2005年後半、アフリカ生まれのブードゥー人形が台湾で新たな命を吹き込まれた。小さな人形に命を与えるのは18〜30歳の女性たちだ。学生やOLの彼女たちは、心の中に何か満たされないものを感じているのである。
元手をかけずに起業するなら飲食業が一番だと言われるが、現代人の心というマーケットにも無限のビジネスチャンスが潜んでいる。台湾版ブードゥー人形ブームの火付け役は、1970年生まれの3人の若者である。
アフリカ西部に起源を持つブードゥー教では、骨や藁で作った人形をお守りとする。ブードゥー教は、アフリカから奴隷として強制移住させられた人々とともに世界に広まり、ハイチやドミニカなどで広く信仰されている。仮面や小さなブードゥー人形は、これらの地域でよく見られる手工芸品だ。
まじないに使われるブードゥー人形に、台湾人は邪悪な雰囲気を感じていたが、去年それが変化した。70年代生まれの若者3人が「エスニック」社を設立し、木綿糸で作ったブードゥー人形に新たな意味を持たせた。主人を守り、恋をかなえてくれる可愛いお守りになったのである。マスコミも報道し、ブードゥー人形は2005年のヒット商品になった。
消費が文化を作り、文化が消費を刺激する。ブードゥー人形ブームの背景には現代人の心がある。恋愛運を高め、ライバルを蹴落とし、心の傷を癒す。現代人の心のニーズが集団の消費を生む。
商品に新たな意味を与えて文化を作り出すという手法は、文化とビジネスを結びつける近年の趨勢を象徴している。70年代生まれの3人は、エスニックというブランドを打ち出して、創意と国際協力による起業を成し遂げた。

左から蔡閔帆、陳文政、陳佳ト、75年生まれの3人は創意と嗅覚を頼りに商品をヒットさせた。
心のマーケット
3人は早くから起業を目指していた。蔡閔;帆と陳文政は、3年前にショッピングモールの京華城で商品企画を担当していた時から起業構想の意見交換をしていた。「大きな資金はありませんから、できるのは小さい商売です。当時流行っていたメキシカン・タコスも考えました」と陳文政は言う。
同じ経営学修士の学位を持ち、ともに起業を目指す2人は、京華城を辞めてからも連絡を取りあっていた。そして2人はついに小物・アクセサリーの分野を選んだ。「2人とも女性の気持ちは理解している方だし、アクセサリーの市場は大きいので」と蔡閔;帆は言う。陳文政は、ガールフレンドの陳佳鈺;を仲間に引き入れ、3人で台北東区に店を開いた。彼らは毎月、東南アジアへ行ってエスニックなイヤリングやネックレスなどを仕入れては販売し、経営の経験を積むと同時に、事業を成長させる機会をうかがっていた。
2005年の初め、タイのチェンマイで仕入れをしていた陳文政は、現地の3人の若者が道端で手作りの人形を売っているのに気づいた。太い木綿糸で作った人形は新しい発明ではないが、手先の器用な若者は30分で一つ完成させる。高さは8センチほど、頭から手足まで一つにつながった形だ。ビニールシートの屋根の下に、可愛らしく、また奇妙な人形が並んでいたのである。
値段は1個わずか50バーツ(台湾ドル約40元)で、陳文政はすぐに仕入れることを決めた。それを台北の店に並べてみると、思いがけないことに大きな反響を呼んだのである。
「よく売れるので、タイ側と協力して夢を実現しようと考えたのですが、どうすればいいのか分かりませんでした」と陳佳鈺;は言う。彼らは、とりあえず関連商品を研究することにした。
まず過去1年間の流行商品を見直した。その中には日本の「癒し系」のキャラクターも含まれていた。どんな人が、いくらで買い、市場規模はどれぐらいか、と調べていった。その結果「現代人は人間関係が疎遠なせいか、感情やストレスのはけ口を求めていることがわかりました」と蔡閔;帆は言う。癒し系商品のように、心の隙間を埋める、悪と戦う物語を商品に語らせることが重要だ、と考えたのである。そう考えるうちに、シャーマンが藁人形に呪いをかける映画のシーンが浮かんできた。
ブードゥーとは「精霊」の意味で世界に5000万人の信者がいる。その呪術の方法は、中国の茅山の道術に似ていて、願いをかなえるために人形が使われる。この信仰はアフリカから中南米へ広がり、アメリカのニューオーリンズでもブードゥー教関連の小物が売られているが、いずれもブラック・マジックといったイメージが強いものだ。
手作りで素朴な味わいのある人形を見て、エスニックの3人はその性格や要素を考えながら、デザインを描いていった。大きなハートを抱えた赤い糸の人形は「熱愛ドール」になった。
そのハートには、キューピッドの矢に見立てて針を1本刺し、黒い目をハート型の目に変えた。こうしてまとめたアイディアをタイに送り、3人に手作りしてもらうことにしたのである。
訪れたこともないアフリカの民間信仰がインスピレーションとなり、タイの若者の手作りの人形が「ブードゥー人形」として台湾に登場したのである。
台湾の3人とタイの3人が一つのチームになった。台湾側が販売とデザインを担当し、タイ側がサンプルを送ってくる。それを修正して確認し、台湾側が製作個数を決める。個人的に仕入れてきた物を売るだけだったのが、国際分業の企業となったのである。
現在までに、エンゼル/デビル、ブードゥーの呪術、癒しシリーズ、恋愛シリーズ、守護シリーズの5シリーズ、80種類以上の人形を売ってきた。上述の「熱愛ドール」は恋愛系に属する。
「ストーリーによるマーケティング」は、木綿糸の人形に価値をもたらした。販売員も、人形の「魔力」を魅力的に説明できなければならない。
上述の5シリーズの中でも、恋愛運を高める恋愛シリーズが最もよく売れ、プレゼントにもなる守護シリーズも売れている。左手に盾、右手に剣を持った「小公子」は、ネットで調べると「童話の中の優しい王子様が、あなたを守ってくれます」と書いてある。店員の説明を聞いて買って帰り、毎日「小公子」に向かって30分も話しかける人もいる。
ブードゥー人形の魔力にはまってしまう人も少なくない。ネットや電話で「『偸心賊』(恋愛シリーズのひとつ、魅力と愛情が倍増する)を買って毎日話しかけているけど、早く願いをかなえる特別な呪文はありませんか」などと問い合わせてくる人もいれば、人形を買ってから恋愛が順調に進み、その「神秘性」をネット上に発表する人もいる。
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アフリカの信仰の物語とタイの手工芸に、さまざまな流行の要素を取り入れることで、エスニック社はヒット商品を生み出した。
マスコミが後押しに
商品のユニークさが話題になってマスコミからも注目され、中国大陸と台湾の両方で放送される番組「天涯共此時」でもブードゥー人形が報道された。
「その結果、粗雑なコピー商品が大陸に登場したのです」と陳文政は言う。台湾では恋愛や祝福といったテーマで売られているブードゥー人形が、大陸では復讐や呪いなど「藁人形に五寸釘」のようなイメージへと変ってしまった。だが、これが非常によく売れたため中国政府の注意を引き、社会の風紀に悪影響を及ぼすというので取締りの対象になった。
一方、当初は道端で人形を売っていたタイの若者3人は、台湾のエスニック社から次々と注文を受け、大きな収入を上げてきた。2005年に台湾でブードゥー人形が大ヒットすると、タイの3人はSaan_ha社を設立してエスニック社と正式に契約を結び、台湾と香港と、将来的には日本市場についても協力関係を結ぶこととなった。
「私たちと協力するようになって、彼らも生産力と品質を上げなければなりませんでした」と蔡閔;帆は言う。海外での販売も決まり、今年3月からエスニックの注文は毎月5万個に増え、人形を手作りするSaan_ha社の従業員数は100人まで増えた。
エスニックの3人はブランド路線を歩むことを決め、一定の価格を維持することにした。しかし1個200元の基本バージョンが売れるにしたがって、台湾でも安いコピー商品が次々と登場するようになった。ネットや夜店など、いたるところでブードゥー人形が売られており、このままでは、あっという間にブームが去ってしまうのではないかと心配になる。

アフリカの信仰の物語とタイの手工芸に、さまざまな流行の要素を取り入れることで、エスニック社はヒット商品を生み出した。
コピー商品との戦い
コピー商品の氾濫に対し、エスニック社は法的手段に訴えることにした。「文化クリエイティブ産業が直面する問題は共通しており、中でも鍵となるのは知的財産権の保護です」と陳佳鈺;は言う。彼らは、登録していなかった商標やデザイン、コピーなどを改めて登録しなおした。
そのため今年4月、エスニック社には夜通し灯りがともっていた。3人は徹夜を続けて最初の裁判の準備に取り組み、裁判所と弁護士事務所を行き来した。ちょうど香港進出の時期と重なり、3人は寝る間も惜しんで働いた。
台北市東区の小さな店舗から始まって、2005年にはヒット商品を打ち出し、香港の旺角に初めての海外支店を出すまで「自分たちが予測したより早いスピードで成長してきた」と言う。日本の東急ハンズなどからの引き合いもあり、年末までに日本市場に進出するのを目標としている。
ブードゥー人形は香港や日本の若者の心をとらえるのだろうか。台湾の若い女性が夢中になるキャラクターに、異郷の若者は何を感じるのだろう。複雑な心のニーズは世界共通なのだろうか。答えはもうすぐ出そうである。
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アフリカの信仰の物語とタイの手工芸に、さまざまな流行の要素を取り入れることで、エスニック社はヒット商品を生み出した。

漫画を描くのが好きな蔡カ{帆が自分で描いたスケッチ。シンプルなデザインは5シリーズの人形の原型だ。

ブードゥー人形は若いOLをターゲットに月3万個も売れる。

呪術シリーズよりも愛らしい恋愛シリーズ。この「偸心賊」は愛を求める女性たちが買っていく。

水槽の中のブードゥー人形に夕暮れのようなライトが当たる。その魔力にひかれて多くの若者が買っていく。
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口を縫い合わせ、ハートに釘を刺した呪術シリーズのこの人形は、人を陥れる小人が近づかないようにするお守りだ。
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アフリカの信仰の物語とタイの手工芸に、さまざまな流行の要素を取り入れることで、エスニック社はヒット商品を生み出した。