ここ数年、「揺頭丸」または「エクスタシー」という名で呼ばれる合成麻薬(MDMA)が時折流行しては消える。若者の集まるクラブを手入れするのが、警察の日常業務になったようである。その一方では「揺頭丸」と若者のサブカルチャーを見直す声が文化関係者から上がり、揺頭丸やドラッグを当然の如く頽廃や犯罪と結びつけて社会が見ないようにと主張している。揺頭丸は何時ごろから流行りはじめ、若者の集まるクラブに氾濫しているのはなぜだろう。服用すると健康や心理にどんな影響があるのか、この現象をどう理解すればいいのだろうか。
深夜1時、台北東区の信義路一帯には地下からディスコミュージックの強烈なリズムが伝わってくる。青春そのものと言った体つき、白い手袋をはめ、ルミカライトを持ち、寒色系ライトのフロアにひしめく若者たちがリズムに合わせて音楽に指揮されたかのように動く様は、力強いパントマイムを見ているかのようである。
速いリズムに乗って、20歳程の女の子がフロアに出てきた。茶髪をなびかせて、波のようにリズムを刻んで踊り、まるで髪の中から音符が溢れ出しているかのように見える。ダンスを楽しむ若者たちは、本当に「揺頭丸」をやっているのだろうか。それとも、そんなものはクラブの一過性の流行に過ぎないのだろうか。
「台北には少なくとも10数店のクラブやディスコがあり、1店平均して500から600人くらいの常連がいますから、台北全体で10万人余りが揺頭丸をやったことがあるという計算になります」と、台北のクラブを対象に小規模ながらフィールドワークを行なったことがある「破週報」誌の黄孫権編集長は見積る。
毎日マスメディアに登場する「揺頭丸クラブ」や「揺頭丸カラオケボックス」そしてこれに頭を悩ませる親や先生たちのおかげで、揺頭丸はあっという間にホットな話題になった。タブーの雰囲気をまとう揺頭丸は、常に人々の好奇心をそそるようである。
「麻薬禁止、揺頭丸の誘惑にノーを」、「揺頭丸の氾濫、夜の誘惑」、「カラオケボックスで服用者を検挙」など山のような新聞の切抜きを前に、自分もやっていたと言う若い映画監督の陳俊志さんは「マスコミもやり過ぎですよ」とため息をつく。
同性愛者としてマージナル文化、サブカルチャーに理解と関心を抱く陳俊志さんは、揺頭丸についても「揺頭丸の世界では人目を引くためものではなく、より純粋に踊りに集中し、肉体と音楽の相互作用を追求するためなのです。それと共に、自分の肉体的エネルギーが解放され、自分の恐怖心と対話し、自己と他者の区別がなくなり、人と人との親密な対話の間を行き来できるのです」と肯定的である。
アメリカで合成麻薬のMDMA(俗称揺頭丸)を使ったことがあり、現在は台湾で英語の教師をしているデビッドさんの話によると、これは80年代にすでに使われていたという。デビッドは親しい知人の家などで使い、MDMAがもたらす平和な感覚を楽しんだ。触覚が特に敏感になり、床を転げたり、他の人と強く抱合ったりするためhug drugとも言われる。誰もが内面の話を始め、心が通い合い、魂の交流の感覚は素晴らしいそうだが、そのデビッドもこんな経験は時たまあればよいので、習慣となり依存するのはよくないと話す。
法律や社会の安定といった面から見た場合、揺頭丸にはどんな問題があるのだろうか。
「言ってみれば若者の好奇心と、流行を追う現象なのです」と、中央警察大学教育訓練普及センターの葉毓蘭主任は話す。マスコミの過剰報道は、揺頭丸のための無料の広告のようなもの、若者は揺頭丸を今流行の文化と見なし、やらないと仲間はずれという心理もあって、仲間意識を求める一種の集団的行為になってきているという。
「それにわが国では体系的な麻薬防止教育が行われていません」と葉主任は続ける。そのために判断基準となる薬物についての十分な情報が若者に届かず、14、5歳の青少年は仲間意識のために結果も考えずに手を出してしまうのだそうである。
警察の統計によると、1998年にはMDMAの摘発の記録はないが、1999年になると4890グラム、2000年になると10月までで4760グラム余りが押収されている。揺頭丸はここ2年ほどで流行し始めたことが分るが、去年のアンフェタミン摘発が77万グラム以上であるのに比べれば、全く比較にならない量である。
台北市立療養院麻薬中毒防止科の林式穀主任によると、毎月台北市警察局から検査のために送られてくる尿の検体が400から700件程度、去年1年では7000件余りに上るが、そのうちアンフェタミンが68パーセントで、揺頭丸は0.1パーセントに満たないという。どちらを取締りの重点にすべきか、この数字からも明らかではないだろうか。
揺頭丸は広まっているとは言えないが、すでに社会に存在する現象なので、その起源や成分、服用後に起りうる副作用などについての基本的な理解は必要だろう。
いわゆる揺頭丸とは、正式名をメチレンジオキシメタンフェエタミン(MDMA)と言う。1998年に台湾でも「麻薬危害防止条例」の第2級麻薬、「薬物取締り管理条例」の第2級薬物に指定され、医療用の合法的使用も認められていない。
MDMAは1914年にドイツの製薬会社メルクが食欲減退用に開発した薬品で、1976年まで幻覚作用は気づかれなかった。それが1976年になり、生化学者アレクサンダー・シュルギンの研究報告がきっかけとなって、向精神薬として使われると共に、娯楽用に用いられるようにもなった。1988年には英米で最も流行している薬物とされたのである。
八里療養院一般精神科の葉宇記主任医師によると、MDMAには興奮と幻覚の作用があるという。成分としては人工の合成物で、化学構造は覚醒剤に似ているが、幻覚作用はLSDなどよりは弱い。よく見られるのは白い錠剤や赤や白のカプセル、それに粉末などで、服用後1時間から1時間半で効きはじめ、2時間後に最高潮に達し、その状態が4時間から6時間継続する。服用すると脈拍が速くなって血圧が上がり、瞳孔が開いて食欲が減退するが、アンフェタミンのような興奮状態にはならない。80から160ミリグラム程度を経口で服用すると、平和な幸福感を感じるという。
だが、不安や不眠がMDMAの後遺症と言われ、また多量に服用すると吐気、眩暈、下顎の激しい震えが起きたりする。MDMAはパーティドラッグと呼ばれ、徹夜のダンスパーティに興奮剤として使われるが、人がひしめき、温度が上がる空間で踊り続けると、過度の運動による脱水症状を起しやすい。体温が上がりすぎて、急性腎不全などになることもある。
台北市立療養院の林式穀主任は、適当な休息と水分の補給が必要となる以外には、MDMA依存症や、これによる致命的なケースは報告されていないという。その一方、台北市警察局が押収したMDMAの中には、アンフェタミン、カフェイン、ハシッシュなど雑多な添加物が混ぜられていることが多いという。品質が安定しないというのが、台湾のMDMA使用者にとって大きなリスクとなる。
さらに問題なのは、現在揺頭丸を扱うクラブやディスコが暴力団系の経営になるという点である。「破週報」誌の黄孫権さんは「様々な成分からなり、外見も異なる揺頭丸がクラブで売り出される。毎週のように新しい商品名で売り出され、人気ドラッグランクに載るのである」と書いている。
黄さんは揺頭丸が薬品か麻薬かという点について、独自の見方をしている。何の治療目的もない楽しみだけの薬品の存在は、大人の世界では受け入れられない。しかし、それに対して「酒やタバコの害を受ける人は薬物の総和を遥かに越えているのに、なぜ合法なのでしょう。薬物は暗くてごみごみしたクラブで見つかり、タバコの広告には美男美女が青い海をバックに登場するからでしょうか」と疑問を呈する。
台湾の麻薬、薬物の歴史を見ると、初期の覚醒剤やシンナー、その後に流行したアンフェタミン、それに最近の揺頭丸まで、異なるドラッグの使用者は、それぞれが異なる社会的意味を伝えてきたようである。
中央警察大学犯罪防止学科の周文系講師によると、アンフェタミンなどは秘密に用いられ、いわゆる不良青少年が主な使用者だったので、ネガティブなイメージが強かったと言う。これに対して揺頭丸はクラブの流行に伴って広まり、オープンでリラックスしたイメージを持ち、文化の代弁といったプラスのイメージもある。しかも使用者の年齢層も幅広いために、全体的に揺頭丸に対しては警戒心が薄い。クラブに集まる人たちは、いつのまにか明確なグループを形成し、法律や心理的なハードルが低くなってしまいがちである。
今流行の揺頭丸クラブというのも、テクノポップを流すクラブが主である。テクノと揺頭丸とは、1960年代に欧米で流行したロックとマリファナと同じように、光と影のような関係にある。しかも、この二つともe世代の新しい産物なのであるが、揺頭丸がいびつな形で広まるにつれ、本来のテクノファンたちは遠ざかっていくようにも見える。「今のクラブは気分がハイになれればいいので、一晩中ホイッスルを鳴らしていたりして、音楽をエンジョイするところじゃないよ」と、わが国のテクノポップのリーダーDJ@llenは話す。
揺頭丸の使用状況は、台湾では余りオープンではなく、しかもクラブの楽しみから暴力団が介入するようになり、使う側は地下に潜り犯罪の温床となりつつある。中央警察大学の張平吾氏は、明確な法規を制定して薬物とクラブの関係を一般に理解させる必要があると言う。
「破週報」の黄編集長も外国の例を立法や行政部門の参考のために提供していると言う。
「オランダでは安全性の高い薬物を選択して開放するセーフハウスというプロジェクトを実施していますが、これは新しい可能性でしょう」と話す。セーフハウスでは薬物使用者の取締りを強化するだけではなく、提供者の側からも手をつける。パーティにはスタッフが出向いてドラッグの成分が安全かをテストし、使用者も売り手も自発的にそれをテストに提供する。これにより新しいドラッグを容易に集められ、その供給側を追跡できるし、危険な薬物の禁止にも役立つと言う。
揺頭丸の流行は、主流となる文化がこういった社会現象をどう扱うかを試しているかのようである。これに理解を示すのか、全面的に対決するのか、あなたはどちらを選ぶべきだと思うのだろう

伝統的価値観への挑戦を続ける映画監督の陳俊志さんは、いま流行の「揺頭丸クラブ」には心身をリラックスさせる意義もあると考えている。

揺頭丸文化を深く研究している「破週報」編集長の黄孫権さんは、使用が禁じられたドラッグがアングラ化した後に生ずる問題を理解している人は少ないと言う。

スペインから来たテクノDJのAngel Molinaさんは、シンプルなスペースで多くの人が楽しめるテクノ音楽の魅力を過小評価してはならないと言う。

ドラッグにnoと言うだけでなく、knowも必要だ。薬物を理解することによって、若者も自分で考えられるようになる。

台北市文化局と中国時報新聞社が開催した「テクノポップと揺頭丸はどのようなサブカルチャーを象徴しているか」という座談会には多くの人が集まった。龍応台氏、王浩威氏、蒋勲氏ら文化人の対談を通して、主流文化と若者のサブカルチャーとの間に新鮮な交流が生まれた。

ステージで熱唱する人と、それに耳を傾ける人。音楽の世界に境界はない。(薛継光撮影)

台北市警察局が押収した「揺頭丸」の中にはアンフェタミン、カフェインなど雑多な成分が含まれていることが多く、色もさまざまなので好奇心を引きやすい。(台北氏警察局鑑識センター資料より)

都会のナイトライフでは、異性を求める人もいれば、純粋に音楽を楽しみ身体を動かす時間だけを求める人もいる。(薛継光撮影)