台湾には37万人を超える外国人労働者と13万人の東南アジア出身の外国人配偶者が暮らしている。私たちと同じ土地で子供を産み、働き、社会に貢献しているが、台湾社会は彼らの背景や言語や文化を能動的に理解しようとしていない。
ネットが発達し、印刷メディアが衰退しつつある現在、移民や移住者のための刊行物は独立して発行され続けており、部数も増えている。それは彼らの故郷への思いを受け止めるものであり、また台湾に多様な文化への窓を開くものでもある。
「今日、友人から『四方報』をもらってすごく嬉しかった。すべてのページをじっくり読んだ。その親しみのある文字と真実の思いに私は感動した。泣くまいと思ったが、涙がこぼれ続けた。幸せを感じたからだ。辛さや挫折を乗り越え、希望に向かって歩み続けるための、仲間と力を得たように感じた」――これは2006年12月創刊の「四方報」に掲載された、阮氏鶯さんの投書だ。

ホームシックの厚さ
2006年、世新大学に属し「多元的対話を通し、ともに新教育を営む」ことを趣旨とする「台湾立報」は、ベトナム語の月刊フリーペーパー「四方報」を創刊した。編集部には毎月、まるで雪崩のように読者からの投書が寄せられる。学校のノートに書いたものもあれば、カレンダーや包装紙に書いたものもある。紙の表にも裏にもびっしりと書かれた文字から、思いがあふれ出てくる。
ベトナム出身、ほっそりした阮氏穿さんは、4年前まで故郷で夫とともに農業をしていたが、その収入では銀行ローンの利息さえ払えなかった。ある日、村に仲介業者が来て「台湾に行って介護の仕事をすれば、2年で1億2000万ベトナムドン(約24万台湾ドル)稼げる」と勧誘を始めた。それを聞いた阮氏穿さんの目の前には素晴らしい未来が広がった。夫と相談して台湾に行くことを決め、親戚から合計約10万台湾ドルの仲介料を集め(通常は初年度の労働報酬で支払う)、夢に大きく近づいたが、不安も募った。体重が39キロしかないので、仲介業者に断られるのではないかと心配だったのである。
面接の日、夫は彼女に大きめの服を着るように言い、さらに重さ3.5キロの鉄の塊を腰につけるように言った。こうして重くなった身体をひきずって彼女は面接会場へ行き、さらにハノイで1週間の訓練を受けて合格したのである。
結局体重測定はなかったが、身体に鉄の塊をつけていることが発覚しないかとビクビクしていた。そのことを彼女はこう書いている。「そんなにしてまで台湾に来たかったのかと笑われるのがいやで、以前この事は誰にも話さなかった。でも、人生で最も印象に残っていることはと聞かれたら、身体にくくりつけ、私に勇気を与えてくれたあの鉄の塊と、台湾へ働きに来た縁だと答えるだろう。これらは私の人生を変えた重要な存在なのだから」と。

ストーリーテラー
同じく台湾で働く阮氏海さんにとって最も印象に残っているのは、同郷の女性「紅錦」の物語だ。紅錦が介護している老婦人は気性が荒くて相手をするのが難しく、彼女の前に2人の介護者が解雇されていた。紅錦は気力と忍耐力で世話を続けたが、家庭内のいざこざに巻き込まれた。この老婦人には3人の息子がいて、親孝行な三男が面倒を見ていたが、商売で失敗して家が差し押さえられてしまい、次男と激しく争った後、次男が引き取ることになった。紅錦は、契約満了も近いので、この機に転職し、いざこざを避けたいと思った。
そこで辞意を伝えると、老婦人は彼女の手を握り締めて「お願いだからやめないで。私が死んでから転職してちょうだい」と言い、その場で二人は抱き合って泣いたという。故郷を離れる時に「母親と抱き合って泣いた」紅錦は、老婦人とともに新しい雇用主の家に移ることを決めた。
阮氏海さんは、文章の最後にこの友人に言葉を送っている。「勇敢で優しいベトナム女性よ。あなたはきっと逆境に勝ち、成功するでしょう」と。
これら移住労働者とは別に、台湾人と結婚して移住してきたベトナム人女性たちからの投稿には、彼女たちが台湾社会に溶け込もうとする努力がつづられている。台湾人と結婚した秋草は「外国人と結婚すると、言葉も文化も習慣も違い、苦労が多い。来世はやっぱりベトナム人と結婚したい」と書く。Thuy Linhはこう書いている。「私たちベトナム人女性は、一度台湾人の嫁になると決めたら、努力して学び大切に家庭を築くものだ。ところが、私は看護師の資格と3年の経験があるのに、私が『外国人配偶者』だと知ると、雇用主は外国人労働者同様の低い賃金しか払おうとしない。身体が不自由なわけでもないのに、かぜ社会は私たちを公平に扱ってくれないのか」
「四方報」を開くと、紙面の半分はこうした読者からの投稿で埋まっている。文章やタイトルの一部は中国語にも訳されていて、外国人労働者の雇用主や外国人配偶者の家族にも読めるようになっている。
編集長の張正さんによると、東南アジアからの移住労働者や結婚移住者は、異郷にいても故郷を感じさせる場を求めるという。食べ物や人々、匂い、言語、音楽、空間などである。これは人の情であり、特に苦労をしているからというのではなく「安心感」を求めているのだ。だが、本当に台湾で苦労をしていたり、いじめられたりしている場合は、このわずかな安心感が非常に重要なものとなる。「同じ属性の人々との言葉のやり取りが、劣悪な環境で強く生きる力になり、あるいは戦う勇気につながることもあるのです」と張正さんは言う。

ジャーナリストの張正さんは「四方報」をweb2.0にたとえる。読者は主役であるだけでなく、著者や記者をも兼ねているからだ。彼は自らが踏み台となり、移住労働者や外国人配偶者の声を四方に伝えたいと考えている。
欠けているメディア資源
内政部の統計によると、ここ16年の間に、東南アジアからの移住労働者や結婚移住者の数は30倍以上に増え、それは台湾の人口構造や社会環境に大きな変化をもたらしている。しかし、欧米などに比べて我が国では、外国人労働者の管理や人権、移住者の生活適応や雇用サービスなどの面で、今も政策や制度が整っていない。新移民を対象とする印刷媒体や放送媒体も、数えるほどしかない。
印刷媒体の場合、英語のできるフィリピン人は「China Post」や「Taiwan News」など台湾の英字紙を通して情報を得ることができるが、それ以外の言語しかできない移住者は、母国から輸入される古い新聞や雑誌を読むしかなかった。
東南アジアの言語で外国人労働者や結婚移住者のための刊行物を発行している自治体は、台北市と高雄市と高雄県だけだ。しかし、これらも複数の言語を1冊で扱ったもので不定期発行であり、内容は、労働管理や保健衛生面の政令指導にとどまっており、お役所からの通達のような感じである。
ラジオはと言うと、2000年に中央広播電台(CBS)が、インドネシア語、ベトナム語、タイ語の1時間番組を毎日放送するようになった。内容は、労働法規の説明、母国のニュース、台湾の情報、歌のリクエスト、それに外国人配偶者に関わる居住権や子供の教育、嫁姑の関係などである。
2005年8月、高雄MRTの工事現場で働くタイ人労働者が集団で抗議行動を起こし、世間を驚かせた。ストの理由は、1700人に上るタイ人が通風の悪いプレハブにすし詰めで暮らし、電話も風呂も買い物も厳しく管理され、給与からはさまざまな項目で天引きされ、まるで奴隷のようだというものだった。この事件で、国民は雇用側や当局を批判し、政府は調査・検討することとなった。
2006年に放送金鐘賞の「社会サービス貢献賞」にノミネートされたCBSのタイ語番組の幹事を務める陶雲升さんによると、この事件が発生した時、同番組はタイ人労働者の気持ちを静める大きな役割を果たしたという。ラジオ局にはタイ人労働者から不満を訴える電話が多数入り、局側も法律情報や、協力できる機関などを積極的に紹介した。その話によると、台湾に来るタイ人労働者の多くはタイ東北部の貧しい農村の出身で、中国語も英語もできないので情報が得られず、台湾に来たばかりの頃はホームシックになやすい。多くの雇用者は、この状況を理解し、番組を録音して昼休みなどに流して労働者に聞かせた。タイ人労働者の多くは、帰国後や、他の国に働きに行ってからも、CBSの番組を聞いているそうだ。
「シンプル風水」「女性の内輪話」「生活中国語・台湾語」といった番組を企画してきたインドネシア語番組の幹事、譚;雲福さんによると、台湾人の多くは、東南アジアから台湾に嫁いできた女性はお金を実家に送ることしか考えていないと思いがちだが、実際はそうではない。彼女たちの大部分は、舅姑の介護、子育て、それに家計を助けるための仕事と、三つの役割を果たしており、生活のための言葉を学ぶ時間さえない。毎日ゴミを出す時に近所に住む同郷の人と言葉を交わすのだけが最大の楽しみとなっているのである。

台湾に暮らす東南アジア出身配偶者/資料:内政部
仲間同士で支えあう
本当にコミュニケーションの役割を果たす印刷物は、この2〜3年、ようやく出てきた。前述の立報が創刊した「四方報」のほかに、フィリピン語新聞が3つ、インドネシア語刊行物が4つ、タイ語新聞は2008年に「四方報」のタイ語版が出た。それぞれの部数は3000から1万で、大部分は無料である。
だが、CBSが政府の補助を受けているのとは違い、民間の刊行物であるため、創刊者の情熱が支えとなる。
フィリピンから嫁いできた主婦のNe Ne Hoさんは、2005年、パソコン1台とFAXを頼りに、自宅の居間で新聞発行を開始した。月に1回発行される「The Migrants」は英語とフィリピン語を使い、執筆も編集も翻訳もすべてHoさんが一人でやっている。英語教師だったキャリアと、台湾に来て30年の人脈を生かし、同郷者に故郷の情報を提供している。ネットを利用して、フィリピンにいる新聞記者や弁護士にもコラムを依頼している。
2006年創刊、インドネシア人労働者の間で好評の月刊誌「INTAI」の創刊者、曾国栄さんは台湾に来て8年になるインドネシア華僑だ。彼は、読書と執筆が好きで、台湾では輸入雑貨の店を開いている。顧客との長年のやりとりから、彼は台湾に暮らす移住労働者の境遇やニーズを理解してきた。幸い、紹介を通して、CBSの譚雲福さんと、新聞社で働くデザイナーがボランティアで編集に加わってくれた。
立報が後ろ盾になっている「四方報」はというと、編集長は台湾人だが、ベトナム人社員が3人とボランティアが重要な存在になっている。例えば、投稿がきっかけで編集部と知り合った「珊珊先生」は、台湾に嫁いできたベトナム人女性だが、ホーチミンの教育大学中文学科を出ている。彼女は中国語とベトナム語対照訳のコラムを担当し、2008年にはベトナム語と中国語の両方を学べる学習書も執筆した。

台湾で働く東南アジア出身労働者/資料:労働委員会
コミュニティ・メディア
台湾で発行されている東南アジア言語の媒体に共通しているのは、移住労働者や結婚移民者のコミュニティと緊密に関わり、互いに支えあっていることである。
読者は口コミで増え、これらの新移民がよく行くレストランや雑貨店、あるいは教会やバスターミナル、移民署、外国人労働者センターなどで手に入るようにしている。新移民が集まる店では、フリーペーパーは来店プレゼントのような役割を果たし、客同士や店主とお客との共通の話題になる。「発行日の週末には来客が絶えません。店では100部配っていますが、2〜3日中になくなります」と「四方報」の人気ぶりを語るのは「新皇穂スーパー」の店主、阮氏紅鳳さんだ。
こうした刊行物の主な収入源は広告で、商店や輸送業、外為取扱会社、旅行会社、電信業者、それに政府機関などが広告主である。「INTAI」の曾国栄さんによると、以前は広告掲載を頼みに行ったが、今は発行部数も増え、しかも1部を20人以上が回し読みしているので露出率が高く、毎号40社以上が広告掲載を申し込む。
内容は、東南アジアからの移住者に関わるニュース(例えば2009年のインドネシアの大統領・国会議員の選挙で海外在住者も投票できることなど)の他に、移民社会の人物紹介もある。例えば2008年12月、「The Migrants」は世界中のフィリピン人の心を一つにした夢の対決――ボクシングのマニー・パッキャオ対オスカー・デラホーヤ戦を大きく扱った。また工場で働くインドネシア人労働者4人によるバンド「Peace Band」が台湾各地に招かれてコンサートを開いているが、これも「INTAI」が大きく扱ったからである。

発表の場さえあれば、外国人労働者も外国人配偶者も驚くべき創作エネルギーを発揮する。「四方報」に寄せられる読者からの投稿にはイラストが添えられているものも多い。右は四大祭典をテーマとしたイラスト。上から、新年(阮氏蓉作)、女性の日(陳維興作)、メーデー(同)、中秋節(陳氏雪蓉作)。
新聞発行は社会運動
台湾で、移住労働者や移民のための刊行物が盛んに発行されていることは、民間の活力を示す一方、台湾社会が長年にわたり、50万人にのぼる東南アジアからの移住者を隔離し、軽視してきたことも示す。
「弱者のために声を上げる」という信念を貫く立報は、創刊から8ヶ月後に「四方報」を通して、公共のテーマに関心を寄せるよう読者に呼びかけ始めた。2007年6月号は「17,280元の欺瞞――法定最低賃金引き上げは外国人労働者に適用されない」という見出しで、投稿を募集するとともに、ベトナム人労働者に関係機関に電話で抗議するよう呼びかけた。
多くの読者は、関係機関に電話をした後、編集部に「報告」してきた。読者の陳氏榴;さんは「総統府の窓口の人は『ご意見は参考にさせていただきます』としか答えてくれなかったが、私たちはすでに一歩を踏み出した。いつか、みんなの電話で政策が変わるかもしれない!」と報告してきた。この他にも「外国人配偶者の帰化時の財産証明提出の撤廃を求める」「移住労働者の休暇権を求める」といった声を発し、また読者と駐台ベトナム代表との会見を手配するなど、草の根の民主運動を行っている。
特に大きな議論を巻き起こしたのは、2007年10月号の「君は今どこに? なぜ逃げざるを得なかったのか?」という特集だ。逃亡した外国人労働者7人の物語を報じ、協力機関の電話番号を掲載した。すると、外国人労働者ために「四方報」を定期購読していた数人の雇用主から定期購読をやめるという通知があり、またベトナム「ティエンフォン新聞」の台湾特派員は「四方報」をこう批判した。「どんな理由にせよ、逃亡は違法である。彼らに同情すれば、逃亡を奨励することになり、ベトナム人労働者の名誉を汚すことになる」と。
だが、逃亡者の境遇を見ていくと、給与からさまざまな名目で天引きされ、長時間労働を強要され、あるいは拘禁されたり暴力をふるわれたりしている。一方、法令では外国人労働者が転職する場合は、現雇用主の同意が必要で、解雇されたら毎月最高30%の「強制貯蓄」を失い、仲介料も返済できなくなる。負債を負ったまま帰国したくなければ、違法の仕事を探すしかないのである。
「逃亡と言いますが、仕事を換えるだけなのです」と張正編集長は怒る。「政府は懸賞金をかけて彼らを手配していますが、それでは追い詰めるだけです。それより悪徳仲介業者を取り締まり、転職を指導するべきではないでしょうか」

発表の場さえあれば、外国人労働者も外国人配偶者も驚くべき創作エネルギーを発揮する。「四方報」に寄せられる読者からの投稿にはイラストが添えられているものも多い。右は四大祭典をテーマとしたイラスト。上から、新年(阮氏蓉作)、女性の日(陳維興作)、メーデー(同)、中秋節(陳氏雪蓉作)。
多様な文化を
社会の垣根を乗り越えるため、半年前、発行部数3万部を突破した「四方報」はコンビニ内での販売の交渉を始めたが、OK便利店以外からは断られた。OK便利店ではこの1月10日から、1部20元、国際電話カードと合わせて49元で販売されている。
張正編集長は、これは「文化闘争戦略」だという。弱者である移住者の力を結集し、自分たちのメディアを構築した後、主流の場へと出ていく。そして台湾人に自分たちの力を示して理解と興味を引き出していく。新移民にも才能があり、読書や執筆を望んでいるが、メディアを使う権利を剥奪されていただけなのである。
さまざまなメディアに関わってきた譚雲福さんは、小衆メディアはやはり自分たちを救うだけで精いっぱいだと考える。また、主流メディアが新移民を犯罪や台湾人の素質を下げる「社会のトラブルメーカー」と扱っていることを批判する。
中正大学マスコミ学科準教授でメディア観察教育基金会理事長でもある管中祥さんは別の角度から観察する。人口の移動が頻繁な現在、ビジョンのある国は積極的に外国人労働者や移民のためのメディアを運営しており、それを「文化多様化のインフラ」と位置付けている。
例えばオーストラリアでは、世界各地からの移住者のために、公共テレビが移住者の母語の番組を英語の副音声付きで放送している。これを通して人々は互いに「他者」の生活経験や価値観を理解することができ、社会の調和を促し、広い世界観を養うことができる。
しかし台湾では、外国人配偶者の文化政策は中国語学習と「帰化試験」の強制が主な方針で、外国人労働者は社会から隔離され、集会や結社の自由も保障されていない。
かつて台北市の外国人労働者文化政策を推進し、現在は台湾国際労働者協会顧問とスカラブリニ移住センター台湾支部事務局長を務める龔;尤倩さんは「不当な政策が偏見を生む」と指摘する。外国人労働者と外国人配偶者の位置づけや関連法令は異なるが、彼らはその政策思考が内包する「人種差別」の被害者なのである。
今や台湾では新生児の10人に1人が新移民の子供であり、移住労働者の数は原住民族の人口に迫りつつある。多くの学者は、政府は台湾がすでに多民族社会となっている事実を直視し、より多くの資源を配分すべきだと指摘する。例えば、東南アジア言語を母語教育課程に加える、新移民専属のTVチャンネルを設ける、外国人労働者の休暇権を保障するなどだ。新移民が力を発揮できる環境を作れば、その恩恵を受けるのは台湾社会なのである。
偏見を捨てて彼らの文章を読めば、それが創意と勇気に満ちた生命の書であることに気付くことだろう。

背景のイラストはベトナム人労働者陳氏桃さんの作品。テーマの「英雄」は海を渡って働く移住労働者である。



1989年以来、台湾ではのべ数百万の外国人労働者が底辺の仕事に従事し、台湾社会に大きく貢献してきたが、彼らの声や権利が重視されたことはない。ここ数年は、東南アジア言語のラジオ放送や新聞発行が始まり、変化への第一歩を踏み出した。

発表の場さえあれば、外国人労働者も外国人配偶者も驚くべき創作エネルギーを発揮する。「四方報」に寄せられる読者からの投稿にはイラストが添えられているものも多い。右は四大祭典をテーマとしたイラスト。上から、新年(阮氏蓉作)、女性の日(陳維興作)、メーデー(同)、中秋節(陳氏雪蓉作)。

フィリピン出身のNe Ne Ho(何)さんは、自宅の居間で新聞を作っている。彼女は台湾に暮らすフィリピン人たちに「数行でも構わないから」「疲れていても頭を鍛えないとおかしくなるから」と文章を書くことを勧めている。膝の上で写真を見ているのは1歳10ヶ月の孫娘。

ジャーナリストの張正さんは「四方報」をweb2.0にたとえる。読者は主役であるだけでなく、著者や記者をも兼ねているからだ。彼は自らが踏み台となり、移住労働者や外国人配偶者の声を四方に伝えたいと考えている。

1989年以来、台湾ではのべ数百万の外国人労働者が底辺の仕事に従事し、台湾社会に大きく貢献してきたが、彼らの声や権利が重視されたことはない。ここ数年は、東南アジア言語のラジオ放送や新聞発行が始まり、変化への第一歩を踏み出した。

台湾に暮らす東南アジア出身配偶者/資料:内政部

1989年以来、台湾ではのべ数百万の外国人労働者が底辺の仕事に従事し、台湾社会に大きく貢献してきたが、彼らの声や権利が重視されたことはない。ここ数年は、東南アジア言語のラジオ放送や新聞発行が始まり、変化への第一歩を踏み出した。

台湾で働く東南アジア出身労働者/資料:労働委員会

発表の場さえあれば、外国人労働者も外国人配偶者も驚くべき創作エネルギーを発揮する。「四方報」に寄せられる読者からの投稿にはイラストが添えられているものも多い。右は四大祭典をテーマとしたイラスト。上から、新年(阮氏蓉作)、女性の日(陳維興作)、メーデー(同)、中秋節(陳氏雪蓉作)。