百年以上の歴史を持つ人形劇「布袋戯」は、台湾を代表する伝統芸能である。中でも、最も広く知られている「霹靂布袋戯」(PILI)は台湾の国宝とされる黄海岱が創設し、雲州大儒侠の史艶文や蔵鏡人などのキャラクターを生んだ黄俊雄に引き継ぎ、さらに霹靂シリーズをスタートさせた黄強華と黄文択の兄弟へとバトンを渡してきた。彼らは常に斬新な創意を取り入れ、次々と新しい布袋戯を生み出してきた。
2014年、まだ20代の四代目、黄亮勛が霹靂布袋戯を受け継ぎ、今年の春節に大スクリーンの3D映画『奇人密碼:古羅布之謎(ARTI:The Adventure Begins)』を打ち出す。人形たちがスクリーンから飛び出してくる、まったく新しい布袋戯である。
長髪に黒縁メガネをかけ、スタイリッシュに決めた黄亮勛。その姿からは、台湾伝統の布袋戯のイメージは浮かんでこない。
1985年生まれの黄亮勛は、子供の頃からテレビで布袋戯を見るのが好きだったが、霹靂布袋戯への思いは、何となく「気まずい」ものだと言う。
「私にとって霹靂布袋戯は、長いあいだ連絡していなかった家族のようなものです。慣れ親しんでいるのに、少しよそよそしい感じがするのです」
父から子へと代々受け継がれてきた霹靂布袋戯だが、父親の黄強華は彼が受け継いでくれることを期待してはいなかった。若者は常に外へと可能性を求めていくもので、黄亮勛も幼い頃から親しんできた布袋戯に興味は持っていなかった。
だが、黄亮勛の考えは台湾大学生物科学科に入ってロックバンドを結成してから変わった。お気に入りのアイスランドのインディーズバンドはイギリスの影響を受けているものの、どのバンドも自国の言語で創作し、地元の民族文化の要素を取り入れていることを知ったのである。
台湾にも多くの優れたインディーズバンドがあるが、人々の共鳴を呼びにくいのは、自分たちの文化や歴史とつながっていないからだ。
「創作は己の文化から離れることはできません。模倣だけでは人の心を打つことはできないのです」と言う。西洋のロック文化を追求しつつ創作していくうちに、逆に台湾文化の根本について考えさせられることとなった。そして、自分の家族が受け継いできた布袋戯こそ、台湾に深く根付いた文化であることに気付いたのである。

従来の布袋戯では登場人物全員の台詞を一人の声で収録していたが、『奇人密碼』では歌手のA-Linと蕭煌奇が声優を務め、作品の表情はさらに豊かになった。
布袋戯は庶民の生活に根付いたパフォーマンスアートである。布袋戯がテレビ番組となってヒットして以来、史艶文や素環真、一頁書などのキャラクターは30年にわたって台湾人の共通の記憶として刻まれてきた。テレビの布袋戯を見ていない人でも「武林を揺るがし、万教を驚嘆させる」これらのキャラクターの名前は知っており、黄亮勛は、これこそ自分が追い求める文化の基礎ではないかと感じたのである。そこで、自らの創作の目を布袋戯に向けることとなった。
これまでの霹靂布袋戯の脚本は現実の社会とかけ離れているという課題がある。セリフはわかりにくく、物語も壮大かつ複雑だ。黄亮勛は、布袋戯の精神を取り戻すとともに、より現代の生活に近い内容にしたいと考えた。
「自分のものを批判するのは容易ですが、自分の長所を見出すのはもっと難しいことです」。黄亮勛は、外の世界を追求する中で、自分の持てるものを発見したのである。

布袋戯に3Dとアニメーションの要素が加わり、独特の人形劇動画の世界を展開する。
黄亮勛は兵役を終えると、霹靂布袋戯に加わった。父の黄強華は後継者ができて胸をなでおろしたが、それと同時に、息子には霹靂に新たな時代を開いてもらいたいと期待している。
2009年、映画『アバター』が華麗な3D効果で世界を席巻した。この時、武侠の美学を追求する黄強華は、布袋戯も3Dで表現したいと考えた。
霹靂布袋戯は1985年からテレビ放送を開始し、以来、途切れることなく2000回以上放送されてきた。当初は華やかな特殊効果を用いて、父である黄俊雄の時代とは異なる世界を作り出し、武侠の美学を追い求めてきた。
「布袋戯は、時代の流れと最新のテクノロジーを取り入れてイノベーションを続けていかなければ、文化としての新しい価値も新たな生命も生み出せません。30年前に霹靂は大きな革新を行ないましたが、立ち止まることはできないのです」と黄強華は言う。最愛の布袋戯を世界へ打ち出し、新たな潮流とともに歩ませるために、彼は若者を信じ、完全に息子に任せることにした。
「父は『3D映画を作る』とだけ言い、それ以外はすべて私に任せてくれました」と黄亮勛は言う。父親はこの作品の総監督だが、監督としての仕事以外は一切口を出さない。だが、これは家族としての信頼ではなく、黄亮勛が努力して勝ち取ったものなのである。

春節に公開される映画『奇人密碼:古羅布之謎』は布袋戯の新たな高みに挑戦する。
映画『奇人密碼』の製作費は3億5000万台湾ドル、スタッフは総勢200人の規模である。脚本から撮影、編集、アニメーション、録音まで、すべて台湾人だけで行う。そして、このチームを率いるのは経験30年の黄強華ではなく、この世界に入って一年にも満たない黄亮勛なのである。
黄亮勛は映画を撮ったこともなければ、動画を学んだこともなく、布袋戯を学んだこともない。この任務を引き受けて間もなく、伝統と革新の板挟みに陥り、さまざまな批判の声が聞こえてきた。「霹靂シリーズのキャラクターを使えば、興行成績は間違いないのに」「布袋戯の人物の声は、すべて同じ人がやるものだ」などだ。だが、黄亮勛は従来のやり方に挑戦しなければ変革はできないと信じ、自分の理念をもって父の世代のスタッフを説得し、内部の信頼を得てきた。
彼は大胆な革新に取り組み、布袋戯の伝統中の伝統である台湾語の台詞まで変えた。
従来の布袋戯のナレーションは、台湾語の文語文で語られ、私たちが日常的に話す言葉とは異なる。最近は流行語なども取り入れているが、古典的な台湾語の範疇を抜け出すことはなかった。
だが黄亮勛は、布袋戯は現代社会に合ったものでなければならないと考える。現実の台湾の暮らしでは、多くの人は相手や状況によって標準中国語と台湾語を使い分けているのだから、布袋戯も台湾語のみという枠を抜け出すべきだと。
こうした考えから、『奇人密碼』では、すべての台詞を標準中国語と台湾語の両方で録音し、その時々の感情が最も伝わりやすいよう、混合して使用している。
声優として参加した歌手のA-Linは、もともと台湾語が流暢ではないので、幾度も録音をやり直さなければならず「超難しかった」と話す。もう一人、楼蘭の王子の声を担当した歌手の蕭煌奇は、録音監督に「監督、台詞を一度読んでください。その通りに話しますから」と言い、思いがけず非常に良い録音ができたそうだ。
3Dのため、人形のデザインも新しくした。サイズを大きくして細部をさらに精密にし、衣装もウエストを強調してより人間らしい姿にした。手足の関節だけでなく、まぶたやまつ毛まで動く。キャラクターも、これまでの霹靂シリーズのものではなく、すべて新しい人物である。また台湾の強大なアニメ人材資源を生かし、人形の実写の部分にバーチャルな動画を組み合わせ、これまでにない人形劇動画として布袋戯に新たな定義を生み出したいと考えている。

『奇人密碼』の物語は神秘の王国、楼蘭で繰り広げられる。壮大で幻想的な叙事詩の世界は、従来の布袋戯のスケールを越える。
『奇人密碼』は形も内容もまったく新しい布袋戯である。布袋戯の映像制作を行う企業として、イノベーションは必須だが、黄亮勛には大きな葛藤があった。
『奇人密碼』の物語は、主人公の張墨と彼が操る「奇人」という人形を中心に展開する。奇人は機械にも似ているが、心も持っており、「万鵲」というエネルギーによって動く。だが万鵲は時間とともに減っていき、それとともに奇人も動力を失ってしまう。そこで張墨は、万鵲を求めて神秘の楼蘭国へと旅立つのである。
この物語は台湾布袋戯の境遇を投影している。奇人は、動力を失いつつある古い芸能・布袋戯を象徴し、万鵲は布袋戯の初心を表す。
主人公の張墨は漢代の張騫の後裔という設定だ。張騫は西域へ派遣されて東西文化の交流を促した。張墨も祖先と同じ道をたどり、楼蘭国とロプ人との間の橋渡しの役割を演じる。それは、伝統と革新のバランスを取ろうとする黄亮勛の今の役割に似ている。
脚本を作り始める時、黄亮勛は霹靂シリーズを抜け出して新たなスタートを切る決意をした。背景は西域、つまりシルクロードである。シルクロードは神秘的なイメージを持ち、多様な文化が出会う場でもあり、台湾でも中国大陸でも西洋でも多くの人が興味を持つと考えた。
意識的か無意識か関わらず、黄亮勛は自分の感情を主人公に注ぎ込んだ。祖先の志を受け継いだ若者が家宝に新たな生命を求めて伝統と革新を融合させ、新しい文化のシルクロードを開こうとしているのである。

雲林県にある霹靂のスタジオには熟練した人形師や撮影・照明スタッフが集まっている。
『奇人密碼』の製作開始当初、黄亮勛は脚本だけを担当していたのだが、アニメチームを率いるマネージャーがうまく統率できていなかったので、彼が自ら率いることになった。
そこで分かったのは、台湾のアニメ人材資源は非常に豊富だが、それぞれのプロダクションの規模が小さく独立しているため、大規模な制作を請け負いきれないという問題をかかえていることだ。そのため、これまでの台湾映画はアニメーション制作をほとんど韓国や日本、中国大陸などに発注しており、台湾のアニメ業界はごく小さなケースしか受注できず、完全な産業チェーンが育っていないのである。そこで黄亮岱は、ほぼ台湾全土のアニメ人材を集めて製作チームを作り、台湾製のアニメを完成させた。
「この映画をきっかけに、台湾アニメ資源のプラットフォームができ、将来の成長の可能性が開かれました」と言う。『奇人密碼』では台湾アニメ業界のエネルギーの6割ほどしか発揮しておらず、将来的に、この映画の続編やテレビドラマ、漫画、ゲームなど霹靂布袋戯が得意とするマーケティングを行ない、台湾のアニメ産業を発展させていきたいと考えている。
『奇人密碼』は撮影に9ヶ月をかけたが、ポストプロダクションには2年かかり、予定よりまる一年遅れてしまった。「監督(黄強華)の要求は高く、ポストプロダクションで、このシーンには落石を加えるか、爆発させるか、木の葉を散らすか、と訊ねると、『よし』としか答えないのですが、それは三つとも必要だという意味で、その分どんどん遅れてしまったのです」と黄亮勛は言う。より高いビジュアル効果を追求しつつ、細部も着実に描いていかなければならない。作品のレベルは相当期待できそうだ。黄亮勛は、ポストプロダクションのために、台湾のほとんどすべてのアニメプロダクションを動員したので、他の依頼主は困ったはずだと笑う。
布袋戯は時代とともに歩み、絶えず自らを乗り越え、観客に豊富な選択肢を提供しなければならない。かつて武林を揺るがせた霹靂布袋戯は新しい方向を見出したようだ。
霹靂のバトンを受け継いだ黄亮勛が、布袋戯をシルクロードへと導けるよう期待したい。