民、言承旭の4人から成るF4はドラマ「流星花園」でデビューして世界中の華人のトップアイドルとなった。写真は2002年11月初旬に上海体育館で行なわれたF4のコンサートだ。
もし産み出されるアイドルがその国のエンターテイメント産業の発達と影響力の指標なら、台湾は21世紀初頭、豊かな実力を見せている。
この夏、男性アイドルグループF4はあっという間に、華人世界の少年少女の心をとりこにしてしまった。2002年秋にはこのグループを誕生させたドラマ「流星花園・」(原作は日本の少女まんが「花より団子」)の放送、アジア各地のコンサートツアーの展開で、F4の勢いは頂点に達し、華人エンターテイメント市場の版図もこれで台湾の独走状態がより際立つことになった。
特に中国大陸では、政治や文化の要因で、数十年来、台湾の流行が常にエンターテイメント事業のリーダーであり、台湾海峡両岸の文化の交流でも、先駆け的役割を果たしてきた。「メイドイン台湾」のラベルは、大陸での人気を保証するもので、芸能界関係者は続々と大陸進出をしてきた。すでにピークを過ぎた歌手や俳優でも、大陸ならまた仕事が入るのである。
両岸で低迷している映画やテレビドラマのプロダクション、レコード会社、マネージメント業、コンサートなどで、ここ10数年のうちに中国市場に進出しなかったものはない。さらにテレビドラマでは台湾、香港、大陸、アメリカ、シンガポール、タイなどから華人の制作者が集まる。こうした台湾ドラマ制作チームは、まるで小さなハリウッドだ。
文化融合の面では、台湾主導の交流が確かに大きく貢献している。しかしエンターテイメント産業は、すなわちショービジネスであり、商業的利益が当然最大のポイントとなる。
中国大陸当局はエンターテイメント産業が商業的利益を上げつつ大衆の思想を導くことを熟知しており、地元のエンターテイメント事業の発展を保護するため、2002年から香港・台湾のエンターテイメント分野での投資規制を設けた。台湾エンターテイメント産業の大陸進出は華やかだが、その裏ではテレビドラマで台湾の役者の人数が制限され、プロダクション名もテロップに流されない。歌手も合同コンサートに出にくく、バラエティ番組には香港・台湾のタレントは年に4回しか出られない。わずか2年の間に、市場はいつの間にか様変わりし、最高のギャラを得るのは台湾のタレントではなくなり、台湾人プロデューサーのドラマでも中国大陸の俳優が多数を占めようになった。また台湾の歌手のコンサートツアーは常に土壇場で中止になるリスクを負っている。かつて大陸市場に多大な影響力を持っていた台湾関係者が現在最も不安を抱いているのは、台湾のエンターテイメント産業も「香港化」してしまうのではないかということだ。
今後、人口2000万人余りの市場しかない台湾が、10数億人という大陸のエンターテイメント市場をどのように引っ張っていくのか。大陸での条件の変化があっても、台湾のエンターテイメント産業はまだその優位性を発揮できるのか。将来、収益の源泉はどこにあるのか。F4ブームから何を得ることができるのだろうか。
中国共産党第十六回全国代表大会(十六大)が開催される前の秋の北京は、例年より半月早く寒さを増したが、秋風のふく長安大街はどこかそわそわした雰囲気に満ちていた。天安門広場には北方に不似合いな鮮やかな緑の熱帯の木ビンロウが植えられ、道路の両脇には大型の赤い鮮やかなライトがつけられていた。街のあちこちに掲げられた十六大の成功を祝う標語が、街でよく目にするペプシ・コーラの看板のアイドルF4の輝くような笑顔と奇妙なコントラストをなしていた。
十六大開催のずっと前から、大陸の国営テレビ局中央電視台は全面的に「浄化」されていた。バラエティ番組は愛国の歌ばかり、ゲームでも応援は「加油(がんばれ)」ではなく「党の指導を堅持しよう」「『三つの堅持』を擁護しよう」だった。
台湾や香港のドラマが放送されなくなっただけでなく、ステージや演劇も公演許可が下りにくくなった。ドラマのプロデューサーである台湾の伍宗徳さんは「中国国際電視総公司」と協力して大陸の「国産ドラマ」――「渋い女」を作った。都会の男女の愛を描いたもので、1年前には仕上がっていたが、放送に待ったをかけられた。ドラマが新鮮さを失うことを恐れ、彼は中国のパートナーの反対を押し切り、先に台湾での放送に踏み切った。
「中国共産党の党大会が行われる時はいつもこうで、党の宣伝を強化するためです」とある北京のベテランのマスコミ関係者は説明する。

テレサ・テン(上)、羅大佑(中)、斉秦(下)から張恵妹(右)まで、台湾のアーティストはその魅力で共産主義の鉄のカーテンを開かせ、十数億の中国人とともに改革の道を歩んできた。彼らはまた、華人世界における台湾のエンターテイメント産業の影響力を確立した。(写真:本誌資料室・林清祥)
政治の旗の下でのコンサート
しかし南の上海ではどうにも押えきれない騒ぎが起こっていた。
11月9日より何日か前、上海体育館近くのホテルには多くの少女たちが宿泊していた。彼女たちはF4のバッジをつけ旗を持って、大陸各地の方言で話しながら、ホテルのエレベーターやロビーを占拠していた。そしてF4のコンサート当日、どうすればアイドルを間近に見られるか、コンサートにまぎれて体育館の舞台裏に忍び込むか、などと対策を練っていた。
彼女たちは好きなメンバーがいて、年齢で異なるファンクラブに所属している。おっかけのテクニックと粘りでも、台湾、香港、東京など他のアジア先進都市に決してひけをとらない。
北京当局が国家の後継者について白熱した討論をしていた時、上海の興奮は最高潮に達していた。
F4のコンサートの夜、上海の体育館は8万ものファンで埋め尽くされた。公安と解放軍が少なくとも4000人ほど動員され、ポイントごとに秩序を維持しようとしたが、ファンの情熱を押しとどめることはできなかった。時には大合唱になり、8万人の叫び声が体育館中に響きわたった。公安が止めるのも聞かず、8万人全員が椅子の上に立ち、台湾のアイドルを少しでも多く見ようとして、興奮で涙にまみれた。
遠く北京から来て、最高額のVIP席でコンサートを見た陳さんは「2000人民元はぜんぜん高いと思いません。もしなまで仔仔(周渝民)を見られるなら、死んでもいいです」と言う。彼女に十六大を知っているかと聞くと、そんなことは知らないと肩を軽くあげた。F4の情報なら専門家だ。
「それは上海だからです。北京なら、十六大が開かれる数ヶ月前から、そんな大型コンサートはありえません」と北京のマスコミ関係者は言う。
この国では気楽なエンターテイメント市場も、政治的な意味づけがなされてしまう。北京と上海はもともと発展性が異なる都市であり、主催者も説明を繰り返してきたが、十六大の開催期間中のF4のコンサート開催は、両岸の芸能関係者のさまざまな憶測を呼んだ。

テレサ・テン(上)、羅大佑(中)、斉秦(下)から張恵妹(右)まで、台湾のアーティストはその魅力で共産主義の鉄のカーテンを開かせ、十数億の中国人とともに改革の道を歩んできた。彼らはまた、華人世界における台湾のエンターテイメント産業の影響力を確立した。(写真:本誌資料室・林清祥)
控えめな情熱
きららめくステージを前に数万のファンが感動の夜を過ごしている間にも、多くの見えない微妙な動きがあることがわかる。F4のコンサートは交響楽、京劇、バレエなどと並んで上海主催の「上海国際アートフェア」のプログラムに突然組み込まれ、政治的に敏感な時期に開催可能となった。だが、取材記者は10数人と厳しく制限され、特に香港・台湾地域の記者はわずか3社しか入場を許されず、撮影時間も制限された。会場の秩序を維持する警察はF4のマネージャー江一朋さんさえも会場の外に追い出した。
独特な政治的雰囲気のもと、宣伝も少なくし、エンターテイメント産業が依存するマスコミも拒絶するなど極力控えめにされた。これはアイドルのコンサートとしては普通ではない。だがF4はそれでも空前の成功を収め、チケットも最高額がつけられた。
「両岸の流行文化はすでに時差はありません」F4のマネージャー柴智屏さんは、F4が宣伝をしなくても華人圏内で同時に人気が出た理由をこう説明した。現在華人圏のエンターテイメントの中心は台北だ。台北の衛星テレビ網が発達しているため、衛星がカバーできる地域なら、パラボラアンテナをつけさえすれば台北の最新情報が手に入るというわけだ。それに大陸は海賊版が多く「流星花園」がテレビ放映中止になっても、海賊版のDVDが簡単に手に入る。
「ドラマや情報が手に入り、歌も聴けるのに、ファンは本人を見ないままたっぷり1年間待たされたのです。F4の勢いは当然最高潮に達します」このコンサートを主催した東風衛星テレビの楊盛昱会長はこう言う。

中国大陸では、安い海賊版のCDやDVDが市場にあふれ、簡単に手に入る。海賊版業者が提供する商品の種類は多く、正規版の発行とほぼ同時に「時差なし」で出回る。
流行をリードする力
衛星テレビに国境はない。華人のエンターテイメント市場の形成は早く、台湾先行の形は10数年にもなる。
1980年代、アメリカのハリウッド映画が世界各地に進出した時、香港映画は深刻な打撃を受けた。1997年の返還で、香港の経済発展やフォークソング、ニューシネマなどは基礎のある台湾が受け継ぐことになった。
その晴れやかな時代、台湾では夜8時のドラマ1回分制作に100万元以上が費やされ、レコードもよくミリオンセラーになり、タレントはショーで引っ張りだこ、バラエティ番組はビデオになり世界の華人社会に行き渡った。
当時、大陸は台湾のエンターテイメント産業の附属的な市場で、下り坂のタレントが第2の春を求める場所だった。人気タレントがそこでショーに出るのは、気分を変え手っ取り早く稼ぐためだけだった。「新鴛鴦胡蝶夢」を世界的にヒットさせた黄安は、当時は両岸の行き来がただただ新鮮だったと言う。「50万人の会場ですよ。本当に圧倒されました。ですがそれは芸能人の虚栄心を満足させてもくれました」彼はその時には大陸がメインになるとは夢にも思わなかったと言う。
台湾で人気があれば、早過ぎる大陸進出はかえって不利になる。内省的な歌を中心に創作してきた歌手の羅大佑は80年代に香港に進出、その後北京でデビューした。1996年、台湾初の総統選挙の時に台湾に戻り、台湾の選挙文化を取り入れたアルバムを出したが、この歌謡曲の天才も再び台湾の聴衆の気持ちはつかめず、台湾市場の外に追いやられてしまった。

恵まれた環境に育った若者は、明るく自信に満ちているが、これがアイドルに必要な元素でもある。写真はF4のメンバー呉建豪の上海のステージでのダンス。8万人の観客が沸きかえった。
ドラマ主導権の明け渡し
しかし台湾がブームを作る情勢は、2000年から変化し始めた。
不景気のため、台湾の各テレビ局は赤字続きになり、海賊版がレコード会社に打撃を与えた。中国大陸のマスコミは政府の厳しい制限を受けていたため、エンターテイメント情報、バラエティ番組は台湾を中心としており、タレント、レコード会社、ドラマのプロデューサー、マネージャーなども見入りのある方へ行かざるを得なくなり、中国が主要な市場として考えられるようになった。ほとんど台湾市場を棄てるタレントも現れ、黄安、張信哲などは全力で大陸市場を開拓している。
中共当局による、香港や台湾のタレントの大陸投資制限もここから始まった。
「1980年代、大陸は外資を非常に渇望していました。特に瓊瑤のような制作者を手厚く歓迎しました」瓊瑤の嫁でドラマの制作者でもある何琇瓊さんによると、2000年以降、大陸政府は地元のエンターテイメント産業の育成と保護の必要性から、スタッフの割合を厳格に規定するなど香港や台湾の製作者を制限し始めたという。
大陸でテレビ・ラジオを司る政府の広電局はテレビドラマを「国産ドラマ」と「合作ドラマ」の2種類に分けた。「国産ドラマ」は名前の通り、大陸のテレビ局が中心となって制作したもので、俳優も香港か台湾出身の俳優は多くて2人まで、制作、脚本、演出の台湾・香港人は名前がテロップに入らない。国産ドラマの毎年の作品数は規制されており、誰もがその権利を得られるわけではない。
「合作ドラマ」は台湾・香港の制作会社と大陸のテレビ局が共同で制作するもので、人数制限はないが、ゴールデンタイムには放映できない。一流のコストで二流の時間帯の作品を作るようなもので割りに合わない。
「渋い女」の脚本、監督、演出などをすべて手がけた伍宗徳さんはこうした規制に大いに不満を持っている。
「撮影所での取材で発言もできないのです。自分のドラマなのにですよ」彼は、好き好んで家を離れてこの地に来たわけではないが、台湾では8時のドラマに50〜60万元しか制作費が出ず、いいドラマが撮れないのだ。
ドラマもビジネスである。同じく大陸で「風雲」制作中のプロデューサー徐進良さんは、皆が不満を持ち、自分のスタッフにも悪いと思っていると言う。だがこうした状況から、やはり「国産ドラマ」の制作チャンスをつかみたいと考えている。
俳優の人数制限はまた、以前は最も輝いていた台湾・香港のタレントにも打撃を与えた。プロデューサーの楊佩佩さんは、現在大陸のトップスターの出演料はとっくに台湾・香港のスターの数倍になっているが「それでも法令があるため、彼らに出てもらわなければならないのです」と言う。

急速な経済改革を進めながら、言論の自由はまだ厳しく制限している中国大陸当局は、マスメディアにおいては政治とは無関係の流行情報を最初に開放した。
パートナーに注意
大陸の広電局のやり方は確実に効果を発揮し、大陸のドラマ制作のレベルもこの2年間で急激に上がった。最も顕著な例は長期的に瓊瑤さんと協力している湖南テレビ局だ。以前は無名の地方テレビ局だったが、長期にわたり瓊瑤ドラマ・スタッフの教えを受け、現在では大陸の中央電視台、北京電視台に次いで最も人気のテレビ局なった。自社制作のドラマのレベルも高い。
伍宗徳さんは、大陸の放送条令は「孫悟空の冠」のようなもので、最も活躍している台湾のプロデューサーを拘束するものだという。しかし大陸の芸能環境の難しさは法令面だけではない。制作会社は慎重に合作対象を選び、その現地スタッフに、いつ発生するかわからない奇怪な問題を解決してもらわなければならないのだ。
「撮影も許可が必要で、制作後も検閲を受けなければなりません。放映時期が政治的に敏感な時期にあたったら、内容の修正も求められます」楊佩佩さんは、こうしたコネが必要な細かいことは、政治やビジネスに通じた協力者がいないとうまく処理できないのだと言う。
楊佩佩さんは現在中国大陸の国務院が台湾向けに設置した「九州音像出版公司」と協力関係にあり、瓊瑤さんは湖南テレビ局を選んだ。だが新しく来たばかりのプロデューサーはパートナー選びで騙されることもある。
徐進良さんには手痛い経験がある。彼は相手の名前を明かそうとはしないが、その痛みは忘れられない。制作が未許可の時に、提携会社の保証書を信じ、多くのスタッフや機材を四川まで運び込もうとした。だが途中で告発されて、大きな損失を蒙ったのだ。
同じ問題はタレントにも起っている。大陸でのバラエティーショーを中心に活動しているあるタレントは、以前、出演許可証がなかなか下りず、結局多くのコンサートを中止をせざるを得なかった。「最後になって、判を押す係りの公務員が『判を押す気分ではなかった』ことが原因だとわかりました」このタレントには、まったく信じられないことだった。
「タレントが成功するには、信頼できる人が経営している現地の事務所を探すことが必要です。ここでは、政治やビジネスの関係が複雑すぎて、よその人間にはどうしようもないのです。大陸では、成功した時に誰に感謝し、失敗した時に誰を恨めばいいのかさえわかりません」と嘆く。

テレサ・テン(上)、羅大佑(中)、斉秦(下)から張恵妹(右)まで、台湾のアーティストはその魅力で共産主義の鉄のカーテンを開かせ、十数億の中国人とともに改革の道を歩んできた。彼らはまた、華人世界における台湾のエンターテイメント産業の影響力を確立した。(写真:本誌資料室・林清祥)
海賊版の功罪
台湾では現在、アイドルを起用したドラマか台湾郷土ドラマを除くと、放送される北京語ドラマの大部分は大陸製ドラマか、でなければ合作ものという惨状を呈している。だが一方、中国大陸は大いに盛り上がっている。
大陸の「中国テレビ番組ランク委員会」が作成した2001年の全中国テレビドラマの視聴率はトップ10番組のうち、瓊瑤の「情深深雨濛濛」と香港ドラマ「開創世記」を除き、他の8つは大陸国産のドラマだった。なかでも「鉄歯銅牙紀暁嵐」「大宅門」「康煕王朝」など歴史ものは、時代考証もきちんとされ、台湾のCATVでもかなりの視聴率を記録した。
連続ドラマの制作は次第に大陸へと引き継がれている。では前述の台湾のエンターテイメント産業の勢いはどこから来るのだろう。
答えは音楽業界である。
不況と海賊版CDの打撃で低迷する台湾の音楽市場は、難なく数十万枚のヒットを出していた以前の繁栄ぶりから、現在は5万枚売れればまずまずの状況になったが、それでも驚くべき創作力を見せてきた。音楽産業はこれまで10数億という人口の市場からの深刻な打撃を受けてこなかった。それは良くも悪くも大陸地域の海賊版製造が深刻なことが原因だ。
「大陸には10数億の人口がありますが、海賊版が深刻で、人々の所得も低く検閲も厳しいので、当社の最も人気のある大陸の歌手雨泉も、アルバム1枚18人民元で90万枚程度しか売れません。台湾・香港の歌手のアルバムは1枚60数人民元もするので、当然『ぜいたく品』になります」ロックミュージックの中国ゼネラルマネージャー呉正忠さんは、洋楽の検閲はさらに厳しく、10枚のうち5枚しか歌詞が審査を通らないこともあると言う。

香港や台湾のアーティストも10数億の視聴者を持つ中国大陸に次々と進出している。上の写真は台湾の若手女優・林心如が撮影の合間に化粧をなおしている様子だ。
海賊版の取締まり
確かに、北京や上海のような大都市の最大の店でも、なかなか自分がほしいアルバムは手に入らない。だが夜の静かな通りやオフィスビル、クラブなどには海賊版CDを売る屋台が出、最新のものが何でもそろう。パッケージも美しく歌詞もついた海賊版CDが1枚たった5〜10人民元である。
「ここの音楽産業はまだ開発途上ですから、会社の人事も実にシンプルです」と話す呉正忠さんは、大きなレコード会社は現地の国民所得に合わせてCDの値段を設定し、値下げすることで海賊版を駆逐しようとしていると言う。周杰倫の3枚目のアルバム「八度空間」は最初苦戦したが、10数元まで値下げしたところ、大きな反響が得られた。任賢齊の新しいアルバム「一個任賢齊」も10月初めに発売され、年末までには50万枚を軽く超えるだろうと見られている。
大陸政府が「取締まり」を標榜する中、海賊版の製造業者もこれを機に正規の会社になろうとしている。例えばもとは海賊版を中心に作っていたある広州の工場は、最近ソニーレコードの1980年代の懐メロのアルバムの版権を獲得し、転換を図っている。
「大陸は人口も多く、創作力も豊富です。足りないのは『橋渡し役』とパッケージです」呉正忠さんは、だからこそ、国際的レコード会社が大陸進出する際にはアーティストのマネージメント業務が欠かせないと指摘する。だが彼はまた、大陸には最先端のハードはあるが、技術不足が深刻だと語る。ロックミュージック社も大陸でプロデュースしたアルバムを台湾に持ち帰ってミキシングしている。

アイドルブームには国境はなく、言葉の壁もない。11月初旬に日本のグループV6が初めて上海を訪れた時にも、大勢のファンが出迎えた。
豊かな生活の後に
プロデュース、ミキシング技術が足りないほか、音楽産業の実力に最も大切な部分であるアイドル歌手を作る力を、大陸はまだ持っていない。
大陸のあるベテランマスコミ関係者の話では、早くは80年代に小虎隊が大陸で人気を得てから、地元のレコード会社はずっと自前のアイドルを育てようとしてきた。だが現在まで市場には「心跳ボーイB.O.B」「チャイナパワー1〜3」などのグループがあるものの、若者の心をつかんでいるのは、台湾のF4や蘇有朋、韓国のH.O.T、日本のV6などだ。
楊麗菁、黄維徳などスターの「育ての親」であるマネージャー陳世龍さんは、アイドルは豊かな生活の産物であり、洗練されたパッケージングや操作のほか、アイドル自身の気品は成長環境が影響するもので、作り出せるものではないと言う。台湾社会は開放的で情報量も多く、若者たちは流行の先端を歩いているという自信がある。当然、大陸とは雰囲気は違ってくる。
陳世龍さんが大陸でマネージャー業を始めてもう長いが、まだ才能ある大陸の若者に出会ったことがないと言う。「大陸には10数億の市場があり、資金も豊かですが、台湾のエンターテイメント産業は基礎があります。アイドル歌手を筆頭に、まだ華人市場で何年かトップを独走できるでしょう」と陳世龍さんは言う。

中国大陸の美しい景色は、台湾のTVドラマ制作会社をひきつけている。左は楊佩佩のドラマ「飛刀又見飛刀」の撮影風景。剣を振るうのは香港の有名俳優・孫興だ。
橋渡し
F4の成功は、台湾エンターテイメント産業のドラマ、テレビ局、マネージメント業、レコード業界などの統合の結果であり、その豊かな実力を示している。さまざまな要因のため資金や人材、技術は外に流出しているが、まだ大きな発展が期待できる。
何琇瓊さんはとっくにトップの地位を追われた香港を例に挙げ、香港の市場は小さく広東語が中心なので、条件的には他の地域より不利だが、彼らは流行産業にはまだかなりの実力を持っていると指摘する。最近人気の少女グループ「ツインズ」は、香港でのレコード売上はせいぜい1万枚程度だが、CD、コンサート、マネージメント、メディアなど全体的に見ると非常に勢いがあり、他の地域にも間もなく進出するだろう。
「この業界では、その市場にいなければならないということはありません。現在、アジア全体では日本や韓国がエンターテイメント産業の発信地でしょう」と何琇瓊さんは言う。
かつてアメリカ、台湾、香港、大陸など多くの地域でエンターテイメント事業を手がけてきた東風テレビの楊盛昱会長は「流行」は波のようなものだと言う。「これまで台湾の流行文化は大陸をより開放し多様化させてきました。現在、台湾のエンターテイメント産業は大陸のさらに大きな市場と人材を必要としています。それによって地元市場の萎縮という危機を乗り越えることができるのです」
台湾の張恵妹は大陸での芸能活動を2年間禁じられたが、それで喉を充分休めることができ、改めて歌声を披露し大きな感動を呼んだ。損得は、交流の過程においては絶対的なものではない。文化、商業、政治の交錯による影響は、エンターテイメントの面白さでもあり、両岸の流行文化の交流にあるさまざまな障害や誤解については、よい部分を見ていくべきだろう。それも理解し合うために避けては通れない道だからだ。長年にわたり、エンターテイメント産業はやはり両岸文化交流と商業共生の先端部分だった。両岸がよく理解し合い、規制を緩和することこそ、双方のメリットを増やす第一歩となるのではないだろうか。

世界的な大手飲料メーカーは、台湾のアイドルが持つ若者への影響力に眼をつけ、F4を広告に起用した。この巨大な広告看板は中国の大都市のいたるところで目に入る。

テレサ・テン(上)、羅大佑(中)、斉秦(下)から張恵妹(右)まで、台湾のアーティストはその魅力で共産主義の鉄のカーテンを開かせ、十数億の中国人とともに改革の道を歩んできた。彼らはまた、華人世界における台湾のエンターテイメント産業の影響力を確立した。(写真:本誌資料室・林清祥)

中国市場に参入する外国企業はますます増え、大陸の衛星網の密度も高まりつつある。外国人専用のマンションや高級住宅地では、外国の衛星放送を受信でき、世界と同時に最新流行の情報を手に入れることができる。