3階建ての高さがある法座の上で、大勢の信者を前にダライ・ラマは時には涙を流し、時には笑いながら菩提の心を教え、4月9日にインドへの帰途に就いた。
台湾でのスケジュールは過密で、4日にわたる心経講座、2日間の潅頂法会の他、総統、副総統、行政院長、そして連戦氏、宗楚瑜氏、謝長廷氏、馬英九氏ら各政党のリーダーと会談し、立法院で講演も行なった。また我が国の仏教界のリーダーである聖厳法師、証厳法師らとも語り合った。
初日に林口体育館で行なわれた「新世紀の道徳観」という講演には1万5千人が詰めかけ、ダライ・ラマはこう語った。「私を見ただけで加持が得られる、或いは私に神通力があると思っているのでしたら、それは違います。同じ人間として、私は人が苦を離れ楽を得ることを助けることにこそ意義があると考えています」と。
ダライ・ラマは、時間は1分1秒と流れていると語る。一人の人が生まれてから死ぬまでの間に太陽や宇宙も滅びつつあるのだから、自分にいつ、何が起きるかなどを気にすることは意義がなく、それよりも人を助けるために時間を活用し、楽しい人生を追求するべきだと言う。
では、苦を離れ楽を得るにはどうすればいいのだろう。ダライ・ラマは「心経」から勧める。「般若波羅密多心経」は仏教徒にとっては最も馴染みのある経典だ。仏教の三蔵十二部経の中で「大般若経」は600巻もあるが「心経」はこの大般若経の精髄とも言えるもので、わずか260字だけだが、その内容は深遠である。この経典を通してダライ・ラマは台湾の人々と縁を結ぶことにしたと言う。
「心経」が論じているのは空性だ。すべての人は「我執」を生じ、そこから「我愛」を生じて苦を離れ楽を得たいと思うようになる。大部分の人は、苦を離れ楽を得ようとする時、五慾を満たそうとするが、五官が満足しても心は決して楽しくはないのである。
この心経の講座が終ると、2日にわたる潅頂法会に入ったが、その参加者は、明らかに心経講座より多く、1万5千枚の入場券はすぐに売り切れた。
ダライ・ラマは信徒を導いて釈迦牟尼と諸仏菩薩に頂礼し、菩提心を発して空正見を観ずるよう教えた。菩薩戒を人々に授ける前に会場内の信者はダライ・ラマに頂礼し、その後ダライ・ラマが法壇で釈迦牟尼仏尊者と司法諸仏に頂礼し、恭しく諸仏菩薩を観想し、会場の信者は合掌して法王の戒めに耳を傾けた。
ダライ・ラマは、今回の課程には関連性があると言う。まず「心経」の教えによって人々が覚悟の心を求めるよう導き、それを基礎として、菩薩戒を授ける。そして信者が早く仏果を成就できるよう、潅頂を行なうというものである。しかし、信者が潅頂だけを重視して菩提心を持たなければ、潅頂には何の作用も望めない。受戒したすべての信者が、この数日で聴いた菩提心と空正見を思い出し、考えるようダライ・ラマは望んでいる。
今回の来台中、多くの信者が法より利ばかりを重んじるのを目の当たりにして、ダライ・ラマは厳しい言葉を発した。台湾の仏教徒は「即身成仏」を追求し、潅頂だけを好み、修行を好まず、修行もインスタントラーメンのようなものだ、と。この厳しい言葉から、台湾の人々は自分が急いで功利を求めすぎていることに気付かされた。
ダライ・ラマの包容力と謙虚さは、法会以外の場でも見られ、人々に深い印象を残した。台湾大地震再建基金会へ15万米ドルを寄付することで、人のために何かを差し出すことを私たちに教えたのである。だが基金会は、チベット亡命政権の財政困難を知っているため、これを受取ることはできないとした。しかしダライ・ラマは、自然に慈悲を以ってこれを差し出したのである。台湾の政府高官と会談した際には「チベット人を労働者として台湾に受け入れて欲しい」と要請しながら、一方では巨額の寄付金を被災者のために差し出すという行為自体、一つの「説法」と言えるだろう。