唐奨教育基金会が開催する「唐奨栄耀‧十周年展」。(林格立撮影)
西暦618年に始まる「唐朝」は人類の歴史上でも最も文化が輝きを放つ時代だった。多様な民族と東西の文化が交流する開放的で先進的な社会は、周辺の国々にも影響をおよぼした。
2012年、台湾の企業家である尹衍樑博士が「唐奨(Tang Prize)」を発起し、618を暗号として2年ごとの6月18日に受賞者を発表している。
2022年、コロナ禍が3年にわたって世界中を苦しめる中、唐奨教育基金会は第5回の受賞者を発表した。「持続可能な開発賞」はアメリカの経済学者ジェフリー‧サックス氏、「バイオ医薬賞」はⅿRNAワクチンを開発したカリコー‧カタリン氏、ドリュー‧ワイスマン氏、ピーテル‧カリス氏の3人に、「漢学賞」は長年にわたって中国と西洋の芸術史を研究してきたジェシカ‧ローソン氏、そして「法の支配賞」は、アジア太平洋地域で憲法制定を推進してきたオーストラリアのシェリル‧サンダース氏に贈られた。
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21世紀の課題と直球対決
2年に一度の唐奨は、台湾で初めて設けられた全世界を対象とする国際的な学術賞で、創設から10年目、第5回を迎えた。「持続可能な開発」「バイオ医薬」「漢学」「法の支配」の4分野を対象としており、特に社会科学の分野を重視しているとされる。
唐奨教育基金会の陳振川CEOは「21世紀に入り、我々が直面する課題はすでに単純な自然科学研究で解決できるものではなく、『人』が非常に重要な役割を果たしています」と語る。例えば「持続可能な開発」の分野においては、基礎科学の研究のほかに、社会における「人」による提唱や奨励がなければ着実に実践することは難しい。また「法の支配」は、人と人、人と社会、国と国との間のルールを論ずるもので、それによって世界の平和と共存と発展を目指すものだ。
また、社会科学は多様性を重んじるという点でも唐代文化の多様性融合の精神と呼応する。今回「漢学賞」を受賞したジェシカ‧ローソン氏は、芸術史と物質文化の研究で知られ、これまでの受賞者が思想や文字による論述に重きを置いていたのに対し、東西文化の交流と融合を視覚的に論じている点で注目される。第4回唐奨「漢学賞」を受賞した王賡武氏は、マレーシアとシンガポール出身の歴史学者であり、従来の視点とは異なり、南洋から中国史を分析するという点が注目された。第5回唐奨「法の支配賞」を受賞したシェリル‧サンダース氏は比較憲法研究の先駆者で、アジア太平洋地域における憲法制定を推進してきた。その研究方法は全世界の憲法経験を広く融合させるというもので、ヨーロッパや北米の憲政経験には偏らない。中心を持たない視点は、唐奨が強調する革新‧多様性‧融合の精神に合致するものと言えるだろう。
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第5回バイオ医薬賞
左から、
カリコー‧カタリン氏
ドリュー‧ワイスマン氏
ピーテル‧カリス氏
十年のマイルストーン
十年で5回目となった唐奨は、すでに段階的な節目を迎え、唐奨教育基金会は中正紀念堂の展覧ホールで「唐奨栄耀‧十周年展」を開催した。陳振川氏はこう話す。「ちょうど第5回までを一度に振り返ることができます。5回分の成果をつなげると、唐奨の意義と現在の時局への呼応が理解できます」
「持続可能な開発賞」を振り返ると、第1回の受賞者はノルウェーのグロ‧ハーレム‧ブルントラント元首相だ。1987年に「Our Common Future」という報告書を出し、今日まで続く「持続可能な開発」の概念を打ち出した。また「国連気候変動枠組条約」などの重要な国際協定にも関わり、持続可能な開発の母と称えられている。第5回の受賞者ジェフリー‧サックス氏は3期にわたって国連事務局長の特別顧問を務め、国連ミレニアムプロジェクトのディレクターも務めた。8項目のミレニアム開発目標(MDGs)と、それに続く17項目の持続可能な開発目標(SDGs)を推進するために具体的なアクションプランを提出した。この両名は地球のサステナビリティのために力を尽くしてきたのである。
「バイオ医薬賞」受賞者の研究テーマも世界情勢と緊密に関わっている。第1回から第4回までの受賞者は、免疫療法、ゲノム編集、分子標的治療、サイトカインなどの研究者である。第5回の3名の受賞者は、Covid-19のⅿRNAワクチンの開発に成功し、世界の何百万人にも上る人々の命を救った。人類の健康を守るという信念の下の数十年をかけた研究は、素晴らしいロールモデルとなっている。
この十年、唐奨の時代的意義はしだいに明確なものとなってきた。この時代の課題と正面から向き合って打ち出された解決策を選出し、表彰するというものだ。「唐奨は華人から世界へのお返しです」と陳振川氏が言う通りである。

コロナ禍の影響で、第5回唐奨の「マスターズ‧フォーラム」は会場と受賞者をオンラインでつなぐ形で開かれた。写真は法の支配賞を受賞したシェリル‧サンダース氏。
より深く長い影響
唐奨の受賞者には5000万台湾ドルの賞金が贈られるが、これは世界の学術賞の中でも最高額である。そのうち4000万元は受賞者個人に贈られ、1000万元は関連研究に充てることが求められる。このような仕組みにより、唐奨は各分野に深い影響を及ぼしている。
「第1~4回の受賞者は27名、計29のプロジェクトが実施中または完了しています」と陳振川氏は振り返る。唐奨のCEOとして、彼は常に世界各地のプロジェクトの実施状況や成果を視察している。「第1回の持続可能な開発賞を受賞したブルントラント元首相は、研究費の約半分の500万元をケニアのMilgis Trust保護団体に寄付し、ゾウの保護に充てています」と言う。そこで陳振川氏は自らケニアを訪れ、ゾウと現地の生態を視察した。その話によると、かつて現地住民は象牙で利益を得るためにゾウを殺していたが、今はプロジェクトによって監督が行き渡り、エコツーリズムへと転換したことで、サステナビリティに対する住民の理解も深まっている。
第1回の「法の支配賞」を受賞した南アフリカのアルビ‧サックス氏は、唐奨の賞金で「アルビ‧サックス立憲主義と法の支配信託(Trust for Constitutionalism and the Rule of Law)」を設立し、かつての南アフリカの民主化を詳細に記録している。「この資料は世界中に提供され、記憶されるべきものです。非常に貴重で特別なプロセスです」と陳振川氏は言う。南アフリカ社会には今も多くの問題があり、歴史の傷跡は時間をかけて癒していく必要があるが、南アフリカの国民と世界の人々は、この歴史を記憶しておかなければならない。
唐奨教育基金会は、すべての受賞者を台湾での授賞式に招き、それと同時にマスターズ‧フォーラムを開催して学界と交流し、また高校や大学での講演にも招いて、若者たちに大家の姿に触れる機会をもたらしている。
歴代の受賞者から基金会への返礼もあり、今回の唐奨十周年展で見ることができる。例えば、第4回の持続可能な開発賞を受賞したジェーン‧グドール氏は、タンザニアのゴンベ国立公園の木の枝を寄贈した。これはグドール氏が野生のチンパンジー(デイビッド‧グレイビアド)がシロアリを釣り上げるために道具を使っているのを初めて見た時の、その木の枝である。グドール氏はこれにより、チンパンジーが道具を使う能力を持つことを発表した。霊長類研究における新たな発見であり、人類と動物との関係を定義しなおすものとして科学界に衝撃をもたらした。
若者が人生の岐路において、優れた学者や大家から教えを受け、あるいは何らかの歴史的現場において重要な役割を果たした器物を目にすることは、貴重な経験となる。唐奨は、こうした人物や器物を台湾へもたらし、台湾の学生たちはそれを通して世界を知ることができ、理想を追求し、世界平和のために力を尽くすことができる。

第1回持続可能な開発賞を受賞したグロ‧ハーレム‧ブルントラント氏は、唐奨の賞金を、ゾウの保護のためにケニアのMilgis Trust保護団体に寄付した。
台湾の唐奨、世界の唐奨
わずか十年の間に、唐奨は世界的に知られるようになった。十年間の受賞者は世界の33ヶ国におよび、女性受賞者は4分の1を占める。唐奨受賞の後にノーベル賞を受賞した人も少なくない。2014年に唐奨バイオ医薬賞を受賞したアメリカの免疫学者ジェームス‧P‧アリソン氏と、日本の免疫学者、本庶佑氏は2018年にノーベル医学賞を受賞した。また、2020年のノーベル化学賞は、2016年に唐奨バイオ医薬賞を受賞したエマニュエル‧シャルパンティエ氏とジェニファー‧ダウドナ氏が受賞し、唐奨にとって新たなマイルストーンとなった。
唐奨がこれほど成功した主な要因を陳振川CEOはこう分析する。第一に先見の明のある寄付者がいること。第二は、専門性の高い選考委員会の存在である。唐奨は台湾の中央研究院(国立アカデミー)に選考を依頼し、その世界の学術界とのつながりから、多くの優秀な学者からの推薦を受けることで、唐奨はトップの中のトップを選び出すことができるのである。第三は基金会の国際的な運営だ。そして第四は、台湾が社会経済、民主主義、科学技術の発展などの面で相当な水準に達し、世界から評価され、世界の各領域で一定のポジションにあることが挙げられる。「唐奨は世界に台湾の成就を知らしめ、また台湾を世界に示すものです」と陳振川氏が言う通りである。

陳振川CEOは、唐奨の受賞者の革新的な成果や実践は21世紀の課題にソリューションを提供すると語る。(林格立撮影)

第4回法の支配賞を受賞したNGOから唐奨に贈られた手織りの布。コロンビアの女性の作品で、Dejusticiaの15年にわたる人権活動が記録されており、その中には唐奨の物語も描かれている。(林格立撮影)

第3回法の支配賞を受賞したジョセフ‧ラズ氏から唐奨に贈られたイギリスのティーセット。イギリスのテラコッタを用いて中国の茶器を模して作られた3点からなる骨董品は、東西文化の交流を象徴している。(林格立撮影)
第3回バイオ医薬賞を受賞したジョン・メンデルソン氏から唐奨に贈られた、がんの治療薬「アービタックス」。

唐奨の賞状は水、地、風、火の四元素をイメージしてデザインされている。唐奨の4つの賞が人類の生命と福祉に深く関わっていることを意味している。