大きな負担
「独立中学」はマレーシアの華人社会における特殊な歴史的産物である。マレーシア全土に60校ある独立中学は、政府からは何の補助も受けておらず、完全に華人社会からのサポートだけで運営されている。「民間の教育省」とも呼ばれる「董教総」(華人学校理事会総会と華人学校教師会総会の連合組織)が独立中学の発展を導いてきた。董教総の独立中学運営委員会の下には、課程局、試験局、教員教育局、学生事務局などがある。
独立中学の膨大な経費は、昔からマレーシア華人社会の大きな負担だが、華人教育関係者にとっては大きな誇りでもある。独立中学に通う5万5000人の生徒たちは「中華文化の堡塁」と称えられているのである。
循人独立中学1年生の傅米さんは、両親共に中国語教育を受けてきた。名前の由来を尋ねると「米は華人の伝統的な食糧で、大切なんですよ」と言う。小学6年の時の検定試験で優秀な成績を取った傅米さんは、推薦で循人中学に進学できた。その話によると、小学校の同級生の多くが独立中学に進学したがっていたが、親が行かせてくれない家庭が多かったという。中国語がよく出来なければ独立中学には入れないし、学費も高いからだ。
マレーシアの国民中学の授業は午前中だけなのに対して、独立中学の授業時間は長く、3つの言語を学ばなければならない。だが傅米さんと兄の傅易さんは、それほど大変だとは感じていない。多くの言語ができれば有利だし、子供の頃から学んでいるので難しいとは感じないと言う。中国の文語文や詩はどうかと問うと、傅米さんは気が向けばネットの掲示板に名句や唐詩などとともに自分の気持ちを書き込むことがあるそうだ。お兄さんは作文に古文を引用するのが好きだ。「たとえば『学びて時にこれを習う、また説ばしからずや』という孔子の言葉は現代生活にも通じます」と言う。
一途に歩む
「董教総」が行なう独立中学統一試験の証書は、すでに世界の数百の大学とマレーシアの500の私立大学に認められているが、マレーシア政府は認めていない。そこで、生徒たちが地元の大学に進学できるように、少なからぬ独立中学ではツートラック制を採用し、政府の試験も受けさせている。そのため生徒たちは中国語の教科書と同じ内容のマレー語の教科書も学ばなければならず、勉強量は国民中学の2倍になる。
文化関係の仕事をしている陳毓平夫妻は、4人の子供を全員独立中学に通わせてきた。自らを「文化の重荷を背負っている」と笑う陳夫人は、中国語は他の言語よりやや難しいので、子供にはまず中国語を身につけさせるべきで、英語など他の言語は後からでいいと考えているのである。
だが、彼女の親戚や友人の中には「とにかく英語を学ばせて就職できればいいではないか、なぜ高い学費を払ってまで独立中学に通わせるのか」と言う人も少なくない(クアラルンプールの独立中学の1月の学費と交通費は150〜200リンギ、台湾ドルで1200〜1600元になる。公立の国民中学は100元ほどの雑費のみで毎月の学費は必要ない)。それに独立中学を卒業したら進学のために留学しなければならない。だが、陳さんは独立中学の教育の質を信頼し、あえて苦しい道を歩んできた。陳夫妻の4人の子供も期待を裏切らず進学した。上の子は台湾大学に留学した後、アメリカで修士課程に通っている。二番目の子はアメリカの大学の学位を取り、下の二人はそれぞれシンガポール国立大学の修士と学士である。「我が家の経験は、独立中学の教育が国際レベルに達していることを証明しています」と陳さんは言う。
進学の新たな趨勢
「董教総」の統計によると独立中学の進学率は7割に達し、90年代初期の4割から大きく成長している。董教総学生事務局の蘇源恭主任によると、90年代の初め、独立中学の主な進学先は台湾の大学や高専だった。だが90年代半ばにマレーシア政府が500の私立大学の設立を認可した。これらの大学の多くはイギリスやアメリカ、オーストラリアやニュージーランドなどの大学と共同カリキュラムを組み、前半の2年は国内で、後半の2年は海外で学ぶという方法で、外国の学位が取得できるようにしている。この制度が出来てから、国内の大学への進学が6割を超え、台湾留学の18%とシンガポール留学の7%をはるかに超えるようになったのである。
近年、独立中学の優位性が大きな課題にさらされている。ひとつは「バイリンガル教育」をめぐる論戦だ。昨年、ジョホール州の生徒数8000人の寛柔独立中学が政府の政策に従い、理数科目を英語で教えるようになり、大きな議論が巻き起こったのである。
「国際化の趨勢に対応するために、やむをえない措置だ」と少なからぬ学校や父兄はこれに賛同したが、反対意見も出た。クチンの中国語教育学者である房漢佳さんは、独立中学の父兄は子供が3ヶ国語に通じることを望んでいるが、この期待は独立中学創設の主旨と矛盾すると述べている。中国語教育の特質とアイデンティティを失えば、学校創立の意義も失われるからだ。英語もマレー語も大切だが、やはり主従の別がなければならないと言う。
教育改革の波
「董教総」による統一試験制度によって、独立中学では高い教育水準が保たれてきたが、成績を重視するあまり、教育の本質が見逃されるという傾向もあり、中国語教育界では「教育改革」を求める声が上ってきた。
クアラルンプールで最長の歴史を誇る「尊孔中学」の呉建成校長は、独立中学の教育改革には三つの方向があると言う。これまで理数系と知識教育が偏重され、多様な知恵の発展が見逃されてきたため「完全な人格」と「多様な知恵の育成」が求められている。また「教育の民主化」によってエリート教育という偏りを正していく必要があるという。
教育改革の呼び声は高まっているが、マレーシアの華人社会における独立中学の存在価値は大きい。時代が急速に変化する中で、各地の華人や教育関係者は大きな期待を寄せている。
マレーシアの華人教育を見てくると、一つ疑問に思うことがある。幼い頃から中国語教育を受ける華人は、多民族のマレーシアで他の民族との間にと隔たりが生じることはないのだろうか。それとも他の文化との接触によって、より多様で開放的な社会を築いていけるのだろうか。
サラワク・マレーシア大学東アジア研究所ボルネオ華族研究センターの林煜堂研究員は、民族の統合はマレーシアの大きな流れだが、かつてのタイやインドネシアのような「同化」政策は現在は通用しないと指摘する。統合は平等と相互の尊重と交流を通さなければならない。マレーシア政府は長年にわたって各民族の文化フェスティバルに他の民族を招いたり、他の民族に華人のようにビジネスを学ぶべきだと呼びかけたりするなど、誠意をもって民族間の交流を促している。
多様な対話
政界で活躍する華人女性、政府の女性・家庭・社会開発省の周美芬政務次官は、文化的背景の違いによって物事の見方は異なるが、交流と対話を通して、より良い道が見出せると語る。マレーシアでは経済力の向上とともに国民の自信も高まっており、民族間の良好な関係構築を楽観視しているという。
東マレーシアの政権を握るサラワク人民連合党の議員、許賛礼さんは、多元的社会におけるシェアと互恵の重要性を強調する。自分の母語を学び、発揚できるマレーシアの華人は他の国の華人より恵まれていると許さんは言う。多民族国家において人々は絶えず「与えること」と「受けること」を学ばなければならない。30年前の新経済政策ではマレー系住民が優遇されたが、そのおかげで彼らの経済力は向上し、民族間の貧富の差が縮まり、97年の金融危機を乗り越えることができた。華人がビジネスの経験を多くの人と分かち合うことは、皆にとって良いことなのだと許議員は言う。
過去の民族間紛争を乗り越えたマレーシアが、調和と共栄という多民族国家の手本となることを多くの人が願っている。そうした中で、今後華人がどのような役割を担い、貢献していくのか、注目していこうではないか。