
「スマホを自撮りに設定して、階段から6枚目のタイルに置きます。こうすれば台湾博物館の天井ドームのステンドグラスと一緒に写真を撮ることができますよ」とアオザイを着た陳秀萍さんが手本を示し、ベトナム語で説明すると、ベトナム出身の見学者たちがそれを取り囲み、一緒に自撮り写真におさまる。
国立台湾博物館は2015年から新住民サービス大使によるガイドを開始し、東南アジア出身の新住民(結婚などで台湾に移住してきた人々)を母語ガイドとして育成している。

皆が円になって額を寄せ合い、台湾博物館のステンドグラスの天井ドームを背景に自撮り写真におさまる。
受け身だったのが能動的に
「台湾に来て十数年、台湾博物館が新住民サービス大使を募集していると知り、初めて台湾博物館に足を踏み入れました」と数人の新住民サービス大使は口々に言う。
週末になると、台北市の二二八和平公園には大勢の新住民が集まってくる。彼らは芝生に座って食事をしたり、ステージを借りてイベントを行なったりするが、同公園内の台湾博物館に入る人は非常に少ないことがわかった。そこで博物館が簡単な調査をしたところ、多くの新住民が「博物館」の立派な建物が近寄り難いと感じており、博物館は台湾人のもので、新住民や移住労働者のものではないと思っていることがわかった。
そこで、台湾で四番目に大きなエスニックである新住民や移住労働者にも台湾博物館に来てもらうことが、陳済民館長の新たな任務となった。
2014年、台湾博物館が企画した「イスラム:文化と生活特別展」は好評を博し、インドネシア人の留学生や介護士が大勢見学に訪れた。展覧会場には礼拝堂も設けられ、イスラム教徒の人々から「ここで礼拝してもいいか」という問い合わせがたくさんあり、多くの人が絨毯を手に礼拝に訪れた。「彼らの表情や話から、台湾がさまざまな方法でイスラム文化について理解しようとしていることをうれしく思っていることがうかがえました」と林華慶副館長は言う。
博物館では、これを機に新住民サービス大使のボランティアを募集したところ、インドネシア出身の施鷺音さんが応募してきた。

新住民サービス大使の陳秀萍さんが、ベトナムから訪れた見学者に博物館の宝である「藍地黄虎旗」の物語を説明する。
台湾を知る窓口に
1908年創設の台湾博物館は、台湾における知識啓蒙の地である。台湾の生物標本や器物などを豊富に所蔵しており、生物多様性と文化多様性が同博物館の重点となっている。
国立台湾博物館は、台湾人が己を知り、海外の友人に台湾を知ってもらう、台湾を代表する博物館だと陳済民館長は位置づける。「台湾博物館は、台湾に100万人近く暮らす東南アジア出身の新住民や移住労働者に台湾を知っていただく窓口になります」と陳館長は言う。
林華慶副館長は、台湾では日本時代以降、幾度か大規模な移民の流れがあったと説明する。1949年には国民政府が台湾に移り、ここ20年ほどは結婚や就労を期に新たな移住者が入って来た。「私たちは今、この歴史の中にあります。文化の多様性に関心を注ぐ博物館としては、新住民文化が台湾にもたらす影響にも注目しています」と言う。
そこで、台湾博物館はさまざまなルートを通してボランティアの新住民ガイドを募集し始めた。第一期は2014年末、2~3カ月の訓練の後、2015年からインドネシア、ベトナム、ミャンマー、フィリピン出身の新住民10人がサービス大使として現場でガイドを開始した。

第二期の新住民サービス大使育成カリキュラムで、真剣にノートを取る参加者たち。
東南アジアとの結びつきを
新住民サービス大使になるには、中国語の会話能力と読む力を備えていなければならない。「訓練と参考資料はすべて中国語なので、それらを理解できることが基本条件です」と話すのは同博物館新住民ガイドプランを担当する袁緒文だ。
ガイドの訓練では、ベテランガイドが話す博物館の歴史や建物の特色、常設展の内容などを聞き取れなければならない。台湾博物館は、外観は古代ギリシアの神殿様式で、内部には台湾で育つバナナやブドウ、パイナップルなどが装飾として使われており、印象深い。新住民ガイドは他のボランティアガイドの説明も聞き、手の使い方や道具なども参考にする。
博物館が最重視するのは内容の正確さだ。専門用語は英語に当たり、そこから母語の中の近い語彙を探していく。
続いて実際のガイドの練習に入る。彼女たちは最初は中国語で説明し、それを2~3回行ってから母語で説明する練習をする。
「彼女たちは非常にまじめで、中国語のボランティアガイドの説明を聞き終えると、すぐにその人を取り囲んでたくさんの質問をします」と袁緒文は言う。
2016年6月、第二期のガイドの育成が始まった。カリキュラムが始まる前、袁緒文はサービス大使たちに次のように話した。「皆さんには、台湾文化とベトナムやインドネシア、タイ、フィリピンとの関連性を見出してほしいと思います。例えば、台湾博物館が建設された当時、皆さんの母国ではどんなことが起っていたか。そうした関連性が大切です。皆さんの母国の文化も非常に重要なのですから」と。
こうした考えから、ベトナム出身のサービス大使は、ホーチミンの博物館の写真を見せて台湾博物館の外観と比較し、インドネシア出身の人は、台湾博物館の1階ホールの市松模様の床がバリ島の神殿とそっくりなことに触れる。
台湾博物館では、インドネシア語とベトナム語のパンフレットも作っており、これらの翻訳にもサービス大使が協力した。

お母さんと一緒に博物館を見学に来た子供たちは、台湾文化を知るだけでなく、母親が懸命に学ぶ姿を見ることもできる。
真剣な女性は美しい
インドネシア出身の林達さんは、台湾で中国語を学び、後にイギリスで修士の学位を取った。初めてガイドを務めた時、彼女は自分の声が震えているのに気づき、それを見ていた娘さんも泣きそうになったという。今でもガイドをする前の晩は、資料を読み直す。自分の役割をきちんと果たせないために、旅行者の印象が悪くなってしまったら大変だと思うのである。
ベトナム出身の黎于菲さんは、すべてのカリキュラムに子供と一緒に参加した。子供にも母親が努力して学んでいる姿を見せたいと思ったからである。そうして、気付かぬうちにガイドの仕事が大好きになっていたという。
台湾に来て16年になる陳秀萍さんは3人の子供の母親で、週末には新北市永和区の網渓小学校で母語(ベトナム語)の先生もしている。彼女は母語教室の生徒たちに母親と一緒に博物館のガイドを見に来るように誘っている。母語の実習にもなるし、家に籠りがちな新住民の母親たちが台湾を知るきっかけにもなるからだ。
インドネシア出身の施鷺音さんは、学校では歴史が苦手だったが、サービス大使を始めてから歴史が大好きになったという。
第二期から参加した趙有学さんは、唯一のタイ語のガイドである。20数年前に親戚を頼って台湾に来て以来、台湾が好きになってずっと住んでいる。文化や歴史が大好きな彼女は、将来はタイの友人たちに台湾博物館の建築美を知ってもらいたいと考えている。
新住民サービス大使の中で、最も人数が多いのはベトナム出身者で、ベトナム語ガイドが必要な時には、皆がアオザイを着てサポートする。そのため、休日の台湾博物館では美しいアオザイ姿の女性を見かけることがある。その中の阮氏玉梅さんは、陳秀萍さんと一緒にガイドの練習をしていた時、台湾人の夫婦から頼まれてベトナム語なまりの中国語でガイドをしたことがある。その夫婦は、彼女たちにお勧めのベトナム料理も訊ね、これから食べに行くと言っていたそうだ。
日曜の午後3時、インドネシア語のガイドが始まった。施鷺音さんは鮮やかなブルーの伝統衣装ケバヤをまとい博物館の外で、一世紀にわたって台北を見守ってきた美しい建築物について説明していた。アメリカから来たインドネシア人と、台湾科技大学と政治大学のインドネシア人留学生が彼女の説明に聞き入っている。施鷺音さんの流暢なインドネシア語は言葉もはっきりしていて、その姿は自信に満ちている。説明する身体の動きに合わせてイアリングが揺れ、その姿は何とも言えない感動を呼ぶものだった。
百年の歴史を持つ国立台湾博物館では、新住民がメンバーに加わり、文化の平等という理想に向かって新たな一歩を踏み出した。これからも「全台湾人」の物語を伝えていく。

台湾博物館では、台湾の博物館としては初めてインドネシア語やベトナム語のパンフレットを作製した。

まだ訓練中のタイ出身の趙有学さん(右)、すでにガイドを務めているインドネシア出身の施鷺音さん(左)やベトナム出身の阮氏玉梅さん(中央)も、この仕事に情熱を注ぎ、自分の知識を同胞と分かち合いたいと考えている。

まだ訓練中のタイ出身の趙有学さん(右)、すでにガイドを務めているインドネシア出身の施鷺音さん(左)やベトナム出身の阮氏玉梅さん(中央)も、この仕事に情熱を注ぎ、自分の知識を同胞と分かち合いたいと考えている。

まだ訓練中のタイ出身の趙有学さん(右)、すでにガイドを務めているインドネシア出身の施鷺音さん(左)やベトナム出身の阮氏玉梅さん(中央)も、この仕事に情熱を注ぎ、自分の知識を同胞と分かち合いたいと考えている。