2004年冬、ヒアリの侵入被害が台湾を驚かせた。桃園や嘉義など南北13の町村の農地や学校、道路に立入り禁止の警戒区域が設けられ、小さなアリがスポットライトを浴びる主役に躍り出た。それから1年余り、最近ではアリの被害の報道もめっきり減った。しかし、駆除が難しいとされる外来の生物は、そんなに簡単に台湾から消えたのだろうか。侵入したヒアリの現況を追ってみた。
2003年、桃園の農家の人が何人も見慣れぬアリに咬まれ、傷口は激痛に襲われ水ぶくれとなり、薬を塗っても効果はなかった。農作業にも支障が出て、困った農家では台湾大学昆虫学科に助けを求めた。サンプルを採取して鑑定した結果、アメリカで猛威を振るって70年余りになるヒアリが、海を渡って台湾に侵入したと分かった。
これは大事件である。アメリカの甚大な被害を見ると、ヒアリに襲われた地域は100万ヘクタールに上り、南部の10数州の経済的損失は毎年50億米ドル以上と言われる。さらに深刻なことに、咬まれた人の約2%がアレルギー性のショックで死亡している。アメリカでは被害防止に努めているが、ヒアリはすでに土地に定着し、徹底的な駆除は難しい。海を越えたオーストラリアでも2001年にヒアリの侵入を確認したが、オーストラリア政府はアメリカの経験を基に、毎年巨費を投じて防止に努め、その拡大を防いでいる。
アリ博士の林宗岐の推測では、ヒアリは航空コンテナに付いた泥に潜んで台湾に入ったのではないかという。飛行場に近い桃園で最初に被害が出たからで、侵入してから1〜2年は人に発見されずに静かに各町村に広がっていった。その後、苗の搬出あるいは土壌の移動などによって台北県や嘉義県に飛び火し、その後も各地でボツボツと散発的な被害が見られるようになった。

ヒアリの巣を掘り起こすと、一面の働きアリが幼虫に群がり、それを連れて懸命に逃げ出そうとする。
大軍が席捲
ヒアリの生息地は南米のパラナ川流域で、本来は単一の女王アリ社会を形成し、巣は5〜24万匹規模である。特定の交配期はなく、巣が成熟すると新しい処女の女王アリが生まれてくる。通常は雨の後の朝か黄昏に、成熟した女王アリとオスアリが90〜300メートルの高さに飛んで高配する。交配後、オスアリは死んでしまい、女王アリが5キロ以内の場所に新しい巣をつくって産卵する。卵から働きアリとなるまでには20〜45日かかり、女王アリとオスアリになるには180日かかると言われる。巣が成熟していくと、地表に10から30センチのアリ塚ができる。
アリの天敵は昆虫と鳥であるが、餌を奪い合うので、最大の敵はその他の種のアリである。そのヒアリが外国に侵入すると、単一から多数の女王アリ社会に変化し、天敵もいないことから、急速に繁殖して縄張りを拡大し、大軍となって席捲して、その地の固有種のアリを滅ぼしてしまう。
ヒアリは何でも食べる雑食で、植物の種、果実、芽などを好んで食べ、土壌のミミズやその他の昆虫も捕食するため、侵入された地域の農作物に大きな被害が出る。時に鳥のヒナや爬虫類の子供まで食べてしまい、種の数が減少し、生態に大きく影響する。
自然の生態に被害を及ぼすと共に、ヒアリは人間の安全をも脅かす。自分から人間を攻撃してくることはないが、収穫や農作業の最中に誤って巣に触ったりすると、ヒアリは刺激を受けて一斉に攻撃してくる。ヒアリの針にはトゲがないので、他のアリのように咬むと抜けてしまうということがなく、連続して7〜8回咬まれて、酸性の毒液が大量に注入され、水泡ができて傷む。

成熟したヒアリのアリ塚は通常高さ30センチに達する。他のアリの巣より明らかに高い。
人とアリとの知恵比べ
国家ヒアリ防止センターの主任で台湾大学昆虫学科の呉文哲教授によると、ヒアリの駆除方法は二種類ある。一つは二段階方式で、まずヒアリが餌を活発にとる春と秋に毒餌をまき、巣に持ち帰らせる。ヒアリはお互いに餌をやり取りするので、巣全体に毒が回る。こうして2〜3週間後、直接撒くタイプの薬剤散布か、焼く、熱湯をかけるなどの方法で巣を処理する。最初の段階を省いて、直接薬剤や熱湯を撒いても、巣の奥の女王アリや働きアリが逃げて別のところに巣を作るだけである。
二段階方法は面積が狭くて人口が密集する学校などに向いている。面積の広い地域向けには成長調整剤を使って、ヒアリの幼虫の発育を妨げる方法がある。幼虫は働きアリの持ち帰った薬剤を食べて死に、女王アリは産んだ卵が孵らなくなるので、巣は次第に滅んでいく。この方法は時間がかかるが、アリの巣を一つ一つつぶすのが難しい広い地域に向いている。
しかし、どちらの方法を取るにしても、ヒアリが侵入した地域では、他に逃げたり、別に巣を作らないように長期的に監視する必要がある。
1年を経過した台湾の対応はどうなっているのだろうか。
一番注目された学校への侵入を見ると「2005年以来、学校への侵入状況は微増傾向にあります」と、教育部のヒアリ防止担当の陳志傑さんは言う。現在、監視下にある学校は100校余りに上り、その多くではすでにヒアリの姿を見ることが少なくなっているが、半年の観察期間を過ぎないと監視を解除できない。状況は一応、コントロールされていると言えるだろう。

一年余りにわたり、被害防止センターはヒアリの密度を観察し続けてきた。現在、被害は拡大していないが、駆逐には程遠い。
難しい根絶
被害地は拡大していないので成果が上がっていると、ヒアリ防止センター事務局長で、台湾大学昆虫学科の石正人教授は言う。ただし2006年初め、被害面積は1万ヘクタール前後だったが、被害の状況は改善されているわけではないと言う。繁殖速度が速すぎて、漸く50%減らしても、すぐに30%増えてしまうのである。
石教授によると、政府機関の分業の非効率が問題だという。政府の被害防止システムは、中央政府では各省庁それぞれが担当し、農業委員会が統括する。地方自治体では第一線の薬剤散布を行ない、ヒアリ防止センターはリソースと技術を提供し、また一般向けの指導教育、被害地のヒアリの数測定、拡散の監視も行っている。
地方自治体は農地の薬剤散布を行なうが、ヒアリは農地に限らず、工業用地や軍用地、学校、鉄道や道路、公園や道路の分離帯などに広がっている。ヒアリが一つの地域を越えると、別の政府機関の担当になる。上述の場所はそれぞれ経済部、国防部、教育部、交通部、環境保護署などの担当であるため、地方自治体は手を出せず、駆除の効果がなかなか上がらない。
現在、ヒアリ防止センターでは通報システムを確立し、発見した時に直ちに処理できるようにしているが、後手に回っている。先手を取って攻勢をかけるには、長期的かつ全面的な監視体制が必要である。
呉文哲教授によると、被害の深刻な桃園、台北、嘉義県では定期的に全面的調査が必要である。通常、人が入らない高速道路の両脇の斜面や空き地などは、ヒアリの潜む死角となる。こういった場所でヒアリは繁殖を続けるのだが、ヒアリ防止センターは7人体制で、予算は年にわずか1000万台湾ドルである。これで通報の処理、ホームページの管理、カウンセリングを行っており、実際に調査に当れるのは2人である。人手も経費も、まったく不足している。
オーストラリアの防止経験を例にとると、事務、経費、技術開発、薬剤散布などを統括して組織する600人編成の専門部署があり、予算は3年で約50億台湾ドルである。ヒアリが発見されると、ただちに人員を派遣して調査し、定期的に監視を続ける。防止機関のトップは省庁の次官クラスである。
呉文哲教授によると、台湾の各省庁は昆虫の専門家を欠いており、農業委員会の検疫局が統括して調整に当っている。「関係する省庁が多すぎて、農業委員会の調整にも力を振るえないのです」と、呉教授はヒアリ被害防止が浮き彫りにした外来種の有害生物駆除の難しさを訴える。発見されたヒアリを駆除するというだけではなく、いかにしてヒアリの侵入を防ぎ、台湾に入れないようにするのか、これも防止対策の重要な一環であるのだが、それには政府のトップレベルの高官が担当しないと、最初の10年の対策を有効に立てられない。いったん広がってしまうと、農業に100億台湾ドルに上る被害を与えたジャンボタニシや大量の樹木の枯死を招いたミカニア・ミクランサのように、台湾に根を下ろして駆除できなってしまうのである。