(一)体に耳を傾ける
「怒りは体を傷つける」などと言われる。人は怒ると、体内でIL-6という情報伝達分子を分泌し、外敵に対し攻撃準備を始める。そして怒りが適切に処理されず、攻撃すべき敵がいない時、それは自分の体を攻撃し始め、アレルギーや関節炎、神経炎などを引き起こす。乳癌の原因は、感情の抑圧とも関係があるとする報告もある。
セラピストたちの経験によれば、心の中に怒りが芽生えても気づかない人が多い。呂旭立紀念文教基金会の劉同雪カウンセラーは、体の変化によく耳を傾けることが大切だと言う。心拍が速まり、筋肉が緊張し、呼吸も乱れてくるというのが憤怒の反応だ。仕事に集中できない、いらいらする、頻尿、不眠といった症状も怒りの兆候かもしれない。
(二)しばらく場を離れる
怒りを制御できない時はその場を離れて散歩などに出かけ、指の一本一本の力を抜くなどして注意をそちらに移す。腹式呼吸で、吸う、止める、吐く、止めるを4秒ずつ繰り返すのもいい。或いは、これまでの人生で一番リラックスできた時のことを思い出す。これらを反復練習し、リラックス法を学ぶ。
もし状況が許せば、サンドバッグを打つとか、大声で叫ぶ、泣く、甘いものを食べるなどでも、怒りを発散できる。或いはそのエネルギーで家の中を徹底的に掃除すれば、達成感も得られる。
(三)すぐ消火する
怒りを見つめ直すことも必要だ。「少し不愉快だという程度の頃に、適時適度に表すことを学ぶべきで、爆発するまで待ってはいけません」と劉同雪さんは言う。初めのうちなら相手のことも考慮しながら心情を表現することもできるが、激怒してしまってからでは、焦点もあいまいになり、自分と相手の双方を傷つけてしまう。
また、空腹や疲労、長いこと渋滞に遭っていたなど、心身の状況がよくない時はコミュニケーションに適さない。不愉快さを伝える前に、伝えた場合の相手の反応や、うまくコミュニケーションできなかった場合を想像してみるのもいい。相手を必ず説得しようという心積もりでは、再び諍いになりやすい。
(四)怒りの火薬庫はどこ?
怒りを抑えた後にもやることがある。なぜこれほど腹が立つのか。腹が立った時、どんな考えが浮かんだか、「その時の感情を細かく書き連ねるといいですね」と言う劉同雪さんは、ある女子大生の例を挙げる。彼女は、男友達にわけもなく怒りをぶつけることがよくあった。二人で楽しくテレビを見ている時にも突如怒り出す。その時、彼女の心に浮かんだのは「この人って本当に向上心がない」という思いだった。実は彼との交際を両親に反対されており、彼が大学院に合格すれば親も彼のことを見直すのにと、彼女は常々考えていた。だが、彼がテレビを見ている時に感じた焦りや悔しさをうまく表す術を知らなかった。彼にしてみれば、わけのわからないことで怒っているとなる。
「ほかの人には触れられたくないと感じたこと、それがあなたの心にあるスイッチです」と劉さんは説明する。それを押されたらどうなるか想像してみることで、押されて起こり得る危機を避けられる。
自分は怒りっぽいと感じる人は、セラピストの手を借りて、自分の心の奥底を探るのもいい。ある会社員は、会社でも家庭でも気配りのあるいい人で通っている。だが、レストランや商店に行くと急に要求が厳しくなり、難癖をつけて店員を泣かせてしまったりする。カウンセリングを通し、それが、孤独で人に顧みられることの少なかった子供時代の経験が原因だとわかった。今でもあまり知らない場所に来ると、子供時代の悔しさが湧き上がり、人にぶつけてしまうのである。
怒りは心の発する信号であり、それによって深く自己を知ることができる。
(五)プラス思考を学ぶ
怒りの原因には、脅威や不公平さを感じたり、規則が破られたり、期待がかなえられなかったりなどがある。昇進の願いが実現せず、上司の評価が不公平だと感じる。妻にその不平を訴えれば、いっしょに腹を立ててくれると思ったが、その期待もはずれる。こんな時、さまざまな怒りがひとつながりになる。
劉さんは、怒りっぽい人には共通の思考パターンがあることに気づいた。一般の人なら「不愉快」ぐらいですむことが、彼らの頭の中では誇張して解釈される。「みんなして」私をバカにする、なぜ私はこんなに「いつも」運が悪いのか、と。
このような認識が極端まで進むと「誰かが私を陥れようとしている」と感じる強迫症となり、薬物治療が必要だ。
劉さんはマイナス思考の強い人には、カウンセリングで患者とカウンセラーの役割を替わってもらう。あの人は本当に「いつも」自分に対してそうなのか、「みな」が自分をバカにしているのかと疑問を呈する。それを繰り返すうちに、それまで絶対だった考えが揺らぎ始める。
怒りの真の原因がわかっても、怒りが消えるわけではない。そんな時は、あなたが正しいと思っていることは他の人も守らなくてはいけないのかと考えてみるべきだ。男友達に大学院合格を期待していた例でも、学歴などにとらわれず悠々と人生を送るという道もあるはずだ。
「ときには私も『これは前世からの業(ごう)なのかもしれない』と患者に言い聞かせることもあります。定めだと思い、完璧な人生などないと知れば、焦りも自ずと半減します」と、台北市立療養院コミュニティ精神科の湯華盛主任は言う。
怒りの泥沼から抜け出すには、やはり思考の転換が必要なのだろう。難しそうだが、ほんの少しの転換で地獄が天国に変わるのである。これは一人一人にとって終生の課題かもしれない。