台湾では「卒業イコール失業」とよく言われるが、この夏に学校を卒業して社会人になったばかりの若者にとって、この言葉は決して他人事ではないだろう。台湾では昨年10月から失業率が上昇し続けており、状況が改善される気配は一向にない。
夢と理想を抱き、積極的に仕事を探そうとしている若者は、まずどのような業種や業界が新人に大きく門を開いているのかを知る必要があるだろう。また、この時期に社会に出ようとする人は、これからの職業を含めたライフプランをどのように立てていくべきか考える必要がある。変化の多い職場で生き残っていくためには、どのような能力を備えておく必要があるのだろうか。
卒業シーズンの7月21日と22日に、台北市の信義計画区にあるニューヨークニューヨーク・ショッピングセンターで就職博覧会が開かれた。コンパルエレクトロニクス社やシリコンインテグレーテッドシステムズ社などのIT関連企業や、国泰生命保険、PCスクールなど、80余りの企業がそれぞれブースを出して人材募集を行なっていた。
大葉大学の機械学科を卒業した林さんは兵役を終えたばかり、コンパルエレクトロニクス社のブースでプロセス・エンジニア募集の条件を質問し、バッグパックの中から履歴書を取り出して、面接の機会を求めていた。
経営学科を卒業した李さんは、会場を一回りした後、「私に合う仕事はないみたい」と言い、政府の青年輔導委員会のネットに自分の資料を登録した。
その翌日、行政院主計処は6月の失業率が過去最高の4.51パーセントに達したことを発表した。失業者の数は44万2000人、失業の影響を受けている人の数は、初めて100万人を突破して102万6000人になった。
就職市場の縮小は、大学・専科学校を出たばかりの18万のフレッシュマンにとっては頭の痛い問題だ。
「新人にとっては本当に不利です。ほとんどの求人が、1年以上の経験を条件にしているのですから」と語るのは師範大学社会教育学科を卒業し、PR会社への就職を希望している徐宛韻さんだ。彼女は会社側が求める条件に関わらず積極的に履歴書を送っているが、履歴書を送った十数の会社からは何の連絡もないという。
昨年末に世新大学マスコミ研究所(大学院)を修了した鄒亜権さんの経験はもっと厳しいものだった。数え切れないほどの履歴書を提出し、電子メールも1回に10通近く送り、5ヶ月ほどの間に7〜8回の面接を受けて、ようやくアドバンスド・セミコンダクターでマーケティング企画を担当できることになり、やっと親や知人のプレッシャー抜け出すことができたと言う。
今回の景気低迷の深刻さは、仕事を探す卒業生だけでなく、経済学者をも驚かせている。
労働経済を専攻している中華経済研究院の辛炳隆研究員によると、前回台湾で失業率が上昇したのは1985年のことで、その時は2.91パーセントだったという。だがその後、世界的に景気が回復し、また台湾経済がちょうど世界的な分業の流れに合致したため、1987年には失業率は2パーセント以下まで下がった。
今回と前回の失業率上昇の時期を比べると、前回の失業者の多くは社会に出たばかりのフレッシュマンだったが、今回は二度目以上の求職者、つまり一家の家計を支えなければならない世代が多くを占めている。そのため彼らが労働市場から退く可能性は低く、失業率低下の速度も限られているのである。「今回の失業率上昇の原因は、台湾経済の強みが失われつつあるという点にあり、どこまで上昇するかは分かりません」と辛さんは言う。
歴史を振り返り、失業率上昇の原因を考えると、まず経済構造の転換という問題が考えられる。
1960年代、台湾経済は低技術、低コスト、労働集約型、輸出主導という形を中心とした産業が盛んになった。安価で優秀、そして苦労をいとわない労働力が、台湾を紡績業、製靴業、既成服産業などの王国へと育て上げたのである。1980年代後半になると、台湾も自由化の時代を迎え、産業構造は急速に変化した。労働集約型産業の多くは海外へと移転し、資本・技術集約型の産業が占める比率が大幅に上昇したのである。
従来型産業が東南アジアや中国大陸へと移っていったため、数十万の労働者が職を失ったが、その一部は他の生産ラインへと移り、また一部は新興のサービス業に吸収された。この頃に台頭しはじめたのが情報産業で、一時期はあらゆる社会的資源がこの産業に投入された。市場の余剰資金が流れ込んだだけでなく、政府の各種税制の面でも情報産業に有利な措置がとられた。こうして高度な技術を持つ、高学歴、頭脳労働の求人が増え、技術レベルの低い労働力の市場は縮小してきたのである。
産業構造の調整によって、求められる人材も大きく変る。農業人口はしだいに減少して、昨年は全労働力の7パーセントまで下がった。工業においても製造業に携わる労働力は変わらないが、建設業の労働力は1995年の100万人をピークとして下降し続け、昨年は75万人まで減少しており、この分野における失業人口も大幅に増加している。
サービス業に携わる労働力は1990年には全体の45パーセントだったが、こちらは年々上昇し、1996年には全国の就労者の52パーセント、昨年は55パーセントに達している。中でも最も多くの労働力を擁しているのは販売業、飲食業、医療やマスコミなどの社会サービス業、そして運輸通信業だ。
今後はホワイトカラーとサービス業が就職市場の主流となるが、ここ2年ほど、企業のリストラと人員削減は各産業におよんでいる。景気が低迷する中、就職市場においては、人材の優劣がより大きく問われるようになってきたのである。
「就職市場においては中高年よりも若者の方がずっと有利です。内外の多くの企業が人員削減を進めながら、一方では新人を求めているのですから」と語るのは行政院経済建設委員会人材計画処の劉玉蘭処長だ。その話によると、ここ2年来、大学・専科学校卒以上の学歴を持つ人の失業率は、それ以外の学歴の人の失業率より低くなっている。
では、就職の機会はどこにあるのだろう。どのような業界が積極的に新卒を求めているのだろうか。また大学での専攻は就職にどのように影響するのだろう。
ネットで就職情報サービスを提供している「104人力銀行」が今年3月に企業に対して新人採用意向調査を行なったところ、ほぼ半数の企業は今年は新卒を募集する予定はないとしており、新卒を募集すると答えたのは全体の35パーセントだった。新卒を採用しないという企業の最大の理由は、仕事の経験が必要というもので、次いで景気の影響が挙げられた。産業別に見ると、新卒採用の機会が最も多いのはIT産業、次いでサービス業となっている。
聯合報の「ネット人事ライン」が今年6月に行なった調査の結果は、これよりも楽観的だ。200社の人事担当者からアンケートを取ったところ、57パーセントが今年は新人を採用するとしており、そのうち72パーセントが新卒を採用すると答えている。また、必要な人材としては営業職が49パーセントと最も多く、次がクリエイティブと研究開発担当の33パーセント、最も少ないのは事務職、マーケティング、PR、カスタマーサービスなどだ。
学校での専攻や、専科学校卒と大卒とでは、就職状況にはどのような違いがあるのだろう。一昨年、専科学校卒業以上の学歴の就職状況を調査した政治大学経済学科の林祖嘉教授によると、「専攻の学科による差は学歴による差より小さく、大卒の方が専科学校卒より就職先が見つかるまでの時間は短く、待遇も良い」と言う。専科学校卒は就職後は秘書など職位のやや低い仕事に就く割合が高く、平均給与も2万7000元で、大卒の3万4000元より低い。
林祖嘉教授によると、一昨年は大学・専科学校卒業生の59.4パーセントが卒業後1ヶ月以内に就職先を見付けており、卒業生全体を平均すると1.37ヶ月後には就職先を見付けている。比較的就職しやすい学科は化学、物理、生物などの自然科学系と電機、電子などの工科で、その59パーセント以上が、学校での専攻と関わりのある仕事に就いている。
今年は、どの産業も多かれ少なかれ不況の影響を受けているが、産業別の前途という点では、十年来常にトップを走ってきたハイテク産業がやはり大きな力を秘めている。
経済建設委員会による「台湾のIT力向上研究報告」を見ると、我が国のIT産業の昨年の生産高は280億米ドルで、モニターやマザーボードなどの製品では世界一のシェアを誇っている。これからの情報産業の発展を支えていくためには、エンジニアの人材が4万人は必要だとされているが、我が国の大学理工学部卒業生と職業訓練を受けた人数を合せても2万6000人にしかならず、1万4000人が不足している。
情報産業だけでなく、通信産業も多くの人材を必要としている。
「台湾の産業は、明らかに生産から研究開発へと移行しつつあります」と話すのは、政府経済部工業局産業経済科の李台安科長だ。工業局では、我が国を次世代型携帯電話の主要供給国にするための計画を進めており、2005年には生産高を3000億台湾ドルにするのが目標だ。家庭用のコードレス電話やインターフォンから携帯電話やブルートゥース技術まで、ワイヤレス通信の研究開発人材は、今後毎年6000人の需要があると見られている。
しかし、文科系出身の新卒者も悲観する必要はない。ハイテク人材と比べることはできないとしても、社会と密接に関わるサービス業に注目することができるからだ。
産業の変化に詳しい就業情報資訊公司の翁靜玉総経理は、高齢化社会を迎えた台湾では、健康で楽しい生活を送るという世界的な考え方がすでに普及していると言う。そのため、健康維持や老化防止のための健康食品や医療介護、レジャーやカウンセリングといったサービス業に新しいチャンスがあると考えられる。
情報提供と娯楽を兼ねたマスコミ業界でも、今年は一部の企業で人員削減が行なわれたが、新たな刊行物の創刊も続いている。専門性と創意がますます求められるマスメディアの世界は、学校でジャーナリズム、マスコミ、美術、文学、歴史などを専攻した学生にとってチャレンジする価値のある業種だろう。
一方、金融業界はどうかと言うと、金融関係の重要な六法案が成立すれば、企業間の合併や経営の多角化が盛んになると見られるため、人材の需要は短期的には多いが、安定性は低いと見られている。中国時報紙の「人力万象ネット」で金融関係の求人情報を見ると、台新銀行、中国信託、シティバンクなどが北部で人材を募集している。また信用金庫や農漁協の市場が以前より縮小しているため、少なからぬ新銀行が中部や南部を新市場として開拓していることがわかる。
「どの業界にも人材の需要はありますが、今は買手市場なので、企業側は学生の専攻だけでなく、出身大学も選ぶ可能性があります。また採用する人数が限られているため、自ずと慎重に選ぶようになっているのです」と翁靜玉総経理は言う。
人材バンクでも就職サービスセンターでも、専門家は、失業率が一向に下がらないのは、求める側と求められる側の条件がマッチしないために成功率が上昇しないことが大きな原因になっていると見る。特に現在の求人の中では、仕事がきつくて給与などの待遇の低いものが多い。そのため中高年の失業者が嫌がるだけでなく、新卒者も脚光を浴びているサービス業やハイテク産業に集中するために、人が集まらないのである。
行政院労工委員会職業訓練局の統計によると、5月の求職者の数は6万3000人余りだったが、そのうち仕事が見付かったのは8214人に過ぎない。残りの5万4000人余りに仕事が見付からなかった理由としては、50パーセントが、ふさわしい仕事の機会がないというもので、22パーセントは、求人側と求職者の意向が合わないというものだった。中でも特に待遇や福祉、職場の環境などが求職者の意向に大きく影響する二大要素となっている。
台中地区就職サービスセンターの黄孟儒主任によると、就職サービスセンターにおける有効求人数は常に3万件余りあるが、その4割は作業員や営業マンなど体を動かす性質の仕事だと言う。残りの4割が事務系の仕事、そして2割が企画、研究開発、財務など経験を必要とする仕事となっている。しかし、体を動かす体力の必要な仕事には人が集まらず、誰もが事務系の仕事を求めるため、求人側と求職側の需給に大きなギャップが生じているのである。
「就職市場は昨年の第3四半期から大きく変化しました。昨年の10月には求職者1人当りに1.06件の求人がありましたが、今年5月には、それが0.46件にまで減少しています」と語るのは104人力銀行開発処の阮剣安マネージャーだ。求職者が真っ先に求める仕事は総務や事務といったものだが、これらの仕事の求人条件は厳しくないため、1つの仕事に10人が応募するという状況なのである。
このような就職戦線において、新卒が頭角を現わそうとするなら、自分の主張を押し通すといった姿勢では通用しない。まずは現実を直視し、自分の実力を客観的に考え、全力で取り組まなければならないだろう。
毎月平均150人の大学・専科学校卒業者のために仕事を探している台中地区就職サービスセンターの黄孟儒主任は、理工系の卒業生は求職と求人の条件が合致する率が高いと言う。またこれまでの経験から言うと、年末に近付くと文科系卒業生の求職数が増えてくる。他のルートで仕事が見付からなかった人が就職サービスセンターに支援を求めてくるのである。
景気が低迷しているため、新卒者の多くが就職の条件を下げているが、それでも少なからぬ人がまだ高望みをしている。黄孟儒主任によると、3万元の初任給を求める人も少なくないが、今の相場はそこまで行かないという。「第1四半期の統計では、若者の2割が3ヶ月も勤めないうちに会社から解雇されています。やる気が出ないからと会社を休んでしまったり、仕事が終らないとか難しいというので帰ってしまう人もいます。まだまだプロ意識が足りません」と黄主任は言う。新卒が考えるべきなのは、一つの機会からもう一つ別の機会を生み出し、仕事の中で自己の能力を高めていくことだと黄主任は言う。就職できずにそのまま放っておいたのでは、専門能力もしだいに通用しなくなるのである。
人材市場の変化に詳しい業者や専門家は、就職市場の状況を冷静に分析すると同時に、新卒者に発破をかける。
では、大学や専科学校での専攻が、就職に有利ではない分野の場合はどうだろう。
104人力銀行の阮剣安さんは、政治大学アラビア文学科を卒業した女性の例を挙げる。彼女は自分が就職できるところが限られていると考え、その弱点を克服するために対外貿易協会の貿易人材訓練コースに通い、民間での訓練を通して自分の競争力を高めたそうだ。
「就職というのは非常に複雑な過程で、大学での専攻も影響しますが、変化も非常に大きいのです」と阮剣安さんは言う。104人力銀行がネットユーザーを対象に調査したところ、新卒者の半数以上が、最初は学校での専攻分野と関係のある仕事に就いているが、仕事の経験が長くなるにつれて、専攻とは無関係の仕事か、逆により関係の深い仕事かの両極端に集中するようになる。「これは企業からの求人の52パーセントが、学校での専攻を条件として挙げていないことと呼応しています。台湾社会はすでに多様化しており、学校で学んだこととは別の分野でキャリアを積むことができるようになっているのです」と言う。
「皆が自分の好きな仕事に就きたいと思っていますが、時期的に景気が悪化しているため、好きな仕事が見付からなければ、それとは別に、自分にできる仕事に就くべきです」と阮剣安マネージャーは言う。
商学部出身の学生の多くが金融関係に就職したいと考えているが、銀行の顧問をしている姜政偉さんは、冷房の効いた銀行のカウンターで紙幣を数えるような仕事ばかり考えてはいけないと指摘する。銀行や金融機関の合併は大きな趨勢となっており、合併には人員削減がつきものだからだ。その際にリストラの対象となるのは、業務上の貢献が少ない人や金融分野での特殊な知識・経験のない人なのである。
「銀行に就職するなら心の準備が必要です。各種金融業務に関する専門知識を充実させ、業務上の能力を培い、全方位型の財テクコンサルタントになるぐらいの努力が必要です」と姜さんは言う。金融商品は多様で複雑なため、あらゆる銀行が金融情報を有効に整合できるシステムを必要としている。今後は、精確な数字の概念を持つ、情報面での専門的人材が求められるのである。
経済建設委員会が提出した「新世紀の人材発展プラン」によると、我が国の人材市場では中間レベルの人材が過剰になっている。不足しているのは、高度な専門性を持つ人材やマネジメントの人材、そして逆に専門性を持たない一般の人材である。これ以外の中間レベルの人材の過剰は、高等教育の普及が原因だと考えられる。
「今は誰もが大学に進学しようとしますが、それは必ずしも良いことではありません。大学や専科学校の学歴を必要としない仕事もたくさんあるからです」と指摘するのは中華経済研究院の辛炳隆研究員だ。しかし教育資源は限られており、すでにその資源を投下したからには、卒業生が就職できないというのでは困る。学校側も卒業生の就職の問題を真剣に考える必要があるだろう。
「台湾では常に、低失業率・高度成長という経済の神話が強調されてきましたが、一つの経済体が常に高度成長を維持することはもともと不可能なのです。これまで人々は自分が失業するはずはないと考えてきたので、失業に対する抵抗力が低いのが現状です」と辛炳隆研究員は言う。したがって、失業問題を緩和するための社会的なセーフティネットを構築する必要がある他、学生にも卒業前に1学期の就職前教育が必要だと辛さんは指摘する。学生の興味や性向、能力などを分析し、必要な技能を提供したり、あるいは企業との協力によってインターンシップなどを取り入れることが必要なのだと言う。「就職サービスは学生一人一人に対し、より深くきめ細かに行なわなければ効果は上がらないでしょう」と言う。
政治大学商学部の呉思華学部長は、最も実用性を重んじる商科でも構造上の落差が生じていると指摘する。台湾の産業は中小企業を中心としているが、学校で教える原理や原則などは大企業に属するものだ。大企業のマネジメント知識の方が整っているからである。
「この距離を縮めるには、学校側も雇用側も努力する必要があります。学校側の責任は学生の知識を実際に有用なものにすること、雇用側の責任は学生にその知識を活用させることです」と呉思華学部長は言う。アメリカでは、大学で物理を学んだ学生が科学分野の記者になることもあれば、歴史学科の卒業生が児童書の編集者になったり、博物館の解説員になることもあるが、台湾では、このような連結が実現していないのである。
台湾大学大気科学科の柳中明教授によると、今年の公務員試験における気象専門家の募集人数は、高等試験合格者が1名、普通試験合格者が10名だけだったそうだ。しかし、大学や専科学校からは、毎年135名の気象学学士、30名の修士、5名の博士が卒業しているのだから、このままでは合計150名がそのまま失業人口に加わってしまうと柳教授は言う。
だが、台湾の地理的環境や気象条件を考えると、気象専門家は多くの分野で必要とされるべきだ。「民間のテレビ局やラジオ局などは、人件費をかけて気象専門家を雇用しようとはしません。そのため専門知識を持たない記者が、台風などの暴風雨の中で、非科学的なレポートをしているのです」と柳中明教授は専門家としての不満を口にする。
また、各地の重要な工業地域やサイエンスパークなどでも、専属の気象専門家が周囲の大気の変化を監視していないため、突然の停電に見舞われたり、豪雨などによって高価な生産設備が水に浸かったりする。専属の気象専門家がいないために、事前に予防ができないだけでなく、事後にも関係機関に賠償請求することができず、損失をそのまま負担するしかないのである。また、毎年台風の季節になると、中央気象局は全国のニュースセンターと化すが、実際には各地方の港湾や鉄道、重要な道路や橋梁などにも気象専門家が待機する必要があると言う。
「知識を有効に活用することこそ私たちの課題です。これまで大学側は、知識とは高尚なものであって、役に立つのは通俗的なものだと考えてきましたが、役に立つことと通俗的であることを混同させてはなりません」と呉思華院長は言う。
『エンプロイメント・トレンド』という本によると、21世紀の産業の変化は200年前の産業革命に匹敵する規模のものだという。機械化が工業を発展させ、その後工場と行政システムが巨大化し、分業体制はしだいに細分化し複雑化してきた。そして今日、テクノロジーは日々急速に発達し、オートメーション化が普及したことで、人々の仕事の形態は大きく変りつつある。一歩ずつ着実に歩むという時代はすでに終ったのである。
では、就職戦線に臨む新卒は、どのような力を備えておく必要があるのだろう。就職市場に関わる少なからぬ専門家は、最も基本的な必要条件はコンピュータの知識と英語力だと言うが、より専門性の高い知識が必要だと指摘する声もある。
「専門性、それも卓越した専門性が必要です。就職した後にもさらに専門分野の知識を豊富にしていかなければなりません」と呉思華院長は言う。
中華経済研究院の辛炳隆さんは、闇雲に人気のある業種にばかりに注目するべきではないとアドバイスする。昨年は人気業種のトップ10に入っていたインターネット関連事業が、急速に発展した後、急激に冷え込んだのは良い例だ。「いかなる産業も戦国時代を迎えると大変です。企業側は新人を大量に採用してマーケットシェアを高めようとしますが、このようなニーズは短期的なもので、その後安定期を迎えると、今度は人員削減が始まるのです」と指摘する。
台湾セミコンダクター社人材資源部の李瑞華さんは、仕事探しは恋人や結婚相手を探すのに似ていると言う。過度に自分を飾り立てて実際以上に良く見せようとしてはならないのである。自分が求めているのは何かという点をはっきりと見極め、自分の能力や要求に合った仕事を見出し、なおかつ相手の立場になって考え、企業側がどのような人材を求めているのかを考える。そして最短の時間で相手に自分の長所を見せなければならない。いずれにしても、すべてをオープンにし、誠実に向き合うというのが永遠の上策なのだと言う。
「企業が人材を選ぶ時には、もちろんその人の専門能力も重視しますが、より重視されるのは学習能力です。最新の知識が活用できる期間はますます短くなっているので『生きている限り学習し続ける』というより『学習し続けなければ生きていけない』というのが現状です。しかも好きなことを好きなように学ぶというのではなく、明確な目標や規律がなければなりません」と語るのは李瑞華さんだ。例えば、エンジニアになりたいという人の場合も、明確なライフプランを持って、設備や製造工程の知識を積み上げていかなければならないし、後にはマネジメントの仕事に進みたいと思うなら、経営面での知識を増やしていかなければならない。
学校を出てこれから就職しようとする若者に対して多くの人が忠告するのは、世の中の景気が悪い中、気持ちを強く持って頑張らなければならないということだ。これから先は「安定した仕事」というものは存在せず、あるのはただ「競争」のより激しい仕事だけなのである。
卒業は別れでもある。社会に出る若者たちは、これまでの心配も憂いもない学生生活にも別れを告げる覚悟をしなければならない。卒業は、もう一つの新しい人生への船出でもあるのだから。
ケース1
呂佳龍さん 26歳
システム・エンジニア
私は新卒ではありませんが、今の職場ではまったくのヒヨコです。中学を卒業してから、私はずっと働きながら学校に通ってきました。レストランのボーイやコックをしたり、鉄鋼所の生産ラインで働いたりしたこともあります。鉄鋼所でアルバイトをしていた時には、機械に手を挟まれて2ヶ月も休んだことがあります。
いま私は、元智大学二年制部門の情報ネットワーク技術学科に通っていて、来年卒業します。学校が夜間部なので、昼間はアルバイトではなく正規の社員として働ける仕事を探そうと思い、たくさんの会社に応募して、一日にいくつもの会社で面接を受けました。私が応募した仕事は、システム・エンジニアというもので、採用率は7〜8割だったので、仕事を探すのが難しかったとは言えません。最終的には、今の通信関係の会社を選びました。
なぜこの会社に決めたかと言うと、まず中壢の家から近いからということ、そして新しい会社だからです。新しい会社というのは規模があまり大きくないので、いろいろなことに参加する機会があり、会社とともに成長できると思ったからです。システム・エンジニアですから、もちろんコンピュータの技術は必要です。私は中学の時からコンピュータを使ってきましたが、最初はゲームをしていただけで、本格的にコンピュータの技術を学びはじめたのは元智大学に入ってからです。大学の同級生の大半は30〜40代で、コンピュータの技術や知識では先生より優秀な人もいます。みんな、学位を取るために学校に通っているのです。ですから、先生よりクラスメートから学ぶことの方が多いくらいです。
給料の額はあまり気にしていません。今は2万8000元もらっていますが、景気がこんなに悪い状態ですから、これだけもらえる仕事は得難いと思っています。
長い人生で、何が自分に本当にふさわしい仕事なのかは、まだ十分に把握できていませんが、本当に興味があるのは商売です。商売と言っても、屋台を出して簡単な食べ物を売るというものです。本格的に店を出すとコストがかかり過ぎるからです。塾などの教師になりたいとも思うので、大学院に進む準備もしています。その次に考えているのは、もっと大きい会社へ転職することです。今の仕事では自分の力をまだ十分に発揮できないと思うからです。将来的にどうするかは、働きながらじっくり考えていきます。
(卜華志撮影)
ケース2
周欣怡さん 22歳
輔仁大学スペイン語学科卒業
私は卒業前から仕事を探し始めて、卒業と同時に会社勤めを始めました。仕事はミシンを輸出する貿易会社の営業秘書で、働きはじめてから1ヶ月余りになります。
この仕事はインターネットで見付けました。ただ、ネットで履歴書などを登録して返事を待っているだけでは、連絡をくれるのはマルチ商法や保険会社だけなので、十分とは言えません。私は4つの会社に自分の資料を送りました。3社は貿易会社で、そのうち2社の募集要項には貿易学科か外国語学科の卒業生という条件がありました。会社が求める外国語は英語だと思いましたが、それでも自分の資料を送りました。
その後は4社すべての面接を受けることができ、3社から採用の通知をいただきました。合格した1社は投資コンサルタントの会社で、やりがいがありそうなので惹かれました。私には金融に関する知識はありませんが、会社は新人教育をしてくれるということでした。ただ固定給はなく、営業のノルマなどが厳しいようで、またスペイン語を使う機会がないと思い、最終的にあきらめました。残りの2社は貿易会社で、一つは新しい会社、もう一つは20年の歴史を持つ会社です。私はまったくの新人で、いろいろなことを学びたいと思ったので、歴史のある会社を選びました。待遇はまあまあです。試用期間中は2万8000元で、正規採用後は3万元に上がるということです。
文科系では中文学科や歴史学科のことはわかりませんが、英語学科の卒業生なら仕事は見つけやすいと思います。また英語以外にドイツ語やフランス語などができる人を求める会社もたくさんありました。台湾は日本との往来も盛んなので、日本語学科を出た人も有利でしょう。以前、私は世界貿易センターでアルバイトをしたことがありますが、そこの会社の営業マネージャーは5ヶ国語ができるということで、その会社では英語と中国語しかできないのでは恥ずかしいということでした。今の会社では、私はスペイン語ができることが強みになると思います。中南米との取引もあるからです。
就職活動のプレッシャーは大きく、私の同級生の多くは卒業前から仕事を探しはじめました。6月を過ぎて、皆が卒業した後では就職活動はもっと激しくなると思いますが、私は5月から活動を始めて、5月の末には就職先が決りました。インターネット上で、かなりの時間をかけて仕事を探しました。私としては、勤務先の場所と、仕事の性質上スペイン語が使えるということが優先条件でした。外国語は使わないと忘れてしまいますから。
会社勤めがこんなに大変だとは思っていませんでした。基隆の自宅から通勤に2時間半もかかります。社員は全部で9人だけなので、価格の問合せ、見積り、出荷、そして顧客の手紙への返事まで、何でもこなさなければなりません。将来的には、もっと大きな会社に移れればいいと思っています。
(卜華志撮影)

工場閉鎖、倒産、産業の海外移転などにより、失業率がどんどん上昇している。5月1日のメーデーには千名以上の労働者がデモ行進を行ない、政府と企業に働く権利の保障を求めた。(卜華志撮影)

この20年の間に台湾の産業構造は大きく変わり、労働人口の主流はホワイトカラーになった。今では危険で汚れる肉体労働に従事しようという人はほとんどいない。(薛継光撮影)

学校の卒業式が終った夏休み、各地で就職博覧会が行なわれる。社会に出たばかりの若者たちは企業の募集要項を確認しながら、応募用紙に自分の資料を書き込む。(卜華志撮影)

(卜華志撮影)

(卜華志撮影)


