公益団体にも起業が可能になった。
社会的企業という概念が広まるにつれ、台湾の公益団体にも新たな起業ブームが起こっている。障害者の働くシェルタード・ワークショップを企業化し、積極的に経営を学んで自立を目指している。
こうした公益団体は、なるべく政府や社会の援助に頼らずに弱者の雇用機会を広げようと、自らのブランドの確立を目指す。弱者への思いやりから商品を買ってもらうのではなく、商品自体の競争力を高めようというわけだ。中小企業らしい小回りの良さやイノベーションで、一般企業もうらやむような新たなビジネスモデルが登場している。
台北「建国一条街」の光景は、台湾の公益団体が自立自足を達成するようになった歴史的縮図と言える。建国南路と和平東路の交差点から北側を見ると、高架下にずらりとシェルタード・ワークショップが続く。まずは陽光基金会による洗車センター、次に勝利潜能発展センターのガソリンスタンド、そして育成基金会の洗車センター、蕃薯藤有機食品チェーン店及びレストランなど、北側の民権東路まで続くこれらの職場は200人以上の障害者に雇用をもたらし、一帯が労働の喜びに満ちている。

愛盲基金会が主導する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は職業能力開発市場に斬新な分野を開拓し、視覚障害者に新たな職種を提供している。
陽光基金会の洗車センターは、台湾初のシェルタード・ワークショップであり、「建国一条街」発展の発端ともなった。顔にやけどや外傷を負ったスタッフの働くこのセンターは、1992年の設立後すぐにメディアで大きく取り上げられ、彼らの働く姿に感動した人々がわざわざここまで洗車に来るようになった。こうして陽光洗車センターは、自立を目指す台湾各地の非営利組織のモデルとなった。
だが洗車市場が次第に飽和状態になり、洗車だけでは競争力を失うと、陽光基金会はカー・アクセサリー販売やガソリンスタンドへと経営を多角化させた。後に続いた勝利潜能発展センターや育成基金会も同様に、情報を少しずつデータ化し、ブランド力向上、チェーン展開を実現させ、症状の異なる障害者それぞれに適した仕事を開拓した。
「台湾の公益団体は競争することに慣れていなかったので、費用対効果の分析や社会資源の統合などを学ぶ必要がありました。同情でなく、商品価値や理念によって消費者の支持を得なければ長続きしません。つまり持続可能な社会的企業というのが最上の選択でした」と、畢嘉士(Bjørgaas)基金会の周文珍・事務局長は分析する。
現在台湾には100を超える公益団体が社会的企業への転身を進行中だ。スタイルには2種類あり、一つは品質で競争するタイプだ。有名な例は第一社会福利基金会で、清掃サービスの質の高さで一般企業と勝負し、公的機関の清掃業務も勝ち取っている。
もう一つは、社会的企業の持株会社となり、国際的に成功しているビジネスモデルを導入する道だ。愛盲基金会が投資する「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」は、真っ暗な空間で視覚障害者と同様の体験をするという、欧米で発展したワークショップを導入し、職業能力開発市場に攻勢をかける。

台北市の「建国一条街」は全国の公益団体起業の縮図と呼べる地域で、この一帯には洗車、有機食品チェーン、ガソリンスタンドなど、障害者が働くシェルタード・ワークショップが集中している。
第一社会福利基金会は、障害者とその家族をケアする福祉機構だ。特別支援教育を専門とする大学教授たちによって1980年に設立され、早期教育や生活訓練、就職指導などを重点に、教具や教授法を開発し、30年余りで1万人以上をケアしてきた。
第一基金会は障害者の権益などを他団体ほど声高に叫ばないが、彼らのシェルタード・ワークショップと雇用サービスは有名で、「第一社会企業」という部門を設けて運営し、清掃や化学実験室補佐などを行う。そこで働く障害者は就業前訓練、職業紹介、職業指導など一貫した雇用サービスを受ける。
最も高い成果を上げているのは「第一清掃」で、台北市役所、国父紀念館、中央研究院など40以上の公的機関の公開入札を勝ち取り、年間売上は1.1億元、318人分の雇用を生み出している。
彼らのビジネスモデルは、管理チーム、障害者、経済的弱者による三角構造を成す。ソーシャルワーカーが管理を担当、障害者は清掃スタッフの主力になり、中高齢者や特殊な境遇にある女性、服役経験者などが突発状況をサポートする役割を担う。この三者が力を合わせ、障害者が社会と隔絶されることなく働ける環境を可能にしている。
労働基準法の基本給与水準に照らし、給料も月1万9047元からのスタートだ。成績が良ければ昇給できるよう、基金会では売上の2%を昇給準備金に当てており、3万5000元以上の給料を得ている人もいる。こうして障害者はもはや家計の負担ではなくむしろ支えとなり、節約して数年で100万元以上貯金し、家電製品や車を買う人もいるほどだ。
台北市国父紀念館では、展示場から屋外の大広場まですべて第一清掃の業務範囲だ。紀念館回廊の清掃を担当する阿亮さんは45歳、仕事熱心で人の手助けもよくする。わずかに言葉のはっきりしない点を除けば、重度障害者には見えない。
「うちの子たちは労働のきつさを厭いません。せっかく手にした就職口を大切にします」と言うのは第一社会企業の方偉平マネージャーだ。障害者が誇らしげに「中央研究院で働いているんだ」と語る様子に、苦労して彼らを育てた親は目を潤ませる。また、労働者のこうした誇りが第一清掃の強みで、離職率は2割に満たず、丁寧で真面目な仕事への取組みがサービスの質を維持している。

台北市の「建国一条街」は全国の公益団体起業の縮図と呼べる地域で、この一帯には洗車、有機食品チェーン、ガソリンスタンドなど、障害者が働くシェルタード・ワークショップが集中している。
第一基金会では、年齢に関わらず、障害者を「子供」と呼ぶ。先ほどの阿亮さんも、方偉平さんより1歳上だが、それでも愛情を込めて「うちの子」と呼ぶ。子供が優秀な成績を収めるのが、ソーシャルワーカーにとって何よりの励みだ。
「現場で働けるようになるまでの訓練は容易ではありません。仕事の基礎を習得するまでに様々な困難を克服しなければならないし、現場での任務に耐え得るかどうか彼らの状況を見定める必要があります」と方さんは言う。高校卒業後にまず基礎的な技術訓練を受け、それから各自の適性によって、パン屋、手工芸品工房、清掃スタッフなどに振り分けられて専門的訓練を受ける。それに合格し、初めて職場に入ることができるのだ。
彼らにとって最初の一歩は通勤だ。仕事を始めたばかりの頃は通勤に基金会の教師が付き添う。バイクでこっそりと後を追い、もし下車地点を乗り過ごしたり、道を間違えることがあれば、彼らの前に出現して導く。それを1週間続ければ、たいてい一人で通勤できるようになる。
第一清掃は2011年に成立、初年の売上は約3500万元、その後3年で倍増を続け、2013年には1.1億元の好成績を収めた。更なる向上をと、社会的企業としての独立を検討中だ。
第一清掃の成功は、ビジネスの才に長けた方偉平さんの貢献が大きい。1969年生まれの彼は、復興工専土木科を卒業して製図士をしながら仕事の合間に福祉団体でボランティアをしていたが、9年前に第一基金会に正式に就職した。福祉とは関係ない業界の出身だったおかげで、従来の枠にとらわれず企業化を進めることができた。
「第一清掃は規模拡大を考えるかとよく聞かれますが、社会的企業はやはり目的を第一に考えるべきで利益追求だけではいけません。原則的にサービス範囲は台北市と新北市を主に、ベーカリーや受託製造の可能性を探ります」と方さんは言う。

第一社会福利基金会に付属する社会的企業では、食品から清掃、実験室までさまざまな分野にビジネスを広げ、心身障害者に多様な雇用機会を提供している。
暗闇の中で様々な感覚を体験するダイアログ・イン・ザ・ダーク(DID)は、ドイツの社会企業家であるアンドレアス・ハイネッケ博士によって1988年に作られ、各国の機構と代理契約を結ぶ形ですでに世界30ヶ国余り、160の都市で展開され、のべ650万人が体験している。
台湾では愛盲基金会が2011年4月に契約を結び、翌年に社会的企業として成立させた。福祉団体による海外ビジネスモデル導入の典型例と言える。基金会と社会的企業の董事長は、台湾の福祉に長年関わってきた謝邦俊医師が兼ねる。
DIDでは、視覚障害者が体験者に付き添うアテンドとなる。つまり、彼らに新たな職種を開拓できる。視覚障害者の仕事といえばマッサージ師と考えられがちな状況を打破しようというわけだ。
「資本金1000万元のうち愛盲基金会の持株は13%だけですが、運営に深く関わるので『大株主』と言えます」と謝医師は言う。欧米ではDIDは健常者によって経営されるが、台湾では視覚障害者団体が主導する点が世界初だ。
コースの内容は、暗闇の部屋と明るい部屋での様々な体験だ。受講者は、アテンドである視覚障害者に導かれ、暗闇の中での酒類試飲会や音楽会などを楽しむ。五感をフルに使いながら、個人の特質、コミュニケーション能力、適応性、リーダーとしての能力などを伸ばせるという。
受講料は決して安くなく、3時間で5000台湾元、企業研修などの1日コースでは15万元する。しかも受講者はその体験を外部に漏らさないよう要求される。映画の結末を先に知るとおもしろくないのと同じで、新たな受講者に驚きを与える効果を保つため、コースの内容は秘密にしているのだ。
体験者の評価は高い。台北市建国中学の陳偉泓・校長などはDIDを広めたいと、受講後にボランティア・アシスタントを務めるようになったほどだ。

第一社会福利基金会に付属する社会的企業では、食品から清掃、実験室までさまざまな分野にビジネスを広げ、心身障害者に多様な雇用機会を提供している。
コースを企画するスタッフは7名、ほかに33名の視覚障害者のアテンドと、17名のボランティア・アシスタントが働く。アテンドの楊聖弘さんは受講者にこう問いかける。「暗闇はあなたにとって何を意味しますか。未知なるものへの恐怖ですか、それとも他者の目を気にする必要のない自由ですか」
楊さんはこれまで100人を超える健常者を案内してきたが、皆、真っ暗な部屋に踏み込んだ瞬間は不安を露わにするという。「同伴者の手をすぐつかむ人もいれば、何かをしゃべっていないといられなくなる人もいます。自分の手さえ見えない暗闇の中で自分が消えてしまうような気がするのでしょう」
台湾では、携帯端末メーカーのHTC、Yahoo!奇摩、スイス銀行などが社員研修として受講したが、中でも最も印象深かったのはHTCだと、謝邦俊医師は言う。
「世界各地から集まってくるHTCのエリートは皆それぞれ自信に満ちており、会社としては、個々の天才をいかにして巨大な天才集合体とするかに苦心していました」そうした彼らを暗闇に放り込むことで、互いに信頼し、受け止め合うというチームワークの大切さを心底から思い知らせることになったという。
DIDは台湾ではまだ認知度が低いので、企業としての損益分岐点を設立3年後に見積もっていると謝医師は言う。1年目は無料体験などによる宣伝に励み、2年目は有料コースを増加させた。3年目は収益獲得に努め、半年で74コースを開設、うち有料は43コースで、単月の収支バランスを達成した。
ドイツのDID本部は、世界各地でコースの特色を出せるよう、現地でのコースデザインに8割以上の自主権を認めている。そこで台湾DIDでも愛盲基金会主導という優位性を生かし、今後3年で独自のコースを開発し、世界へ発信したいと考えている。すでに開発した「料理ショー」は味覚と嗅覚に訴える点で海外の評判も良い。
「暗闇に向き合ってこそ光を知ることができます。福祉団体にとってもチャレンジこそが不可能を可能にするのです」と謝邦俊医師は語る。弱者の置かれた境遇を変えるため、社会的企業は経営能力を高めることで、自立への道を歩み始めている。

第一社会福利基金会に付属する社会的企業では、食品から清掃、実験室までさまざまな分野にビジネスを広げ、心身障害者に多様な雇用機会を提供している。