい記憶と新しいライフスタイルを楽しめる。
この都市改造計画はまだ机上のプランも多いのだが、すでに台湾建築界最高の栄誉である遠東傑出建築賞の審査員の目に留まり、わずか1票差の二位を受賞した。

礁渓の林家宅の設計には、宜蘭の水源の豊かさを取り入れ、我が国では珍しく小型住宅で大賞を受賞した。黄声遠にとって、周囲の自然を融合させた建物は家主への最大の贈り物だ。