坪林老街(古い町並み)には、北勢渓でとれた石材で建てた家など、開拓期の痕跡が残っている。
東洋で生まれた茶文化は東から西へと海を渡って広まり、世界の貿易地図を塗り替えるとともに、各国の言語にも静かに浸透していった。福建や台湾から茶葉を輸入していた地域やその経由地の多くでは、「茶」のことを「tea」に近い発音で表す。閩南語(福建省南部の方言)で「茶」を「tê」と発音する影響を受けたからである。
かつて台湾茶は世界市場を席巻し、この島の「大航海時代」を切り開いた。台湾の多くの地域が茶葉の生産や取引で繁栄し、その町の名も茶の香りとともに世界に知られていったのである。
台北市から車で30分ほどの距離にある新北市の坪林区は、北台湾の重要な茶の産地である。ここにある「新北市坪林茶葉博物館」を訪れれば、茶の歴史と物語に触れることができる。坪林には日常の暮らしを感じさせる古い町並み(老街)があり、そこを歩くと、先人が淡蘭古道南路から山間に入り、開墾して造り上げた産業と暮らしを垣間見ることができる。
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保坪宮の香炉はクスノキのこぶで作られており、かつて樟脳生産のためにクスノキを切り出していた歴史をうかがわせる。
茶の里の前世
平日に坪林老街に足を踏み入れると、ゆったりとした時間がが流れている。通りは長くはなく、どの家も店を開いているわけではない。「坪林老街に生活感があるのは、観光客に頼っておらず、茶葉を専門に扱い、B2Bに近い形式で経営しているからです」と話すのは地域の雑誌『走水』を編集する鍾振紘さんだ。
2022年創刊の『走水』は坪林の若い世代の視点で編集した地域の雑誌で、編集チームは地域の高齢者にインタビューし、史料を探し、産業や信仰、教育、生態などの面からこの小さな町の歴史を紹介している。
鍾振紘さんは「この集落の歴史は長くはなく、200年ほどです」と言う。漢人による開拓史という角度から見ると、先人たちは沿海地域から開墾を始め、平地の資源を開発し終えてから山地へと進んでいった。こうした流れで、淡水と宜蘭を結ぶ淡蘭古道は北・中・南の三つのルートに分かれており、坪林は南路の重要な中継地となった。「坪林では今でも初期の開墾の様子を目にすることができ、手掛かりも残っています」と『走水』編集長の詹培昕さんは言う。
先人は山林資源に頼って暮らし、稲を植え、クスノキを伐採し、木材を切り出した。古い町並みには北勢渓の石を積み上げて建てた家屋がある。冬は暖かく夏は涼しく、昔の暮らしが偲ばれる。記録によると、坪林はかつて北部最大の樟脳の生産地で、鍾振紘さんによると、保坪宮の2階に祀られている玄天上帝の香炉は、クスノキのこぶで作られた非常に珍しいものだという。
丘陵地帯は茶葉の生産に適しているが、かつて坪林の生産量は限られていた。清の時代、茶農家は、茶葉を山を越えて深坑まで運び、そこから水路を経て大稲埕まで運搬しなければならなかった。日本統治時代になると台北と宜蘭を結ぶ北蘭公路の雛形ができ、ここを通って新店まで運べば、大稲埕に運搬するトロッコがあった。
この古い町並みは、坪林の重要な交易の中心地でもあった。鍾振紘さんによると、坪林の集落は広い地域に分散しており、老街は平たんな地域にあるため、近隣の村落からもここに人が集まってきて交易が行なわれた。山地の茶農家も茶葉を老街まで運んできて卸売商に売ったのである。
その後、北宜公路沿いの地域は台北と宜蘭を往来する観光客を対象にした商売が中心になり、後に雪山トンネルが開通すると、この地域は打撃を受けた。しかし、坪林の老街は常にここに静かに存在し続け、特別ににぎわうこともなく、ローカルな生活感を守り続けてきたのである。
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庶民の日常の暮らしを感じさせる坪林老街。
黄金の時代から継承の道へ
「坪林は茶の里と呼ばれますが、規模を備えた生産が始まったのは、1970~80年代のことです」と詹培昕さんは言う。以前の製茶はすべて人の手で行なわれていて、大量生産はできなかった。それが1960年代の後期に坪林の各村落にも電気が通り、ようやく半機械化の製茶が行なえるようになったのである。1970年代に入ると、台湾の茶葉市場は輸出から内需へと変わって坪林の茶産業は黄金時代を迎え、現在でも北台湾の重要な茶葉産地として知られている。
「以前は茶葉の値は非常に高く、祖父の話によると、当時は1斤(600グラム)が1万元で売れたそうです。当時、茶農家は毎年1軒の家が買えました」と坪林青年茶葉発展協会理事長の陳威憲さんは言う。
しかし、農業は大変な作業なのに加えて少子化の影響もあり、茶産業は衰退しつつある。年配者の多くは、子供たちに跡を継がなくてもよいと言っている。しかし坪林では多くの茶農家の二代目がUターンの道を選び、親から茶の栽培や製茶を学んでいる。彼らは「坪林青年茶業発展協会」を結成し、若い世代の創意で故郷の茶の物語を引き継いでいこうとしている。
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坪林老街にある保坪宮には160年以上の歴史があり、地元の人々の信仰の場となっている。
若い茶農家の進撃
坪林老街に最近できた「有種茶UChung」という複合型の茶空間で、陳威憲さんと「有種茶合作社」理事主席の詹承得さんがUターンの動機を話してくれた。二人は異口同音に、親の技術を引き継ぎたいこと、故郷への想いが断ち切れないことを語ってくれた。しかし、帰ってきてから問題の大きさに気付いたという。詹さんは「摩擦」だと言い、陳さんは「父親との考え方の違いです。生活と仕事を切り離せないのです」と言う。親の世代の考え方は保守的で、チャレンジを恐れる。例えば、気候変動で茶の成長は以前より速くなっているが、父親世代は数十年来の収穫期を変えようとしない。成長度合いによって葉の厚みも変わってくるのだから、収穫期は調整するべきだと詹さんは考えている。
このような世代間の意見の衝突があり、若い世代が集まると互いに愚痴をこぼし合い、製茶の経験などをシェアしている。陳威憲さんによると、上の世代は「こうしなさい」と言うだけで理由を教えてくれないそうだ。しかし、若い世代は理由や原因について話し合い、それによって学び、しばしば業界の賞も取っている。一方、父親たちの世代は互いに競争関係にあり、それぞれの家の技術は外部に漏らしたくない「生活の糧」だったため、経験をシェアすることなどなかった。このことは、若い世代もよく理解している。
しかし、若い農家は親の世代の方法でやっていては、いずれは淘汰されてしまうと考え、「坪林青年茶業発展協会」を設立、坪林の茶文化の推進に取り組み始めた。各地でイベントを催し、他の地域の若い茶農家とも交流して、茶産業の発展のために奮闘している。2023年には「有種茶合作社」を設立して「有種茶」ブランドを打ち立て、商品開発にも取り組み始めた。若い消費者も手に取りやすい小さめのパッケージや、茶をブレンドしたカクテルを好む若者向けの「茶慶酒」などがある。合作社は農家から茶葉を仕入れているが、将来的には茶葉の価格を安定させ、茶農家の収益を増やしたいと考えている。
合作社はイベント会場としても使える拠点「有種茶UChung」をオープンした。ここでは食農教育や製茶体験、一日店長などのイベントを催し、茶に関する知識を広め、また茶農家が直接消費者と対話できるようにしている。
「私たちの世代は、上の世代より多くの危機に直面し、転換を求められているので、常に何か別の方法はないかと考えるようにしています。合作社も、もう一つの道の可能性を探るものです。皆の力で他の販売ルートの可能性を見出し、ともに生産していきたいと考えています」と詹承得さんは言う。
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親から家業を引き継いだ茶農家の若い世代。若者らしい創意とチャレンジ精神で故郷の茶の物語を受け継いでいる。(新北市坪林青年茶業発展協会提供)
クリエイティビティで坪林を変える
2013年に論文を書くために坪林にやってきた蔡威徳さんは、体験デザインやサービスデザインの概念を地方に取り入れたいと考えていた。指導教授が提供してくれた金瓜三号をベースとし、実験的に若者を集めて農業体験に参加してもらい、人手を必要とする地域の高齢者のニーズを満たしてきた。一方で農業体験に参加する学生は地域の物語を収集する。こうした経験を蓄積する中で、蔡威徳さんはいくつかの体験ツアーのコースをデザインし、多くのサラリーマンが1泊2日で坪林での暮らしを体験しに参加した。
当初は「学生」として坪林にやってきた蔡さんは、論文を完成させた後は坪林を離れることができたのだが、この土地に残る決意をする。一つは、学んだ理論を地方で実践したかったこと、もう一つは多くの年配者のお世話になったことが理由だ。「私はこの土地で役割を持ち始めました。農家の人手が足りない時には私に声をかけてくれるので、自分にとって明確な使命ができ、そこから自信と自己肯定感が得られたのです」。
蔡威徳さんは、この土地の若い茶農家の人々とも出会った。地域のために何かしたいと考えている年齢の近い仲間たちは、アイディアを出し合い、一緒に遊び、協会を創設して「有種精神」や「新茶世代」というブランドの物語を生み出してきた。
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茶業発展協会では体験活動などを通して茶に関する知識を広めている。坪林の茶文化に触れてもらおうと各地でイベントも催す。(新北市坪林青年茶業発展協会提供)
坪林の歴史を掘り起こす『走水』
雑誌『走水』編集チームは理想と使命感を抱いて坪林の物語を綴っている。鍾振紘さんが雑誌名を「走水」にした理由を話してくれた。一つは、坪林が翡翠ダムの水源保護区にあり、彼らはその水路沿いでフィールドワークを行なっているからである。もう一つは、坪林の主要産業である茶と関わっている。「走水」というのは製茶における重要な工程で、茶葉の水分を蒸発させる作業のことを指す。これが不十分だと茶の香りが出ないという。十分に水分を蒸発させてこそ、良い香りが生まれるのである。坪林では多くの人が余所へ移住していくが、Uターンしてきた若者も少なくなく、彼らはさまざまな観点から新たなエネルギーを持ち込んでおり、これが製茶の「走水」の意味と重なり合うのである。
編集チームはレコーダーを手にフィールドワークを重ねてきた。文献や史料に当たり、高齢者にインタビューすることで、坪林の開発史を描き出している。彼らが採集するのは坪林の日常生活のあれこれだ。包種茶の製茶方法、住民と水との共生、北勢渓での四季折々の遊び、竹製の筌という漁具の作り方、先人たちが竹筒を利用して山の湧水を引いてきた方法などだ。このほかに、坪林の人々にとって重要な元宵節、迎媽祖などの祭典や儀式についても取材している。
編集チームの二人は坪林の現状についてもさまざまな考察をしている。例えば、雪山トンネルの開通によって茶農家の若者は帰省しやすくなったと詹培昕さんは言う。また、翡翠ダムが水源保護区に指定されて開発が制限されたが、このおかげで坪林の自然はかえって残されることとなり、持続可能なグリーンツーリズムの優位性を発揮できるようになったという。
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「有種精神」をもって打ち立てた「有種茶」ブランド。
持続可能な緑のビジョン
蔡威徳さんは、2030年に向けてサステナブルな緑の茶の里という構想を打ち出している。さまざまなグリーンツーリズムやグリーンフード、茶葉料理店などの旅行サービスと手を組んで産業を盛り立てようというもので、今後は坪林旅客センターの運営も引き受ける予定だ。「坪林の時間はゆっくりと流れています。日常生活の中で半日か一日、ここでいつもと違うリズムで過ごしてもらえればと思います」と蔡威徳さんは言う。
詹培昕さんは「坪林はまだ開墾ingの段階で、チャレンジとイノベーションの途上にありますが、『走水』はすでに放射状の効果を発揮しています。私たちが目指すのは坪林文化のアウトプットなのです」と語る。
茶農家の二代目は、職人としての志を持って茶葉の生産と製茶に取り組んでいる。また故郷に対しては「地創地生」の精神で互いに協力して自力更生の道を見出し、地域の活力と機会を生み出していきたいと考えている。
坪林老街の規模は小さいが、ここで芽生える数々の新しい発想は、茶の新芽のように無限の可能性を秘めているのである。
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陳威憲さん(左)と詹承得さん(右)は茶業発展協会と合作社の力を通して、坪林の茶産業により多くの可能性を見出したいと考えている。
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棚にはデザイン性のあるおしゃれな包種茶のパッケージが並び、若い世代の創意で消費者をひきつけている。
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蔡威徳さんはレストラン「坪感覚」で新たな世界を開き、食を通して交流の輪を広げている。
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雲林出身の蔡威徳さんは坪林に自分の場所を見出し、ここで家庭を持ち、事業を興した。
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古い民家を改装した「坪感覚」は、古い町並みで文化産業と自然をつないでいる。
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「走水」には、製茶の工程で水分を蒸発させるという意味がある。雑誌『走水』はこの精神で、坪林の物語を綴っている。
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坪林では、元宵節や迎媽祖、中元普渡などの伝統の祭典がよく保存されており、この地域ならではの特色が見られる。(鍾振紘撮影)
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雑誌『走水』を作っている詹培昕さん(左)と鍾振紘さん(右)。その記事からは、坪林の産業や自然、文化に対する熱い想いが伝わってくる。
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坪林で茶の爽やかな香りを楽しむ。
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古い町並みで最も人々をひきつけるのは茶の文化と人の物語である。
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坪林の美は、大自然だけでなく、地域のために力を注ぐ人々の姿にもある。