林旻萱撮影
2023年8月にフランス在台協会(Bureau Français de Taipei/フランスの駐台窓口機関)代表に着任したフランク・パリ(Franck Paris)氏は、「龍燁」という非常にスマートな中国語名を持つ。「龍」は氏の干支で、「燁」という文字には「光り輝く」という意味がある。家族の苗字がParisで、フランスの首都パリと同じであることから、その美しい「光の都」というイメージの漢字を選んだという。
フランク‧パリ氏はかつてフランスのマクロン大統領の外交顧問を務め、長年にわたってアフリカ関係を担当してきたため、「ミスター‧アフリカ」の異名を持つ。そのアフリカから活動の場をアジアの台湾に移したのには深い意味がある。「台湾は将来的に世界の地政学に重大な影響をおよぼすからです」と言う。
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パリ氏は離党の小琉球でウミガメに間近に触れられることに驚いたという。(林旻萱撮影)
自ら志願して台湾へ
それまではアジアでの経験はまったくなかったのに、なぜ台湾を選んだのだろう。その答えは意外なものだった。パリ氏が自ら赴任先に台湾を希望したのは、「台湾は世界の地政学における『実験室』だと考えるからです」と言う。台湾は現在、数々の脅威にさらされている。地政学的な課題の他に、外在する勢力からの挑発もあるが、「台湾は非常に特殊な場所です。ここには独特の民主主義経験があり、権威主義的なライバルの圧力の下でも、民主主義の価値を固守しています」と語る。
実は仕事が忙しく、台湾に来るための準備の時間もなかっため、中国語はまだ初級段階だと言う。かつてフランスの駐台代表を務めたブノワ‧ギデ氏とは友人であり、パリ氏が台湾に赴任することになったと話すと、ギデ氏は「それは実に幸運なことだ!」と言ってくれたという。この祝福の言葉を胸に台湾に着任したのである。
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利便性の高い都心と大自然が何の境界もなくつながっているという台北の魅力を、パリ氏は外国人に紹介したいと語る。
台湾での驚くべき経験
この2年の間に、すでに台湾の多くの場所を訪れたパリ氏は、台湾の東海岸が特に深く印象に残っていると話す。
氏の家族はコルシカ島の出身で、コルシカのように大海と高山が近い場所はないと思っていたが、台湾の東海岸で高い山々と海が織りなす壮麗な景観が故郷のそれに非常によく似ていると思ったのだ。ただ違うのは熱帯植物が生息していることで、これも印象に残ったという。
もう一つ氏が驚いたのは「利便性の高い台北の都市部と大自然が何の境界もなくつながっていること」だと言う。台湾では、コンクリートジャングルの都心から、1時間もかけずに本物のジャングルに行くことができ、これも台湾でのユニークな体験だ。
また、離島の小琉球でダイビングをした時には、10センチという近距離でウミガメと一緒に泳ぐことができ、台湾の大自然と生態の美しさを実感したと語る。
パリ氏は台湾でサッカーチームに入っているが、ここでは台湾とフランスの文化の違いに気付いた。「フランスのサッカーの試合では、選手は常に審判と言い争いをしていて、これは試合の一部と化しています。しかし台湾では、審判の裁定に意見をする人はいません」。この経験から、台湾人がルールを尊重すること、そして社会全体に穏やかな雰囲気があることを発見した。
では、フランス人にはどのように台湾を紹介するのだろう。パリ氏はまず「人」を紹介するそうだ。「フランスから友人が訪ねてきたら、まず台湾人の友人を紹介します。これは非常に面白い体験の一つです。台湾人との対話を通して、彼らは台湾人の考え方やホスピタリティを感じ取ることができるのです」。
パリ氏は台湾とフランスの文化に対する観察をこのように語る。「両国の共通点の一つは食に対する情熱だと思います。食文化を暮らしの中で最も重要なことととらえているのです」という。一日中、食べ物のことを話している民族は、世界でも台湾人とフランス人だけかもしれない。
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台湾東部の高山と海がつながる景観は、パリ氏に故郷のコルシカを思い起こさせ、非常に印象深かったという。(荘坤儒撮影)
共通点は食への情熱
台湾の食べ物の中で、一番好きなのはマンゴーと小籠包だ。また、台湾の田舎や原住民集落を訪れると、見たことのない植物や野菜を目にすることが多い。これはヨーロッパでは非常にめずらしいことで、「世界中の食文化が標準化されつつある現在、まったく触れたとのない食の体験ができることは非常に難しくなっています」と言う。そうした中で、台湾にはこのような喜びが残されているのである。
臭豆腐は試してみただろうか。「臭豆腐はOKです。でも毎日は駄目ですよ」と言う。
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パリ氏は、台湾人とフランス人は食に対する情熱という点で共通していると語る。台湾でのお気に入りはマンゴーかき氷と小龍包だ。(林旻萱撮影)
外交という仕事
学生時代、パリ氏はEUの「エラスムス計画」に参加して第一期生として海外留学した。そしてイギリスやオーストラリアでの経験で視野が広がり、外交官を目指すようになった。
公職に就くと、すぐにアフリカの戦争中の地域に派遣され、現地の各勢力との対話を任された。続いてブリュッセルのEU機構で4年間働き、EUの軍隊創設の可能性について話し合うのが重要な任務だった。
以前、外交の仕事の重点は政府間や多国間の交渉だったが、時代は変わり、最近は社会と社会のつながりや、さまざまな領域での交流に関心が注がれるようになってきたとパリ氏は言う。
そこでパリ氏は台湾で、半分以上の時間を各種イベントの計画などに費やしているそうだ。例えば、「フレンチ‧フェスティバル」「台湾フランス語フェス」や、「台北国際ブックフェア」への出展などだ。先頃、世界で最も有名な自転車ロードレース「ツール‧ド‧フランス」の公式イベント「L'Étape by Tour de France」が初めて台湾で開かれ、パリ氏もフランスチームのユニフォームを着て参加し、「恥をかいてはならない」という思いで必死で完走したと笑う。
テレビ番組に出演してインタビューを受けたこともある。外交官として、このような訓練は受けていないが、これも外交の仕事の一つであり、段階によって全く異なる経験ができることが、この仕事の面白さでもあるという。「この仕事を楽しんでいます。毎日が変化の連続で、日々新たな学びがありますから」。
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パリ氏は、台湾人とフランス人は食に対する情熱という点で共通していると語る。台湾でのお気に入りはマンゴーかき氷と小龍包だ。(林旻萱撮影)
進化しつつある台仏交流
台湾でフランスの話をすると、ほとんどの人がフランスとの縁を語る。例えば映画なら、カンヌ国際映画祭が話題になる。台湾の映画監督である侯孝賢(ホウ‧シャオシェン)や楊徳昌(エドワード‧ヤン)、蔡明亮(ツァイ‧ミンリャン)はいずれもカンヌ映画祭のレッドカーペットを歩いた。また、フランスの名作『星の王子様』の中のキツネとバラの物語は誰もが知っているし、文学青年ならバルザックの作品を読んでいる。台湾には20年以上の歴史を誇るフランス語専門書店「信鴿書店」があり、若い世代はAnnaやRemy Gils、Ku、Louis、Franciois DevatineなどのYouTuberを通して台湾とフランスの文化を知り、フランスに親しみを持っている。
パリで始まった夜間のアートイベント「ニュイ‧ブランシュ」に呼応して、台北でも「白夜祭」を開催している。また2024年のパリ五輪には台湾の選手が参加したのはもちろん、カルチュラル‧オリンピアードにも参加した。
台湾の国家科学及技術委員会とフランス科学アカデミーが共同で主催する「台湾‧フランス科学技術賞」はすでに26回を迎えた。また1996年からは台湾の文化部(文化省)とフランス学士院の倫理‧政治学アカデミーが共同で「台仏文化賞」を主催している。受賞者たちの成果によって両国の交流は深まり、台湾に対する世界の理解と支持も広がっている。
この5年、毎年のようにフランスから代表団が次々と来訪しており、台仏間の友好と協力関係が際立っている。パリ氏の観察によると、近年は台湾の官僚による欧州訪問が増えており、また欧州に派遣されていた官僚が帰国後に要職に就く事例も増えている。「これは非常に重要な兆候です。今こそ、台湾と欧州の関係を向上させる契機だと言えるでしょう」と語る。
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パリ氏は台湾に来て、数々の新しい経験をした。写真はフランスチームのユニフォームを着て日月潭で行なわれた自転車レース「L’Étape by Tour de France」に参加した時の様子。
価値の共有、経済面の相互補完
フランク‧パリ氏は、台湾での課題を語ってくださった。パリ氏は台湾人から、フランス旅行の経験はすばらしかったという話をよく聞くが、フランスのテック企業との交流などに関する話を聞いたことはない。そこで「この方面での認識のバランスを取りたいと考えています」と言う。
フランスには先端技術があり、世界トップレベルの大学やAI企業もあり、また強大な半導体産業もある。「フランスと台湾の経済を観察すると、相互補完性が非常に高いことがわかります」。台湾は工業の分野で独特の優位性を持ち、フランスはイノベーションの領域でのポテンシャルが高く、ユニコーン企業が30社もある。そこで産業面での相互補完、相互利益を強化していけば、より大きな経済的潜在能力が発揮できると考えられるのである。
この方面での現在の実績は、とパリ氏は例を挙げる。先頃、台湾の輝能科技(ProLogium TM)がフランスのダンケルクに全固体リチウムイオン電池を量産するギガファクトリーを建設した。これによって台湾は欧州の電気自動車産業における重要な存在となった。また、フランスのトータルエナジーズとフランスの多数の銀行が参画する雲林洋上風力発電所が、先頃正式に商業運転を開始した。これは台湾の再生可能エネルギーの発展に寄与するもので、台湾にとってフランスは重要なパートナーとなっている。
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台湾でサッカーチームに入っているパリ氏は、グラウンドでも台湾とフランスの文化の違いを体験している。
台湾の特有性
パリ氏はお話の中で、しばしば「地政学」について触れ、また大局的な思考を強調する。これはプロの外交官が非常に重視する視点である。「私は、台湾の歴史と将来は、世界の地政学に重大な影響をおよぼすと考えています」と再び強調する。アジアだけでなく、全世界への影響ということだ。アフリカでの経験が豊富な氏は、例を挙げる。ロシアはアフリカに深く関わっており、アフリカの多くの国に大きな圧力をかけている。ロシアが常にアフリカ諸国に言うのは、「『民主主義』は西洋の欧米諸国の産物であり、あなたたちとは関係ない」というものだ。しかし、パリ氏はこう論じ返す。「それは違います。民主主義は西洋だけのものではありません。台湾を見てください!」と。台湾は活力に満ちた民主社会である。それは西洋の産物ではなく、アジアの民主主義であり、アジアで生まれ、根を張った民主制度なのである、と。
「もし台湾が民主主義の遺伝子を失ったら、西洋以外で他に民主主義の手本を見出すことは難しいでしょう」。これは、台湾の多くの友好国が同意する点である。「私はここに来られたことをうれしく思っており、より深く現地の動きを理解したいと考えています。そしてもし可能ならば、台湾の民主的発展に協力できればと願っています」と締めくくった。
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「台仏文化賞」は台湾とヨーロッパの重要な懸け橋であり、台湾に対する国際社会の理解と支持を得る役割も果たしている。(駐仏台湾文化センター提供)
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20余年の歴史を持つフランス語専門書店「信鴿書店」。台湾でフランスに触れられるウィンドーでもある。(荘坤儒撮影)

台北で毎年行われる「白夜祭」は、パリで開かれる夜のアートイベント「ニュイ‧ブランシュ」に呼応したものだ。(金宏澔撮影)

台湾はフランスの招きを受け、パリ五輪に合わせて開かれたカルチュラル‧オリンピアードにも参加した。(文化部提供)
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高雄の流行音楽センターでは「フレンチ‧フェスティバル」に合わせ、自由‧平等‧博愛を象徴するトリコロールのライトを灯した。(高雄市提供)
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台湾とフランスの交流は両国の友好関係を象徴している。写真は外交部の呉志中政務次官が、フランス議会上院(元老院)バヌアツ/太平洋島嶼国友好委員会のクリストフ-アンドレ‧フラッサ委員長を歓迎する様子。(外交部提供)
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この6月、雲林洋上風力発電所が正式に商業運転を開始した。フランス企業のトータルエナジーズが技術運営管理を担い、台湾の再生可能エネルギー発展に協力している。(雲林洋上風力発電所提供)