夏の旅行シーズンを前に、出入国の玄関口である桃園国際空港がリニューアルした。
中国古代の官吏の帽子をかたどっていた第一ターミナルの建物は、両側面にカーテンウォールの屋根が斜めに渡され、すっかりモダンに生まれ変わった。年間の利用者収容能力も、のべ1200万人から1500万人に増えた。
4年間、工事を進行しながら旅客サービスも継続するという困難な計画を、桃園空港はどうやって実現させたのだろう。
この1年に桃園空港を利用したことがある人はその変化を感じたはずだ。いかめしい形をしていた第一ターミナルの建物が、翼を広げたような形に変わったからだ。
改装前の第一ターミナルは、中国古代の官吏の帽子の形をし、両側に広いテラスが設けられていた。改装後は、反り返った帽子のてっぺん部を残したまま、そこから両側のテラスを覆うように、ガラスとパネルを組み合わせた屋根を斜めに下ろしたのである。これで面積は1万3000平方メートル(約4000坪)増加、明るく快適にもなった。
出発ロビーに入ると、その効果は明らかだ。ガラスとパネルが階段状になった屋根は、直射日光をさえぎって柔らかな自然光を取り込んでいる。また、ガラスとパネルの織り成すパターンが、外壁の木目のような模様とマッチして禅的な美しさをかもしだしている。
以前は出発ロビーには航空会社のカウンターがぎっしり10列に並んでいたが、その幅をゆったりと6列にし、間隔を8メートル広げて国際標準の19メートルにした。しかもカウンターは世界初の、木目を基調としたデザインだ。

昇恒昌が設計した出発ラウンジには、三大宗教の祈祷室と豪華な洗面所がある。
第一ターミナルの改装は2009年に着工、4年間で30億元の経費をかけて建物を生まれ変わらせた。だが、工事を進めながら1日3万人の利用客をさばくのがいかに困難なことか、業界関係者なら誰でも知っている。
かつて「アジアで遅れた空港」とメディアに叩かれた同ターミナルが、いかにして再生を果たしたのか、話は34年前にさかのぼる。
1979年に運営を開始した第一ターミナルは、かつてはアジアで最も進んだ国際空港であり、シンガポールのチャンギ空港やバンコックのスワンナプーム空港に倣ってH字型に設計された。
だが30年を経て、外観や設備、構造などすべてで老朽化が進み、2000年に第二ターミナルがオープンすると大きな落差が感じられるようになった。
桃園空港公司の林鵬良・総経理はこう言う。台湾では空港は単なる交通施設と見なされ、設備のメンテナンスはもとより、利用客へのサービス精神やレジャー・ビジネス設備が不足しており、アジア近隣の空港と比べても見劣りのするものだった。
日本の成田空港は1978年、シンガポールのチャンギ空港は1981年に開港し、いずれも30年を超えている。「成田もチャンギも莫大な経費と労力をかけてサービスの向上や設備改善に努めてきたのに、桃園空港は刷新もなく停滞したままでした」と林総経理は言う。
「時代遅れの空港」の汚名を着せられた第一ターミナルにも2004年に転機が訪れる。まず政府交通部観光局によって国際コンペの形で建築家が募集された。その結果、後に日月潭ビジターセンターのコンペでも「2011台湾建築賞」に輝いた日本の建築家、團紀彦が選ばれる。そして2007年には「桃園国際空港第一ターミナル改善工事プロジェクト」が民航局によって開始、2009年に着工となった。

昇恒昌が設計したテーマラウンジ。台湾の屋台料理や映像、台湾の郵政などをテーマとしており、さらに人気のハローキティの国際時計や電話ボックスもある。
建物を取り壊して新たに再建するという他の建築家のやり方と異なり、自然や人文景観を重んじる團紀彦は、従来の建物の主要構造を残したまま、使用空間を拡充するという方法を示した。
だが、その工事の規模と難度は、新たに建築し直すことに劣らぬものだった。最大の難関は「服を着たまま着替える」、つまり工事中も通常運営を行うという点だった。
交通部民航局機場工程処の范孝倫・処長は「まるで自宅が大改装の工事中なのに住人はそれを理解せず、しかも毎日知り合いが遊びに来るような混乱しきった状態でした」と形容する。
空港とは、運輸や憩い、ビジネスの機能を備えた小さな町のようなものである。世界各国から訪れる旅客だけでなく、航空会社や航空警察局、移民署(出入国管理機関)、レストラン、免税店など100を超える「店子」が常駐し、そこで働くスタッフは3万2000人に達する。工事の影響やリスクを最低限に抑えるため、民航局は当初、施設を二分して半分だけで工事を進め、そこが完成すれば残りの半分に工事を移すという計画を立てた。
ところが2008年末に中国大陸との直行便が開通したおかげで計画は大きく乱れる。第一ターミナルを半分にすると、第二ターミナルを足しても大幅に増えた利用客をさばけない。仕方なく一部のエリアだけを封鎖して工事を進めることになった。

旅立つ人々を見送る「文学の壁」ギャラリー。生まれ変わった桃園空港は旅人にとって忘れられない思い出の場となるだろう。
エリアに分けた最大の問題は、工事エリアが変わるたびに施設や通路を調整し直さなければならないことだった。
「迷路のように複雑」というのが、この4年間に第一ターミナルを利用した客の共通した感想だ。スタッフも苦労の連続だった。航空会社カウンターをはじめ、セキュリティチェックや税関部門も1日24時間の仕事なので、工事に伴うエリアの移動となるとフライト発着の少ない夜中の1~4時を選び、徹夜で引越し作業を行わねばならなかった。
「臨時の案内標識だけでも1000枚以上作りました。忙しくて、水を飲んだり、トイレに行ったりする暇もなかったほどです」と桃園空港公司のベテランスタッフ、呉雅婷は当時を振り返る。
それに改修工事にはケーブルやパイプ類の切断というリスクが伴う。ビルを二分した工事なら、階上のケーブルに問題が起きても、階下も工事エリアなので利用客に影響はない。実際、第一ターミナルでは工事中に水漏れ事故が幾度も起き、国の玄関としてのイメージを損なうことになった。
しかも、建築家の團紀彦と民航局スタッフの間に意見の対立が生まれ、團が「民航局が勝手に設計を変更した」とメディアに投書する事態となった。
それについて民航局機場工程処の范孝倫・処長はこう説明する。ガラス屋根の下方にある梁を、團は美観を損なうとして切除する計画だった。だが民航局では審査の結果、切除すれば建物全体の構造に影響を及ぼす恐れがあるという結論に達した。
「利用者の安全確保が第一ですから、幾度もの話し合いを経て團さんもこちらの意見を受け入れてくれました」と言う。

新たな空港
建物だけでなく、桃園空港は「体質改善計画」を2010年末に完成させた。桃園空港公司は政府交通部の直轄であるが、民間の経営方法を導入すべく、長栄海運やエバー航空、台湾高速鉄路公司で経営管理に携わった経験のある林鵬良を総経理として招いた。ただ途中まで進んでいたターミナル改装工事は、空港運営に詳しい民航局が続けて担当することになった。
林鵬良・総経理はこう語る。第一ターミナル改装工事は苦難の連続で、トラブルによって空港イメージも損なうことになった。しかし空港ターミナル建設には通常、工期10年以上で数百億台湾元かかる。「我々はわずか4年足らず、30億元だけで、すでに30歳の空港を生まれ変わらせたのですから割に合いました」と言う。
林総経理はこうも指摘する。現在、桃園空港の年間旅客輸送量はのべ2800万人近く、もし年に5~10%成長すれば2030年には5800万人に達するため、それに備える必要がある。目下計画中の第三ターミナルは香港の空港を参考に、メインターミナルから新交通システムでつないだ搭乗ロビー棟を建設する計画で、完成すれば旅客輸送量を4300万人増加できる。第一期工事は2018年に完成予定だ。
現在、第一ターミナルに足を踏み入れた利用客は、まったく新たな感じを受けるだろう。ハード面だけでなく、ソフト面でも台湾らしさを打ち出し、台湾観光の素晴らしさをここでも味わってもらえるよう、さまざまな工夫をこらしている。

昇恒昌が設計したテーマラウンジ。台湾の屋台料理や映像、台湾の郵政などをテーマとしており、さらに人気のハローキティの国際時計や電話ボックスもある。
例えば出国審査カウンターのある3階の天井は、暗い色のアルミパネルを垂直に並べ、その間に点々と照明を配した設計で、見上げるとまるで星空のように見える。
以前の桃園空港には、旅客が休めたり楽しめたりできるような施設がなかった。だが改装後は、スターバックスとレストラン「四川呉抄手」が開店し、ほかにも、パイナップルケーキや米のギフトセット、海産物、仙草の粉などの台湾各地の名産を売るエリアも設けられた。
免税品店と出発コンコースも大きく変わった。このエリアは、Duty Free News Internationalの単一国家最優秀免税小売業者賞を受賞した昇恒昌免税店がROT方式(改修・運営・所有権移転)によって改修を行った。
ここでも台湾らしさが強調されている。出発コンコースが始まる所には「文学の壁」がある。中国詩で有名なミュージシャンの方文山が台湾を詠った「在旅行的路上(旅行の途上にて)」という詩が、書家の朱振南によって書かれ、アクリル板に照らし出されてずらりと並び、インスタレーションになっているのだ。
改修前は、古典絵画を並べただけの平凡な装いだったが、同じ中華文化を扱いながら、ぐっと斬新なイメージになった。
さらに進むと、壁面緑化された廊下、そして改装によって面積を増した免税店が現れる。ほかにも無料で中国語や英語の電子書籍が閲覧できる電子図書室が2室設けられている。

昇恒昌が設計したテーマラウンジ。台湾の屋台料理や映像、台湾の郵政などをテーマとしており、さらに人気のハローキティの国際時計や電話ボックスもある。
昇恒昌が改装を企画した出発ラウンジは、テーマに沿った演出がなされており、世界初の試みだ。
第一ターミナルには計14のテーマラウンジがある。台湾の蝶、蘭の花、ナイトマーケット、スポーツ、繊維、科学技術、自転車など、出発を待つ退屈な時間に、台湾の文化を楽しむことができる。
この世界初の試みに、韓国の仁川空港や北京首都国際空港から視察団が訪れたり、イギリスの空港誌「The Moodie Report」のマーティン・ムーディ編集長も「航空券を買ってでも見に来るべきだ」と推薦している。
今後も、空港への新交通システム(MRT)や第三ターミナル、周辺施設などが相次いで完成する予定で、桃園空港は国の重大プロジェクトである「桃園空港タウン」の中心的存在となる。
こうしたサービス改善への努力が、さらに多くの利用客に肯定され、台湾の国際イメージの向上につながってほしいものである。実際、数々の努力は認められつつある。昨年は著名な旅行サイト「アマデウス」による「フレンドリーな国際空港」でトップ10入りし、国際空港評議会による「2012年空港サービス年度賞」(旅客量1500万~2500万クラス)でも3位の好成績を収めた。
方文山の詩「在旅行的路上」に「人の温かい場所がある。名は台湾という」と詠われたこの地を知ってもらうのに、桃園空港はまさにスタート地点となることだろう。

出発コンコース、美しい星空の天井がある売り場は新東陽が台湾の特色を打ち出したもので、台湾各地の土産物を扱っている。

出発コンコース、美しい星空の天井がある売り場は新東陽が台湾の特色を打ち出したもので、台湾各地の土産物を扱っている。

著名ブランドのショップが並ぶ免税品街。

木の質感を活かしたチェックインカウンター。空間は以前より広くなり、カートに荷物を載せた状態でゆったりと並ぶことができる。

昇恒昌が設計したテーマラウンジ。台湾の屋台料理や映像、台湾の郵政などをテーマとしており、さらに人気のハローキティの国際時計や電話ボックスもある。

旅立つ人々を見送る「文学の壁」ギャラリー。生まれ変わった桃園空港は旅人にとって忘れられない思い出の場となるだろう。