豊富な海洋生物を育むサンゴ礁は「海の熱帯雨林」と呼ばれている。写真は緑島のサンゴ礁に群がるキンギョハナダイ。(戴昌鳳提供)
映画『ファインディング・ニモ』の中で、主人公の魚――カクレクマノミのニモがサンゴ礁を泳ぐシーンを覚えているだろうか。現実の世界でも、この美しい海底の景観は海の生きものを育む「海の熱帯雨林」と呼ばれている。
気候変動や海水温の上昇、汚染や過剰漁獲のために、美しくも脆いサンゴ礁の破壊が進んでいるが、台湾では各界がテクノロジーを活かしてこれを護る行動に出ている。
台湾は、黒潮、南シナ海、東シナ海の三大海洋生態系が交わる位置にあるだけでなく、世界でも海洋の生物多様性が最も豊かな「コーラル・トライアングル」の北端に位置し、サンゴと海洋生物の種類が非常に豊富である。地球上の造礁サンゴ1500種のうち、台湾には440種以上が生息しており、その種類の多さはオーストラリアのグレートバリアリーフにも匹敵する。
生涯をサンゴ礁の生態研究に注いできた学者の戴昌鳳さんは、サンゴを護るために最も重要なのは環境保護だと強調する。
待ったなしのサンゴ保護
台湾のサンゴ生態研究の先駆者で、台湾大学海洋研究所教授を退任した戴昌鳳さんによると、台湾では北から南まで、硬質の基盤さえあればサンゴが生息するという。南の墾丁や東沙、東部の緑島や蘭嶼、さらに北部の龍洞や基隆の潮境などである。台湾西部海岸は砂地が多いが、それでも人工的な硬質の構造物と環境が整っていれば、サンゴが付着し成長するのである。
例えば、高雄の永安天然ガスターミナルの防波堤が挙げられる。ここはコンクリートでできていてサンゴの生息に必要な硬質の基盤があり、また強い波風から守られ、港内の水相も穏やかで、人の活動も少ない。これらの条件はサンゴの成長に適しており、ここには130種ものサンゴが生息しているのである。
大学院生の頃からサンゴ礁の生態を研究してきた戴昌鳳さんは当時を振り返る。当時、台湾ではこの分野の研究に取り組む人はおらず、美しい海底の世界についてはほとんど知られていなかった。サンゴ図鑑を多数出してきた戴さんによると、多くの人はサンゴは植物だと思っているが、実はサンゴというのは炭酸カルシウムの骨格や骨片を形成する刺胞動物の総称なのである。皆が知っているサンゴは、サンゴ虫(ポリプ)の骨格と群体からできている。サンゴの表面を覆うポリプは、その体内に共生する褐虫藻が光合成を行なって栄養を供給しており、そこからサンゴの鮮やかで豊富な色彩が生まれる。ポリプが炭酸カルシウムを生成して骨格を形成し、その骨格が長年をかけて堆積したものがサンゴ礁となる。そしてポリプを食べるチョウチョウウオやスズメダイが集まり、これら小型の魚を食べる大型魚類を引き寄せる。こうしてサンゴ礁は海洋生物に生息や繁殖、子育ての場を提供し、多様性に富んだ海洋生態系を育んでいる。このことからサンゴ礁は「海の熱帯雨林」と呼ばれるのである。
.jpg?w=1080&mode=crop&format=webp&quality=80)
台湾西部の海岸は砂地が多いが、人工の硬質構造物と良好な環境さえあればサンゴが育つ。高雄の永安天然ガスステーションもその一例だ。(台湾中油股份有限公司提供)
国際的なサンゴ礁保全への取り組み
近年は気候変動や海洋熱波などによって世界的にサンゴの大規模な白化現象が進み、サンゴは大きな危機に直面している。しかし、戴昌鳳さんの長年の観察によると、台湾でサンゴ礁が海底を覆う割合が下がっている主な要因は、海底の堆積物と陸地からもたらされる汚染による持続的なダメージだという。「透明度の高い台湾東部でも、土石流などがもたらす土砂によって浅海のサンゴは甚大な被害を受けます」と言う。沿岸の開発や豪雨で流れ込む土砂がサンゴの表面を覆って生存を脅かすことが、多くの地域でのサンゴ退化の主たる要因になっているのだ。そのため、戴昌鳳さんは、サンゴを守るためには環境保全が欠かせないと考えている。
国連は「30by30」という目標を立てている。生物多様性を維持するために、2030年までに陸と海の30%以上を有効に保全するというものだ。世界はこの方向に向かって努力しており、ここからOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)という概念が生まれた。保護区に指定されてはいないが、妥当な管理によって生物多様性を有効に保全しうる地域も、30by30の計算に入れるという考えである。台湾は国連加盟国ではないが、国際的な目標の達成に向けて同様に努力している。墾丁国家(国立)公園、東沙環礁国家公園、澎湖南方四島国家公園、基隆潮境保護区などの他に、花蓮県の和平港、新北市蘇澳の天然ガスステーションなど、多くの港湾や軍事機関、事業部門が所轄する範囲も、保全および管理が行き届いているため、域内のサンゴがよく成長しており、OECMの範囲に含まれる。

東沙環礁は環境適応力が非常に強く、世界の四つのスーパーリーフの一つに数えられている。(TASA台湾国家宇宙センター提供)
スーパーリーフが台湾に
気候変動がサンゴ礁にもたらす脅威に対応するため、世界の科学者はさまざまな対策を考えている。アメリカのウッズホール海洋研究所は、スーパーリーフの研究を進めている。戴昌鳳さんによると、海水温が上昇するとサンゴの白化現象が生じるが、短期間の白化によってすぐにサンゴが死滅するわけではなく、環境が改善されればしだいに回復する。一部の地域のサンゴ礁では、定期的に低温の海水が流れ込むため、高温が長く持続することはなく、冷却作用によって白化したサンゴも生き延びているのである。
台湾の東沙環礁もまさにこうした状況にある。戴昌鳳さんによると、東沙環礁の外周は定期的に内波の影響を受けるため、海水温が急激に7~10度も下がる。これにより、白化していたサンゴもストレスが緩和されて活き返るのである。こうした条件から、ウッズホール海洋研究所が世界のサンゴ礁を対象にした観測研究において、東沙環礁は世界で4ヶ所の強い気候適応力を備えたスーパーリーフの一つとされている。台湾のサンゴ礁が世界のサンゴ礁保全において重要な役割を果たしているのである。台湾のサンゴ保全活動におい
台湾のサンゴ保全活動においては、民間企業も大きな力を発揮している。

デルタ電子文教基金会の張楊乾CEOは、台湾のテクノロジーと海洋研究が力を合わせれば、サンゴ保全の利器が開発できると考えている。
サンゴ保全にテクノロジーを活かす
台達電子(デルタ電子)文教基金会は2020年からサンゴ再生・保全アクションに取り組み始めた。「私たちの役割はサンゴ礁生息地の再生と、海洋生態系の回復を加速させることです」と同基金会CEOの張楊乾さんは言う。基金会は、基隆にある海洋科技博物館と協力して潮境サンゴ保種センターを設立した。デルタグループの強みである自動化制御システムと省エネ技術を活かしてサンゴの成長に適した温室を設計し、そこでサンゴを成長させて潮境保全エリアに移植するというものだ。保種センターは100%再生エネルギーを利用しており、アジア初の二酸化炭素排出ゼロのサンゴ保全センターである。
デルタ電子文教基金会はさらに、屏東海洋生物博物館と協力し、暑さに強いサンゴの研究や、卵と精子の収集、着底の研究などを行なっている。張楊乾さんは、台湾のテクノロジーと海洋研究が力を合わせれば、サンゴ保全の利器が開発できると考えている。例えば、同基金会がもともと植物工場に用いてきたLEDスペクトル調整システムは、暖色と寒色の比率を調整することができる。これをサンゴの苗の養殖に応用し、太陽光と同じような光の刺激をあたえられれば、成長を速めることも可能だ。
デルタ電子文教基金会は3年間でサンゴ1万株を再生するという目標を間もなく達成するが、この成果の背後には多くのボランティアの努力がある。基金会ではデルタグループ内で60人から成るボランティアのダイビングチームを結成している。国内外で専門的な訓練を受けた彼らは、海に潜って苗を縛ったり、藻を落としたりしてサンゴの環境を整え、また卵と精子の収集や調査影像の撮影などを行なう他、さらなるプランも提案している。張楊乾さんによると、基金会ではロボットアームを利用したサンゴ再生の実験を行なう予定だが、これも社内からの提案だという。

小さなサンゴの苗を育てるためには、数えきれないほどの繊細なケアが必要になる。
サンゴのノアの方舟
こうした行動の他に、台湾ではサンゴ保全の技術を少しずつ海外へも広めつつある。2024年末、デルタ電子文教基金会はシンガポールの国立公園局と協力し、セントジョンズ島の国立海洋研究所にサンゴ再生基地を設立した。ここではデルタ電子グループの自動化システムとスマート養殖技術を導入し、10年で10万株のサンゴを育てることにしている。最近はIUCN(国際自然保護連合)とも協力し、STAR(Species Threat Abatement and Restoration:種の脅威の軽減と生息地の復元に関する指標)の基準を初めて海洋分野に応用し、海洋生物保全の成果指標を開発した。
デルタ電子文教基金会の他にも、台湾では多くの企業や団体がそれぞれの力を発揮してサンゴ保全活動に取り組んでいる。例えば、台湾水泥(台湾セメント)は、サンゴの苗が着底しやすい基盤を開発している。鴻海(ホンハイ)グループは、廃棄物再利用の分野で大学と協力し、回収した素材を用いて人工漁礁を作っている。また、龍華科技大学では、ダムにたまった土砂をサンゴ再生のためのセラミック基盤に用いている。
これらの行動は台湾のためだけではなく、グローバルな気候変動という課題に対する具体的なソリューションとなるものだ。
戴昌鳳さんはこう説明する。台湾は熱帯と亜熱帯の境目に位置し、北部は亜熱帯の海域なので冬の海水温は比較的低い。かつては北部にもサンゴが生息していたが、規模を備えたサンゴ礁にはなりにくかった。しかし、気候変動の影響で熱帯のサンゴは高温のために死滅する危機に直面しており、海水温が比較的低い亜熱帯の海域へと移動してくる可能性がある。コーラルトライアングルの北端に位置する台湾のサンゴの種類は多く、花蓮、台東、宜蘭から東北角までの東海岸は、将来的に熱帯サンゴがより適した環境を求めて移動してくる地域になる可能性が高いという。戴昌鳳さんは、世界で提唱されている「未来のための海洋保護区」という概念を取り上げる。これらの地域の保全は現在の生態のためだけでなく、将来的に気候変動が進んだ時の、種の移動や遺伝子保存のためでもあるのだ。「私たちが北部や東北部のサンゴの環境を守り、より多くの保護区を設ければ、将来的にこれらの地域がサンゴのノアの方舟になり、海洋生物多様性の保全において、台湾は世界的に大きく貢献できるのです」と戴昌鳳さんは将来への期待を語った。

ノウサンゴの産卵は壮観で、まるで海中の星空のように見える。(デルタ電子文教基金会提供)
三つの海洋生態系が交わる場所にある台湾は、「コーラルトライアングル」の北端にも位置し、サンゴと各種海洋生物の品種が非常に豊富だ。写真は墾丁国家公園のサンゴ礁に生息するミズガメカイメンと、それに付着するジャバラハネウミシダ。(戴昌鳳提供)
造礁サンゴは多様な空間を生み出して海洋生物に棲みかを提供する。写真は澎湖海域のリュウキュウキッカサンゴに集まるソラスズメダイ。(戴昌鳳提供)

サンゴを食べるオニヒトデは繁殖力が強く、大量発生するとサンゴ礁に甚大な被害をもたらす。(戴昌鳳提供)

サンゴの白化は生存環境のストレスによって起こるが、すぐに死んでしまうわけではなく、環境を改善できれば回復していく。写真は一部白化したマルクサビライシ。(戴昌鳳提供)

台達電子(デルタ電子)文教基金会はLEDスペクトル調整システムをサンゴの養殖槽に応用することで、サンゴの成長を速めている。

デルタグループの社員から成るボランティアチームは、サンゴに関する専門的訓練を受け、海に潜ってサンゴの汚れを取り、検査をするなどしてサンゴの生育環境を守っている。(デルタ電子文教基金会提供)

サンゴの種類が豊富な台湾で、花蓮・台東から東北角までの海岸の生態系をしっかり保護すれば、将来的にここが熱帯サンゴのノアの方舟になり、世界の海洋生物多様性保全に大きく貢献することができる。
