救急医を助ける市民科学
救急外来では咬みついた毒ヘビの特徴が医師の診断の最初の根拠となる。けれども実際にヘビの種類を特定するのはかなり難しい。ラッセルクサリヘビ、ヒャッポダ、タイワンハブはいずれも大きな斑紋が特徴で違いは小さい。
台北栄民病院の産業医学及び臨床毒物部医師の鄭凱文によると、台湾の救急科専門医は全員、台湾の六大毒ヘビについて知識があり、ほとんどの毒ヘビによる咬傷症例に対応できるが、蛇の種類の断定が難しい場合や、患者に非典型的な症状が現れた場合、担当医師は台北栄民病院の毒物相談センターに電話をするそうだ。
24時間対応する毒物相談センターのスタッフの1人である薬剤師の陳香齢によれば、同センターでは、救急医から提供された咬傷の推定時刻、傷の状態、臨床検査値などの情報に対し、治療方法のアドバイスをするそうだ。最初に見た時点で六大毒ヘビ以外のヘビによる咬傷など、稀なケースだと判断された場合には鄭凱文を含む他の医師とも協議して判断する。
政府の啓発運動とスマホの普及により、近年、自分を咬んだヘビの写真を撮る人が増えているが、「夜遅くや夕方に咬まれることが多いので、撮ったといっても、いい画像ではないことが多いんです」と陳香齢は言う。。
鄭凱文は一例として、最近あった阿里山のタイワンハブに咬まれた人の事例を挙げた。その患者は咄嗟に写真を撮ったが、画像は暗く不完全で、図鑑に掲載されている鮮明で完全なヘビの写真とは大きく異なり、長年にわたり毒物相談センターでヘビ種の特定を助けてきた医師たちにとっても、判断は非常に難しかった。
そこで昨年(2023年)同センターに加入した彰化秀伝病院医師の陳光庭の提案で、鄭凱文と陳香齢は、農業部生物多様性研究所の准研究員であり、「台湾動物ロードキル観察ネットワーク」(道路とそれに付属する側溝、擁壁、照明などで死亡した野生動物を調査することで、動物保護や交通安全をはかるため、農業部生物多様性研究所が立ち上げたプロジェクト)の創設者でもある林徳恩とともに、咬傷患者が救急外来に運び込まれることが多い陸生ヘビの種類を特定するための識別訓練用データベース作成の可能性を探った。
構築と最適化に数か月かかったが、林徳恩によって既存の識別データベースの中から爬虫類や哺乳類などヘビ類以外のデータを取り除く作業が進められ、医療従事者がヘビ種を識別するための専門サイトはついに2024年1月に公開された。それによって医師はスマホを使ってヘビの死骸の識別をゲームのように練習することができるようになった。またヘビの地域分布や主な特徴など関連知識を学ぶことができるため、効率よく識別スキルを向上させることができる。陳香齢によれば200問の練習問題に取り組めば、識別能力は明らかにアップするそうで、医療現場でさまざまな毒ヘビ咬傷患者に直面した際に、そのヘビ種を判断するコツが手軽に学べるという。
陳光庭は実際にスマホを操作して、尾だけしかないヘビの死骸を分析する過程を見せてくれた。頭部はないが、腹部と尾部の特徴からコブラであると識別できるそうだ。コブラはふつう灰色か黒、または茶色をしており、頸部が膨らんでいない状態では特徴的な斑紋もはっきり識別できない可能性があるため、「データベースはある意味、リアルなんです」と言う。患者を咬んだヘビやその写真が持ち込まれる、救急外来の実際の状況を再現しているからだ。

台北栄民病院毒物相談センターの陳香齢薬剤師(左)、鄭凱文医師(右)は陳光庭医師(中)の提案で、農業部生物多様性研究所と協力して、咬傷患者が救急外来に運び込まれることが多い陸生ヘビを特定するため、識別訓練用のデータベースを作成した。(荘坤儒撮影)