台北第一女子高校の卒業生は、卒業から「30年目」に世界規模の同窓会を開いている。この伝統は1990年に南カリフォルニアの同窓会から始まり、その後、アメリカと台湾で続けられてきた。
「一年をかけて同級生を探し出し、その後は一生の付き合いが続く」。この台北一女の30年目の同窓会は、全国各地に同窓会ブームを巻き起こした。
12月11日、台北一女の「30年目の同窓会」が台北の国賓飯店で開かれた。この日の主役は1981年卒、48歳の卒業生だ。同年の卒業生は1192人、9ヶ月にわたって連絡を取り合い、卒業生の98.2%の所在が確認された。これは過去最高の記録である。この日、40代から60代の卒業生854人(うち81年卒は570人)が集まり、円卓74卓の大パーティとなった。
朝10時の受け付けから午後4時の終了まで、数百人の女性たちが楽しいひと時を過ごした。抱き合い、笑い、大声を上げ、昔話に花を咲かせた。壇上では各学年の卒業生代表が次々と出し物を披露する。全員の年齢を合わせると千歳を超える儀仗隊の演技やダンスなどが会場を盛り上げ、最後は卒業30年になるフォーク歌手・王海玲が合唱団とともに懐かしい歌を歌った。
終了後は多くの人が二次会へと向かった。学級単位の二次会もあれば、この日に合わせた中学や大学の同窓会などに参加する人もいた。
1980年卒の李光真さん(本誌の前編集長)は、前年に30年目の同窓会に出席して以来、その興奮が今も続いていると言う。同窓会で再会した他の学年の卒業生たちとも連絡を取り合い、この一年、20回もさまざまな集まりを開き、それが大きな励みになっていると言う。

同じ緑の制服を着た同窓生。年齢を重ねても交流は変わらない。
世界規模で卒業生を動員する台北一女の同窓会は大きな話題になっているが、彼女たちはなぜ、これほど熱心に音信不通の同級生を探し、大規模な同窓会を開こうとするのだろう。
台北一女1980年卒で台湾大学台湾文学研究所所長の洪淑苓さんは『誰寵我、像十七歳的女生』(猫頭鷹出版)に、その心情を吐露している。答えは同窓会までの過程にあるようだ。
彼女の学級でも卒業30年目の同窓会が開催されるまでの一年間、大小さまざまな集まりを開いた。「その集まりの過程で、高校時代の記憶と感覚がすべてよびさまされた。長年、仕事や家事、子育てに忙殺されてきた私は、長い間、仕事や妻・母親の立場ではない本来の自分自身を忘れていたことに突然気付いたのである」とある。そうして「書かずにはいられない」衝動に駆られた。「感情と思い出を書き記してこそ、この大きな出来事を収納でき、私と同じように高校時代に熱中している人々に捧げられるのだ」
洪淑苓さんの青春の記述にはこの年代特有の記号もある。新しく出現した自助餐(カフェテリアスタイルの食堂)や当時ヒットした映画、バス通学での男子学生との視線のやり取りなどだ。また、台北一女の「良き伝統」もある。夏休みや冬休みを通して楽隊の練習があり、進学のために音楽や美術がおろそかになることもなかった。
洪淑苓さんにとって、懐旧は感傷ではない。溌剌とした青春時代を振り返り、今も皆が変らず元気でいるのを見ると、心から満足でき、エネルギーが湧いてきて、さらに充実した日々を送れるようになると言う。

家庭と仕事に身を捧げてきて、30年ぶりに校歌を歌えば感慨もひとしおだ。
同窓会の魅力は青春時代の仲間と昔話に花を咲かせることだけではない。今昔の差を新鮮に感じることもできる。
1981年卒業、同窓会のイベントを担当する呉蕙如さんは、高校時代の同級生と長年連絡をとっておらず、親しい付き合いはなくなっていた。そのため、昔の友情を温めるというより、新たな縁を結ぶ感覚だという。50歳近くなってから再会する良さは、同級生たちの優秀さは変わらず、しかも成熟した智恵があるため、気持ちよく付き合うことができる点にある。
例えば、かつてある同級生は大学受験に失敗してひどく落ち込んでいた。彼女は夜間部に通うことになり、昼間は仕事をしていたので忙しく、同級生と連絡を取らなくなった。だが、その後、彼女は懸命に働いて事業で成功し、内向的だった性格も見違えるように変り、人生の転機の素晴らしさを感じさせてくれたという。
1981年卒業、マスコミで働く張慧玲さんによると、多くの学級規模のクラス会は、屋内から屋外のハイキングなどに変わり、共に趣味を作り、互いに後半生を充実させようと励まし合っているという。
この半年、彼女の学級では週末に集まって山歩きやサイクリングなどを楽しんでいる。中年になって健康や生活を重視するようになったことの現われだ。ある時、海外から帰国していた同級生が山歩きの途中で「台湾を離れる前に、クラブで思い切り羽を伸ばしてみたい」と言ったところ、皆が賛同した。ある同級生が、クラブの経営者を知っているというので電話をかけたところ、その人は海外の空港にいたにもかかわらず、すぐに席を予約してくれた。一行は山を下りると、夫や子供の夕食を用意するために帰宅したり、同級生の家で着替えたりし、クラブへと繰り出したのである。
12月の大会準備のために、スタッフの5人は昨年の9月にロサンゼルスへ出かけ、北米での「30年目の同窓会」を視察した。それに参加した駱娟英さんは、海を越えた全学年の連絡を通して、学校のクラブ活動や小中学校、大学の同級生とも再会でき、どの同級生も非常に熱心に協力してくれたと言う。「アメリカで私たちの世話をしてくれた同窓生は、仕事を休んで観光や食事まで手配してくれ、私たちの便宜のために携帯電話も用意してくれました。なぜもっと早く再会しなかったのか、と悔やんだほどです」と言う。

楽隊と儀仗隊の厳しい訓練は同校生徒の栄光でもある。
1960年代前半生まれの台北一女卒業生は、みな非常に優秀で、それぞれの分野で活躍し出世しているが、その成就を互いに比較し合うプレッシャーはないのだろうか。
理法法律事務所の上級法務スタッフである駱娟英さんはこう話す。一般には「主婦」や「退職生活」と聞くと「他者に依存して暮らしている」と見られがちだが、同窓会の準備会議では主婦や退職生活と自己紹介する人がいると、盛大な拍手をするという暗黙の了解があると言う。「この年まで生きてきて、誰もが良い生活をしたいと思っているのですから、主婦や退職生活ほど羨ましいものはありません」と言う。
ただ、ほんの一言が人を傷つけることもある。ある人は、同窓生から久しぶりにかかってきた電話で、「自分は働いていない」と話したところ、相手から「人に囲われてでもいるの?働かなくていいなんて」と言われたことに腹が立ったと言う。
IBMで高給管理職を務める呉蕙如さんは、同級生の連絡先を確認する時、「連絡網を新しく作りたいから」とだけ説明し、プライバシーには触れないようにしている。彼女の観察では、再会した時は誰もが互いの肩書などには触れないようにしているそうだ。「それに、中年になれば人生もだいたい決まっているので、打算などがない方が、純粋な友情を育めます」
時には、それまで外に出たがらなかった人を集団の力で導き出せることもある。1980年卒の林英さんは漸進性エリテマトーデスにかかり、長年暗い気持ちで暮らしてきた。彼女がクラスメートに宛てた手紙にはこうあった。「私は仕事もしていないし、社会や家族にも貢献していません。身体の状態は悪く、家族にもクラスの皆さんにも心配ばかりかけています。外に出られないため、私には人を愛する機会がありませんでした。それが一番したいことであるにも関わらず」
しかし、クラスメートがフェイスブックや手作りの短編フィルムなどを通して彼女を励まし続け、誕生パーティも開き、その友情から彼女は明るく同窓会に出席することができた。昨年、彼女は病気で亡くなったが、それまで病床でパソコンを通してクラスメートと連絡を取り合っていた。

大人の複雑な世界をまだ知らない高校時代は純粋な心で交わることができる。
「連絡を受けた人の大部分は喜び、感謝してくれます」と話すのは、1981年卒同窓会の幹事長、遠伝電信で総経理を務める李彬さんだ。長年連絡を取っていなかったクラスメートとの再会には二の足を踏む人もいるが、会いさえすれば、すべての隔たりはすぐに消えると彼女は感じている。「自分のことを気にかけてくれ、無条件で力を貸してくれる人が大勢いると感じられ、それが愛おしくなります」と言う。だからこそ、40人もの同級生が、苦労をしながらも不満を言うこともなく、懸命に連絡の取れない同級生を探し続けているのだ。この背後には、幹事長の李彬さんと事務局長の呉素秋さんの指導がある。
「この過程では、台北一女卒業生の栄誉感と負けず嫌いの性格が発揮されていて、必ず探し出すという強い気持ちが生まれます」と万泰銀行で財務長を務める呉素秋さんは言う。彼女と李彬さんの役割は、目標を定め、音信不通の同級生を探す秘訣を提供し、その後は応援団のように激励することだ。
「毎月の学級報告会で成果が報告され、半年ごとに、全員と連絡が取れた学級が発表されます。常に進捗状況がわかり、競争心も生まれます」
駱娟英さんによると、会議を終えると夜の10時を過ぎているが、それでも誰も疲れたなどと言わず、帰宅後にすぐに議事録を作成して送ってくる。誰もが帰宅後にメールを確認しており、仕事より真剣に取り組んでいるのである。
あの頃の心を失わないユーモラスでさっぱりした性格の呉素秋さんは、楽しい工夫も忘れない。例えば自分の高校時代の日記の一部を同窓会のサイトに掲載している。「皆、感傷的だった林黛玉が、溌剌とした王熙鳳に変わったことに驚いています。しかも日記の多くが古文で書かれていて、今の私には読めない字もたくさん使っているのです」と言う。
李彬さんは、30年目の同窓会の成功において、こうしたマネジメントは手段に過ぎず、重要なのは「求心力」と「見返りを求めない努力」だと語る。「多くの人の意志や願いが一つになって大きなエネルギーとなり、今後の人生がより良いものになると信じることができます。これは美しく得がたい縁なのです」と言う。
豊かな人生経験と少女時代の心が合わさり、智恵と安定の中に乙女の姿が見え隠れする。台北一女の熟女たちは、自分たちだけでなく、周囲の人にも大きな幸せをもたらしている。