共鳴を呼ぶ鉄道ジオラマ
当初、鉄道部はなぜここに設けられたのだろうか。それは当時の台北の都市発展と深く関わっている。清の時代に、台湾初の科学技術の中心とも言える機器局がここに設立されたのは、台北の市街地が城西の万華や迪化街一帯に集中していたからである。そして1920年、その都市の中心だった北門に鉄道部や北門郵便局が設置された。「ここは当時、最先端の科学技術が集まる台北で最も発達した地域だったのです。台湾の近代化と歴史における重要な空間だったと言えます」と馮佳福さんは言う。
台湾博物館鉄道部園区の展示を見学すると、重点となる「鉄道文化常設展」では、さまざまな車両やプラットホーム、鉄道信号、乗車券、改札鋏、タブレット閉塞機、それに運行図などの器物や文物が展示されている。
2階に上ると、最も目を引くのは縮尺1/80の「動く鉄道ジオラマ」だ。
巨大なジオラマの景観は、蒸気機関車が走っていた清の末期から、ジーゼル機関車を経て電気機関車になるまでの時代を再現している。「模型のエリアによって異なる物語を描き込んでいます」と話すのは、この「動く鉄道ジオラマ」の企画に携わった台湾博物館鉄道部アシスタント研究員の洪煒茜さんだ。
巨大なジオラマ全体に20世紀の台北駅周辺の景観が盛り込まれている。台湾初の扇形車庫や駅前のバスターミナル、それに中華商場と陸橋など、今では姿を消したかつての情景が再現されており、長年台北に暮らしてきた年配者なら、思わず微笑んでしまうだろう。レールの上を行き来する列車は、すべての人の暮らしの記憶を呼び覚ますのである。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
屋根裏の秘密の空間:トラス構造
鉄道部庁舎の建築は、1階はレンガ造り、上部は木造という構造だ。3階部分は木造屋根トラスとなっていて、阿里山の上質のヒノキが使われている。メンテナンス用の通路や足場の周囲に電線やパイプ類が通り、ヒノキの香りが漂っている。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
八角楼:最先端の旧男子トイレ
特殊な造形の八角楼。建物中央に中空の八角柱があり、その上部から放射状に梁が伸びている。鉄筋コンクリート建築で、当時は最先端の工法だった。男性用トイレとして建てられ、8つの小便器が中央の八角柱の周囲を取り囲んでいた。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
戦争の時代の名残り:戦時指揮センター
戦争を経てきた鉄道部の敷地には当時の痕跡が残っている。太平洋戦争中に鉄道輸送システムを守るため、日本人は防空壕を建てた。1957年に台湾鉄路局はこれを戦時指揮センターと改名し、戦時に交通運営を維持するための施設とした。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
国立台湾博物館鉄道部園区アシスタント研究員の馮佳福さん(左)と洪煒茜さん(右)。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
縁起の良い駅名が入った紙の切符も、時代とともに過去のものとなった。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
列車の模型が走る鉄道ジオラマ。扇型車庫や中華商場など、今はない景観が再現されており、20世紀の台北駅周辺の様子を見ることができる。