四章、四つの変化
曼陀羅(マンダラ)は心理学者ユングが開発したセラピーで、一つの「円」の中に自由に絵を描くものだ。侯俊明によると、以前A4の紙に同じように自由に絵を描いた時はエネルギーを放出しているように感じたが、曼陀羅はそうではないと言う。無限の意味を持つ円の中では「エネルギーが内へ、自分自身へと返ってきて、その時の自分の心身の状態を見つめることができます。それは自分と自分との対話で、外に向かう自己表現ではないのです」
曼陀羅を描くことで心が癒されただけではない。版画の硬いラインに切断された創作のエネルギーが、円の中に自由に遊ぶことで蘇ったのである。それは休耕のようなものだと侯俊明は言う。土を起こして種をまき、また土を起す過程で内なるものが安定し「あちこちの流木につかまって頼る必要がなくなる」のである。
『鏡之戒』は4章から成り、それは曼陀羅を描き続けた四季でもある。絵だけの部分もあれば、文章もある。
各章のタイトルからも侯俊明の心境の変化がうかがえる。第一季「自らを閉ざす・心を静める・仰天するが正しい」、第二季「魔物を追い出す・夏・蝶々の飴が顔にくっつく」、第三季「渇望・ファーストキス・二つの乳房の間」、第四季「魔の花・愛情・38歳のビジョン」というものだ。
絵を見て行くと、後になればなるほど美しくなる。輔仁大学心理学科の宋文里教授は同書を評して「侯俊明は侯俊明のままである。彼は自分の自我を決して放そうとせず、ユングが考える治癒、無意識の『本質の自我』には達していない」と述べる。しかし、狂気のアーティストと心のリハビリ師との間で、侯俊明はあるレベルのバランスを見出している。
『鏡之戒』は芸術作品集なのか、それとも侯俊明の心を覗き見るものなのか。その両者は衝突するものではない。侯俊明は、これらの絵は表現性やオリジナリティを強調した「創作」ではないが、より深く、より赤裸々なものであるため、その衝撃は他のシリーズに劣らないと考えている。
「すでに人生の第3段階に入った私は、仕事をより成功させ、家族に実質的なものを与えるにはどうするべきか考えるようになった。曼陀羅は私が一人の父親になるための準備であった」と今は2人の子を持つ侯俊明は言う。
遅れてきた思春期の後、ついに「四十にして」立った。天才画家は『鏡之戒』を通して、自分が成熟したこと、そして父親に、しかも責任ある父親になろうとしていることを宣言する。この「父親」はいかに育まれ、どう誕生したのか。読者はこの本の中に答えを見つけられるかも知れない。