国際的競技での活躍
台湾陸上界の二つの巨星――「アジアの鉄人」楊伝広と、「飛び越えるカモシカ」紀政は、1976年に『光華』が創刊する以前から国際的に名を轟かせていた。1980年3月(日本語版は翌月号、以下同じ)の記事「鉄人は老いず」では、1979年の台湾区運動会(現「全国運動会」)において楊と紀が聖火を手に会場を走る写真が掲載されていた。これは世代を超えて彼らの火が受け継がれていくことの象徴と言える。
その後、先人たちの精神を受け継いだアスリートたちの輝かしい成績を、『光華』は以下のように記録している。
・呂良煥、謝敏男、涂阿玉が台湾ゴルフの強さの基盤を築く。
・1981年、「中華木蘭(ムーラン)」の愛称で知られる女子サッカーのナショナルチームがAFC女子アジアカップで3連覇を達成した。また黄根屘が韓国で開催された国際大会のプロレス無差別級で3度目のチャンピオンに輝く。
・1984年、ロサンゼルスオリンピックで蔡温義が銅メダルを獲得し、台湾で楊伝広と紀政に次ぐ3人目の五輪メダリストとなる。
・1988年、陳怡安がソウルオリンピックのテコンドー・デモンストレーション競技で金メダルを獲得し、女性選手として新たな歴史を刻む。
・1992年、野球ナショナルチームがバルセロナオリンピックで銀メダルを獲得し、リトルリーグから中高生世代、トップカテゴリーに至るまで国際舞台で輝いた台湾野球の「三冠王」時代の記憶を再び呼び覚ました。
・1994年、広島でのアジア競技大会で、「風速女王」の異名を持つ王恵珍が陸上女子200メートルで金メダルを獲得して記録を更新。
・1997年、釜山での東アジア競技大会で、男子バスケットボール台湾代表チームが1点差で韓国を破り、43年ぶりに金メダルを獲得。
・1998年、タイでのアジア競技大会で、台湾が19個の金メダルに輝いた。『光華』でも「新記録達成!」というタイトルで、選手たちの快挙を報じた。
・21世紀に入った2004年のアテネオリンピックでは、テコンドーの「ドリームチーム」と称された陳詩欣と朱木炎が期待に応え、1日で金メダル2個を獲得し、輝かしい戦績を打ち立てた。
・2005年、王建民がニューヨーク・ヤンキースでメジャーデビュー。陳金鋒、曹錦輝に続き、アメリカ大リーグに進出した選手となった。
・2006年、林義傑が世界極地マラソンの第1回4デザーツ・シリーズで優勝。
・2013年、『光華』は現地取材によって、ワールドゲームズの綱引き台湾代表チーム「景美聯隊」の優勝と、彼らの優れた団結力を伝えた。
郭婞淳が重量挙げで金メダル。李智凱が体操男子あん馬で銀メダル(これは体操では台湾初のメダル獲得)。戴資穎がバドミントン女子シングルスで銀メダル。「麟洋ペア」と呼ばれる最強ペアの李洋と王齊麟が金メダルに輝き、続く2024年のパリオリンピックでも連覇を達成。この金メダルマッチはバドミントン界の伝説となっており、彼らの「シャトルが床に落ちるその瞬間まで戦い抜く」という姿は、台湾人の精神性を最もよく表していると言えるだろう。
さらに、テニスでは自分のリズムで試合を運んだ謝淑薇、卓球では世代を超えた好ペアの荘智淵と林昀儒、ボクシングの林郁婷や黄筱雯、テコンドーの新星・羅嘉翎たちも、同オリンピックで台湾の不屈の精神を世界に示した。

「最強ペア」の李洋と王齊麟は五輪2大会連続で金メダルを獲得。五輪バドミントン男子ダブルスでの快挙だった。