受験シーズンの夏、ほとんどの中学、高校生は受験準備に忙しいが、呉珈慶が世界選手権で優勝した日は、今年2度目の中学基礎学力試験の最終日だった。16歳の呉珈慶は多くの同級生がまだ将来を模索している中、すでに明確な目標に向って歩んでいる。
早くからプロのビリヤード選手になることを決意した呉珈慶は、プロ選手が払わなければならない代償を知っている。ネットカフェにも行かずに規則正しい生活を送らなければならず、勉強時間も多く取れないため学校の成績も気にしていられない。呉珈慶が通っていた泰山中学の体育教師・劉麗淑さんは、彼のビリヤードの実力を充分理解し、中学の3年間、彼の勉強を助けながら、「成績第一」を求める社会的圧力から呉珈慶を守ってきた。
2003年、呉珈慶は14歳でデビューし、李昆方や楊清順といった強豪を破って国内のプロ大会でベスト4に入った。この時に呉珈慶は自分の目標への決意をさらに固めたが、その当時、ビリヤード選手としての彼の将来性を見抜いた人は決して多くなかった。
今年7月、同年齢の若者が試験会場で奮闘している時、彼は全く違う戦場に立っていた。高雄で開かれた世界選手権には、彼より年齢も名声もずっと上の内外の名選手が集まっていた。
賞金総額35万米ドルの同大会には、43ヶ国から128名の選手が参加した。台湾からは、それぞれ93年と2000年の優勝者で地元高雄出身の趙豊邦と楊清順が出場して注目を浴びていた。海外からは、昨年のチャンピオンであるカナダのパグラヤン、2003年チャンピオンのドイツのホーマン、世界ランキング1位のスーケー、三冠王のストリックランド、99年優勝のフィリピンのレイズ、プール・キングの異名を持つブスタマンテ、それに2001年に優勝したフィンランドのイモネンなど、錚々たる顔ぶれである。
4日にわたる熱戦の末、呉珈慶は16歳の誕生日にかけた願い通り決勝戦に進出した。相手は同じく台湾の郭柏成である。決勝戦は、ほとんど呉珈慶がリードする中で続いたが、終盤で郭柏成が連続して素晴らしいプレーを見せ、一度は逆転かと思われた。だが呉珈慶は終始落ち着いたプレーを続け、最終的に17対16で優勝を決めた。わずか16歳と5ヶ月の史上最年少の世界チャンピオンとなったのである。
20年前、ビリヤード場と言えば「不良少年」の溜まり場とされたもので、ビリヤード場は特殊業種の一つとして管理の対象になったこともある。しかしここ10年ほど、台湾からはビリヤードのヒーローが次々と生まれ、しだいにイメージが変わってきた。
趙豊邦や、女子の陳純甄、柳信美などが国際大会で素晴らしい成績を上げるようになり、台湾の名を世界に知らしめるとともに、多くの賞金を獲得している。これらの選手が生まれた背景には、プロ化とマスメディアの働きがあった。次々とヒーローが生まれてビリヤードのイメージが変わったことで、若者にも大きなチャンスが訪れている。高校進学ではなく、ビリヤード選手としての道を選んだ呉珈慶は、幼い頃に両親が離婚して以来、祖母に育てられてきた。世界選手権で優勝を果たした彼が祖母と抱き合う姿は、多くの人の胸に刻まれた。
青少年の非行が取りざたされる夏休みだが、呉珈慶の澄んだ眼差しはビリヤードのイメージを変え、また親と別れて暮らす子供を問題視する声も吹き飛ばした。真剣に球を見つめる目には若いパワーがみなぎっている。