台湾映画の活況が2011年から続いている。蔡岳勲監督の『ブラック&ホワイト(痞子英雄首部曲:全面開戦)』は製作費が3.5億元に達し、台湾では『セデック・バレ(賽徳克・巴萊)』に続く額となった。しかも蔡の初監督作である。スケールの大きさや華々しいアクション、精緻な映画作りによって蔡はハリウッド並みの作品を作り上げ、商業映画として確かな業績を打ち立てた。
蔡岳勲は下積みから始めて失敗や挫折を繰り返したが、その後テレビ界に移って成功した。今回再び映画界に戻り、監督第一作で巨額の投資をしたことに周囲はあきれた。
趙又廷(マーク・チャオ)演じる同作品の主人公、呉英雄(ウー・インション)は劇中こう叫ぶ。「知ってるだろ、正しい道を行くのにどれだけ勇気が要るかを」これは周囲への蔡の答え、業界入りして26年、抱き続けた彼の信念と重なる。

映画『ブラック&ホワイト』の中で飛行機が超高層ビルに激突するシーンは、台湾映画では過去にないスケールで、蔡岳勲の実力がうかがえる。
テレビドラマ『ブラック&ホワイト』の最終回放送日、2009年6月27日に蔡は高雄で映画化を発表した。大ブレイクしたドラマの映画化である。その時、この先待ち受ける数々の困難を誰が想像し得ただろうか。
映画化は突然の話ではなかった。ドラマ開始時すでに蔡は映画化を計画していた。ドラマの第一期終了後には、登場人物や筋立てを拡大し、視聴者からも大きな反響を得たので、映画化の期は熟したと感じていた。蔡には、台湾独自の刑事アクション映画を撮るという信念があった。「カンフー・アクションや刑事の人間性を描くのみに終わらない作品を、我々も作れるはずです」
『囧男孩(Orz Boyz!)』や『モンガに散る(艋舺)』を配給していたワーナー・ブラザーズの石偉明・総経理も蔡を応援し、「映画化でまずやるべきことは、これは映画なのだと宣言すること」とアドバイスをくれた。この言葉を受け、どうすれば映画らしいスケールある作品となり、観客に衝撃を与えられるか、蔡は真剣に考え始めた。
2010年3月に蔡は、映画版はテレビ版より前の歳月を描いた物語になると発表。テレビ版から脱却した作品を作りやすくなると考えての発表だった。「台湾の観客はハリウッドの味に慣れています。彼らの技術やテンポを取り入れる必要があり、経費をケチるわけにはいきませんでした」

蔡岳勲と妻の于小惠は仕事でもプライベートでも欠かせないパートナーだ。将来、蔡岳勲は若い監督を育てるためにプロデューサーになりたいと考えている。
国際レベルのアクション映画を目指し、蔡はリュック・ベッソン監督の『TAXi2』でアクション振付けを担当したシリル・ラファエリを招いて主役の趙又廷のアクション指導を任せた。
蔡は、作品名を『痞子英雄首部曲:全面開戦(ブラック&ホワイト、エピソード1:全面開戦)』とし、主役を趙又廷と中国大陸のスター・黄渤にすると発表した。しかも「飛行機での格闘及び爆破シーンは予定だったカナダでの撮影を中止。1500万元でアメリカから航空機部品を購入し、500万元かけて組立て、台湾初の飛行機撮影専門スタジオで撮る」と語った。熱烈な拍手が起こったものの、疑問の声も少なくなかった。
だが完成作を見たスタッフは感動に涙した。「嬉し泣きでした。映画化発表から925日、『やり遂げた』と言えるものを作ったのです」と蔡は言う。春節休暇前に高雄と台北で試写会を開いた。ヘリコプターからのロケット弾照射、ビル10階からの飛び降り、格闘の挙句に飛行機外へ飛び出すなど、ハリウッド張りのシーンの連続だった。
撮影の苦労は観客には見えない。飛行機でのシーンも撮影前には「なぜわざわざ飛行機を購入してまで台湾で撮影するのか。撮影後の置き場にも困る」などと言われたという。「台湾映画の発展のためには専門設備が必要です。今後も誰かが使うし、外国映画もここで撮影できます」冒頭の砂漠での核爆発シーンは米映画『トランスフォーマー』を思わせるが、海外撮影ではない。高雄の海岸にある広大な埋立地に、トラック8台で砂を運び、巨大扇風機64台で砂塵を起こしたものだ。

中国大陸の俳優・黄渤(左)と趙又廷。性格の全く異なる二人の絶妙なコンビぶりも見ものだ。
飛行機でのたった1シーンに2000万元を費やす巨額を投じた映画だが、クランクイン時には総予算の3分の1の1.1億元しかなかった。莫大な資金はどのようにして集められたのだろう。
新聞局からの補助2400万元のほかに、得芸国際公司から資金を得られるはずだったが、中国大陸での審査許可がなかなか下りず、同社は投資を断念、資金に大きな穴が空いてしまった。
プロデューサーであり、蔡の妻である于小惠はこう語る。「20数年来の付き合いの鄒介中がわざわざアメリカから帰国してマーケティング・ディレクターを務め、資金集めに奔走してくれました。資金繰りに行き詰った際も、中国信託や経済部中小企業処は撤退するどころか、投資額を増やしてくれました」最大のスポンサーは裕隆グループ傘下の新揚投資で、1億元以上を投資してくれた。劇中、裕隆の乗用車LUXGENが主人公の足となり、頻繁に登場した。
業界の友人の多くも資金不足と聞くや即座に何千万元も都合してくれたし、高雄市もロケに全面協力してくれた。陽明海運公司は5000トンの貨物船と完成したばかりの貨物埠頭を貸してくれ、黄渤が急に撮影に来られなくなると、友人の管虎監督がすぐに時間のやりくりをしてくれた。
一方、「こだわり」で知られた蔡は、映画でもそれを発揮した。例えば、飛行機外に及ぶ格闘場面をどう撮影するかで撮影の李屏賓と3日間議論した。スタッフが「監督、もういい加減にしてください。みんなもう何日も寝ていませんよ」と蔡に詰め寄ることもあった。劇中で黄渤が趙又廷に向かって「いい加減にしろ。あと何人死んだら気がすむんだ」と怒鳴るシーンさながらだった。
蔡はこう語る。「ブラック(悪人)とホワイト(英雄)は誰の心にも存在します。どちらが多いか少ないかだけの話で、誰の心にも呉英雄がいて、ある日飛び出してくるかもしれないのです」呉英雄のように勇気をもって正しいことをやるのだと、蔡は行動で証明した。

蔡岳勲と妻の于小惠は仕事でもプライベートでも欠かせないパートナーだ。将来、蔡岳勲は若い監督を育てるためにプロデューサーになりたいと考えている。
1968年生まれの蔡岳勲は幼い頃から映画監督の父に連れられてスタジオに出入りし、映画製作を志すようになった。18歳で映画界に入り、父の作品のスクリプターをしながら学んだ。
1992年に父の蔡揚名が監督した『阿呆』は、息子の知名度を上げようと蔡岳勲を出演させたものだったが、期待したほど興行成績は伸びなかった。その後、蔡岳勲の人生と事業は低迷期に入る。だが、1996年にベテラン司会者の張小燕の推薦で音楽番組『音楽愛情故事』シリーズの演出を任されたことが、後のアイドルドラマ制作の基礎固めとなる。
2001年、大きな転機が訪れる。大愛テレビの『天地有情』で初めてドラマを演出、続いてアイドルドラマ『流星花園』を手がける。金鐘賞で『天地有情』は最優秀連続ドラマ賞を、『流星花園』は最優秀演出賞を獲得し、蔡はその後、後者の商業路線を進むことになる。
続く数年、作品は多くはないが、『名揚四海』『戦神』『ザ・ホスピタル(白色巨塔)』、そして2009年の『ブラック&ホワイト』と、いずれもヒットし、台湾テレビ界で視聴率を稼げる数少ない演出家となっていた。当時よく聞かれた。映画界に戻るつもりはないのかと。彼はいつもこう答えた。「観客と通じ合える方法を学んで、商業ベースの適当な題材が見つかったら」と。
そうして10年が過ぎ、変わらぬ蔡と、何かを学んだ蔡がいた。于小惠はこう語る。「以前の彼はよく癇癪を起こしていました。『ザ・ホスピタル』の時はとりわけひどく、自分はこれほど努力しているのに、なぜ皆わかってくれないんだと、怒りながら仕事をしていました」
怒りが頂点に達したか、40歳の年に蔡は突如こう悟る。「演出家が込めた魂を観客は感じてくれる。芝居で人々をハッピーにしたいのなら、演出家はハッピーな魂で芝居を作るべきだ」
蔡は成長し、たくましくなった。「衝突が小さくなると物事がスムーズに進み、支持や信頼も増えて、それが自信となり、力となりました」
ただし、仕事への厳しい要求には変わりない。蔡は軽々しく人を褒めたりはしない。于小惠はこう言う。「私なら、60点の出来なら『いいわね』、70点なら『すばらしい』と褒めますが、彼の場合、90点でも『なかなかいい』、100点で『cool』と言うのがせいぜい。ただ、スタッフは監督の『よし』が聞きたくて頑張りますが」

『ブラック&ホワイト』の手に汗握るカーチェイスのシーンも世界に通用するレベルに達している。
現在の台湾映画界に、夫が監督で妻がプロデューサーという彼らのような例は多くない。どのようにして公私の区別をつけるのだろう。
于小惠は「難しいです。夫婦関係はうまくいっているのに仕事では言い争いになる。それでも家では何もないような顔をしなければなりません」と言う。誰が先に謝るのかという問いに、于はうんざりという風に答えた。「もちろん私です。『呉英雄』が頭を下げるわけありません。私の方が偉そうにしているようですが、実は一番偉いのは彼で、私たちは彼を立てなければなりません」
映画の中の呉英雄は人に頭は下げないが、良き父だ。于によれば、蔡も仕事のない時はよく子供の相手をし、片付けや料理もする。マーボー豆腐からアワビスープまで、料理本をめくりながら腕を磨いている。「彼はスーパー巡りが好きで、スープの材料を買うのにスーパーを10軒回ったりします。台所には食材が山積みで、片付けても数日後にはまた元通りです」蔡はDVD店を回るのも好きだ。好きな音楽を買いまくることでストレスが解消される。結婚して10数年、于はさばさばと語る。「彼は家族より観客のために時間を多くさきます。私も子供もそれを知っていますから、こちらがなるべく彼の都合に合わせます」
蔡の人生は映画とは切り離せない。「かつて台湾で映画監督は皇帝でした。現場に行けば何もかも準備が整っており、ディレクターチェアに座って命令すればよかった。でも今は違います。鈕承澤(ニウ・チェンザー)も九把刀(ギデンズ)も、我々の世代は、映画を作る能力以上に、人との付き合い方を知っていなければなりません」
映画監督である父の影響は大きい。「金馬賞主演男優賞を取った『大頭仔』の印象が強いでしょうが、実は父はもっと前に暴力団を描いた『錯誤的第一歩』を撮っています。華西街でのロケも、その筋の人に話をつけていました。当時、父は観客が見たがる商業映画を進んで撮っていました」
「私はこだわり過ぎると言われますが、実は父の方がひどい。天気や光が合わないと撮影中止、『大地飛鷹』では砂漠のシーンを撮るために、正月なのにスタッフに海岸から砂を取って来させ、それを鍋で煎らせたのです。砂が湿気ていると飛ばないからと。李行監督は父の顔を見るたびに『昔のおまえさんはひどいものだったよ』と言います」と蔡は笑いながらも敬愛を隠さない。
于小惠は、舅の人生の映画化を考えたことがある。蔡揚名は出生時に死産とされたのを、後で生きていることがわかって命拾いしている。また幼い頃、金を盗んだと誤解され、井戸に身を投げて自殺を図ったが、これも救い出された。その後、北港廟で「映画スターになる」と誓って皆に笑われたが、後に本当に主役を勝ち取った。
于は、舅を賛美する映画ではなく、彼の人生を通して台湾映画史を記録したいと思った。また、舅の世代の「一本の草、一滴の露に喩えられる生命力や奮闘する姿」を記録したいと考えたのだ。

蔡岳勲はTVドラマから映画の世界に戻り、世界に通用する台湾映画を作るという野心を抱いてきた。
蔡岳勲の最終目標は製作総指揮を務めることだ。「監督を経験し、自分に少し能力がついたとすれば、将来は若い監督たちの助けになりたいです。脚本をいかに映像化するか、また制作のための環境作りや配給市場との関わりをサポートすることで、若い監督に能力を発揮してほしいです」
台湾映画変遷30年を体験してきた蔡には、台湾映画の未来に自分なりのビジョンがある。「台湾映画は商業映画として自立する必要があります。観客の信頼を得なければ台湾映画の復活はありません」「台湾映画は華語市場と結びつくべきです。言語や文化が同じで、しかも広大な市場、資金、人材を持つ中国大陸と結びつけば、国際的競争力や影響力を持ち得ます」
『ブラック&ホワイト』の華やかなアクションはアジアの観客の好みであり、大陸スターの黄勃や李光復(人気テレビドラマ『媳婦的美好時代』の主役)、香港スターの杜徳偉(アレックス・トー)、日本でも人気上昇中のアンジェラベイビーなどの起用も、大陸やアジア市場を視野に入れてのことだった。
「まず市場を考える。これは『流星花園』の際に学んだことです。都会の女性が好む題材を選び、美男美女を登場させたことで、アジア各地で受けました。『あの頃、君を追いかけた(那些年,我們一起追的女孩)』が大陸でも売れたのは大陸の人も共鳴できる物語だったからです」
特撮効果で有名なR&H社が韓国での設立をやめ、高雄に制作技術センターを作ったのは、アン・リー監督の推薦があったおかげであり、台湾映画の向上に大きく貢献するだろうと蔡は言う。
スピルバーグを敬愛する蔡は、台湾がハリウッド映画の製作拠点となることを夢見る。「そんなcoolなことに早くなってほしいものです」と。

蔡岳勲は妥協を一切許さず、完璧を追求することで知られている。

『ブラック&ホワイト』は炎の上がるアクションシーンが多く、製作費は3.5億元に達した。