我が国では中国語のローマ字表記が統一されていないため、昨年「国語推進委員会」が教育部(文部省)に対して「通用拼音(通用ピンイン)」に統一するよう求める決議をしたところ、大きな論議を呼んだ。世界的に広く普及している表記法にするべきか、台湾の独自性を維持するべきかが争われる中、曽志朗教育部長(文相)は「漢語拼音(漢語ピンイン)」を採用するよう行政院に建議したが、将来的に通用拼音を採用する可能性もあるとした。だが、この問題に関する論争はおさまらず、行政院は教育部に対して、コンセンサスが得られてから再び審議するよう求めた。
「通用拼音」「漢語拼音」とはどういうものなのか。台湾には公用の表記法が必要なのだろうか。台湾にとって最良の選択とは何なのだろう。
台北市の光復南路と仁愛路の交差点にある道路名の標識を見ると「光復」の字の下に、一つにはKwangfu、もう一つにはGuangfuと書かれている。
忠孝東路では、場所によって「忠孝」の字の下にChungsiaoと書かれていたりZhongsiaoと書かれていたりする。台北では、このような例は挙げればきりがない。台湾の人々は特に困らないかも知れないが、漢字の読めない外国人にとっては、非常に不便なものだ。
なぜこのような状況が生じているのかと言うと、台湾では中国語のローマ字表記が統一されていないからだ。注音符号第二式、ウェード式、郵政式などがあり、これに加えて2年前から通用拼音なども加わり、数えていくと8〜9種類もある。このため、外国人だけでなく、大量の国際郵便を処理する郵便局も困っている。地名だけでなく、パスポートの姓名や、民間や公の機関名に関しても、ローマ字表記に統一のルールが求められている。
こうした混乱による問題を解決するために、かつて行政院が会議を開き、各省庁に対して1986年に発布した注音符号第二式を使用するよう求めた。しかし、この行政命令は強制力のあるものではなかったため、多くの機関や地方自治体が、それまでの習慣通りの表記を続けてきたのである。また注音符号第二式については複雑で学びにくいという批判も多く、国際的には中国大陸の漢語拼音が普及しているため、国内での使用率は高まらず、海外での普及もより困難だった。
我が国では長年にわたって、さまざまな形のローマ字表記が併用されてきたが、情報化と国際化のニーズから、統一を求める声がますます高まっている。そこで行政院では再び検討を開始し、99年7月に漢語拼音を採用することを決定したが、それから一年たった後も正式に公布されることはなく、2000年に再び教育部に対して検討を求めた。そして、教育部の国語推進委員会で「通用拼音」の採用が決議されたため、今回の論争が起きたのである。
まず最初に通用拼音の採用に反対したのは台北市だった。漢語拼音がすでに世界的に通用しているのだから、情報化と国際化のためにも台湾は別の方法を採用するべきではないというのが台北市の主張だ。漢語拼音を支持する人の多くは、地名のローマ字は主に外国人のために表示されるので、世界的に多くの人が学んでいる漢語拼音を選択するのが道理だと考えている。
こうした考えは確かに多くの外国人からも支持されている。台湾で翻訳の仕事をしているイギリス人のロバート・テイラーさんは、次のように指摘する。漢語拼音の中のqやxの発音は英語圏の人には直感的にわかりにくい点があるが、外国人にとって重要なのは、ローマ字1文字が一つの音を表し、正しい発音ができることで、したがってxがどのような発音になるかは問題ではないと言う。「すでに整った表記法があり、大部分の外国人がそれを学んでいるのですから、台湾が別の方法を作る必要はないでしょう」とロバートさんは言う。
しかし、同じく翻訳の仕事をしているロシア人のアレクサンダーさんの意見は違う。大陸で何が使われていようと台湾は独自の方法を採用してもいいし、「漢語拼音の幾つかの表記は、確かにどう発音すべきか分りにくいものです」と言う。彼の考えでは、漢語拼音を支持する外国人の多くは、中国語を学んだことのある人で、まったく中国語を知らない外国人にとっては発音しやすい表記が必要だということだ。アレクサンダーさんは、台湾でこれまで長年にわたって使用されてきたが、今回の論争ではまったく選択肢に挙げられていないウェード式表記法を支持している。「ウェード式は使いやすいです。現在の地名や人名、機関名などもほとんどが、この方式で表記されているのに、なぜこれを残そうとしないのでしょう」と言う。
元智大学中国語文学科の洪惟仁副教授も同じ考えだ。ウェード式の表記は台湾ではすでに広く使用されており、海外の多くの図書館でもこのシステムが使われているという。「ウェード式には文化伝承の意義もあるのに、なぜこれを廃止しようとするのでしょう」と語る洪副教授は、どのような表記法を採用するかは、国の言語政策に関わるもので、単に道具として考えるべきではないと指摘する。
また洪副教授は、国際的に通用するという点で漢語拼音を学習するのは理にかなっているが、それは個人が自由に選択すればいいことで、一つの国の公式表記を決める時に、大陸のものと同じでなければならないという理由はないと言う。洪副教授は、通用拼音が「漢語拼音と共通点が多いが、違いもある」と主張している点を風刺して「自らを縛り上げ、他の表記法をも殺してしまうものだ」と指摘する。
公式の表音表記法の選択は、各界に非常に大きな影響を及ぼす。情報システムに影響するだけでなく、中国語を学ぶ外国人にも、小学校の母語教育にも関わってくるからだ。かつて中央研究院の李遠哲院長は、子供たちの学習の負担を軽減するために、整った「通用音標(語音標記記号)」を開発して多用途に用い、世界の多数の人が使っている漢語拼音と重複性の高いものにすれば、台湾のソフト産業の国際化にも母語学習にも役立つだろうと語ったことがある。
これを受けて「通用拼音」を開発した中央研究院民族学研究所行為研究組の余伯泉助研究員は、通用拼音は漢語拼音に若干の修正を加え、xやqなどの欠点を改善したものだと言う。「漢語拼音との違いは15パーセントに過ぎず、通用拼音を学べば漢語拼音もほぼ分るようになります」と余伯泉さんは説明する。
さらに通用拼音は、台湾に暮らす、母語を異にする人々の間の理解を深めるために、同じ漢語系の客家語の発音表記もしやすく、また台湾語の伝統の発音標記とも近いものになっている。余伯泉さんは「世界の多くの人が使っている漢語拼音との転換もしやすく、なおかつ母語の学習にも使えるように考えたのです」と言う。
余伯泉さんの、こうした考えは、一部の台湾語や客家語の団体の支持も得ている。
『星の王子様』を客家語に翻訳した胡適小学校の徐兆泉先生も、この通用拼音を同書の客家語の発音表記に使った。しかし、李江卻台語文教基金会の幹事長を務める陳豊恵さんは、漢語拼音も通用拼音も、どちらも理想的とは言えないと考えている。漢語拼音は完全に国語(北京官話)の発音で考えられており、台湾語の発音表記には適用できない部分がある。「いずれにしても通用拼音の方は台湾語の発音も考慮してはあります」と言う。
しかし「通用」というのは、それほどいい事なのだろうか。
中央研究院語言学研究所準備所の何大安主任と師範大学華語文教学研究所の葉徳明教授は、すべての言語は独立したシステムなので、言語それぞれに独自の表音表記があってこそ、互いの影響を受けずに済むと言う。清華大学人文社会科学学院の院長(学部長)で、言語学者である曹逢甫教授も「表音表記法が、各言語に通用するのが理想ですが、現実には困難があり、せいぜい共通性を高めていくことしかできません」と指摘する。
ローマ字表記法をめぐる今回の論争を振り返ると、表記法の論理性や一致性など、学理上の議論もなされたが、この問題が多くの人から注目されたのは、二つのシステムの違いが、「国際化」か「台湾化」かの違いとしてとらえられたからだ。そして後には、それが統一派か独立派かという極端な二分化にまでつながった。
漢語拼音の採用を支持する人々の多くは、その理由として国際社会との合流を第一に挙げる。そしてこれらの人々は、台湾がどうしても違う表記法を選ぶとすれば、それは政治的な意識から来るものだと考えている。一方、漢語ォケの採用に反対する人々は、言語は単なるコミュニケーションの道具ではなく、そこに含まれる感情やアイデンティティを考慮すべきだと言う。ましてや、同じ言語といっても決して単一のものではなく、同じ中国語であってもペキンのそれと台北の国語との間にはすでに違いがあり、台湾が台湾の特色ある表記法を発展させれば、文化の多様性を重んじる国際社会からも受け入れられるはずだと考える。
漢語ォケを採用しないのは「統一されるという焦り」からだという指摘に対して、余伯泉さんは、言語はアイデンティティの象徴と記号でもあり、もともと政治と切り離すことは難しいと言う。「将来的に統一するかどうかは別として、台湾には自らの主張があっていいはずです」と余さんは言う。
政府先住民委員会の副主任委員を務めたこともある東呉大学哲学科の孫大川副教授は、人はもともとイデオロギーを持っているもので、大切なのは、それが一種の覇権にならないかどうかだと指摘する。孫副教授は、多数の人が使うという原則から考えることもでき、そう考えれば台湾でしか使われていない注音符号(注音字母)は廃止すべきで、もし通用拼音が客家語と8割以上の台湾語の発音表記もできるのなら、それはいい事だと言う。しかし「台湾は、そのために代価を払わなければなりません。問題は人々にそのような困難を受け止める気持ちがあるかどうかです」と言う。
中央研究院情報科学研究所の許聞廉研究員は、現実的な面を考慮して、わざわざ通用拼音を採用することには反対している。「台湾は、なぜ国際社会から受け入れられない表記法のために大きな社会的コストを払わなければならないのでしょう」と疑問を投げ、「通用ォケは新しい表記法で、文化の伝承といった意義を持つものではありません」と指摘する。
また許聞廉さんによると、世界的に重要な図書館では、今は漢語ォケを採用しており、中文図書の分類なども漢語ォケを基準としているという。こうした流れに逆らって台湾が他の表記法を採用すれば、情報化の速度や変換などの面で数倍も遅れを取ることになる。「台湾は、なぜこのような代価を支払わなければならないのでしょう」と許さんは問い掛ける。
中国語のローマ字表記に関する議論の中から、興味深い現象が見て取れる。「漢語拼音」はあたかも「国際化」の象徴とされ、漢語拼音との差異が大きいものほど国際化から遠い存在とされているようなのである。台湾本土の重視を標榜する通用拼音でさえも、こうした考えに基づいているため「漢語拼音との相違は極めて少ない」ことを謳い、したがって「国際化」につながるものだとしている。
こうした現象は、国際社会における漢語拼音の普及率の高さを示すものだが、ここからまた別の思考が求められてくる。どのように国際化を進めていくべきか、を考えなければならないのである。漢語拼音を採用しなかったら、実際にどのような影響が出るのだろうか。それが情報伝達の速度や範囲に影響を及ぼすのだろうか。漢語拼音と台湾の主要な地方言語とが相容れない部分が、将来的に台湾の言語文化の独立性に影響を及ぼすことになるのだろうか。文化の伝承という点を考えた際、これまでのウェード式表記は台湾と大陸との違いを表現し得たのに、なぜそれを今回の選択肢の中に入れないのか。これもやはり国際社会との合流を考慮してのことなのだろうか。
さまざまな議論が絶えない中、台湾では今後も、同じ音をq、ci、」「など、さまざまな形で表記し続けていかなければならないようだ。あなたは、どうお考えだろう。
中国語のローマ字表記の歴史
1867年に、イギリスのトーマス・ウェードとハーバート・ガイルズが、それまで宣教師が残した中国語のローマ字表記をまとめて「ウェード式」を創案した。中国の古典や歴史、哲学資料などは、すべてこの表記法を用いて書かれており、台湾の政府も民間も長年にわたってこれを採用してきた。この他に台湾では、清末の1906年に郵政機関が海外との通信のために制定した「郵政式」という表記法があり、また1928年に趙元任氏が創案した国語ローマ字(注音符号第二式の前身)、それに1948年にアメリカのエール大学が中国語教育のために作ったエール式も使われている。このエール式は、かつて海外の中国語教育の場において広く使われていた。
中国大陸では1958年に、20年の研究を経て漢語拼音(ピンイン)が公式の表記法として公布され、世界的に広く推進されてISOの認証も得た。86年には国連がこれを中国語のローマ字表記法として採用したため、海外の図書館や学術機関でも採用されるようになり、漢語拼音は世界で最も普及している表音表記となったのである。
近年、我が国の中央研究院民族学研究所の余伯泉・助研究員が創案した「通用拼音」は、基本的には大陸の漢語拼音に修正を加えたものだ。通用拼音は、漢語拼音との共通性の高く、同時に台湾語、客家語にも適用できると強調しているため、これが一躍注目されるようになった。陳水扁総統が台北市長だった時には、台北市や宜蘭県の一部は、歴史文化の保存と地元住民の言語特性を考慮して、道路名の標識などを交換する際には、この通用拼音による表記を採用してきた。台北市では、それまではウェード式を採用してており、また注音符号第二式なども使われてきたため、現在の台北市の道路標識や交通機関の駅名などの表記に統一性がないのである。

中国語の表音表記をどう統一するかが注目されている。曽志朗教育部長は言語学者でもあるが、この問題は専門家としての判断だけでは決定できないのが現状だ。

宜蘭県の礁渓街の道路名は
南語の発音で「Da-ke」と書かれている。これでは地元の言葉のできない外国人には、わけがわからないだろう。他の旅行情報のローマ字表記とは統一されているのだろうか。

これは
南語の音と声調をローマ字と記号で表したものだ。多くの宣教師は、この方法で流暢な台湾語をマスターしてきたのである。