「人の家の掃除をする」と言えば、かつては正規の仕事というイメージはなく、まして組織による運営管理もなかった。だが11年前、彭婉如文教基金会が家事サービス市場を開拓し、きちんとした職業として報酬や保障制度を整えてきた。サービス内容も清掃、洗濯、アイロン掛け、収納、食事の準備、買物、介護・ベビーシッターなどと多項目に分類され、業界の指針となっている。
営利を目的とせず、女性の自立を支援する彭婉如基金会がこのような分野に進出したのはなぜなのか。「就職、福祉、脱貧困」を掲げたこのプロジェクトは、多くの女性にとってどのような意味があるのだろう。
日曜の夜、46歳の樊荷花さんはいつも通り9時までに、ゴミを分類して捨てに行き、再び家に戻って最後の点検をした。台所と浴室は水滴を残さずふけているか、台上の物はきちんと元の位置に戻っているか、窓辺の植物には水をやったか。それらを確認し終えてから、雇い主がテーブルに置いてくれていた1000元を大きなバッグにしまった(エプロンや掃除道具、そして仕事中に聞くポータブル・プレーヤーが入っている)。それから電気を消し、玄関のカギをかけ、マンションの警備員に笑顔で挨拶をして帰宅した。
礼儀正しく、てきぱきとした樊さんは、かつては夫と金物屋を経営していた。二人の娘が小学校に上がったのを機に勤めに出るようになり、8年前には台北に出て、高収入の24時間介護に従事した。だが、それでも多額の教育費支出には足らず、頼母子講などに頼らざるを得なかった。まして娘たちと離れ離れの暮らしだ。そうするうちに数年前、夫が脊椎損傷でしばらく働けなくなった。
そんなある日、彭婉如基金会の家事管理養成コースを新聞で知る。説明会に出てみて、この仕事なら収入も安定し、時間もフレキシブルで家庭と両立できると納得、面接を受けた。その後はコース受講、契約成立を経て、今では「スケジュール満杯」の超人気家事管理員だ。
今年はローンも終わり、貯蓄を始めた彼女は、来年長女が大学を卒業するのを機に家族でバリ島旅行しようと考えている。過労にならないよう仕事も徐々に減らすつもりだ。

毎年行なわれる優秀家事管理員の表彰式。受賞者は家族や仲間から祝福され、感動のひと時を過ごす。
今年4月修了の家事管理養成コースに場面を移してみよう。場所は台北の某教会、1次選抜を通過した21名が(不合格者は16名)緊張した面持ちで5名の指導員による実技評価を待っている。実技は床、ガラス、バスルーム、台所の4ヵ所だ。
最後の顔合わせと言えるこの日、指導員は生徒のそばに付きっきりで手際よく、しかも丁寧に一つ一つ指導する。「バケツに水を入れすぎです。動作をもう少し小さくしないと、水がこぼれて滑って転ぶ危険があるし、もう一度床をふく手間も余計にかかります」「ガラス拭きはスクイジーだけではだめです。端を布で拭くのを忘れています」「台所の頑固な油汚れはアルカリ性洗剤を吹き付けてから溶けるのに時間がかかるのですぐ拭かないこと。無理して力を入れると腕を傷めます。通風にも気をつけて。自分のためでもあり、ユーザーのためでもあるのですから」
この1ヵ月、平日5日間の朝8時半から午後4時半まで、遅刻も早退も許されず、放課後残ってアイロン掛けの練習をする生徒もいれば、家に帰って練習を続ける人もいた。長い訓練による体力や精神力、或いはそれゆえのプレッシャーが、生徒一人一人の顔に表れている。だがこれを通過すれば来週からいよいよ現場勤務だ。

養成コースでは指導員(左の写真、一番左)が細部まで徹底することと反復練習を要求する。厳しい訓練を受けたメンバーであるからこそ、そのサービスも高い評価を得ている。この時の訓練は台北市内のある教会を借りて行なわれた。
営利目的の清掃業者にとってはオフィスビル清掃や引越し清掃などが主なターゲットだが、彭婉如基金会は家庭でのサービスを対象としてきた。これは同基金会の「ケア・サービスの公共化」という理念による。
基金会は1997年の成立以来、地域のベビーシッター・システムや、地域による自治保育園、小学児童の放課後ケア、家事管理サービス、在宅ケア・サポートシステムなどを次々と生み出してきた。中でも「家事管理サービス・プロジェクト」は最も急速に発展して就労人数も最多、ケア・システムの中心的存在である。女性の就労を大きく促進させただけでなく、基金会にとっても安定した財務モデルとなった。
現在、基金会が1年にサポートする家事管理員は年に2000人余り(北部地区が半数を占める)、給与は合計9億元を超える。1人の平均月収は約2万8000元(北部は平均3万2000元)、家事管理員は40〜50歳が中心で、多くが中・高卒者だ。また半数近くが家計の担い手、或いはシングルマザーだ。
いわば弱者の立場にある女性たちだが、基金会による選考と養成は極めて厳格なことで知られている。
基金会の事務局長である王慧珠さんはこう説明する。家庭管理員養成の主旨は女性の自立をサポートすることだが、ユーザーにとって最も大切なのはサービスの質である。したがって弱者であることは言い訳にならず、最初から現実に直面させる必要がある。つまり自分の条件を直視し、不要な期待は抱かぬようにさせること。こうしてこそ「限られた資源を『適切な人』に使える」というのだ。
では「適切な人」とは、どう選ばれるのだろうか。
まず説明会では、授業方法や勤務規定などのほかに、以下のことが強調される。家事サービスでは夕食準備へのニーズが高く、そのため食事準備は必須技能であり、夜7〜8時までの勤務が基本条件である。また訓練期間は遅刻も早退も許されない。時間や規則の厳守を重視するからだ。体力不足や、健康上問題がある人はまず治療や静養に努め、健康な状態で参加することが望ましい。
ここまで説明を受け、自分に合わないと思った人は去る。残った人は申請資料に記入し、さらに重要な、指導員との一対一の面談が待っている。面談では、口を開くと同時に涙をはらはらとこぼし、これまでの苦しみや今後の不安を訴える人もいれば、清掃に従事することにまだ躊躇する人、説明でわからなかったことを質問する人などがいる。面談を通じて指導員は、彼女らの疑問に答えながら自信を持たせ、励ましを与える。
訓練では技能だけでなく、実習を通して人柄を見極める。「家事サービスは私的領域に入るので自己を律した態度と細やかさが最も大切です」とベテラン指導員の趙翠君さんは言う。

女性が女性をサポートする。全国の2000人の女性が彭婉如基金会の協力のもとで失業の不安を抜け出し、賃金も保障された家事管理員となった。同時に7000の家庭が専門性の高い家事サービスを受けている。写真は基金会の顧客サービス担当者。
政府の職業訓練とは異なり、基金会は「訓練受講者の採用」と「就業の持続」を行う。つまり、訓練修了者をユーザーに引き合わせ、フォーム通りの契約を結ばせる。また毎年、在職訓練やステップアップ・コース、グループ指導などの無料コースを開き、サービスの質向上を促す。ユーザーに対しても、カスタマーセンター設置や満足度調査実施で、要望に対処する。
また、家事サービスには固定した雇主がないという事実をふまえ、2004年からワーカーに「地域ケアサービス労働組合」への加入を義務付け、労働・健康保険が受けられるようにした。同組合は基金会が設立準備の協力をしたものである。
家事管理員と雇主の両方に対し優れたサービスを基金会が提供できるのは、社会への強い使命感のほかに、「互助寄付制度」のおかげだ。「互助」の一方、つまり家事管理員は年に1回3500〜4000元の寄付を行い、これは在職訓練や契約斡旋、監督指導などの支出や、基金会が加入する賠償責任保険の保険料支払いに当てられる。もう一方の雇主側は、月400元寄付することを契約時に同意する(週4時間のサービスの場合)。これはシステム運営や、さらには社会貢献を目指す基金会の研究や発展に用いられる。
「基金会の儲けにしている」という批判に対し、王慧珠さんはこう説明する。家事管理員が最初に受ける訓練で払う受講料は3500〜3800元だが、これはかなり低い金額で、訓練には実質1人2万元のコストがかかる。訓練修了者による質の高いサービスをユーザーが受けられるのは、それまでの人々の寄付のおかげなのだ。また、高齢者介護員や産後ベビーシッターなどの訓練や管理はいずれも赤字経営だが、基金会はやるべきこととして全力を注いでいる。こうした人生の異なる段階でのサービスを、ユーザーの家族が後に受ける可能性もある。
実際、基金会本部に足を運んでみれば、彼女らが徹底して倹約に努めているのがわかる。狭いエレベーターホールに電話を置いてカスタマーサービスを行っているほどだ。王慧珠さんは真剣な顔でこう語る。女性たちが外で苦労して働いて得た寄付は1元たりとも無駄にはできない。質実剛健という感じの事務所はかえって「我々おばさん型基金会にはふさわしい」と。

「家事管理員には細かい気遣いも体力も必要ですが、仕事のリズムと時間をコントロールできるようになると充実感が得られます」と樊荷花さんは話す。
私的領域で働き、しかも弱者であることの多い家事管理員たちは、時にはタチの悪い客に出くわすことはないのだろうか。
この仕事をして6年になる樊荷花さんは、仲間が文句を言っているのを確かに聞いたことがある。初日に雇主から「バスルームは3回掃除しないときれいにならない」と言われた人がいるし、彼女自身も元公務員夫婦の家でこんな経験をした。毎回夫の方が腰掛けを持ってきて彼女のそばで監視する。それはまだしも、困ったのは温水を使ってはいけない、床は跪いて拭けと言われたことだった。
油汚れは温水でないときれいに取れないし、跪くと膝を痛める。基金会もしゃがんだ姿勢で拭くことを勧めていた。だが「基金会の大切なお客様だから」と、がまんして続けた。すると4ヵ月後に膝が警告を発した。病院で変形性膝関節症と診断され、服薬と休息が必要となった。そこでやっと指導員に事実を訴え、基金会が慎重に考慮した結果、そのサービスを停止することになった。
王慧珠さんはこう語る。基金会が客の訴えに対処する際の大原則は、ユーザー、ワーカー、基金会の三者は平等であり、「客がいつも正しい」というわけではないことだ。もしユーザーがサービスに不満がある場合、指導員が現場に赴き、家事管理員に非があると判断した場合は、まずよく言い聞かせて彼女に改善の機会を与える。もしユーザーの与えた仕事の量が能力や時間制限を超えている場合は、ユーザーに理解を求める。「家族それぞれが互いに許し合い、理解に努めるのと同じです。決して一般の職場のように解雇したりはしません」と王さんは言う。
だが多くのユーザーは、家事管理員の丁寧な仕事ぶりに感動してくれる。学校の指導教員である蔡淑琍;さんもこう語る。彼女の家に来る家事管理員は、研修で学んだ家電製品の修理技術を仕事に生かしてくれるし、互いに口に出さなくても伝わることも多い。金融危機の頃は来てもらうのをやめようかと考えたが、やはり、掃除してもらうと部屋が生まれ変わったようになり、ストレスもすっと消えていく誘惑には勝てなかった。ほかにも、家事管理員を信用してカギを預けたままだったり、年末には多額のボーナスを出すユーザーも多い。

女性が女性をサポートする。全国の2000人の女性が彭婉如基金会の協力のもとで失業の不安を抜け出し、賃金も保障された家事管理員となった。同時に7000の家庭が専門性の高い家事サービスを受けている。写真は基金会の顧客サービス担当者。
民間の清掃業者と異なるのは、基金会で出会った人々が互いに姉妹のような情を結ぶことだ。毎年末になると基金会は「金手賞」授賞式と忘年会を盛大に催す。家事管理員たちが心待ちにしているのは、そこで同期の仲間と再び会えることだ。
「こうした人脈は、弱者である女性にとって社会的資本となります。まして傷を負った女性は、互いに思いやり、支え合うことで集団治療のような効果を得ます」と王慧珠さんは言う。
彼女らには、基金会をともに支え、恩返ししようという思いが自ずと生まれている。「基金会の看板を辱めぬよう、後輩たちが続けて働けるよう、頑張らなければ」「働いている家が毎年ボーナスをくれるので、そこからエコ洗剤や清掃道具を買うようにしています。いわば『還元』ですね」という。
ソーシャルワーク界の老舗である海棠文教基金会の陸宛蘋・事務局長も、彭婉如基金会のクリエイティブな活動を褒め称える。弱い立場にある女性に力を与えると同時に、ユーザーの家事労働も助け、さらには社会的信用や連帯感を生み出しているからだ。しかも、社会を満足させるという目標の下に経済価値を作り出し、揺るぎない「社会的企業」となっている。

女性が女性をサポートする。全国の2000人の女性が彭婉如基金会の協力のもとで失業の不安を抜け出し、賃金も保障された家事管理員となった。同時に7000の家庭が専門性の高い家事サービスを受けている。写真は基金会の顧客サービス担当者。
ところで、彭婉如基金会が女性のためにやっていると思っては間違いだ。最近は2名の男性長期介護員が誕生した。この新たな進展は、「老人介護には力が要るから男性を」と、ユーザーから希望があったことに端を発した。基金会ではまず、家事管理員の家族から人員を募ることした。1期生の出陣後、収入が悪くないと伝われば(24時間介護、月6日休みで4万8000元〜5万2000元の月収)、より多くの男性参加が見込まれる。
なぜ家事管理員の家族に限るかと言うと、「我々にはまだ男性のための勤務方式や使用言語などが確立されておらず研究中です。それで今は、女性家事管理員が家族としてそばから応援してくれればというわけです(それでも説明会後に5人が逃げ出してしまった)。それに家事がこんなに技術のいることだと男性が気づくのもいいことですし、帰宅すれば『家庭教師』もいます」
家事サービス・システムはいつのまにか家庭における男女の役割に変化をもたらしつつある。それは、妻の金手賞受賞式で夫が舞台で語った言葉からもわかる。「他人の世話をするのが妻の専門なら、私の責任は妻を世話することです」と。

少子・高齢化が進む中で誰もが安心して子供を生み育て、老後を迎えられる社会を形成することが彭婉如基金会の目的だ。左は基金会が万芳小学校で行なった学童保育の様子。

養成コースでは指導員(左の写真、一番左)が細部まで徹底することと反復練習を要求する。厳しい訓練を受けたメンバーであるからこそ、そのサービスも高い評価を得ている。この時の訓練は台北市内のある教会を借りて行なわれた。

女性が女性をサポートする。全国の2000人の女性が彭婉如基金会の協力のもとで失業の不安を抜け出し、賃金も保障された家事管理員となった。同時に7000の家庭が専門性の高い家事サービスを受けている。写真は基金会の顧客サービス担当者。

少子・高齢化が進む中で誰もが安心して子供を生み育て、老後を迎えられる社会を形成することが彭婉如基金会の目的だ。左は基金会が万芳小学校で行なった学童保育の様子。