華人小学校が1200校余り、華人中学が60校もあり、華人児童の9割が小学校で中国語教育を受け、3割は高校まで中国語教育を受けている。世界中の華人社会の中で、こうした状況が見られるのはマレーシアだけだ。
中華文化の血を引き、幼い頃から中国語教育を受ける華人は、マレーシアという多民族社会において、どのように他の文化と接触し融合し、多元的で開放的な社会を作っていくのだろう。
中国大陸や香港や台湾の旅客がマレーシアを訪れると、見知らぬ土地なのに不思議な親しみを感じるに違いない。
飛行機を降りると、クアラルンプールの国際空港のあちこちに中国語の標示があり、黄色い肌の人々が行き交う。スカーフを被ったマレー系の女性やインド系の若者の間に華人の姿が見え、エキゾチックな雰囲気が漂う。
クアラルンプールの市街でも、東マレーシアの古都クチンでも、そこここに書院や廟などの中国式建築物があり、マレー語と中国語の両方が書かれた看板が並んでいる。デパートなどでも中国語が通じるし、ホテルにチェックインすれば、どの中国語新聞を読みたいか聞いてくれる。
発音は台湾とはやや異なり、用語などにも違いはあるが「道に迷う心配がない」という安心感は、同じ東南アジアのタイやインドネシアでは得られないものだ。
マレーシア社会の中国語の基礎は、2世紀にわたって続いてきた中国語教育による。百年来の奮闘によって、現在では小学校から高等教育まで整った華人教育体系があり、その中国語人口は、中国大陸と香港と台湾を除く世界の華人社会において最高の比率となっており、シンガポールも及ばないのである。

マレーシアの華人の子供たちは小学校から3つの言語を学ぶ。昨今は華人ではない家庭の子供たちも華人学校に通うようになり、多言語交流の環境が拡大している。
珍しくないトリリンガル
中国語教育はマレーシアの多元的教育体系の一環をなしている。三大民族の需要を満たすため、マレーシアの小学校はマレー語、中国語、タミール語教育の三種類に分かれており、それぞれの母語による教育が政府によって行なわれている。マレーシアの公用語はマレー語であるため、マレー語の学校は「国民学校」と呼ばれ、それ以外の言語で教える学校は「国民型学校」とされる。中学校もこの原則によって国民中学と国民型中学(90年以降は全て国民中学に改められた)とされ、この他に全く政府の経費支援を受けない中国語教育の「独立中学」がある。
母語教育は小学校だけで、中学に上ると大部分はマレー語の授業となるため、マレーシアの華人やインド系の小学生は3種類の言語、すなわち母語とマレー語と英語を学ばなければならない。
クアラルンプールの坤成中国語小学校を訪ねると、ほとんどは黄色い肌の華人の児童だが、頭にスカーフを被ったマレー系の少女の姿も何人か見られる。やんちゃで機敏な台湾の小学生に比べると、ここの華人児童は素直で素朴だ。教室のドアの上には、学校に寄付をした個人や同郷会の名称が刻まれている。
黒板にはイスラム教寺院や教会の絵が描いてあり、先生は各民族の宗教の違いを教えながら、互いに尊重しなければならないと言い聞かせる。低学年の算数の授業では、マレーの民族衣装を着た女性の先生が英語と中国語を交えながら二桁の足し算を教え、生徒の宿題は英語で書いてある。隣の教室の国語(マレー語)の授業では、先生が中国語を使ってマレー語の教科書の内容を教え、黒板にはマレー語が並んでいる。
このように多様な言語環境に、余所からの来訪者は舌を巻き、小学校で3言語を学ぶのは大変ではないかと問うと、ある児童は「大丈夫です。僕は家では広東語で話しているんですよ」と答える。
「マレー語をしっかり勉強しなければ将来の道が開けないことは、幼い頃から知っていました。英語は国際言語ですから欠かせませんし、中国語は母語ですから勉強しなければなりません」と話すのは「国語」であるマレー語を教える華人教師だ。先生自身、子供の頃にいろいろな言語を学ぶのはかなり大変だったので、子供たちが難しいと感じる部分もよく理解できるという。それに、小学校の時にマレー語の基礎をつけなければ中学で苦労する。週に3時間の「国語」の授業のために、先生は充分な準備をし、最大の効果を上げようと努力をしている。ただ、卒業後にマレー語の国民中学に進ませるべきか、それとも中国語教育の独立中学に行かせるべきか、どちらが良いかは彼女にも分断言できないという。
中国語小学校では、以前は1年から中国語とマレー語を学び、3年生から英語を加えていたが、2003年に政府が、国民の英語レベル向上のために小中学校の理数系科目を英語で教授するという政策を打ち出した。そこで、中国語学校でも1年生から週9時間を英語で教えるようになったのである。英語が2時間、算数が4時間、科学が3時間だ。これ以外の理科系の授業は中国語で教える。これが近年議論の的となっている「2-4-3プラン」である。
「一番たいへんなのは先生ですよ」と話すのはクチン中華第三小学校の巫虎財校長だ。中国語で教えるにしても英語で教えるにしても同じ先生が担当するため、教員の負担が増える。この政策の成果について、巫校長は、英語に触れる機会が増えた分、自然にレベルは上るが、数学が得意という華人の優位性が犠牲にならないかという疑問があり、これには長期的な観察が必要だと言う。

歴史の重荷とは無縁に、多様な文化を吸収している若い世代の華人は、より明るく広い心をもって他の民族と対話し交流していくことだろう。写真はクアラルンプール尊孔中学の生徒たち。
官と民の共同運営
確かに英語は国際言語だが、奇妙なことに、近年は子供を華人小学校に通わせる非華人家庭が増えている。マレーシア全土の華人小学校1200余校で6万人に達する非華人児童が学んでおり、その数は華人小学校生徒総数の10分の1に達する。マレーシア政府は華人小学校の増設を奨励していないため、各地で入学希望者が定員を超える現象が生じている。
なぜ華人ではないのに華人小学校に入るのかと言うと、まず近年の中国経済の急成長が挙げられる。中国語をマスターすれば、将来の就職に有利と考えられるからだ。また、一般に華人小学校の教員はまじめで、生徒の学科成績も優秀だという要因もある。さらには、華人学校理事会が校務発展に力を注いでいるという要因も挙げられる。
通常の華人小学校では、教員の給与や一般経費は政府が提供し、設備購入や校舎増築などについては学校理事会が負担する。例えば、昨今は非華人家庭の子供が増えているため、学校の隣りに中国語幼稚園を増設し、入学前に中国語を学べるようにしてはどうかと議論されている。
子供を華人小学校に通わせている親の話では、当初マレーシア政府は民間経営の華人小学校を政府の体制下に収めようとした。その場合、敷地や校舎などの資産もすべて政府が購入しなければならないが、その経費がなかったため、学校理事会組織を残すことにしたのだという。一方、華人社会としても、学校を全面的に政府に引き渡すのには「不安」があり、学校運営の自主権を残したいと考えていた。そこで名称は「政府学校」でありながら実際には民間の理事会が運営するという特殊な状況が生じている。
マレーシア華人の子供の9割、計60万人が通う華人小学校の生徒の卒業後の進路は3つに別れる。7割の子供は国民中学に進学し、それ以降は中国語に触れる機会は少なくなる。2割の子供は、1学科だけ中国語課程がある国民型中学へ、残りの1割は、中高一貫で6年間中国語をメインに教える「独立中学」へ進学する。

マレーシアの華人小学校は大都市から小さな町まで各地にある。東マレーシアのシブの田舎にある開智小学校は、生徒数わずか23人だが、4人の先生が教育に取り組んでいる。校舎は伝統的な高床式の建物だ。
大きな負担
「独立中学」はマレーシアの華人社会における特殊な歴史的産物である。マレーシア全土に60校ある独立中学は、政府からは何の補助も受けておらず、完全に華人社会からのサポートだけで運営されている。「民間の教育省」とも呼ばれる「董教総」(華人学校理事会総会と華人学校教師会総会の連合組織)が独立中学の発展を導いてきた。董教総の独立中学運営委員会の下には、課程局、試験局、教員教育局、学生事務局などがある。
独立中学の膨大な経費は、昔からマレーシア華人社会の大きな負担だが、華人教育関係者にとっては大きな誇りでもある。独立中学に通う5万5000人の生徒たちは「中華文化の堡塁」と称えられているのである。
循人独立中学1年生の傅米さんは、両親共に中国語教育を受けてきた。名前の由来を尋ねると「米は華人の伝統的な食糧で、大切なんですよ」と言う。小学6年の時の検定試験で優秀な成績を取った傅米さんは、推薦で循人中学に進学できた。その話によると、小学校の同級生の多くが独立中学に進学したがっていたが、親が行かせてくれない家庭が多かったという。中国語がよく出来なければ独立中学には入れないし、学費も高いからだ。
マレーシアの国民中学の授業は午前中だけなのに対して、独立中学の授業時間は長く、3つの言語を学ばなければならない。だが傅米さんと兄の傅易さんは、それほど大変だとは感じていない。多くの言語ができれば有利だし、子供の頃から学んでいるので難しいとは感じないと言う。中国の文語文や詩はどうかと問うと、傅米さんは気が向けばネットの掲示板に名句や唐詩などとともに自分の気持ちを書き込むことがあるそうだ。お兄さんは作文に古文を引用するのが好きだ。「たとえば『学びて時にこれを習う、また説ばしからずや』という孔子の言葉は現代生活にも通じます」と言う。
一途に歩む
「董教総」が行なう独立中学統一試験の証書は、すでに世界の数百の大学とマレーシアの500の私立大学に認められているが、マレーシア政府は認めていない。そこで、生徒たちが地元の大学に進学できるように、少なからぬ独立中学ではツートラック制を採用し、政府の試験も受けさせている。そのため生徒たちは中国語の教科書と同じ内容のマレー語の教科書も学ばなければならず、勉強量は国民中学の2倍になる。
文化関係の仕事をしている陳毓平夫妻は、4人の子供を全員独立中学に通わせてきた。自らを「文化の重荷を背負っている」と笑う陳夫人は、中国語は他の言語よりやや難しいので、子供にはまず中国語を身につけさせるべきで、英語など他の言語は後からでいいと考えているのである。
だが、彼女の親戚や友人の中には「とにかく英語を学ばせて就職できればいいではないか、なぜ高い学費を払ってまで独立中学に通わせるのか」と言う人も少なくない(クアラルンプールの独立中学の1月の学費と交通費は150〜200リンギ、台湾ドルで1200〜1600元になる。公立の国民中学は100元ほどの雑費のみで毎月の学費は必要ない)。それに独立中学を卒業したら進学のために留学しなければならない。だが、陳さんは独立中学の教育の質を信頼し、あえて苦しい道を歩んできた。陳夫妻の4人の子供も期待を裏切らず進学した。上の子は台湾大学に留学した後、アメリカで修士課程に通っている。二番目の子はアメリカの大学の学位を取り、下の二人はそれぞれシンガポール国立大学の修士と学士である。「我が家の経験は、独立中学の教育が国際レベルに達していることを証明しています」と陳さんは言う。
進学の新たな趨勢
「董教総」の統計によると独立中学の進学率は7割に達し、90年代初期の4割から大きく成長している。董教総学生事務局の蘇源恭主任によると、90年代の初め、独立中学の主な進学先は台湾の大学や高専だった。だが90年代半ばにマレーシア政府が500の私立大学の設立を認可した。これらの大学の多くはイギリスやアメリカ、オーストラリアやニュージーランドなどの大学と共同カリキュラムを組み、前半の2年は国内で、後半の2年は海外で学ぶという方法で、外国の学位が取得できるようにしている。この制度が出来てから、国内の大学への進学が6割を超え、台湾留学の18%とシンガポール留学の7%をはるかに超えるようになったのである。
近年、独立中学の優位性が大きな課題にさらされている。ひとつは「バイリンガル教育」をめぐる論戦だ。昨年、ジョホール州の生徒数8000人の寛柔独立中学が政府の政策に従い、理数科目を英語で教えるようになり、大きな議論が巻き起こったのである。
「国際化の趨勢に対応するために、やむをえない措置だ」と少なからぬ学校や父兄はこれに賛同したが、反対意見も出た。クチンの中国語教育学者である房漢佳さんは、独立中学の父兄は子供が3ヶ国語に通じることを望んでいるが、この期待は独立中学創設の主旨と矛盾すると述べている。中国語教育の特質とアイデンティティを失えば、学校創立の意義も失われるからだ。英語もマレー語も大切だが、やはり主従の別がなければならないと言う。
教育改革の波
「董教総」による統一試験制度によって、独立中学では高い教育水準が保たれてきたが、成績を重視するあまり、教育の本質が見逃されるという傾向もあり、中国語教育界では「教育改革」を求める声が上ってきた。
クアラルンプールで最長の歴史を誇る「尊孔中学」の呉建成校長は、独立中学の教育改革には三つの方向があると言う。これまで理数系と知識教育が偏重され、多様な知恵の発展が見逃されてきたため「完全な人格」と「多様な知恵の育成」が求められている。また「教育の民主化」によってエリート教育という偏りを正していく必要があるという。
教育改革の呼び声は高まっているが、マレーシアの華人社会における独立中学の存在価値は大きい。時代が急速に変化する中で、各地の華人や教育関係者は大きな期待を寄せている。
マレーシアの華人教育を見てくると、一つ疑問に思うことがある。幼い頃から中国語教育を受ける華人は、多民族のマレーシアで他の民族との間にと隔たりが生じることはないのだろうか。それとも他の文化との接触によって、より多様で開放的な社会を築いていけるのだろうか。
サラワク・マレーシア大学東アジア研究所ボルネオ華族研究センターの林煜堂研究員は、民族の統合はマレーシアの大きな流れだが、かつてのタイやインドネシアのような「同化」政策は現在は通用しないと指摘する。統合は平等と相互の尊重と交流を通さなければならない。マレーシア政府は長年にわたって各民族の文化フェスティバルに他の民族を招いたり、他の民族に華人のようにビジネスを学ぶべきだと呼びかけたりするなど、誠意をもって民族間の交流を促している。
多様な対話
政界で活躍する華人女性、政府の女性・家庭・社会開発省の周美芬政務次官は、文化的背景の違いによって物事の見方は異なるが、交流と対話を通して、より良い道が見出せると語る。マレーシアでは経済力の向上とともに国民の自信も高まっており、民族間の良好な関係構築を楽観視しているという。
東マレーシアの政権を握るサラワク人民連合党の議員、許賛礼さんは、多元的社会におけるシェアと互恵の重要性を強調する。自分の母語を学び、発揚できるマレーシアの華人は他の国の華人より恵まれていると許さんは言う。多民族国家において人々は絶えず「与えること」と「受けること」を学ばなければならない。30年前の新経済政策ではマレー系住民が優遇されたが、そのおかげで彼らの経済力は向上し、民族間の貧富の差が縮まり、97年の金融危機を乗り越えることができた。華人がビジネスの経験を多くの人と分かち合うことは、皆にとって良いことなのだと許議員は言う。
過去の民族間紛争を乗り越えたマレーシアが、調和と共栄という多民族国家の手本となることを多くの人が願っている。そうした中で、今後華人がどのような役割を担い、貢献していくのか、注目していこうではないか。