日本統治時代の美術教育は個人や文化向上を強調し、台湾の芸術家にも個性を出すことを求めたため、多くの画家が新たな画材や技法にチャレンジし、自らのスタイルを確立していった。天才型の藍蔭鼎は水彩画で欧米画壇を席巻し、水彩画家世界トップ10の一人とされた。廖継春は明るい色彩や南国イメージで日本の画壇を驚かせた。同時代に生まれたこの二人は、それぞれ台湾の北と南で異なる人生を展開させた。

各国の要人と交友を持った藍蔭鼎は、民間芸術外交に貢献した。（外交部資料）

欧米を驚かせた天才

世界十大水彩画家の一人とされた藍蔭鼎は、とても魅力的な画家だった。若く端正な容姿にいつも紳士の装いで、身のこなしもまるで西洋の貴族のようだった。万人のあこがれ「帝展」で名を馳せた後はさらに人生が開けた。その肩書で台北第一、第二女子学校の教職を得て、1929年には恩師、石川欽一郎の推薦で英国王立水彩協会の会員となった。また1971年にはヨーロッパとアメリカの芸術評論家連盟によって水彩画家世界トップ10の一人に選ばれた。

米国国務長官の招きで米国を訪れてからは民間芸術外交の重責を担った。アイゼンハワー大統領に謁見した際に贈った水彩画「玉山瑞雪」は、かつてホワイトハウス西棟に飾られていた。ほかにも米フォード大統領、岸信介首相、ローマ教皇パウロ6世など世界の著名人に会っている。

藍蔭鼎の孫娘の陳瑞姿（右から2番目）の家族が長流美術館で祖父の作品と。祖父の功績を誇りに思う。（林旻萱撮影）

最初の恩師

輝かしい経歴と幅広い交友関係を持ち、高いキャリアに上り詰めた藍蔭鼎だが、実はその出生と成長は孤独のうちにあった。張益昇の『藍蔭鼎生平事略（伝記）』によれば、藍蔭鼎は1903年に宜蘭羅東鎮の阿束集落の竹林にある貧しい家に生まれた。

藍蔭鼎は幼い頃より絵の天分を発揮したが、父の藍欽は清朝末期に科挙に通った「秀才」で、息子は将来医者にと四書五経を厳しく教え、画家になることなど決して認めなかった。母親は息子の絵の才能を認め、夫に内緒で画材を買い与えるなどして励ました。最初に彼に芸術の目を開かせた恩師は母親だったと言える。

当時は筆や顔料がとても高価だったので、彼は近所の子供が捨てた筆軸や落ちている鳥の毛を拾って自分で筆を作り、顔料は自然の草花で作った。そして砂の上でも絵を描いて練習した。

蕭瓊瑞は、この二人の画家が台湾美術の新たな時代を切り開いたと高く評価する。（林旻萱撮影）

最も愛した台湾

「私の記憶の中の祖父は、やさしくて親しみやすく、趣味のいい人です」と孫娘の陳瑞姿は言う。孫をかわいがり、ユーモアにあふれ、誠実に人に接した。「決して見返りを求めず、陰で人を悪く言うこともありません」世間から見れば手の届かないほど一流の名士だったが、実際は心優しく、小動物を愛し、弱者に心を砕いた。藍蔭鼎の邸宅「鼎盧」には庭の木に小鳥の巣箱が掛けられていたし、野良犬をよく拾って育てていた。

彼の作品は台湾の農村を描いたものが多く、故郷への深い思いが感じられる。国立成功大学歴史学科名誉教授であり、著名な美術史家でもある蕭瓊瑞は、長流美術館収蔵の名作「飼鴨」について「この絵にはこんなに多くのアヒルがいますが、1羽として曖昧なものはありません」と言う。川辺でのアヒルの飼育風景で、遠近法で遠くまで続くアヒルの群れが描かれているが、遠くの方にいるアヒルでも彼のほんの一筆で頭や尾がくっきりとわかる。蕭瓊瑞は「この絵の活力は簡単には出せません。本当に天才です」と評価する。

純朴な農村風景を好んで描いたが、竹林はまさに絶品だ。「台湾の竹林をここまで描き切れるのは、ましてそのざわめきや蒸し暑さまで表せるのは彼しかいません」と蕭瓊瑞は言う。また藍蔭鼎は最も早くに原住民集落に入り、フィールド調査やスケッチを行なった芸術家だ。後に彼は雑誌『豊年』を創刊し、美術編集を務めていた楊英風とあちこちの村を回って農家の生活を取材して掲載した。どの絵にも英語でFORMOSAと書かれており、郷土を愛する彼の思いが表れている。

廖継春は寡黙ながら、内に秘めた活力を奔放に作品に表した。（廖和信提供）

色彩の魔術師

もう一人の著名な画家は廖継春だ。人材を育てることにも大きく力を注いだ。「廖継春と言えば南国、南国と言えばカラフル、この色彩は民間芸術から来ています」と蕭瓊瑞は指摘する。廖継春の母親は刺繍靴作りの名手で、幼い頃からカラフルな色彩に接していた。「廖継春の色彩は民間の色彩で、そこに台南という古都のイメージが加わります。彼は早くから日本の帝展に入選していた、台湾では数少ない画家の一人です」台湾市立美術館の重要コレクションである「芭蕉の庭」は、熱帯の台湾の町なかの庭を描き、台南の純朴さと人の温かさを表現した。この作品で廖継春は帝展入選を果たし、陳澄波に次いで二人目の台湾人入選となった。

普段の廖継春は寡黙な人だった。蕭瓊瑞は冗談交じりに「それも極めつけの」と形容し、こんな逸話を教えてくれた。「私の先生が研究論文のテーマにしたのが、なぜ廖継春が抽象画を極めた後に再び具象画に戻ったのか、というものでした」それで廖継春が会ってくれることになった。だが会ってみると一言も話さない。最後には質問も尽きてしまい、黙って向き合っていたところ、廖継春の妻に「継春！何をぼっとしているの。絵を描かないの？」と声を掛けられ、廖継春はやっと立ち上がって絵を描き始めた、という。

廖継春の孫の林雅韻と廖和信が祖父の思い出を語る。（林旻萱撮影）

筆で思いを表す

廖継春は穏やかな性格で、声を荒げたりするようなこともなかった。だが、内に秘めた活力はその作品に表れている。廖瓊瑞は「色彩と造形の点で、廖継春の右に出る者はいません。色も形も極めて自由です。色彩の美しさは魔術のようで、淡水と観音山の絵は何十枚にも及びますが、同じものはありません」と称賛する。廖瓊瑞は自分の学生に対し、「ちょっとぼっとしてるような学生でも、次の廖継春かもしれないと思って接するようにしています」と言う。

初期の頃は写実的な画風だったが、米国訪問以後は抽象的なものに移っていった。蕭瓊瑞は「現代抽象芸術は形式こそが内容です。廖継春はこの分野での先駆者でした」と指摘する。廖継春は藍蔭鼎と同様、石川欽一郎の愛弟子だった。異なるのは、廖継春は美術学校で正式な教育を受けたが、藍蔭鼎は石川欽一郎が外部に設立した「台湾絵画研究所」で学んだ点だ。廖継春の妻、林瓊仙は富裕層の出身で、彼女が求婚されて出した条件が「私と結婚したいなら日本留学して」だった。期待にたがわず彼は1924年に東京美術学校に入学、1928年には「芭蕉の庭」で帝展に入選し、名を馳せていった。

「幼い頃に遊びに行くと、祖父は決まって画室にこもっていました。しかも何枚も絵を並べて同時に制作していました」今日はこの絵、翌日は別の絵と、少しずつ手を加えていたのを、孫娘の林雅韻は覚えている。「気の赴くままという感じでした。だから作品はカラフルで奔放です」孫息子の廖和信は祖父がいつも大したお金を持っていなかったのを覚えている。「部屋に入って探したことがありますが数銭出てくるだけ。タンスの中の服は私より少ないほどでした」

アヒルの飼育

藍蔭鼎は丁寧に台湾の美しい光景を描き、作品は高い評価を得た。

教えない教え

廖継春の描く昔の台湾は、純朴で温かみが感じられる。だが実は、彼は激動の時代を生きた。第二次大戦中には台南と彰化が米軍による空襲に見舞われ、彼は妻と幼い子供を連れて汽車で避難し、市街地が火の海になるのを目撃している。台南一中の代理校長だった時は、国民政府がやってきたばかりの混乱した時期で、学校の財産を守るために、14歳になる息子の廖述宗を連れて、学校の建物に「台南一中財産」と書いた紙を貼って回ったという。

1947年から台湾師範大学美術学科で教鞭を執っていたので、彼の教えを受けた学生は数知れない。授業では「芸術に正解はない」と、学生に答えを与えることはしなかった。この先生は良くないと当初は感じた学生も、後になって恩師が与えてくれた自由で広い創作空間に気づいた。廖和信が展覧会などで祖父のかつての学生に出くわすと、感激して挨拶してくれ、中には涙を浮かべる人もいるという。絵画に情熱と人生を捧げた廖継春は、大金を積まれたからと言って作品を売ったりはしなかったが、彼の作品を気に入ってくれた人には喜んで贈呈した。

廖継春と藍蔭鼎はともに才能にあふれ、先駆的な芸術家だった。台湾現代美術の黎明期を彩った彼らは記憶されるべき偉大な画家だ。情熱をかけて故郷を描いた作品の数々は、生命力に満ちたあの時代の新たな姿を見せてくれる。

夏雨

藍蔭鼎の作品には台湾への深い思いがある。彼のまなざしを通し、現代の我々は当時の台湾を垣間見ることができる。

淡水観音山

廖継春の絵画は、写実的具象から抽象に移行した。芸術の本質は内面的感情の発露にあるのだから、抽象化は必然的だと考えていたのである。

水辺の竹林の居

藍蔭鼎は熱帯の竹林の蒸し暑さやざわめきまで表現し、外国の評論家たちを驚嘆させた。

「碧潭風光」にもある明るく奔放な色彩で、廖継春は「色彩の魔術師」と称される。

廖継春の欧米への旅は多くの風景画を残し、後の画風にも影響を与えた。