台湾のアウトドア・シーンでは、カヌー、サイクリング、マラソン、サーフィンに続き、新たなブームが起きている。家族で自動車に乗って出かけ、着いた所で寝るというキャンピングだ。
台湾は山林に恵まれ、気候が温暖、治安も良いため、屋外で寝泊まりする野趣を楽しもうという人が増えている。
かつての青少年活動におけるキャンプは、登山やハイキングに付随した活動に過ぎなかった。だが今やキャンプが主役の座を奪い、ほかの活動はそれに伴うプログラムの一部に過ぎない。
亀山島が近づくにつれて、宜蘭外澳海岸の家並みが小さくなっていく。阿剛と妻は二人乗りのカヤックで波をかき分け、亀山島を目指す。仲間5人はすでに亀山島に上陸している。
「台湾で最も美しい場所というのは、あまり人が行けない所です」無人の島に上陸し、対岸の台湾本島を眺めながら、山林をこよなく愛する38歳のインテリアデザイナーは穏やかに語る。キャンピングカーに改造した車を夫婦で運転し、土曜日にまず拠点に到着、そこからカヤックで別の地点へと移動する。ボート漕ぎを楽しめるだけでなく、夜には大自然の中でキャンプして、都会のストレスを洗い流す。
こうした週末の過ごし方が、阿剛の定番となって久しい。キャンプ歴は15年、最初の頃は妻と二人だったが、この2年は1歳半と3歳の子供もいっしょだ。「子供連れだとキャンプだけの旅程です。子供がもう少し大きくなったら、いっしょにカヤックも楽しめます」水に面した所まで来て、そこをキャンプ地にする。北部の亀山島や基隆嶼、南部の琉球、中部の碧湖などで夫婦はキャンプとカヤックを楽しんできた。

バージョンアップしたキャンピングライフ。キャンピングカーの設備は充実し、テーブルからベッドまで揃っていて、移動する小さな家とも言える。
キャンプによって、暮らしやレジャーの範囲を大自然にまで広げる。こうした楽しみを最もよく知るのが、PTSテレビ勤務の陳清桂だ。改造キャンピングカー3台を持ち、中華民国T3カー・クラブの会長でもある。
「車齢20年以上の中古車がここ数年急に価値を増しています」陳清桂によれば、台湾では近年のキャンプ・ブームで、車内スペースの広い車の人気が高まっているという。キャンプカーに改造しやすいからだ。キャンプ族が最も好むのが9人乗りバンで、シートを倒せばベッドになるように改造する。「キャンプ場さえあれば、運転して行って、そのまま宿泊できます」一般のキャンプ場には、水道電気、洗面所、炊事場などの設備が整い、食料を買える所もあるので、雨風をしのげる車さえあれば、旅における交通と宿泊の問題を一気にクリアできる、と陳清桂は説明する。
「たびたびキャンプに行こうと思うなら、もう少しお金をかけて車を改造し、ガス台や冷蔵庫、テーブルを装備する人も多いです。更にトイレも取り付ければ、キャンプ場でなくてもどこでも泊まることができます」と、真理大学観光事業学科主任の李永棠は言う。
李永棠はこう語る。山野に出かけるのが好きな台湾人が増えたことから、近年は各種アウトドアスポーツ人口も激増し、レジャーと観光を結びつけたキャンピングがブームになっている。そうした中でキャンプのやり方も、かつてのテント宿泊からキャンピングカーへと移り、自分で車を改造したり、キャンンピングカーを買う人が増えている。「もう一つの特色は、キャンプが暮らしの領域を広げたことです。自転車やカヤック、サーフィンの装備を車に積み、普段の生活範囲を超えた場所でレジャーを楽しむようになりました。かつてのキャンプは学生の団体活動でしたが、近年のキャンプ族が強調するのは、家族全員で楽しむレジャーです」

キャンプとカヤックを組み合わせれば山も海も楽しめ、都会を遠く離れた爽快感を味わえる。
国立台湾師範大学の陳盛雄・助理教授によれば、国民所得、教育・レジャー費支出、労働時間、自家用車所有率など、レジャー活動成長に影響する要因はいくつかあるが、この数十年は「これらの条件すべてがレジャー産業発展を推し進めている」と言う。
また「1949年~1995年までは、登山グループによるテント宿泊を除けば、キャンプ活動発展を支えたのは主に9団体だけでした」と言う。戒厳令の下、一般の人がキャンプを推進するにはさまざまな壁があった。1974年2月、簡永光、陳伯安、陳盛雄がキャンプ倶楽部を設立すると、半年で3000人近くが集まり、興奮したという。だが間もなく「団体でよろしくないことをやっている」と警察に通報があり、警官が事情聴取にやってきた。こうして、キャンプ推進を掲げた台湾初の民間団体はあっけなく解散した。
台湾の多くの人にとってキャンプの経験といえば、青少年教育を主眼としたボーイスカウトや救国団(国民党が組織した青少年活動団体)の主催によるものだ。とりわけ後者は、キャンプしながら軍事訓練、青少年交流活動、各地旅行などを行なったもので、1950~60年代生まれの人々にとって共通の思い出となっている。
救国団によるキャンプは、1953年の第1回冬季青年戦闘キャンプに4993人が参加、その後発展を続けてピーク時にはのべ100万人以上が参加しており、台湾キャンプ史における重要な地位を占めていた。救国団、つまり「中国青年反共救国団」の活動は、初期には高校生を主な対象とし、国防部の全面支援を受けて参加費無料だった。1962年以降は中学生も参加できるようになり、参加隊数、主催回数、人数ともに年々増加して1953年の4993人から1970年には32万3781人と、17年間で60数倍に成長した。
陳盛雄によれば、台湾の初期キャンプ活動は政治主導によるものだったので、「ボーイスカウト教育」「学級キャンプ」「夏冬季戦闘キャンプ」などの色彩が強かった。やがて工業化社会となり、都市部に人口が集中すると、会社や工場で働く人々がグループを作ってキャンプを楽しむようになった。その後は夫婦共働きが多くなり、経済的にはゆとりができたが子供の世話をする暇がなく、キャンプと言えば夏冬休みに児童対象に行われるものが主流となる。
「やっと近年になって経済が高度成長したおかげで、自家用車による『家族キャンプ』が盛んになったのです」と陳盛雄は言う。

バージョンアップしたキャンピングライフ。キャンピングカーの設備は充実し、テーブルからベッドまで揃っていて、移動する小さな家とも言える。
キャンプの最大の魅力は、生活空間の拡大だろう。台湾は広いとは言えないが、高山や湖、多様な自然に恵まれており、交通の便も良いなど、キャンプに適した条件がそろう。景観の良さとキャンプ地点の選択には高い相関性があり、統計によれば、自然の景観に恵まれ、もとより観光の盛んな南投県は、キャンプ場数も台湾一を誇る。
中華民国キャンプ協会の統計によれば、今年8月までで、常態的にキャンプをする人の数は台湾全体で200万人を突破し、キャンプが台湾人にとってポピュラーなレジャーの一つになりつつあることがわかる。中華民国キャンプ協会の元会長である林晋章は、この3年間でキャンプ人口は7~8割成長し、キャンプ用品産業も2013年~14年に業績が5割伸びていると指摘する。
キャンプ用品だけでなく、自動車業界も呼応してキャンプに適した車種を売り出すようになり、以前はあまり売れなかったキャンピングカーも徐々に利益を上げ始めた。また旅行業界でも定期的にキャンプ・ツアーを組むところが少なくない。とりわけキャンプ初心者を対象にしたプランが最近は増えている。
「ここ数年、台湾のキャンプ場使用料にもブームの影響が表れています」と林晋章は言う。キャンプ場の使用料は値上がりを続け、2014年は平均700元だったのが、2015年には800元を超えそうだ。しかも人気のキャンプ場となると、予約待ちも珍しくない。
今年9月、台北市と中華民国キャンプ協会が共同で運営する華江橋キャンプ場が開幕した。都心に最も近いこのキャンプ場は、華江河浜公園のサイクリングロードやスポーツ施設が利用でき、まさに近年増えつつある家族キャンプ愛好者をターゲットとしている。「特に初心者に向いています」と林晋章は言う。
計画設計の行き届いた華江橋キャンプ場は、夏でも蚊などに悩まされることがない。テントだけでなく、オートキャンプも可能だ。キャンピングカーなら水道や電源に接続できるなど、国際キャンプ連盟の基準にも沿っている。最も特別な点は、民間業者との提携で、キャンプ場内でキャンピングカーのレンタルを可能にしたことだ。
このキャンプ場の風景を遠くから眺めると、ヨーロッパの多くの都市郊外で見かける光景を思い出す。ロマの人々が集まって、キャンピングカーなどで暮らす風景だ。
実際、キャンピングカーの誕生は、ロマの人々の流浪生活と関係がある。彼らは家財道具一切を馬車や牛車に積み込んで移動した。自動車の時代になり、洗面や炊事設備を車に供えたというわけだ。それがキャンピングカーの標準設備となり、移動式家屋と言えるようになった。ヨーロッパの都市郊外に集まるロマたちは、今でもキャンピングカーに暮らすことが多い。
キャンピングカーは欧米ではポピュラーで、内装も非常に豪華にしつらえてある。広々とした車内にはダブルベッド、液晶テレビ、エアコンと何でもそろい、ジャグジー付きの広いバスルームを備えた車もあるほどで、こうなるとキャンプというよりはホテルといってもいいだろう。
「キャンプをしなくても、宿泊施設としてキャンピングカーを利用することもできます。一泊朝食付きですので、出張に来たビジネスマンが泊まっていくこともあります」と林晋章は言う。
10月、このキャンプ場は「第17回アジアパシフィックラリーin台湾」の主要開催地となった。ポルトガル、イギリス、フィンランド、ポーランド、トルコ、スウェーデン、日本、韓国、モンゴル、マカオ、マレーシア、シンガポールの12ヶ国から会員が参加し、国内からも1000人以上が集まって、大いににぎわった。
スポーツ大会の開催が設備の改善を促すというのはよくある話だ。かつてのキャンプ場は明確な基準に欠け、快適なキャンプができない所もあった。近年、キャンプの人気が高まった後でも、洗面やシャワー設備が整わず、キャンプ客ががっかりして帰ることもあり、そうした悪い評判が口コミで広がることもある。
「こうしたことを一度でも経験すれば、再びキャンプに行こうとは思わなくなります。こういうことをなくしたい、と我々は願い続けてきたのです」キャンプ場の設備基準や料金設定、或いは環境整備や安全問題など、まだまだ改善への努力が必要だと、林晋章は語る。
1991年、FICC(国際キャンピング&キャラバニング連盟)世界大会が台湾で開催されることとなり、中華民国キャンプ協会は自治体と協力して台北県(現在の新北市)福隆に1000人を収容できる龍門キャンプ・レジャー・センターを建設した。すべての設備を世界基準に則って作ったので台湾で最も良いキャンプ場となり、キャンプ活動が家族のレジャーとなることに大きく貢献した。「台北市との協力で進める華江橋キャンプ場も、今後のキャンプの模範になればと願っています」と林晋章は言う。

週末には仲間を誘ってキャンプに行こう。みんなで一緒に料理を作り、山の景色も楽しめる。
「キャンプなんて、とんでもない。家にベッドがあるのに外で寝るなんて。トイレもお風呂も不便だし、家でお菓子を食べながらテレビを見たほうがよっぽど快適だよ。蚊もいないし」というような声もあるだろう。
だが、実際にキャンプに行ってみて、都会でのストレスとは無縁の環境で、子供が鬼ごっこやボール遊び、凧揚げなどを楽しんでいるのを見ると、或いは子供と手をつないで自然の中を歩き、動植物観察などをじっくり体験してみると、現代の家族にとってのキャンプの魅力というものがしみじみ実感できる。
亜洲大学レジャー・レクリエーション管理学科の林銘昌教授は、幾度か学生を率いて、キャンプと親子のふれあいについての研究を行っているが、それによれば、レジャー活動に参加する動機の高さは、親子のふれあいの多さと相関関係にあり、人との交際ともある程度相関関係にある。「家族のレジャーとしてキャンプを選ぶことで、家族のふれあいや親子の絆を深め、友人との交流も進めながら、アウトドア・ライフを楽しむことができる」という。
「キャンプ推進という面では、台湾は山林などの自然資源に恵まれ、治安も良く、そのうえ気候も穏やかです。今後必ず、車やテントを使って大自然の中での宿泊を楽しもうという人が増えるでしょう。キャンプ・ブームはまさに始まったばかりです」と、李永棠は言葉を結んだ。

週末には仲間を誘ってキャンプに行こう。みんなで一緒に料理を作り、山の景色も楽しめる。

キャンピングカーに乗ってでかければ、暮らしの範囲が無限に広がる。写真は南投県埔里虎嘯山荘のキャンプ場。