豆花(トウファ、豆乳を固めた柔らかいスイーツ)は台湾で最も親しみのあるデザートの一つで、国賓をもてなす晩餐会でふるまわれたこともある。見た目は素朴なスイーツだが、台湾人はこの味にうるさい。舌触りは滑らかで柔らかく、シロップは甘いが飽きのこない味で、そこに甘く煮たピーナッツや粉粿(サツマイモ粉や片栗粉で作ったゼリー状のスイーツ)、タロイモ団子などをトッピングする。台湾人なら豆花について誰もが一家言を持っている。
東洋では大豆は重要なタンパク質源だ。大豆を挽いて豆乳にし、凝固剤を加えて圧搾すれば豆腐ができ、ここから深く広い豆腐文化が生まれた。ただ、スイーツとしての豆花が台湾に登場したのは、それほど昔のことではない。第二次世界大戦後、広東省の汕頭から移り住んできた人がこの故郷の味を台湾に持ち込み、それが台湾各地へと広まったのである。

豆花売りのおじさん
「トウファ~、トウファ~」という声が聞こえると、財布と鍋を手に豆花売りのおじさんを追いかけた記憶がある人も多いだろう。以前は、店を借りる資金がなく、三輪車などで豆花を売る人が少なくなかったのである。NVIDIAのジェンスン・フアン(黄仁勲)CEOも、台湾に帰省するたびに「豆花荘」の豆花を食べに行くと語っている。1965年創業の「豆花荘」も、かつては新荘で手押し車で豆花を売り歩いていた。20数年前にようやく寧夏夜市に店を持ったのである。
豆花売りを追いかけるという情景を見ることは少なくなったが、台中市西区には、まだ残っている。「羅家伝統豆花」の羅年勝さんは、毎日バイクで市街地を巡り、豆花を売っている。いつもの場所にバイクを止めると、あちこちから人が集まってきて昔懐かしい豆花を買おうと列を作る。豆花を器に盛りつつ、羅さんはかかってきた電話に答える。常連客から「今、どこですか?」という電話がかかってくるのだ。
映像が重視されるインスタグラムの時代、豆花も味だけでなく、ビジュアルが重視される。豆花店の若い経営者たちは、イノベーションによって昔ながらの豆花を復興させ、豆花をファッショナブルな存在するために、見せ方にも工夫を凝らしている。宜蘭県礁渓が発祥の「白水豆花」では、ゴールドの縁取りがある器を用い、豆花を一つのライフスタイルとして演出している。台北のMRT忠孝新生駅の近くにある「雹仔豆花」には緑のテラゾーのカウンターがあり、レトロな雰囲気を出している。台中西区にある「桂香豆花」には昔の玩具やフィギュアが並ぶ。1960~70年代生まれの人にとっては懐かしく、オーナーは豆花と一緒にフィギュアの写真も撮らせてくれる。

お客が追いかける移動販売から、大樹の下に店を開く屋台(下)、そして若い世代が開くおしゃれな店(上)まで、いずれも台湾人の豆花の記憶である。
半世紀の記憶を伝える江記東門豆花
台北市中正区の東門市場内にある「江記東門豆花」は、半世紀を超える歴史を持つ。創業以来、大豆本来の味を大切にし、台湾人の記憶にある滑らかで柔らかい味わいを伝え続けており、長年にわたって地元住民に愛されている。
店主の廖秀卿さんによると、かつてご主人は新竹県関西に豆花作りを習いに行き、さらに実験と調整を繰り返し、誰もがまた食べたいと思う豆花を生み出したという。
豆花作りはまだ夜が明けない3~4時から始まる。大豆を洗って水に浸し、挽いた汁を加熱し、豆花の形ができるまで、どの工程も少しも手を抜かない。消費者が安心して食べられるよう、江記では早くからカナダ産の遺伝子組み換えではない大豆を取り寄せており、これに柔らかく煮た台湾産のピーナッツをトッピングする。
シロップも手作りで、砂糖を炒って香りを出してから濃いシロップを作り、それを薄めて豆花にかける。どの工程も、しっとりした豆花を作るためだ。冬には冷たいものと温かいものの両方を提供している。暖かい豆花にはショウガ汁を加えることもできる。女将さんが一番好きな食べ方は、熱い豆花に冷たいシロップをかけたもので、その温度差のバランスこそ、長年の経験のたまものなのだと言う。
半世紀にわたって続いてきた江記豆花の常連客はすでに三代目になり、孫を連れて来る馴染み客もいれば、留学から帰ってきて久しぶりに懐かしい味を楽しみに来る人もいる。ここの豆花は飾り気がなく、濃厚で純粋な大豆の香りがする。誰もが、一度食べたらこの味のとりこになるというのもよくわかる。

大豆が豆花に変身
豆花はどのように作られるのだろう。豆花はスイーツだが、作り方は豆腐のそれと大差はない。豆を選び、水に浸し、すり潰して加熱し、豆乳ができたら凝固剤を加えて成型する。豆腐と豆花の違いは口当たりあるため、加える凝固剤の比率が違い、また豆腐のように圧搾しない。
凝固剤として一般に使われるのは食用の石膏(硫酸カルシウム)だ。にがりを使うのは近年復活してきた昔ながらの方法で、このほかに寒天やグルコノラクトンなどを使うところもある。
台中の「羅家伝統豆花」では今も焼石膏を使う伝統的な方法を用いている。羅年勝さんは石膏の原石を見せてくれる。石膏を炭火で完全に燃焼させた後、小さな塊に砕き、すり潰して粉状にし、不純物を取り除く。これが一番手間と時間がかかる工程だという。
比較的簡単な方法は、中薬店(漢方薬店)で売られている食用石膏粉を買ってきて使うというものだ。羅年勝さんは7歳の時から父の豆花作りを手伝っていたので、焼石膏の方法を習得したそうだ。一度は市販の石膏粉を使ってみたが、完成した豆花の口当たりが違うと感じ、焼石膏の方法に戻したという。大釜で豆乳を沸騰させた後、水で溶いた石膏粉とサツマイモ粉を加え、しばらく置くと豆花が完成する。
「白水豆花」では、凝固剤ににがり(塩化マグネシウム)を使っている。「大豆のタンパク質とにがりのミネラルがそれぞれプラスとマイナスのイオンを持ち、一定の温度に達するとそれが化学反応を起こして固まるのです」と「白水豆花」の成益さんは説明する。

創業から半世紀を超える老舗の「江記東門豆花」は、台湾人の記憶の中の「滑らかでほろほろ」の懐かしい味わいを守っている。
楽しいトッピング
豆花のトッピングは、昔の屋台から最新の店まで、それぞれが特色を打ち出している。甘く柔らかく煮たピーナッツと豆花とシロップの完璧な比率を追求してきたのは東門市場の江記豆花や公館の龍潭豆花などだ。
しかし「豪華」なものが好きな台湾人は、次々と新たなトッピングを開発してきた。タピオカや緑豆、小豆、ハトムギ、タロイモ団子、キンモクセイソース、白玉団子、甘く煮たタロイモなど、選ぶのに困るほどバラエティ豊かなトッピングが用意されている。
シロップの濃さもさまざまだ。寧夏夜市の「豆花荘」では、豆花の上に特製のサトウキビシャーベットをのせる。嘉義で人気の豆花店では、シロップではなく、豆乳をかけて出す。
南部の老舗豆花店の多くは、さらっとしたシロップではなく、蜜状の濃いソースをかける。高雄の「塩埕呉家金桔豆花」では、白い瀬戸物の器に豆花を3回すくって入れ、おたま一杯分の濃い蜜を豆花がひたひたになる程度にかける。蜜の金桔(キンカン)の香りが豆花の味わいを奥深いものにしてくれる。
台南の「同記安平豆花」にはレモン豆花というメニューがある。オーナーが小さな急須から新鮮なレモンジュースを豆花にかけてくれ、甘みと酸味の中にさわやかな香りが加わる。ただ、レモンを豆乳や豆花に入れることはできない。豆乳のタンパク質がレモンの酸に触れると、化学変化が起きてしまうからだ。
成益さんが、外国人観光客が多い台北市永康街で観察したところ、日本人では豆花を気に入る人が多いが、韓国人は半々だという。韓国人は麻婆豆腐や豆腐キムチ鍋などの方を好むようだ。

新時代の台湾の味
宜蘭県礁渓で創業した「白水豆花」は、店名にも深い意味が込められている。責任者の成益さんは、「『白水豆花』と名付けたのは『白』と『水』を合わせると『泉』という字になるからです。白水豆花はその名の通り、泉つまり湧水を使って豆花を作っているのです」と言う。
6年前に宜蘭で創業し、続いて台北の永康街や国家音楽庁、台北101の89階にも店を開いた。白水豆花は、昨今の、若者が経営するおしゃれな豆花店の元祖と言えそうだ。
長年にわたって宜蘭でサーフィンをしてきた彼は、現地との結びつきをより深めたいと考えた。「私が考えたのは、いかにして地元の文化と結びついた価値を出し、ローカルの文化と食材を見せていくかということで、単にここで商売をやるといことではありませんでした」と言う。
宜蘭は水質の良さで知られ、彼は雪山山脈の湧水で豆花を作っている。また台湾東海岸の海洋深層水には人体に必要なマグネシウムが含まれていて、豆花の凝固剤になる。また、豆花の脇役として、彼はピーナッツ粉と香菜のトッピングを薦める。「私は花生捲冰淇淋(アイスクリームにピーナッツ粉をかけて春巻きの皮で巻いたスイーツ)が大好きなんです。香菜とピーナッツ粉の組み合わせが絶妙です。台湾では猪血糕(豚の血と糯米を蒸し固めた軽食)や刈包(豚の角煮や漬物やピーナッツ粉を蒸しパンで挟んだ料理)なども必ずピーナッツ粉と香菜が使われます。海外ではこのような組み合わせはほとんどなく、これこそ『台湾の味』と言えると思います」と言う。
そこで白水豆花では、ピーナッツと水飴を固めた塊をカンナで削って豆花の上にかけ、そこへ香菜を添えて出す。豆花はゴールドの縁取りがある器に盛られ、さらに琥珀色のシロップをかける。「シロップは、豆花とトッピングを一体化させる重要な存在です。うちでは台南のキビ砂糖を使っていて、これでこそ本物の台湾の甘さが出ると考えています」と言う。

シンプルだが簡単ではない
豆花の材料はシンプルで、大豆と水と凝固剤さえあればできる。しかし、そこには語られることのない秘密が隠されている。早朝に白水豆花の作業場を訪れると、一晩水に浸した大豆のふたを成益さんが開ける。水は不思議なほど澄んでいる。「私たちは流水で豆を浸します。時間を設定し、水を流しておけば不純物も流れていきます」と言う。使うのは外国産の遺伝子組み換えではない大豆だ。「さまざまな豆をブレンドするコーヒーと同じように、私たちも品種の異なる大豆を調合して作っています」と成益さんは言う。
「私たちはシンプルに作りたいと考え、他のものは加えませんが、それがかえって難しいことなのです」と言う。例えば、豆乳を加熱すると大豆に含まれるサポニンの作用で大量の泡が出てくる。これを煮切ってしまわなければ、豆のえぐみが残る。そこで多くのメーカーでは時間を節約するために消泡剤を使って泡を消す。しかし、成益さんは時間をかけて豆乳を沸かし、火加減を調節する方法で解決している。
ここではスタッフが前日に豆乳を沸かし、冷却槽に入れて冷ましておく。翌朝、そこににがりを加えて再びゆっくり加熱して凝固させる。「その日に沸かした豆乳は鍋ごとに質が違い、タンパク質も安定していないので、豆花の品質も一定しないのです」。そこで零度前後まで冷ましてから翌日に凝固させるのである。
このように一杯の豆花には作り手の思いと心遣いが込められ、台湾人の暮らしにおける温かく素朴で忘れられない味となる。豆花はまた、台湾人の食に対する繊細なこだわりや創意を示し、台湾文化を読み解くカギの一にもなるのだ。

豆花のトッピングはますますバラエティ豊かになり、多すぎて選ぶのに迷うほどだ。地方ごとの特色もあり、嘉義ではシロップではなく豆乳をかけて提供する。


凝固剤に食用の石膏(硫酸カルシウム)を用いる。大豆を挽いた汁を煮立てて豆乳にした後、水で溶いた石膏粉とサツマイモ粉を加え、しばらくおくと固まって豆花ができる。

「羅家伝統豆花」では、今でも伝統の方法を守り、石膏を加熱して焼石膏にしたものを凝固剤に用いている。

豆花の材料はシンプルで、大豆と水、凝固剤だけだが、工程の細部に作り手の熱意と心遣いが現われている。

材料から製造、盛り付けまで、どの作業もこだわりを持って慎重に行なわれる。「白水豆花」が提供する一杯は、シンプルだが決して簡単なものではない。

金の縁取りがある器に盛られた豆花に、台湾伝統の味であるピーナッツ粉と香菜を添える。これが「白水豆花」の成益さんが外国人に薦める「台湾の味」である。

「白水豆花」は、近年増えている若い世代によるおしゃれな豆花店の元祖と言える存在だ。

一杯の豆花が舌も心も満たしてくれる。豆花には、台湾人の食の細部に対するこだわりと創意が現われている。
