幻想的で魅力的な大稲埕埠頭の夕暮れ。
水は生命の源であり、文明も河川沿いに発展してきた。人々は河川を整備し、水とともに暮らす空間を生み出してきたのである。長い歴史を持つ台北の大稲埕、新しいイメージを生み出した台南の河楽広場、自然と共生する宜蘭の安農渓や冬山河の流域など、台湾各地のウォーターフロントは、それぞれに異なる魅力を持つ。ここでは一緒に水辺を訪れ、その流れる風景と詩情を味わってみよう。
ニューヨークのハドソン川やパリのセーヌ川のように、都市を流れる川は、時の流れと、その地域の記憶を映し出す。
台北にも都市の発展を見守ってきた川がある。淡水河だ。かつて河川を利用した輸送が盛んだった頃は貿易が発達し、台北の経済と文化を発展させた。時代が変わり、人々が河川水運に頼らなくなってからは、河川は都市の親水空間、レジャーの地として整備されるようになった。
広大な視界をもたらしてくれる河岸は貴重な公共資産であり、訪れる価値があると語る郭瓊瑩教授。
台北のスローライフ
春節の頃、私たちは台北の河岸の魅力に触れようと、文化大学景観学科の郭瓊瑩教授とともに大稲埕を訪れた。「台北は三方を山に囲まれ、一方は川に面しているので、山にも水にも親しめます。堤防をくぐれば、私たちの暮らしが河川と非常に近しいことがわかります」と郭瓊瑩さんは言う。大稲埕埠頭に出れば、広大な河川が一望でき、無意識のうちに歩調も緩やかになる。
堤防の向こうの車の流れと隔絶され、ここではゆったりと散歩ができ、自転車に乗ったり、日向ぼっこをすることもできる。ここにある大稲埕コンテナマーケットは、かつての貿易拠点の歴史と呼応し、コンテナをコンセプトに小さなレストランが並んでいる。1階で注文して2階のテラスで席につき、美しい景色を眺めながら食事ができる。晴れていれば、前方に広大な淡水河の水面が広がり、横には観音山や大屯山、七星山、小観音山の稜線がきれいに見える。
夕暮れ時になれば夕日が美しく、夜になれば埠頭広場にライトが灯り、別の味わいがある。
郭瓊瑩さんは、都市部の開放的な空間が広いほど、生活にも息苦しさを感じることは少なくなると言う。そうした中で河川の水面は開放的な空間なのである。香港でもヴィクトリア港があることで、人混みのストレスが緩和されている。「河川は貴重な公共資産なのですから、もっと親しむべきです」と語る。
「藍色公路」ブルーラインの遊覧船に乗ると、また一味違う台北に触れられると郭瓊瑩さんは言う。例えば、大稲埕埠頭から船に乗って山や水鳥や魚を見ながら進み、水面から都市を振り返ると、台北の摩天楼が見える。さらに深い旅を味わいたいなら、特別なツアーに参加することもできる。例えば、まず大稲埕の史跡を巡る散策をしてから船に乗り、淡水埠頭で下船して淡水の古い町並みを歩くというコースもある。
郭瓊瑩さんは、水辺のレジャーと言っても、必ずしも水遊びをするとは限らず、視覚的に水に近づくだけでも良いと言う。台北には、泳げないがボートを漕いだり、サーフィンをしたりできる場所もある。例えば社子島の嘻嘻哈哈国際滑水学校では、ウェイクサーフィンなどのサービスを提供している。水に親しみつつ台北のスローライフを体験するというのも、もう一つの台北の楽しみ方と言えるだろう。
「藍色公路」の遊覧船に乗れば、山や水鳥、魚などを眺めながら、ひとあじ違う台北の美に触れることができる。
暗渠をオープンにして都市に呼吸を
都市発展の流れにおいて、水域はレジャーや景観の機能を持つだけでなく、気候調節や生物の生息地としても重要な役割を果たしてきた。
これまで数々の国際的な環境計画設計コンペなどに参加してきた郭瓊瑩さんは「デイライティング(Daylighting)」という世界的な趨勢を紹介する。「これまで地下に埋められていた暗渠のふたを開け、河川に本来の『陽光と生命』を取り戻させる」という動きが、多くの都市で気候変動に対応するための必要措置とされているのである。
近年は台湾でも多くの都市がこの世界の流れに応えている。台南市中心部の「河楽広場」もその一つだ。以前は「台南中国城」というショッピングセンターだった場所で、年配者の多くは、ここで映画を見たりショッピングをしたことがあるはずだ。かつてはファッショナブルなスポットだったが、後に時代に合わなくなり、閉鎖されたまま長年放置されていた。その土地の権利を台南市が買い取り、ここを公共の広場に改造することで「水と都市」の対話が成立したのである。
船に乗り、水面から台北のさまざまな建築物やランドマークを振り返る。写真は重陽大橋。
水で生まれ変わる河楽広場
台南で公開の国際コンペを行なったところ、オランダの建築事務所MVRDVの設計が落札した。「私たちはチャレンジングで、おもしろいテーマの案件に興味を持っています」とMVRDV台湾ディレクターの廖慧昕さんは言う。設計チームはまず台南の発展を振り返り、整理し直した。台南は都市建設から400年の歴史があり、台南エリアは豊かな自然に恵まれているが、市の中心部はコンクリートに覆われている。そこで台南中国城の跡地には、コンクリートの都市に水と緑といった自然の要素を取り入れることにしたのである。
MVRDVが提出した構想は、この建設予定地そのものの歴史からスタートする。台南中国城の場所は昔は台南運河の終点部分で、台南の水産物の集散地だった。その後、都市の発展によって1980年代に台南中国城が建てられて重要なショッピングエリアとなった。この水辺の記憶がMVRDVの設計の中心となった。
一般的に公共の広場は地面を中心にデザインされ、そこへ噴水池などで水の景観を加える。しかし「この土地は、もともとの条件がおもしろく、歴史的な一面もあるので、建物を取り壊して地下室を埋め戻すくらいなら、既存の条件を設計に生かしてはどうだろうか」とデザインチームは考え、全体を地面より下に窪ませた形の親水広場を設計したのである。人工潟湖のような池を設け、細かい石を砂浜のように敷くことで、水に親しみ、裸足で歩ける場としたのである。
廖慧昕さんは、台南中国城は都市発展における一つの歴史なのだから、それを完全に取り壊してしまうのではなく、構造の一部を残してそれを景観とし、池や広場と結び付けて台南ならではの広場を設計するべきだと考えた。そこで彼らは一部の柱と構造部分を残し、広場の一角に透明なパネルを設けてかつての建築構造が見えるようにした。「まるで遺跡のように、ここで歴史を見ることができるのです」と廖慧昕さんは言う。
廖慧昕さんによると、河楽広場のように政府が私有地を買い取って公共空間にするという事例は非常に珍しく、これも世界から注目される要因だ。
冬山河の生態緑舟
場所を台湾東部の宜蘭に移そう。水と深いつながりを持つ宜蘭では、自然の河川と人工の水路が縦横に交差しており、蘭陽平野の田畑を潤すと同時に、エコツーリズムや環境教育にも豊かな場を提供している。
冬山河の中流域には、水田の中に「生まれた」森林——冬山河森林公園があり、ここは「生態緑舟」とも呼ばれている。この水辺の公園は日系の高野ランドスケーププランニング台湾支所が25年をかけて造り上げた公園で、木が1本もなかった水田の中に現在の豊かな生態パークを生み出したのである。
「森林公園と言うのだから、山の中だと思っていたのですが、現地の調査に来て驚きました。森林公園の予定地は堤防に囲まれた広大な水田で、その中には鉄道も通っていて、周辺には幹線道路の台九線と3本の川が流れ、土地はパズルのように四つに区切られていたのです」と高野ランドスケーププランニング台湾支所の責任者‧石村敏哉さんは笑いながら振り返る。彼らのチームは、岩を運び、穴を掘り、坂を作り、樹木を植えるなどして湿地と草原、そして低地のある森林を造り上げた。「自然のままのように見える景観ですが、実はすべて私たちが少しずつ造り上げた『人工の自然』なのです。しかしその結果、シラサギやトンボがすぐにやってきました」と言う。
公園内の神秘的な水路が最も人気のあるスポットである。台湾で昔から利用されてきた鴨母船という小型の木製ボートに乗り、映画「ロード‧オブ‧ザ‧リング」に出てくる洞窟のような水路のトンネルを抜ける。これは鉄道の下を通る用水路で、もともとは鉄筋コンクリートで造られていたが、彼らが洞窟のように改造したのである。水面に映った陽光が岩壁に反射して光と影が美しく、夜はライトで照らされて、さらに幻想的な雰囲気を醸し出す。
公園内の最高地点にのぼると、童話から抜け出してきたようなツリーハウスがある。その上からは遠くに河川と一面の緑が見渡せ、タイミングが良ければ列車が鉄橋を通るところも見える。「これらはすべて、私たちが25年をかけてゼロから生み出したものです。水田の中に森林公園を作り、自然環境を楽しい体験に変えたのです」と石村敏哉さんは語る。

MVRDVはこの土地の特色を活かし、河楽広場を地面より低い位置の親水空間にした。古い建築物の柱も残し、台南の特徴を活かした設計になっている。(©Daria Scagliola/MVRDV提供)
水‧緑‧人が共生する安農渓
冬山河から西に向かうと安農渓がある。この川は、もともと雑草が生い茂り、近づく人も少なかったのだが、今は緑豊かな生態水域へと生まれ変わった。
「安農渓の堤防内にはススキが生い茂り、いたるところにごみが捨てられていて、人が入ることなどできませんでした。ただ、ここの自然環境は良かったのです」と高野ランドスケーププランニング台湾支所の李永鼎‧副総経理は言い、ここでは人と生態のバランスを取ることを考えたと語る。安農渓の整備には地域住民も協力し、公的部門と私的部門の協力によって、人々が親しみたいと思う河川に生まれ変わった。
現在の安農渓の河岸は緑にあふれ、川の水は澄んでいて、サイクリングやバードウォッチング、散歩の他、ラフティングもできる。全長約17キロのサイクリングロードは、橋で立体的に交差しているので、自転車を降りずに安全に走ることができる。河川沿いには豊かな生態を誇る安農渓分流堰や張公囲親水公園、田心橋ラクウショウ(落羽松)スポットなどがあり、風に吹かれながら川の流れと田園風景を眺め、静かなひとときを楽しむことができる。
安農渓の下流にある尾塹公園内には、台湾初の公立の「パークゴルフ場」も設けられた。パークゴルフは誰にでも楽しめる簡単なスポーツで、地域の人々に非常に人気がある。このパークゴルフ場は、現地のコミュニティ発展協会がアドプトして環境を維持しており、用具も貸し出しているので、すぐにプレーすることができる。
レクリエーション(recreation)によって私たちはリクリエイト(recreate)、つまり再創造、再生でき、癒しと充電の効果も得られると郭瓊瑩さんは言う。都会において私たちとともにある水域は、整備しデザインを加えることで、多様なレクリエーション体験をもたらしてくれる。「親水と言っても、必ずしも水の中に入る必要はありません。日々そこを訪れて親しみ、水とともに暮らしていくことが大切なのです」と郭瓊瑩さんは楽しそうに締めくくった。

冬山河生態緑舟で最も人気のある神秘のトンネル。まるで映画『ロード‧オブ‧ザ‧リング』に出てくる洞窟のようで、昼と夜では異なる美しさを楽しめる。(高野ランドスケーププランニング台湾支所提供)

大稲埕埠頭のコンテナマーケットではさまざまな食を提供しており、注文したら2階のテラスで景色を見ながら食事ができる。旅行者にはぜひ訪れてほしいスポットだ。

都市の中の水域は、景観やレジャーを提供するだけでなく、気候調節や生物の生息地としての機能も備えている。写真は高雄の愛河。ボート遊びや散歩、サイクリングも楽しめる。(林旻萱撮影)

古いショッピングセンターを取り壊して作られた台南の河楽広場。都市に新たな水空間を設けた広場で、「デイライト」の流れにも呼応している。(©Daria Scagliola/MVRDV提供)

運河に隣接した河楽広場は、地域の歴史を保存しつつ、都市にくつろげる水遊びの空間をもたらした。(©Daria Scagliola/MVRDV提供)
冬山河生態緑舟で船に乗れば、園内の豊かな自然と生態に触れることができる。
冬山河生態緑舟には、童話の中から出てきたようなツリーハウスがあり、ここから美しい景観を見渡すことができる。(高野ランドスケーププランニング台湾支所提供)
安農渓ではラフティングもでき、刺激的な冒険と涼しさを楽しめる。

河岸の整備を終えた安農渓の景観は美しく、サイクリングをしながら台湾の田園の静けさを味わうことができる。(荘坤儒撮影)