白み始めた台北の早朝、街角毎に見かけるコンビニや、裏道の隠れ家的なコーヒーショップから、人を誘う香りが漂ってくる。出勤を急ぐサラリーマンも熱いコーヒーを手にしている。台湾はコーヒー好きの国で、芳醇なラテやカプチノ、自家焙煎でうるさい舌も満足させる。
日本人は年平均343杯、アメリカ人は412杯、ドイツ、スイス、ルクセンブルグなどでは500杯以上を飲み干す。台湾のコーヒー消費量はこれには及ばないが、最近10年で3.7倍に成長している。
台湾人はますますコーヒーから離れられなくなっている。コーヒーのどんな魅力が、人を惹きつけてやまないのだろう。
一体いつごろから、毎日一杯のコーヒーがお茶と同じく自然な生活習慣となったのだろう。多くの人は一日をコーヒーで開始し、毎日数杯のコーヒーを飲まなければ元気が出ない。先ごろは、コンビニのコーヒー値上げが国会を騒がすほど、生活の一大事となった。
台湾人はどれほどコーヒー好きなのか。輸入量と消費量の変化から見て取れる。
財政部関税総局の統計によると、1999年のコーヒー(生豆と焙煎豆)の輸入量は約4794トンだったが、2010年には1万7885トンに急増し、1カップに約10グラムとして計算すると、1999年では約4.8億杯(一人当り約21杯)だったのが、2010年には17.9億杯(一人当り78杯)と、12年で平均消費量が3.7倍に成長した。私たちのコーヒーへの依存度が、ますます深まっていることが分る。

香り高いコーヒーは現代人の暮らしに欠かせない。台湾ではコーヒーの歴史は浅いが、業者の真剣な取り組みが、台湾のコーヒーの味を良くしている。
悪魔の飲み物と言われる濃厚な飲料に、なぜかくも多くの人々が惹かれるのだろう。実はこれは、カフェ文化、コーヒーチェーン、コンビニの廉価コーヒーと深くかかわりがある。
半世紀前、台湾ではコーヒーはセレブな文化人の舶来品という色彩が濃く、庶民には手の届かないイメージだった。1950年代には、台北で富裕層が多い大稲埕や西門町辺りには、文化人や芸術家、政治家が集まる「波麗路」や「明星珈琲館」などがあり、カフェと芸術や文化が密接にかかわり、市井の庶民生活とは無関係と思われていた。
1970年代になると、国民所得が増加し海外留学生が戻ってきて、外来の飲食文化の社会的受容度も高まり、珈琲消費が増加していく。西門町の老舗「南美珈琲」はこの時期に生豆を輸入し、自家焙煎で有名になった。酸味を帯びたほろ苦い味が、多くの人をとりこにした。
1985年以降になると、株価が急騰し、コーヒー消費も庶民化した。ブラウンなどの缶コーヒーやスティックコーヒーが発売され、手軽で低価格、苦味や酸味を好まない市場のニーズに応えた。街中には小洒落たコーヒー専門店や書店内のカフェが出現し、合せて軽食も提供する経営モデルが出来上がった。しかし「蜜蜂」や「老樹」などの老舗カフェで炭焼きブルーマウンテンやマンデリンをブラックで飲む人は少数派であった。
1992年になると、コーヒーチェーンが出現する。日系の珈琲館「真鍋」はドリップと多様な食事メニューを出し、「ドトール」「ダンテ」などがセルフで35元の低価格コーヒーを提供した。1997年以降になると「シアトル」や「スターバックス」が進出し、市場を席巻した。
コーヒー界のマクドナルドと言われるスターバックスは、食品大手の統一が導入し、積極的な展開、明るい店内など、その雰囲気は一般のカフェと大きく異なる。揃いのTシャツの若い店員が明るく元気に一杯ずつ入れる。カスタマイズしたサービスは標準作業が定められ、アメリカンのインテリアはゆったりと心地よい。良質のレギュラーコーヒーと高めの値段設定でホワイトカラーに愛され、現在では台湾に200店舗余りを展開している。
2003年前後になると低価格テイクアウトが始まり、「壱珈琲」は35元のおいしいコーヒーで市場を拡大した。次いで「85℃」は、良質のケーキとの組合せ戦略で5年で300店舗を出店した。コーヒー消費人口は15歳から75歳まで拡大した。
2004年、セブンイレブンを運営する統一超商は、City Caféのブランドで「Cityこそ私のカフェ」と強力な広告を打ち、台湾4500店舗の流通ネットを通じ、低価格の本格派コーヒーを発売した。その後、他のコンビニも参戦して、コーヒーは全国民的な広がりを見せた。2008年には台湾のコーヒーチェーンは731店舗と、ファストフードの695店舗を抜き去った。
コンビニ、ファストフード、個人店舗にチェーン店を加えると、1万店以上でレギュラーコーヒーを買うことができ、コーヒーの市場規模400億元の半分以上を占める。

至る所にあるコンビニでも安くコーヒーが買えるが、街角には個性的なカフェもたくさんあり、自家焙煎のコーヒーは一味違う。
台湾人のコーヒー好きはもはやニュースではないが、驚くことに世界に肩を並べる美味しいコーヒーがある。
しばらく前のこと、旅行作家の葉怡蘭がフランスに出かけ、パリでいくつものカフェを訪ねたが、美味しいコーヒーに出会えず、がっかりして帰った。カフェが密集する台北まで帰る時間を待ちきれず、空港のコンビニでコーヒーを買い、19日にわたるコーヒーの飢えを癒した。世界各地を歩いた葉怡蘭は、台湾のようにコーヒーの美味しい国が少ないことを発見した。コンビニでもカプチノは馥郁とし、ラテアートは繊細、クリームが豊かに泡立っている。
「ヨーロッパのコーヒーの歴史は少なくとも500年以上で、アラビカでなければと言うことはありません」と、葉怡蘭は言う。アラビカとはコーヒーの原種で、香り、味が優れている。台湾のコーヒー業者はアラビカを選ぶが、ヨーロッパでは苦味の強いロブスタ種が多い。
葉怡蘭によると、台湾ではコーヒーの歴史が短いので、かえってオープンに新しい知識を受け入れやすいと言う。さらに茶の文化が浸透しており、茶葉の鮮度や品質を重んじるが、この態度がコーヒーにも及び、品種や産地、鮮度や焙煎、入れ方に及ぶのである。
品質で知られる「哈亜極品珈琲」の日本人オーナー三上出は、よいブラックコーヒーとは、産地毎の特徴が味わえて、雑味や喉に引っかかる苦味がなく、豊かで馥郁とした質感があるという。あたかもワインのように、飲んだ後にゆったりした味わいが残るのである。
「台湾のコーヒーがよいのは本来の味に忠実で、コーヒー豆本来の味と香りに深みがあるからです」と葉怡蘭は言う。

テイスティングの世界は奥深い。入れる時に立つ湯気と香りから、舌で感じる酸味や苦み、そして氷を入れた後の茶のような香りまで、さまざまな感覚を味わう。
最近は台北の街角には多くの個性的なカフェがあり、産地や等級のラベルのついたコーヒーの麻袋が積まれている。傍らには人より背の高い焙煎機が置かれ、ここは新鮮な単品の豆を自家焙煎したガーデン・コーヒーの店と告げている。
自家焙煎のブームは、カフェは自分で生豆を輸入し、焙煎して入れる時代が来たことを告げている。実際は、これはコーヒーショップの競争が激化したことを意味する。
台湾フランチャイズ協会の統計によると、スターバックスやダンテなどのコーヒーチェーン店は台湾に1500店舗以上あり、これに個人経営のカフェを加えると2000を超える。そのうち自家焙煎の店は約300店で、生豆の使用量は400トンと、2009年に輸入された生豆1万1607トンの僅か3%に過ぎない。
「これまで台湾のコーヒー豆の卸業者は数少なく、コーヒーショップが仕入れるマンデリンやブラジル、コロンビアなどの焙煎は似通っていて、単品の豆の特色が識別できませんでした。最高級のブルーマウンテンでも、炭焼きの苦味しかありませんでした」と、コーヒーの味利きの国際資格を有する三上出は言う。数百元も払っても、ブルーマウンテンの味の良さが分らなかったのである。
本物のジャマイカ産のブルーマウンテンは柔らかい酸味で、深く焙煎するとすっきりした甘みが出るが、一杯400元以上するので、コロンビアを焙煎で似た味に仕上げることが多い。安いが、本物の味は分らない。
従来の喫茶店や大量に焙煎する卸売業者との差別化のため、自家焙煎カフェは鮮度とカスタマイズを謳う。規模は小さく、焙煎した豆は店で入れるか、少量の小売用で、しかも注文を受けてから焙煎する。
台北MRT六張犂駅付近のPEGコーヒーで豆を買おうとすると、主人の犂子は味の好みを尋ねる。香り高く、すっきりした酸味であればエチオピアのイルガチェッフ、馥郁とし適度な酸味であればケニアAAを勧められる。よく分らないと答えると、何種類か味見をさせてくれて、お客向けのサービスを提供する。コーヒーの好みは人様々なので、自家焙煎の店では味見に説明を加え、豆の性質や焙煎方法を理解させる。この琥珀色の飲み物には、産地、等級、栽培方法、生豆の処理などがあり、それを知ることでコーヒーの味見に役立つのである。

至る所にあるコンビニでも安くコーヒーが買えるが、街角には個性的なカフェもたくさんあり、自家焙煎のコーヒーは一味違う。
自家焙煎のブームを見ると、その背後には1990年代以降の小衆コーヒー好きの繊細な舌が隠されているようである。
かつてはコーヒーショップは規模が小さく、専門的な知識もなかった。「コーヒーは西洋文明のベールに隠され、コーヒーショップの多くはサイフォンを使い、化学実験のような雰囲気があった」と「湛廬珈琲」の主人廖国明は語る。
1993年にインターネットがつながると、各地のコーヒー好きが集結し「掲示板にコーヒーのボードができて、情報を交換しました」と廖国明は語る。
1997年にコーヒー好きが設置した掲示板「爾湾珈琲」がイタリアン・コーヒーを紹介し、さらに自家焙煎を盛り上げたネットで、小型の家庭用エスプレッソ機を購入し、真っ黒の濃いコーヒーを入れては、機械の性能を討論した。「機械の性能をテストしたのですが、問題は機械ではなく豆の鮮度と分りました」と廖国明は結論付けた。
そこで彼らはまずポップコーンの機械を利用し、さらに機械を自分で組み立て始めた。蘇彦彰が製作した焙煎機はわずか数千元と安く、同好の士に歓迎され、今では第9世代まで開発されている。
これが続いて、何がコーヒーの味の決め手なのか、共通認識が形成された。豆が6~7割、焙煎技術が2~3割、入れ方は最後の1~2割というのである。
コーヒーの味わい方にも手順があり、まず豆の表面の香りを利く。種類によりブーケ、キャラメル、ショコラなど異なる。口に入れる温度は65度前後で、甘み、酸味など複雑な味が味わえる。喉を通ると甘みが戻り、鼻に香りが抜ける。「最初は狭い隙間の感じですが、次第に視野が広がり、速度とリズム感が感じられます」と、コーヒー専門家の蘇彦章は交響曲のような変化ある味わいを語る。

香り高いコーヒーは現代人の暮らしに欠かせない。台湾ではコーヒーの歴史は浅いが、業者の真剣な取り組みが、台湾のコーヒーの味を良くしている。
コーヒーの知識が普及すると誰もが自分で焙煎し、入れ方を変えて楽しみたくなる。
2011年初めにボランティアが集まってコーヒー・ブログを開設し、仲間を集めてコーヒーで農家を保護し、地球に優しいフェアトレードを推進しようという理念を伝え始めた。
台湾人にとって、コーヒーは自由気ままな雰囲気を湛え、ある種の美への関心である。コーヒーを味わい、おしゃべりを楽しむ時間は、またコーヒー農家を守り、地球を愛する幸福な時間でもある。
この生命力豊かな小さな魔法の豆が台湾で実を結び、コーヒーを楽しむ気風が、社会のあちこちに根付いてきた。コーヒーを愛する多くの人々が、台湾の飲食文化の歴史を書き換えようとしている。

コーヒーの実はベリーのように赤く熟してから摘んだものが最もおいしい。

アメリカのスターバックスが進出したことで、コーヒー人口が増えた。新聞とコーヒーでゆったりしたひと時を過ごす。

台湾の阿里山茶山村で栽培されるコーヒー豆の質は外国のものに劣らないが、生産量が少なく、人件費が高いため、コストは高くつく。

至る所にあるコンビニでも安くコーヒーが買えるが、街角には個性的なカフェもたくさんあり、自家焙煎のコーヒーは一味違う。

コーヒー豆の品質がコーヒーのコクと香りを決める。写真は台北国際貿易センターのコーヒー展で展示された中南米のコーヒー豆。

香り高いコーヒーは現代人の暮らしに欠かせない。台湾ではコーヒーの歴史は浅いが、業者の真剣な取り組みが、台湾のコーヒーの味を良くしている。