千の眼と千の手
28日の正午、中華航空がスポンサーとなり、中華民国捜救総隊の35人の隊員は、国旗を手にタイへ飛んだ。プーケット島に到着すると、あらかじめ連絡してあったタイ在住台湾企業協会の会長がトラックや通訳者を連れて迎えに来ていた。一行は真っ直ぐにプーケット島の救援センターに向った。中華民国捜救総隊は、海外の救助隊の中で最も早くタイに到着したため、タイ政府もこれを非常に重視した。タイの副総理は、自ら中華民国捜救総隊との会議に出席し、プーケット湾とパンガー湾での捜索を任せることを決め、軍用トラック4台とヘリコプター2機、そして600名の兵士を応援に出すことを決めた。
呂正宗隊長はタイ政府に感謝して「600名ということは、まさに千の眼と千の手です。仏経に書いてある通りです」と語った。
長さ8キロ、幅2キロにおよぶ津波被災地には、見渡す限り遺体が横たわっていた。隊員たちもこれほど多くの遺体を一度に目にするのは初めてだった。炎天下の遺体による水源汚染で感染症が広がるおそれがあるため、捜救総隊は午前5時に点呼して活動を開始し、朝8時に集まったタイの兵士たちを感動させた。夜も暗くなるまで働き続け、ヘルメットのライトを頼りに戻る日々だった。何とか自分たちの力を最大限まで発揮したかったのである。
死者を尊重し、隊員は蝿が群がる中で遺体を捜索した。嗅覚を保つためにマスクもつけない。呂正宗隊長によると、マスクをしないのは救援の効率を高めるためで、また被災地は海に面した平地であるため病原菌を吸い込む心配がないからだという。
Taiwan Rescueと中華民国捜救総隊の文字が入ったユニホームを着、中華民国の国旗を立てて活動する彼らは、規律正しく、被災者には優しく接すると、タイのマスメコミは絶賛した。現地の新聞は彼らの活躍を大きく報じ、常に中共の圧力にさらされている台湾が大いに注目された。
国際救援という面では、エルサルバドル大地震の方が困難だったと、陳信宏さんは話す。エルサルバドルでの救援は、中華民国捜救総隊にとって初めての海外活動だった。隊員たちはどんな困難にも立ち向かうが、国際救援で最も難しいのは「どうやって被災地に行くか」だ。特に航空券を提供してくれるスポンサー探しと、緊急のチケット手配が難しい。
エルサルバドル大地震は年末のクリスマス休暇に発生した。エバー航空が航空券を提供してくれたが、ロサンゼルスからエルサルバドルに向う航空機は満席だった。幸い慈済会が力を発揮し、座席を予約している旅行者一人ひとりに電話をかけて席を譲ってもらったのである。
エルサルバドルの被災地は分散していて、瓦礫の下の捜索となったため活動は困難を極めた。彼らはまず目視で下敷きになっている被災者を探し、最後に人命探査装置などを使う。探査装置は、わずかな音や振動でも影響を受けるため、補助的にしか使えない。
エルサルバドルで、彼らは台湾大地震に駆けつけてくれたメキシコの救助隊と再会し、互いに親指を立てて称えあった。

台湾大地震の後、各界から次々と寄付金が寄せられ、捜救総隊はさまざまなハイテク器材を備えることができた。写真左は中華航空機澎湖事故の時に使用した水中ロボット、右は水中光学探査装置だ。