4年に一度のサッカーワールドカップが台湾人にも夢を見せてくれたが、ゲームが終わるとともに夢も消えてしまった。
だが現在、サッカーを愛する何人かの外国人が台湾の夢をかなえようと長期的な取り組みを始めている。台湾で働く外国人が増える中で、いつも6〜15歳の少年たちに囲まれている彼らは、特殊なグループに属すると言えるだろう。基礎のランニングから始めて、彼らは台湾にサッカーの種を蒔こうとしている。話す言葉も肌の色もさまざまだが、グラウンドでは国籍は重要ではない。
今年のワールドカップでは、ポルトガルの監督はブラジル人、イングランドの監督はスウェーデン人、オーストラリアの監督はオランダ人だった。多くの国が、国の栄誉を担うチームの指揮を外国人にゆだねている。
いつか、台湾がワールドカップに出場した時、台湾サッカーの歴史にこれらの外国人コーチの名が刻まれることだろう。
背番号23の選手がゴールを狙う。このシュートには自分の栄光だけでなく、数十年来の台湾人のサッカーの夢が託されている。
心に複雑な思いがよぎった後、マックスはゆっくりと加速して脚を振り上げた。しかし球は屋内グラウンドのフロアを弱々しく転がり、キーパーのいないミニゴールの柱をかすった。8歳の彼はがっかりして仲間の方へ駆けていく。マックスにとって、仲間とコーチのほかに、いつも場外から見守ってくれる両親が最大の支えだ。
これは「マスター・サッカー・アカデミー」の日曜日の練習光景だ。メンバー募集のサイトには、「いつか台湾がワールドカップに出場できる日を目指して」とあるが、幼い子供たちに対して、イギリスから来たコーチのダニエル・カルヴァートさんは、基礎訓練に重きを置いている。
基礎とは何かと聞くと「基礎の基礎です。例えば、手で球に触れる習慣をなくすことです」とダニエルは言う。続く練習では、コーンを2列並べ、2チームに分かれてドリブルのリレーをする。脚で球をコントロールしながら3つのコーンを回って戻り、次の選手にパスするのである。
8歳のアンドリューは2つ目のコーンを回ったところで球が言うことをきかなくなり、無意識のうちに腰をかがめて手で球を止めた。するとダニエルのホイッスルの音が響き、スタート地点に戻るよう注意される。これで、こちらのチームは大幅に遅れてしまった。「サッカー教育の始まりは、ゲームや競争を通して楽しいものでなければなりません」とダニエルは言う。
ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカからのコーチが台湾でサッカーを教えている。グラウンドには国籍はなく、サッカーのみが共通の言語だ。写真はガーナから来たイブラヒム・ドンカーさんと深坑中学の生徒たち。
いまだ覚めぬサッカーの夢
4歳の時から父親と裏庭でサッカーをしていたダニエルは、その楽しさをよく知っている。興味が情熱に変わり、その情熱があったからこそ、思春期にもビールやタバコや大麻などの誘惑を拒み、毎晩11時に就寝する習慣を守ることができた。フォワードとしての体力を維持するためだ。
この情熱から、イギリスのリーグ2の青年チームに参加した後、アルゼンチンのクラブにも加わった。選手として一戦を退いた後、縁があって台湾に来たのである。「ここ2年の間に出場した最も激しい試合は『台北アニマルズ』の一員として台湾代表チームと戦った試合です」とダニエルは言う。最後に代表チームと戦ったのは先月で、0対4で負けた。
外国人から組織される台北アニマルズは実力のあるチームだが「唯一の問題は、みんな年を取っていて体力がないことです」と話すのはダニエルのチームメートで30歳のフランス人、ダビッド・カムヒさんだ。「僕はまだいいですが、膝の手術を受けるなど、みんな身体に傷を負っていますから」と言う。2003年に台北で出会ったダニエルとダビッドは、サッカーの砂漠と言われる台湾でサッカー教室を開けば成功する可能性が高いと考えて5人のコーチ団を結成、200万元を投資して「マスター・サッカー・アカデミー」を開いたのである。
現在は、彼らを含めて台湾でサッカーの基礎教育を行なっている外国人は20人にのぼる。出身地はヨーロッパ、アフリカ、アメリカと世界各地にまたがり、台湾で最も国際化の進んだスポーツと言えるだろう。
世界に目を向けると、ハイテク人材の争奪戦が巻き起こっているが、サッカー人材も早くから国境を越えて移動している。そこで、我が国の中華サッカー協会もこの流れに乗り、昨年から日本とのサッカー交流計画を開始し、日本の川崎フロンターレの今井敏明・元監督を台湾代表チームの客員監督に招いた。
この夏、彰化ではYMCAが日本の選手を招いてサッカー推進活動を行ない、日本から葛和修治選手を招いて彰化でサッカーの指導をお願いした。
台北よりサッカーが普及していない彰化では、葛和修治選手が巧みなボールさばきを披露すると、子供たちは目を丸くした。
サッカー選手として台湾では群を抜いて素晴らしいキャリアを持つガーナ出身のイブラヒム・ドンカーさん。その指導の下で子供たちは着実に力をつけている。
芝生の上での洗礼
「サッカー教室を開くと話すと、友人たちは、ありえないと言いました」と話すのはイギリス人のマイケル・チャンドラーさんだ。「砂漠に花を植えるようなものだ」と言われたそうだ。
しかし、2003年に内湖三民中学の体育館を借りて週一回の教室を始めて以来、生徒数は40人から500人まで増えた。淡水にも教室を開くことができ、砂漠に芽が出てきたのである。「年末までに台南と台中の学校でも生徒を募集します。そうなればアルバイトで英語を教える必要もなく、フルタイムでサッカー指導に取り組めます」とダニエルは言う。
アルバイトをしながらとはいえ、サッカー教室の準備に手を抜くことはなかった。教室を開く前、ダニエルはイギリスのライチェスター・シティFCなどプロチームを訪ねて関係を築くとともに、各チームの少年訓練制度を見学してきた。
「いろいろな細かい点を学びました。グラウンド上のポジショニングや子供たちとのコミュニケーションの取りかたなどです」ダニエルは、イギリスサッカー協会によるFAレベル1クラブコーチの資格も取った。
サッカーでは怪我をすることも多いため、コーチの資格の他に、彼らはスポーツトレーナーの資格も取り、万一事故が起きた時には処置できるようにしている。
「イギリスから年齢別クラス分けも導入しました。U7は7歳以下、U9は9歳以下で、それぞれに練習の重点が異なります。U11になると試合に重きを置き、勝つための精神を鍛えることができます」とマイケルは言う。
U7ではステップの他に、ポジションが重点になる。ダビッドによると、サッカーを始めたばかりの子供たちは球に群がるばかりで空間の概念がない。いかに空間の意味を教えるかが、その後の発展に大きく影響するという。
今年、イギリスサッカー協会のコーチ講習会が台湾で開かれたのもマスター・サッカー・アカデミーの努力の賜物だ。今年1月、イギリスのケント州サッカー協会の協力を得て、ウェストハム・ユナイテッドFCの公認コーチ指導員2人が台湾を訪れ、イギリスサッカー協会のレベル1コーチ訓練課程を開き、内外の45人のコーチが参加したのである。
サッカー選手として台湾では群を抜いて素晴らしいキャリアを持つガーナ出身のイブラヒム・ドンカーさん。その指導の下で子供たちは着実に力をつけている。
文化が勝敗を決める
「子供たちの素質という点では台湾もイギリスも南米も差はありません」違う点は、台北の子供は転んでも自分で立ち上がらず、親が起こしてくれるのを待つところだとダニエルは言う。
屋外で試合をしている時に雨が降ってくると、子供たちは勝手に試合をやめて雨宿りをしにいってしまう。多少雨に打たれ、泥の中で転がれば抵抗力もつくではないかとマイケルは問いかける。
では、長期訓練に参加している青少年選手はどうだろう。
「台湾の子供たちには、勝とうという気持ちが足りないようです」と話すのは、アフリカから来たイブラヒム・ドンカーさんだ。イブラヒムはガーナの出身、17歳の時に国の青年チーム代表に選ばれ、ドイツの1FCケルンに在籍したこともある。
イブラハムは、今は台北県深坑中学でサッカーを教えているが、学校の経費が足りないため、親たちが自発的に資金を出してコーチ代を払っている。
「ですから、台湾の親たちは子供がサッカーをするのを望んでいないというのは正しくありません。それに台湾の設備は悪くありません。少なくとも私の母国に比べるとグラウンドも多く、条件は揃っています」と言う。
サッカー選手として台湾では群を抜いて素晴らしいキャリアを持つガーナ出身のイブラヒム・ドンカーさん。その指導の下で子供たちは着実に力をつけている。
グラウンドの傍らで
「サッカー発展の最大の問題は文化です。テレビでは野球かバスケットかビリヤードしか放送されず、子供たちが憧れるのもこの範囲に限られます」とダニエルは指摘する。一昨年台湾でフットサルのワールドカップが開かれた時も見に行く人は少なかった。先頃開かれたアジアカップ予選は、サッカーの盛んな国では非常に重視され、韓国からは20人の記者が来たが、台湾人の観客はほとんどいなかった。8月16日、マイケルら3人のコーチは中山グラウンドで開かれた韓国対台湾の試合を観戦しに行ったが、観客席はがらがらだったという。
「サッカーは一つの文化で、広く肥沃な土壌が必要です。そこから良い選手や審判やコーチ、それに目の肥えたファンが生まれるのです。それがなければ、突然サッカーの強い国にはなりません」とダビッドは言う。
そして、その前に「私たちのように楽しむことです」と言う。
まじめな話は終わり、週末の教室も終わったが、ダビッドとダニエルの話題はやはりサッカーに戻った。ワールドカップでの、フランスとイングランドのプレーの話になり「今回のフランス代表には純粋のフランス人は一人しかいなかったじゃないか」とイギリス人のダニエルが言う。
「その通りさ。多民族融合チームだから強いんだよ。イギリスはワールドカップで何年優勝していないんだっけ?」とダビッドは反撃するのである。
サッカー選手として台湾では群を抜いて素晴らしいキャリアを持つガーナ出身のイブラヒム・ドンカーさん。その指導の下で子供たちは着実に力をつけている。
サッカー選手として台湾では群を抜いて素晴らしいキャリアを持つガーナ出身のイブラヒム・ドンカーさん。その指導の下で子供たちは着実に力をつけている。