共通の課題
「台湾とフィリピン、両国の先住民族は外来の植民地当局が最後に入った山地に暮らしていたのです」と官大偉は言う。台湾の山地には、20世紀初頭になって日本当局がようやく強大な武力を持って進出した。フィリピンは早くも1565年にスペイン植民地となたが、実際にスペインによる支配はフィリピン全土に及んでいたわけではない。例えばルソン島北部に位置するイフガオ州コルディリェーラ山地にはその力は及んでいなかった。それが1898年、植民地支配者がスペインからアメリカに変わって以降、アメリカは各地に教育体系を確立し、ようやく山地にもその支配が及ぶようになり、先住民族の日常生活に影響が及び始めたのである。
このように似通った背景を持つ両国の先住民族は、それぞれの国において、伝統の維持と発展や市場経済にいかに対応するか、また国家民族という議題にどう向き合うかといった課題に直面してきた。例えば、台湾の原住民族の重要な主食は粟、イフガオ州では米が主要な作物で、多くの祭祀はこうした伝統の作物と結びついている。台湾の原住民族は粟の生産復活を文化復興の手段の一つとしており、フィリピンでは棚田での農耕再開によって経済や社会発展の問題を解決しようとしている。「これらは非常に代表的なテーマで、現代と伝統のせめぎ合いを示しています」と官大偉は言う。
呉宜瑾は昨年(2023年)、イギリスのサセックス大学で開発学博士の学位を取得した。彼女の論文のテーマは先住民族の伝統的知識と現代文明の相互関係というもので、この研究のために彼女はイフガオに1年間滞在し、先住民族がどのように伝統知識を実践し、伝統知識と現代文化がいかに融合し、あるいは衝突しているかを研究した。例えば、伝統知識における農耕や機織り、医療などを見ると、農耕と機織りは重要な文化遺産とされているため保存が強化されているが、一方、フィリピンの宗教はカトリックが主流であるため、シャーマンによる伝統医療や儀式はネガティブなレッテルを貼られて抑圧されてきた。「イフガオ地域の文化遺産はなぜ発展し、あるいは発展していないのか。表面的な状態の他に、実際には多くの複雑な要素があるのです」と呉宜瑾は言う。
これは民族学が重視する点でもある。言語学や考古学などでは過去の手がかりを整理していくのに対し、民族学では先住民集落が現代社会において直面する困難の全貌に注目する。「こうした視野の下では、台湾とフィリピンの先住民は歴史的に類似した経験をしているだけでなく、脱植民地化の過程でも、近代化という課題に直面していることがわかります」

政治大学の官大偉によると、新南向政策の理念においては、海外との交流は文化と現地の知識に重点を置いて進め、真の友人となり、互いを尊重してこそ安定的なつながりが確立できると考える。