地方の飲食風土を訪ねて
素朴で味わい深い小吃(軽食)は、台湾飲食文化の重要な一面だ。
1982年4月号(日本語版は翌月号、以下同じ)で、『光華』は「古都の味──台南小吃」を掲載し、石椿臼廣安宮前の「阿憨」の虱目魚(サバヒー)粥、「再発号」の椎茸入り肉羹、「沙卡里巴」の棺材板、「度小月擔仔麺」など、台南の老舗を紹介した。
小吃と言えば、「南は府城(台南)、北は基隆」という言い方がある。日本統治時代、台湾の玄関口だった港町・基隆は国際交流が早かったため、閩菜や粵菜(広東料理)だけでなく、日本やアメリカの特色も頻繁に加わった。1983年11月号の「豊富な種類・独特の味──基隆の廟口小吃」では、名物の王記天婦羅(魚の練り物揚げ)、豆簽羹(米と豆を混ぜて作った麺入りとろみ汁)、「天一香」の肉焿(豚すり身入りとろみ汁)、「紀家」の豚足、栄養サンドイッチなどを紹介している。
戦後に外省人の移民が来たことで、一度に集まった中華料理も挙げないわけにはいかない。1984年2月号の「美味しい料理はどこへ行けば?──台北市の名店名菜紹介」では、江浙料理の「敘香園」「天福楼」、四川料理の「福星川菜館」「聯安川菜館」、湖南料理の「彭園」、北方料理の「陶然亭」「松竹楼」などを詳しく紹介した。
独自の風情を持つ離島も取り上げられ、2001年5月号では3本のシリーズ記事で馬祖の食文化を紹介した。魚麺、紅糟(紅麹の酒粕)料理、炒佛手(甲殻類「カメノテ」の炒め物)など、さらに馬祖酥、芙蓉酥、継光餅(いずれも菓子やパンの一種)を売る老舗「天美軒」「寶利軒」も取り上げた。
驚くべきことに、これら初期の報道に登場した店の多くは今も営業を続けており、60年以上、あるいは100年を超えて営まれているところも少なくない。