今年、政府が認定する台湾原住民族の部族数が14ら16へ増えた。数は増えたものの、民族伝統の文化を残している集落は減りつつある。
台東県達仁郷の土坂村は、伝統の頭目家臣制度と宗教儀式を保存し実践しているパイワンの集落である。家臣の中で唯一、神霊と対話できるのが女性シャーマンだ。今年の中秋節の連休、神秘的で荘厳なシャーマン継承の儀式が行われた。
この儀式の中心人物は、3人の女性シャーマンである。

パイワンの女性シャーマンは師から巫術箱を引き継ぐ。箱の中には豚の骨と小刀、神珠といった法器が入っている。
その一人は、集落の大家長ともいえる包秀美である。頭目はパイワン社会の貴族階級に属し、長男または長女がその地位を継承するという制度の下、彼女は集落最大の頭目家Patjaljinuk(包家)の代表として儀式を執り行う。
二人目は、81歳という高齢の女性シャーマン朱連金だ。彼女は包家の首席シャーマンであり、土坂村で最高の霊力を持つ女性巫師、集落の祭儀や冠婚葬祭を執り行い、占術や病気治療も彼女が率いる女性巫師団が行う。
三人目は儀式の主役、朱連金の弟子で42歳の包恵玲である。彼女は台東市立託児所の所長で、台東大学アウストロネシア文化研究所(大学院)の学生でもある。
包恵玲は包秀美の娘で、階級で言うと頭目の巫臣であり、包家の家族でもある。
この日は包恵玲のシャーマンとしての「成人式」、つまり独り立ちの日である。包連金が呪文を唱えながら神霊に伺いを立てると、空から一粒の無患子(ムクロジ)の実が落ちてきて、包恵玲が手で広げた白い布の中に入る。これは包恵玲にとって二つ目の神珠である。巫神が、彼女が今後独立して祭儀を行うことに同意したことの証なのである。

パイワンの女性シャーマンは師から巫術箱を引き継ぐ。箱の中には豚の骨と小刀、神珠といった法器が入っている。
土坂村の包家は声望の高い頭目一族だ。5年ごとに行われるパイワン族で最も重要な五年祭(Maleveq)は包家が執り行っており、百年余りにわたって途絶えたことはない。
現職頭目の母親である包春琴は14歳の時に頭目となり、このことは今も集落の伝説となっている。2001年に世を去るまで、包春琴は60年にわたって12回の五年祭を執り行ってきた。これが続いてきたことによって、パイワン伝統の祭儀にかかわる舞踊は完全な形で継承されてきたのであり、そのために、彼女は政府の教育部から「伝承賞」を授与された。
伝統儀式が継続できるかどうかは、頭目一族が完全な家臣組織を有しているかどうかにかかっている。家臣には首席女性シャーマン、その下の女性シャーマン、秘書、祭司、男覡(男性シャーマン)、国司、牲礼師などがあり、いずれも頭目の指揮下にある。
頭目の家臣の中で仕事量が最も多いのが首席女性シャーマンとその下の女性巫師団である。彼女たちだけが神霊と交信する能力を持ち、ほとんどの儀式を司る。そして現在の首席シャーマンである朱連金が高齢となったため、その地位を引き継ぐ必要が出てきたのだ。
そこで、達仁郷が2007年に女性シャーマン育成班を開催した時、これは伝統の徒弟制度に反するが、首席シャーマンの後継者を得るために、四男三女を持つ包秀美は末娘の包恵玲と姪の呂美恵を育成班に通わせることにした。
台湾では西洋の宗教が原住民集落に入ってきたことで伝統の信仰は急速に失われたが、頭目の包家では伝統を守り続け、他の宗教を受け入れることはなかった。包家にとって、シャーマンが司る祭儀のない集落は糸の切れた凧と同じで、祖先や神霊とのつながりを持たないのである。
包恵玲は、母親が彼女のために女性シャーマン育成班の受講を申し込んだと知ったとき、それを嫌がるどころか、ごく当たり前のことと感じたという。
実は包恵玲の祖母と姑の姉妹もシャーマンで、姑の姉妹は包春琴頭目の首席シャーマンだったのである。「私は子供の頃から彼女たちの後をついて歩いていたのですから」という。
だが、家族に女性シャーマンがいたからといって包恵玲は学習に気を抜くことはなかった。神霊に選ばれてはじめてシャーマンになれるのであって、神霊との交信の第一歩である呪文を学ばなければならないのである。

土坂集落の首席シャーマンである朱連金(右から2人目)が弟子の女性巫師団を率いて呪文を唱え、巫神と交信すると、巫神は包恵玲(左)が独立して祭儀を司ることに同意した。
育成班では朱連金を招き、20人の生徒たちが9段から成る呪文を一字一句学んだ。
原住民族には文字がないため、呪文はすべてローマ字で表記される。包恵玲によると、「基礎」の呪文とは言っても非常に難しい古代パイワン語で、集落で用いる言葉とはほとんど違う言語のようだという。彼女は半年をかけてようやく9段の呪文を暗記したが、その意味は第六感に頼らなければわからないものも多い。シャーマンになる学習の初期の段階で、神霊はその人の霊力と決意を見ているのだろうと包恵玲は考える。
育成班の20余名の生徒のうち、無事修了したのは7人だけだった。成績が良かった包恵玲と従妹は2008年8月に正式にシャーマンとなった。
伝統的に、女性シャーマンの任命はパイワンの集落にとって一大事であり、頭目家族の指揮のもと、3日にわたって儀式が行われる。2日目が最も重要な儀式で、言い伝えによると儀式の進行中に雷が鳴り、巫神が現れて自ら新たなシャーマンに神珠を給わるのだという。
包恵玲がシャーマンになる日、頭目は祖霊にこのことを告げ、牲礼師が豚を絞めて捧げた。首席シャーマンが呪文を唱えると、巫神は神珠を包恵玲に給わった。これは彼女がパイワンのシャーマンとして選ばれ、自らの巫術箱を持ってよいということを示している。
巫術箱はパイワンの女性シャーマンが必ず持つ法器で、その中には祭儀に用いる小刀と豚の骨と神珠が入っている。朱連金は、自分の身に着けている巫術箱をとって包恵玲に渡し、包恵玲は返礼として新しく作った巫術箱を捧げる。こうしてシャーマン継承の儀式が終わる。
だが、継承の儀式は徒弟関係の開始でもある。朱連金は集落の祭儀を司り、部族の人々のために占術を行い、災厄を払う。包恵玲は朱連金とともにこれらを司り、その中から学びつつ霊力を高めていくのである。包恵玲によると、呪文は流暢に唱えられれば良いというものではなく、さまざまな儀式の場面に応じて、ふさわしい呪文を選び、組み合わせるなどして用いるのである。
「頭目家の娘がシャーマンになれば、霊力は確かに強いのですが、その分、より多くの任務があたえられます」と言う通り、部族の人々と神霊との媒介として、包恵玲は大きな責任を負うこととなる。

パイワン族の文化において、女性シャーマンは唯一神霊と交信できる存在であり、土坂集落ではこれに関わる儀式はすべて祖霊屋で行われる。
パイワンの伝統では、女性シャーマンは女巫、男性シャーマンは男覡と呼ばれるが、女巫の方が神霊との交信の力が強く、霊力も高いとされる。だが、これは上下の差ではなく、男女が分業して互いの不足を補い合う関係だ。
包恵玲によると、男覡は簡単な呪文を一、二句学ぶだけでよく、五年祭でも山神の儀式でしか役割はない。だが、「女巫が彼らに指示することはできず、上下の別もありません。一番上に立つのは頭目で、それ以外は皆家臣ということで同じなのです」という。
例えば、パイワンの伝統では事故で亡くなった人は悪霊になるとされ、事故現場で死者の霊を呼ぶ時には男性の助けが必要になる。
包恵玲によると、女巫は「人と霊との媒介」だが、儀式の現場には良い霊と悪い霊が多数いることもある。女巫が悪霊に取りつかれると大変なことになるため、男性の助けが必要なのである。
「男性の方が強健で抑制力があるので、儀式にでは女巫を保護する力になります」と話す包恵玲は、パイワンには「陰陽(男女)が互いを補う」という観念があるのかも知れないと考える。これは男女のどちらが上という考えではない。
五年祭では男女の分業がよく分かる。竹刺抛球の儀式には首狩りの意味が込められており、この儀式は男性だけが執り行う。
神霊の下での男女平等祭儀がない時は、シャーマンの生活は一般の人と変わらない。
包恵玲は、パイワンの伝統文化には男女平等の知恵があると言う。例えば、頭目は世襲制だが、男であれ女であれ、最初に生まれた者が将来は頭目になるという点でも男女は平等だ。
包家には7人の兄弟姉妹がいて、頭目の後継者は長兄だ。末娘の包恵玲の能力と見識は長兄に劣らないと称賛されるが、包恵玲は不満を抱くことなどなく、天命に従っている。
「私はパイワンの伝統文化の中で育ちましたので、集落全体における自分のポジションがわかっています」と包恵玲は言う。「努力して自分に与えられた任務を果たし、霊力向上に精進し、兄を助けていきます」
シャーマンとしての修業は修身でもあり、伝統的規範を守ることだと包恵玲は言う。「地位を奪おうなどと考えれば、神霊も許してくださらないでしょう」
集落における男女の仕事の分担が不平等だと感じることはないのだろうか。この土坂集落で最も学歴の高い女性シャーマンは、「誰も手を抜くことなどありません。神霊が見ていらっしゃるのですから」と言葉を締めくくった。