「顔君は特別な子供です」と、新園小学校で5年と6年の担任だった王淑貞先生は言う。ほかの子供と違って、わからないことがあると突き止めるまで気がすまない。何を学ぶにも全力を尽くし、学校代表でスピーチやリコーダーのコンテストに参加して、いずれも優秀な成績を収めた。
5年生の時、顔君がよく花壇のそばにうずくまって植物や昆虫を観察していることに、校長先生が気づいた。そして顔君の家庭環境に特別な事情があることを知り、担任の王先生に気にかけてやるよう促したという。顔君自身は家庭に事情があるようなそぶりはまったくなく、むしろ快活で礼儀正しく、先生や大人たちに進んで挨拶するので、父兄の評判もすこぶる良かった。
「彼の養母(顔君の父の叔母)は、彼を我が子同然に育てています」と、王先生は言う。顔君の話からも、養父母にとても可愛がられていることがわかるそうだ。顔君が「おばさん」と呼ぶ養母の娘さんにもよくなついており、顔君の明るい性格は愛情に囲まれて育ったからだということがわかる。
養父母
養母の陳鳳珠さんが顔君を育てることになったいきさつは、少々複雑だ。陳鳳珠さんは顔君の父親の叔母に当たる。顔君が生まれてまもなく、生みの母は台湾の生活に馴染めず、フィリピンへ帰ってしまった。ところが顔君の父親は耳が不自由で、顔君の世話がしきれない。当時は父親の兄弟はまだ独立しておらず、一族で左官として働き、家計もいっしょにしていたため、顔君は隣で暮らしていた陳鳳珠さんに預けられ、養育費や生活費は大叔父が出した。
最初の6〜7年はフィリピンの母親もときおり生活費を受け取るために台湾を訪れ、顔君にも会っていた。そうしている間に弟と妹も生まれたのだが、数年前に母親は癌を患い、それ以来、音信が途絶えた。やがて不況のあおりを受けて左官の家業は支払いの踏み倒しに遭い、兄弟それぞれ独立して生計を立てざるを得なくなった。だがそうなると、父親は顔君の生活費を養父母に渡せなくなった。だからといって、ずっと母親役を務めてきた陳鳳珠さんも陳さんの夫も顔君を、仕事がなく、酒びたりがちの父親の手元に返すには忍びなかった。
「頭のいい子ですから、誰かがそばにいてきちんと見てやらないと、悪くなるのも速いと思いました」と、陳鳳珠さんは自分たちで顔君を育て続けることにした理由を語る。
やはり左官業を営む養父の鄭光雄さんはすでに65歳、収入は安定しているとは言えない。陳鳳珠さんも生まれつき右足に障害があり、仕事に出るのは難しいので、家計に決してゆとりはない。働いている二人の娘が家計の足しにと仕送りしてくれている。
こういった事情もあって、顔君は懸命に努力するのかもしれない。「勉強は自分のためで、お母さんのためにするものではない」という「母さん」の決まり文句を、顔君は胸に刻んでいる。おばさんも「普通の大学を出たって仕事が見つかるとは限らないのよ。家計が苦しいのだから、がんばって国立大学に受からないとどうしようもないわ」と顔君に言っている。
まだ12歳、遊びに夢中になるとやめられないこともある。だが「母さん」が少し注意すれば、顔君は聞き分けよく勉強を始める。
顔君は以前、父親が障害を持つことを人に知られたがらなかった。だが、総統教育賞に推薦する際、王先生は彼に「お父さんに障害があるのは恥ずかしいことではありません。むしろ、より努力していることがわかって、ほかの人の手本になれるくらいです」と諭した。その後、顔君は明るく何でも言えるようになり、王先生も喜んだ。
僕たちは優秀
弟と妹は生みの母親がフィリピンに連れて帰ってしまい、顔君一人だけが残された。だが快活な顔君を見ていると、家庭のさまざまな事情はみじんも感じられない。それはきっと、顔君を心から愛してくれるもう一人のお母さんがいるから、そして二人のお父さんがいるからだろう。
顔君は胸を張って「僕らにも目が二つ、耳が二つ、鼻が一つあるのだから同じでしょ。それに従兄は、国際結婚で生まれた子の方が頭も顔もいいって言ってくれます」と言う。
優秀な顔君は陳鳳珠さんにとって大きな慰めだが、自分も夫も年々老いていることを思うと、進学させてやれなくなるのではと心配になる。顔君にはまだ長い前途がある。
そんな心配をよそに、文学少年でもある顔君は「理数系クラスにいて練習問題がたくさん出るので、本を読む時間がありません」とちょっぴり不満をもらす。気分転換には、音楽鑑賞や読書、そしてインターネットで笑い話を読んだりしている。「寝てしまうまで音楽を聞くのが一番の気晴らし」で、そうすれば「翌日には嫌なこともすっかり忘れている」のだそうだ。
成績がいいので、周りからは医学部に進んで孝行すべきだと言われる。だが、リコーダーやフルート演奏が好きで、友人宅でピアノを弾くのも好きな顔君は、大きくなって自分でお金を貯めたら、音楽家になりたいと思っている。音楽が自分に与えてくれる幸せを、ほかの人と分かち合いたいと思うからだ。