人々が見落としていること
「東南アジアのパフォーミングアーツが盛んになった2年前、新住民や労働者の芸術団体が政府機関に招かれて芸を披露する機会が増え、彼らは興奮していました」と蔡宗徳教授は言う。しかし「彼らは懸命に母国の伝統芸術を学び、台湾に馴染みたいと考えていましたが、出演料も、リハーサルの時間や場所もなく、彼らの権益を保障する法令もありません」と言う。不十分な政策のために、多くの団体は十分な活動を行なうことができず、台湾と彼らとの協力の機会も減ってしまったのである。
バリ島の世界的なダンサーであるコーミン・ソマワティさんは「バリ島では、歌い、楽器を奏で、踊ることは日常生活の一部です」と言う。
台湾に来る前、コーミン・ソマワティさんは、ワールドミュージックを研究するアメリカ人の夫、Made Mantle Hoodさんとともに世界各地を回った。Hoodさんは台南芸術大学民族音楽大学院の教授兼所長として招かれ、英語と母語しか話せないソマワティさんも一緒に台湾に移住してきた。「台湾人は親切で熱心です。私が中国語ができないのを知ると、私の生徒さんも含めて皆さん一生懸命に英語で話してくれます」と言う。また台湾で多くのインドネシア人と知り合えたことを喜んでいる。
ソマワティさんは素晴らしい舞踊スキルと経歴を持ち、現在は大学で教鞭を執るほか、自分のスタジオも持ち、バリの舞踊劇を制作して舞踊芸術を広めている。「友人と一緒にスーパーなどに買い物に行くと、店員さんはフレンドリーに話しかけてくれます。お年寄りのお世話は大変でしょう?お休みが少ないでしょう?と」
最初は何を言っているのだろうと思ったが、一緒にいる友人が「彼女はプロのバリ舞踊の先生なんですよ」と説明してくれるので、台湾におけるインドネシア人女性に対する型にはまったイメージを知ることとなった。台湾に嫁いできたか、そうでなければ週7日勤務の介護の仕事をしていると思われるのである。
台湾で初めてのマレーシアのハンドドラム楽団を結成した新住民のNgo Jian Namさんは、国立教育ラジオでパーソナリティを務めている。政治大学哲学科の博士号を取り、楽団を結成するまで、台湾の新南向政策の恩恵を受けてきたという。だがパフォーミングアーツについて「東南アジアの音楽は団体の形をとるものですが、仕事や立場などの関係でグループとしての活動が難しいのです」と言う。
彼はマレーシアではハンドドラムを習ったことはなかったが、郷愁から同郷の人を集めて練習してきた。「メンバーは全員新住民なので、政府による『新住民および子女ドリームプロジェクト』を通して予算を獲得することができました。ただ、その申請手続は非常に複雑で条件も厳しく、見ただけで諦めてしまう人もいます。新住民ではなく労働者の場合は、申請することさえできません」と言う。この状況は、蔡宗徳教授の研究結果を裏付けている。
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蔡宗徳教授(中央)の研究に大きく貢献してきた黄筌琳さん(右)と蔡秉君さん(左)。彼らは「日央人児」楽団を結成し、インドネシアの伝統音楽ガムランの伝承に力を注いでいる。