娘も母になる
「いつの間にか、呉博士は私の学究の徒としての人生に影響しています」と胡玲は言う。自分が教授になってみると、若い学生からは厳しい師と思われるようになり、そこでようやく呉健雄が学生を育成するために注いだ苦心が分かるようになってきた。
胡玲の頭の中には、呉健雄が実験室に学生に書き残したメモが浮かんでくる。24時間、厳しく学生を追い回す姿である。それに馴染めず、不満も抱いたが、今では全く違う思いがわいてくる。
「たとえば新しいアイディアを思いついて興奮しているとき、学生を実験室に呼びつけて実験したくなる衝動を感じます。一刻もおろそかに出来ないし、休みはおろか、お喋りもものを食べることも禁止です」とかつて実験室で不満で一杯だった少女を思い起こすと、胡玲は自分の変化に驚く。
この実験の重要性に気づかないのだろうか、その努力が全てを変えるかもしれないというのにと焦るのである。
大先生に学ぶ
今年8月中旬、胡玲は呉健雄学術基金会の招きにより、呉健雄科学キャンプに参加し、呉健雄との思い出を語るために初めて台湾を訪れた。夫で同校の材料と機械エンジニアリング学科のデビッド・クラーク教授も、聴衆の中にいた。
呉健雄がかつて科学に対して注いでいたのと同じ絶対的な愛情と情熱を、胡玲は自分の中に見出している。
胡玲はしかし、科学を志す若者に「こういった愛情と情熱は自分で捜し求め、自分の中に見出すものです」と語る。
「自分が信頼でき、尊敬できる指導教官を選べるし、彼らの判断を信じ受け入れることも出来ます。それでも最終的には、自分の時間を費やし、努力し、情熱を傾けなければならず、すべて自分から自発的に出てくるものです」
「研究の中から何を得られるかを知る必要があります。物理現象の背後にある美を発掘できるかもしれないし、現在のエネルギー問題を解決できる装置かもしれません。そうではなく、謙虚に言えば単なる達成感だけかもしれません。それでも自分で決め、思考し、実現した成果なのです」と胡玲は語る。
150人の学生が自分を見上げる眼差しから、胡玲は40年余り前のニューヨークで、一人の科学者に同じような夢を抱いた少女がいたことを思い出した。同じような憧れの眼差しで、演台の呉健雄を見つめていた。
「ありがとうございます、呉先生」と、胡玲は心に呟いた。