赤ん坊は幼く弱い泉/力と美が湧き出し/母はその小さな流れを導く/活発な魂はそこで成長する/善へ向うか、悪へ向うか/陽光へ流れるか、暴力へ流れるか/ゆりかごを揺らすその手/その手が世界を握っている
女よ、あなたの使命のいかに神聖なことか/ああ、その幼く小さな心を守り/常に神の霊気に触れさせる/母の愛がつづる一つながりの珠は/あらゆる世代の真実の褒章となる/ゆりかごを揺らすその手/その手が世界を握っている
――ウィリアム・ロス・ウォレス
世界的ベストセラーとなった『こころのチキンスープ』に感動的な物語が出てくる。ある老婦人が意識不明になり、誰が話しかけても何の反応もない時、娘が幼い頃の母親との約束を思い出す。手を3回握ると「愛してる」を意味し、2回握ると「私も」というものだ。こうして娘が母の手を3回握ると、奇跡のように2回握り返してきたのである。意識はなくても、娘との約束は覚えていたのである。この物語は、生死を越えた母子の繋がりを示している。
1997年、ハーバード大学の2人の教授が驚くべき研究結果を発表した。1950年代に入学した学生が入学時に記入したアンケート調査から、35年後の健康状態が予測できるというのである。当時、母親との関係が親密ではないと答えた学生の91%は中年になって心臓病や胃潰瘍、アルコール中毒、高血圧、喘息などの病気に冒されており、母親との関係が親密だと答えた学生の45%にしか、これらの病気は見られなかった。また両親と親密でなく、孤独の中で育ったと答えた学生の100%が病気にかかっている。言い換えれば、母親の温もりの有無が、後のストレス抵抗力や生理に多大な影響を及ぼすということである。

知らず知らずに影響を受ける
1981年に米国GE社のCEOに就任したウェルチ氏はその著書にこう書いている。「表面的に私は自信に満ちているように見え、私を知る人は私のことを自負心が強くて誇り高く、果敢で性急で強いと言う。しかし心の内で私は大きな不安を抱いている。多くの人の前では自分の言語障害(どもり)と闘わなければならず、身長を聞かれた時には、自信を持って実際の身長5フィート8インチ(約173センチ)より1.5インチ高く答えるのである」と。
ウェルチ氏が吃音という障害を乗り越えられたのは母親の励ましのおかげだ。母親は吃音に悩んでいる彼に「あなたが聡明すぎるから、舌が大脳の思考の速度に追いつかないのよ」と言った。この一言が彼の劣等感を払拭し、物事の見方を変えさせ、自分と他者を上手に励ます人に変えたのである。
「母は私を足の不自由な者と扱ったことがありません。過ちを犯したら厳しく罰せられました」と話すのは、台湾出版界のリーダーで、小児麻痺で子供の頃から車椅子に乗っている大塊文化の郝;明義・董事長だ。母親の厳しいしつけの影響で「過ちを犯したら罰せられるのは当然。人は恥を知り、改めなければならない」と考えるようになったという。その母親は彼が13歳の時に亡くなったが、郝;明義は今も常に母がそばにいるように感じており「母がいなければ私はいませんでした。身体だけでなく魂もです。『今の自分』は母の影響を大きく受けています」と語る。
中華圏で大人気の歌手のジェイ・チョウ(周杰倫)も、複雑な芸能界で生きていくにあたって母親の葉恵美が最大の支えだと語っている。そしてシングルマザーとして自分を育ててくれた母に感謝して「母さんの話を聞く」という歌も作り、この歌は広く愛唱されている。息子の成功について、葉恵美は特別な教育をしたわけではなく「好きで選んだ道なんだから、全力でピアノを練習しなさい」と教えてきただけだと語る。
極地マラソンの世界チャンピオンで、4月6日に北極マラソン再制覇のために出発した林義傑は20年以上前に母がくれた腕時計を今も大切にしている。
林義傑が母親とともに小学校の入学式に向う途中、母親は突然文房具店の前で立ち止まり、日本製のカシオの腕時計を買ってくれた。母は彼の目の高さまでかがみ、お母さんは遠くに仕事に行くから、自分で時間を管理し、学校が終わったら下のおばあさんの店で待つように、と言い聞かせた。こうして教えられた時間の概念によって、林義傑は一分一秒を大切にして規律正しいスポーツマンとしての態度を養ってきた。
国籍や専門分野を問わず、子供は幼い頃から母親に大きな影響を受けているようだ。

馬英九・新総統は「父は理論家、母は実践家」と語ったことがある。その温和で誠実なスタイルは母・秦厚修(右)の「批判されて進歩する」という教えによるものだ。
自分で決めなさい
「自分で決めなさい」というのは、洪建全文教基金会董事長で敏隆講堂ディレクターでもある洪簡静惠がいつも息子の洪裕鈞に言う言葉だ。「決定権は息子に与えていますが、その前に必ず話し合います」洪簡静惠は、台湾松下グループ三代目後継者で40歳の洪裕鈞が、自分の好きな道に進み、自由な環境で成長できるようにしてきた。
洪裕鈞は、母親の文化芸術面における目の高さに敬服していると述べている。デビューしたばかりのアーティストの力をすぐに見抜くのである。例えば、雲門舞集の林懐民や原住民歌手の胡徳夫などは、ずっと以前から母がスポンサーをしてきた。その影響で洪裕鈞も芸術やデザインに興味を抱き、妻で建築家でもある張淑征とともに「十一設計スタジオ」を設立、最初の作品は邵逸夫国際コンペのグランプリを取った。
金鐘賞の「最優秀社会教育番組司会者」賞を受賞したことがあり、今は淡江大学教育心理およびカウンセリング研究所の所長を務める柯志恩は、努力さえすれば何事も成し遂げられると考えている。しかし4年にわたる「親子戦争」は彼女の思想を徹底的にくつがえした。幾度となく息子の洪輔とやりあう中で「子は一つの独立した個体」という道理を身をもって知ったと語る。
「物事の本質を見極めなければ、母親は自分の役割を過度に拡大してしまい、子供に不合理で過大な期待を寄せてしまいます」と話す柯志恩は、後に息子に自分の良くなかった点を認め、その後は古典歌劇や金庸の武侠小説の物語をもって論争に代えた。昨年の夏休みには、14歳の息子にアメリカの友人を訪ねる一人旅を許し、息子は一人でシカゴで飛行機を乗り換えて友人を訪ねた。

母親は仕事に忙しく、林義傑は中学卒業とともに家を出て寮に住むようになったので、母子一緒の写真は少ない。
品性と徳性
子供5人が全員博士号を取ったというのでギネスブックに記録された王廷蘭と熊智鋭の夫妻は、子供たちの学業よりも品性と徳性を重んじて教育した。中でも妻が最も重視したのは「優しい心」だった。「品格教育は大人が身をもって教えるべきで、価値観を明確にする必要があります。これは教育の最重点です」と柯志恩は言う。
アメリカで最も尊敬されているリンカーン元大統領は「オネスト・エイブ」と呼ばれてきた。家が貧しくて高い教育は受けられず、晩年になってようやくキリスト教の洗礼を受けたリンカーンだが、幼い頃から母親の膝の上で聖書の物語を聞かされ、深い影響を受けてきた。
リンカーンの「敬虔な母親さえいれば、貧しい者などいない」という言葉は、「良母は良い国王を生み、全国を善へと導く。悪母は悪い国王を生み、全国民が苦しむ」という古い道理そのものである。母親が子供の性格を形作り、それが国の政治に影響し、国民の禍福を決めるのである。
今年の初め、台北の市場がにぎわっていた。当時まだ総統候補者だった馬英九が母親の秦厚修につきそって正月の食材の買出しに来ていたのである。当時は馬英九が毎日ライバル候補から厳しく攻撃されている時だったが、普段は公に発言しない秦厚修は不満を言うどころか、逆にこう答えた。「選挙は総統を選ぶのであって、完璧な人や聖人を選ぶわけではありません。私の息子は聖人ではありませんし、誰にも欠点はあります。批判されても構いません。それは進歩の過程ですから」この言葉を聞きながら、馬英九は傍らでしきりにうなずいていた。

馬英九・新総統は「父は理論家、母は実践家」と語ったことがある。その温和で誠実なスタイルは母・秦厚修(右)の「批判されて進歩する」という教えによるものだ。
権威と力
「現代の親子の最大の問題は話をしないことです」と柯志恩は言う。息子との4年にわたる「親子戦争」において「息子が母親の思考に挑戦し続ける」日々を過ごしたが、幸いこの母子の争いは建設的なもので、母親に思考を反省させ、問題を解決する契機をもたらした。洪簡静惠も「何でも話し合うことは、子供の成長を助け、間接的にライフプランを立てる助けにもなります」と語る。
どんなに忙しくても、子供とのコミュニケーションを忘れてはならない。アメリカ史上はじめて閣僚に任命された華人女性のイレーン・チャオ(趙小蘭)は、子供の頃、毎週日曜日に必ず一家揃って教会へ行き、昼食後には家族会議を開いたと語っている。その時は、何でも話し合い、子供たちが自分の新しい見聞や考えを発表して両親の意見を求めたという。余所の人々は、趙家姉妹の規律正しさと服従精神に驚くが、それは親子間で話し合って得たコンセンサスであり、強要や抑圧ではないのである。
世界のIT業界の華人エリート、Google副総裁の李開復の家庭の状況は、これとはまた一味違う。
李開復の姉で著名なカウンセラーである李開敏によると、母親の王雅清が70歳の誕生日を迎える時、母の一声で海外の各地に暮らしている7人の子供たちは台湾に戻って誕生日を祝うことになった。それだけではない。5人の娘は、全員同じ模様のチャイナドレスを作って一緒に写真を撮らなければならなかった。兄弟姉妹が慌しく世界各地から戻ってきた時、李家の一家9人は16年ぶりに全員が揃ったことを知ったという。この時になって李開敏は気付いた。子供の頃は悪夢だった「母さんの権威」は、実は絶えず外へと広がって行く家族の同心円の芯だったことに。
「子供のしつけは科学ではないので複製することはできません。むしろ芸術と言えるでしょう。人によってしつけ方は違うので、すべての母親は自分のしつけに自信を持たなければなりません」と、子育ての専門家で陽明大学神経科学研究所教授の洪蘭は、母親の役割に最良の解釈を提供する。大きくなれば、子供は母の匂いを忘れるかも知れないが、母の子に対する影響は子の人生の景色の中にずっと漂い、決して消えることはないのである。


母親のイメージはさまざまだが、良い面も悪い面も子供に多大な影響を及ぼすので、その責任は大きい。

頭を坊主刈りにしたばかり、中学三年の基礎学力試験の時期を迎えた洪輔(左)が母親の柯志恩と一緒に妹・洪軍の活動に参加する。



母親のイメージはさまざまだが、良い面も悪い面も子供に多大な影響を及ぼすので、その責任は大きい。